【第198話:本体胎室、名も無き生成】
赤い光が霧のように漂っていた。
一歩進むごとに、空気が重くなる。
足元の地面は柔らかく、ぬかるむように沈む。
だがそれは土ではない――生体の内側、鼓動する肉壁だった。
ティナが目を細める。
「ここ……全部、生きてます。空間そのものが、呼吸しているみたいです、クロナ様」
「感じるな。意識を絡め取られる」
クロナの声は低く、しかし確実だった。
黒核が彼の胸の奥で脈を打つ。
まるで、外側の胎動と呼応するように。
イエガンが槍を構え、周囲を警戒した。
「……何か、動いております。音もなく、気配だけが……」
その瞬間。
ズルッ――と、壁の一部が裂けた。
そこから滴り落ちた液体が地面に触れ、音もなく人型を作り始める。
形が定まるたびに、空気が軋んだ。
それは人の姿をしていたが、顔がない。
ただ、全身に“文字のような痕跡”が刻まれている。
ティナが息を呑む。
「あれ……まるで、喰らわれた者たちの記録……?」
クロナの黒眼が細められる。
「……違う。あれは、俺たちの模倣体だ」
無数の影が立ち上がる。
一体、また一体。
ティナの姿を模した影。
イエガンの体格を持つ影。
そして、クロナと同じ“黒翼”を持つ影が――ゆっくりと顔を上げた。
「“模倣”で防衛しているのか……自分を創ることで、自分を守る」
クロナは口の端をわずかに歪めた。
「喰界王にそんな安い手が通じると思うな」
黒核が脈動し、クロナの背から漆黒の光が弾ける。
熱でも冷気でもない、“喰らいの圧”。
その場の空気を一瞬で飲み込み、模倣体たちの影を吹き飛ばす。
イエガンが唸るように声を漏らす。
「クロナ様……! 壁の奥、反応が大きくなっています!」
次の瞬間、地響き。
胎室の中心部がうねり、巨大な塊が形を持ち始めた。
それは肉でも影でもない――“存在の塊”だ。
目も、輪郭もない。ただ、生まれようとしている。
ティナが震える声で告げる。
「本体……まだ定まっていません……! 存在を作っている途中です!」
クロナは拳を握る。
「なら――生まれる前に喰らう」
黒翼が大きく広がった。
吹き荒れる黒の奔流が胎室全体を満たし、
赤い光を押しのけながら“生成途中の本体”へと突き刺さる。
肉と影と音が一瞬で混ざり合い、
空間全体が悲鳴を上げた。
「終わらせる……この胎ごと、喰らい尽くす!」
黒の奔流が赤を呑み込み、
名も無き生成が、悲鳴と共に崩れ落ちていく。
――その時、クロナの胸の黒核が、初めて「返すように」鳴いた。




