【第192話:外側侵入、夜明け前の兆し】
夜の空気は、いつもの森とは違っていた。
どこか乾いているのに、重く、のしかかってくる。グリムファングの境界線。その手前で、クロナはじっと夜を見据えていた。黒核が胸の奥で脈打つたび、その波が森にしみ込むように広がっていく。
ティナは後方で姿勢を低くし、静かに見守っている。
「……クロナ様。外側からの気配……確かに濃くなっています」
イエガンも鼻先に神経を集中させ、剣を握り直した。
「近い。もうここまで来てやがる」
闇がゆっくりと揺れる。それは生き物のように見えた。
輪郭のない影。形を持たない、何か。意図だけを持って、こっちへ近づいている。
クロナは短く息を吐く。
「喰うには悪くない相手だな」
黒翼がわずかに広がる。それだけで、空気がひとつ震えた。
ティナはその振動を感じ、唇を噛む。
「クロナ様……必ず、ご無事で」
「当たり前だ。俺は守るために喰ってる」
外側の影が裂け、黒い霧が地を這うように押し寄せる。
牙部隊が飛び出し、斬撃を叩き込む。だが影は実体が薄く、斬れた手応えがない。
刃は通るのに――掴めない。
イエガンがすぐさま判断する。
「押し切れねぇタイプだ! クロナ様、中心を!」
「ああ、喰らう」
クロナは影に手を突き出し、黒核に引き込むように吸い込む。
影の粒子が流れ込み、彼の中で弾ける。
だが、完全には溶けない。砂が混ざったようなざらりとした感覚が残る。
「……やっぱり普通とは違う。馴染みが悪い」
黒核がそれでも回すように脈動し、影の成分を無理やり飲み込む。
喰えば強くなる。それは変わらない。
ただ、今回は「重み」と「棘」が残る。
外側が、それだけ異質だという証拠。
森の奥。裂け目はだんだん狭まっていく――だが消えきらない。
向こうに、まだ固い核が残っている感じがした。
ティナが震えながら言う。
「クロナ様……奥に、もっと大きなものがいます」
「だろうな。そいつごと喰う。ここで潰す」
イエガンが周囲の仲間に指示を飛ばし、牙部隊を再整備する。
夜はまだ深いが、森の空気は確かに変わりはじめていた。
このまま夜明けまで保てば、外側が根を張る前に叩き切ることができる。
クロナは黒翼を広げ、裂け目のすぐ前に立つ。
黒核は先ほどより強く、重く脈打つ。
その鼓動は――戦闘の準備ではなく、狩りの始まりの音だ。
「行くぞ。外側を全部、喰らい尽くす」
夜がまた一段、深く沈む。
けれど空の向こうには、かすかに朝の予感があった。
この夜を越えた先で何が待っていようと、クロナは噛み砕くつもりだった。




