【第199話:黒核の記憶、喰界の胎動】
――ドクン。
胸の奥で、黒核が脈を打った。
いつものように力を巡らせる鼓動ではない。
それはまるで“誰かの心臓”が、クロナの中で再び目を覚ましたかのようだった。
「……この響き……違う」
クロナは胸を押さえる。
黒核の奥から、微かな声が聴こえた。
それは音ではなく、記憶のような“残響”。
――喰う者よ、還れ。
――原初に戻り、誓いを思い出せ。
ティナが駆け寄る。
「クロナ様……! どうされましたか!?」
「大丈夫だ……ただ、見えてる。いや……思い出してるのか……?」
黒核からあふれ出す光景。
それは暗闇の底。
始まりの喰界。
すべての影がひとつに繋がっていた、世界の根。
そこに立つ“黒い巨影”――翼を持つ王。
だがその顔は、今のクロナと同じではなかった。
無垢で、まだ“喰らうこと”を知らない目をしていた。
――お前は、かつて喰界そのものだった。
――この力は奪ったものではない。
――お前が生み出し、そして自ら封じたものだ。
「……俺が……封じた?」
クロナの声がかすれる。
イエガンが槍を支え、慎重に辺りを見渡す。
「クロナ様。胎室の再生が止まりました。あの“生成”が……消えています」
ティナが頷く。
「まるで、本体そのものが“クロナ様の中”へ吸い込まれたような……」
クロナは拳を握りしめた。
「……あいつは俺の“影”じゃなくて、“記憶”だったんだ」
静寂が流れる。
黒核の脈動が次第に落ち着き、空間の揺らぎも収まっていく。
だが代わりに――クロナの背後に、黒い輪が浮かび上がった。
それは円ではなく、“門”の形。
中心には淡い紅の光が揺れている。
ティナが息を呑む。
「喰界の……門?」
「違う。これは“胎動”だ。
喰界そのものが、また動き始めている」
黒核の中に響く声が、確かに笑った。
――ならば、進め。喰界王よ。
――お前の誓いは、まだ終わっていない。
クロナは黒翼を広げる。
「イエガン、ティナ。群れへ戻るぞ。ここからが始まりだ」
イエガンが片膝をつき、低く応じる。
「御意、クロナ様」
ティナも深く頭を下げた。
「喰界の胎動……見届けさせていただきます」
赤い光が完全に消え、胎室は静かに閉じていく。
黒核の鼓動だけが、確かに新しい時を刻んでいた。
――それは、喰界王としての“再誕”の鼓動。




