【第190話:黒核、狩猟の胎動】
牙部隊の第一防衛線。
クロナはそこへ出ると、地面へ指を触れた。
黒核が脈打つ。
世界の“流れ”を狩猟者の視界へ変換する。
影。灰。侵食。
第三系統の異物は、この世界の概念にも完全には同化できていない。
だからこそ、違和感として浮く。
黒核はその“ズレ”を嗅ぎ取る。
「……いたな。侵攻の起点」
ティナが横で静かに問いかける。
「クロナ様、どちらの方向でしょうか」
「南東。森の奥の……崩れた祭壇跡だ」
イエガンの顔が僅かに強張る。
「そこは封鎖したはず……。誰も触れられないようにしていた領域です」
「触れたんだろ。俺らじゃねぇ“外側の何か”がな」
黒核がひときわ強く鳴った。
それは「喰える」と告げる胎動。
クロナにとって、それだけで十分だった。
「行くぞ。ここからは狩りだ」
黒翼をひとはばたきさせる。
風が裂け、木々の葉が吹き散る。
ティナは影を纏い、一歩後ろから付く。
黒の王に狩りをさせるとき、彼女は攪乱ではなく“支点”として動く。
「クロナ様。この第三影……この世界に“根”を持ってはいないように思えます」
「だから喰いやすい。
逆に言えば、こっちに根付いたら最悪だ」
地を蹴るたび、黒核が膨張するように鼓動する。
それは獣が獲物の匂いに舌を鳴らす本能と、ほとんど同一の衝動。
喰らえば発展する。
だが、今回喰らうべきは“影”そのものではない。
――侵食している“基点”だ。
それを喰えば、枝葉は崩れる。
第三の影は、侵入経路ごと断たれる。
黒核はそれを求める。
もっと深い“源”を喰わせろと。
「……待っていろよ。外側のやつ」
「俺が先に見つけて、喰ってやる」
その言葉と同時に、森の濃度が変わる。
瘴気の密度が跳ね上がる。
見えた。
黒の裂け目。
世界の皮膜がわずかに破れ、そこに“別の夜”が滲み込んでいる。
ティナが息を呑む。
「クロナ様……あれは境界の外――!」
「分かってる」
クロナは黒翼を広げ、裂け目の真上へと飛び込む。
黒核が、音を立てて牙を剥いた。




