【第200話:黒翼、群れの空へ】
風が、戻ってきた。
崩壊した胎室の上空。灰の空を裂くように、黒い翼が広がる。
それは、長く沈黙していた“喰界王の証”。
クロナの背から伸びた漆黒の羽は、光を呑みながらも、どこかあたたかい気流を纏っていた。
「……やっと、帰れる」
クロナが低く呟くと、イエガンが隣で頷いた。
「はい、クロナ様。グリムファングは、今も牙部隊を中心に防衛を続けております。
おそらく、ルーニー殿たちも避難を終えた頃かと」
ティナが前へ進み出る。
「ですが、あの影の奔流……完全には消えていません。
喰界の残響が、まだ“外側”に広がっているようです」
クロナは頷き、黒翼をわずかに震わせた。
「……あの胎室で見た“門”――あれは、喰界の入口じゃねぇ。出口だ。
“外”へ広がろうとしている。つまり……まだ、戦いは終わってねぇ」
翼が風を掴む。
灰色の空に、ひと筋の裂け目が走った。
そこから吹き抜ける風が、どこか懐かしい匂いを運ぶ。
イエガンが顔を上げる。
「この風……グリムの森の方角です。生きています!」
「そうか」
クロナは微かに笑う。
「だったら急ぐぞ。群れを守る。それが俺の“喰らいの意味”だ」
黒い羽が一気に広がり、地面の灰を吹き飛ばす。
ティナが両手を掲げ、残滓の魔力を封じるように詠唱を走らせた。
「《影糸封環》……。これでしばらくは、外への漏出を止められます。
行きましょう、クロナ様!」
「よし――」
クロナは二人を見やり、黒核の鼓動に身を委ねた。
翼が鳴る。
灰を払い、雲を裂き、闇を蹴って空へ。
一瞬、視界がひらけた。
崩れかけた塔の群れを越えた先に、広がるのは――“光”。
群れの拠点、グリムファングの防衛線が、夕陽に照らされていた。
遠くからでも見える。
牙部隊の炎信号。
爪部隊の避難誘導の影。
そして、空を見上げる無数の瞳。
「クロナ様……皆、待っています」
「ああ。――帰ろう」
その言葉と共に、黒翼が大きく打ち鳴らされた。
喰界の風が、灰の空を貫くように吹き抜ける。
その瞬間、黒核の中で再び脈動が響いた。
“喰うために生まれた”存在が、
“守るために喰らう”と誓った日を思い出すように。
黒翼が、空を割った。
――それは、再誕した喰界王が群れへ還る音だった。




