【第18話:森に響く足音】
夜が明けきらぬ森の奥――薄い霧が立ちこめるなかで、クロは目を覚ました。
焚き火は消えかけており、ミナはまだ眠っている。小さな体を丸めて、かすかに寝息を立てていた。
(……よく眠れるもんだな。こんな場所で)
クロはそっと立ち上がり、周囲を見回す。
森は静かだが、どこか違和感があった。
空気の重さ。小動物の気配が、消えている。
それは、危険が近い証だった。
――ザッ……ザッ……ザッ。
遠くから、複数の足音。重い鎧の軋む音。
それがゆっくりと、確実にこちらへ近づいてきている。
クロの背筋が凍りつく。
(人間――狩人か? いや、それだけじゃない)
重々しい殺気が、森を貫いてくる。
思わず喉が鳴るのを押し殺し、クロは身を低くした。
ミナを起こそうと手を伸ばしかけ――
「……起きてるよ」
「っ……! 気配、わかってたのか」
ミナは布の下から目を開け、真っ直ぐこちらを見ていた。
その表情に、焦りも驚きもなかった。
「近くの地面が、少しずつ震えてた。何人か……いるね」
クロは驚きを隠せなかった。
その察知力は、ゴブリンどころか、獣たちよりも鋭い。
だが今は、それを問い詰めている場合ではなかった。
「逃げるぞ。ここにいたら見つかる」
ミナはうなずき、素早く荷物をまとめる。
クロも、その場の葉と土で痕跡を消してから走り出した。
しかし――それでも遅かった。
「そっちだ! 煙の匂いが残ってる!」
男の怒鳴り声が森を裂いた。
クロの背に冷たい汗が流れる。
走る。枝を避けながら、ミナの手を取って、ひたすら森の奥へ。
(間に合わねぇ……!)
思わずスキルを起動する。《感覚鋭化》――視界と聴覚が極限まで広がる。
狩人たちの位置、足音、動き。すべてが手に取るように分かった。
だがその中に――一つ、異質な気配が混じっていた。
「……なんだ、あれは」
人間――ではある。だが、他の狩人とは違う。
気配が澄んでいる。冷たい水のように、底知れない静けさを孕んでいた。
クロは一瞬立ち止まり、振り返った。
木々の向こうに、長い外套をまとった影が立っていた。
「……見つけた」
その人物の唇が、確かにそう動いた。
次の瞬間、クロの全身に鋭い痛みが走る。
背後の木が爆ぜ、破片が飛び散る。
「クロッ!」
ミナの叫びに、再び意識を現実に戻す。
(……なんなんだ、あいつ)
(普通の人間じゃねぇ……!)
全力で走る。スキルを使い、枝葉を利用して気配を断つ。
何とか一息つける場所まで逃げ延びると、ようやく立ち止まった。
「クロ、大丈夫……?」
「……あぁ。けど、ヤバいのがいる」
ミナは黙ってうなずいた。
その瞳は不思議なほど静かで、クロの胸をざわつかせる。
(あいつは……何者なんだ)
霧が晴れぬまま、朝がゆっくりと訪れていた。




