【第194話:追跡、外側の本体へ】
闇が静まったあとも、裂け目からは薄く“匂い”が残っていた。鼻に直接触れるような、冷たい甘さ。それは“外側”のものが、まだこちらを見ている証だった。
クロナは地面に指を触れる。黒核が、静かに脈打つ。
幼体を喰ったことで、生まれた新しい「感覚」。
それは、影の根がどの方向へ逃げようとしているかを──ぼんやりと教えていた。
「ティナ。方向は西だ。川の奥の、石の断層……そこから深く潜ってる」
ティナは目を細め、しっかりと頷く。
「承知しました、クロナ様。そこが“本体”の巣である可能性が高いと思います」
イエガンは牙を鳴らす。
「逃げるなら追うだけだ。黒核があるなら近くまで案内できるだろ」
クロナは頷いた。
だが同時に、自分の中にある違和感を感じていた。
幼体を喰った時の感触は、今までの影や魔物とは違った。
あれはただの“敵”ではない。
こちらの攻撃だけを研究し、戦い方を覚え、次に活かすための「パーツ」のような存在だ。
この本体は──進化しながら学ぶ。
だからこそ、完全に止めなければならない。
「だが――今回は慎重にいく。これ以上の情報を与えたら、逆に俺たちが狩られる側になる」
「了解です、クロナ様」
ティナはすぐに準備に入る。
「目部隊にも補佐を頼みます。罠の分析と痕跡の記録を、こちらで進めます」
イエガンも部下へ指示を飛ばし始める。
牙は囮を最小にし、最短ルートで川の奥へ。
爪は森の補給と視界確保。
目がその全てを繋ぎ、誤情報を混ぜ込まずに一本の正しい道へ。
準備が整う。
クロナは最後にもう一度、裂け目を見た。
今はただの薄い影の傷跡だ。
しかしあの向こうにいる「本体」は、間違いなくこちらを観察している。
「俺が先頭で行く。みんなは俺の後ろについてこい」
黒翼を広げ、クロナが跳び上がる。
森の上に、夜の風が走る。
西の空へ向けて、黒い矢のように駆ける。
影の外側へ。
まだ見ぬ“本体”へ。




