【第149話:森の声、荒野の刃】
グリムファングが建国してから初めて迎える大きな試練――それは二つの道に分かれて動き出していた。
一方は、森の奥深くへと歩みを進めるクロナ自身。もう一方は、荒れ果てた街道沿いで山賊の根城を探る牙部隊である。
森の入口で、クロナはティナと少数の目部隊の従者を伴っていた。
木々はざわめき、空気が張り詰めている。まるで森そのものが侵入者を拒絶しているかのようだった。
「……来ているな」
クロナが小さく呟いた瞬間、風が一層強く吹き荒れる。
やがて木々の影から、黒い獣の形をとった影が現れた。けれどその瞳は、ただの獣のものではない。深く、冷たく、長い時を見つめてきた“森の主”の目だった。
「外から来た者よ。貴様らはまた、この森を切り裂くつもりか」
低く重い声が響く。ティナが息を呑み、クロナは一歩前へ出た。
「違う。俺たちは奪うために斧を振るうのではない。人と獣とが歩むための道を作る。血で染めるつもりはない」
森の主の影は揺らぎ、嘲笑うような響きを返した。
「人はいつもそう言う。調和を語り、結局は喰らい尽くす。……お前も“喰らう者”ではないのか?」
クロナの背に冷たい言葉が突き刺さる。確かに彼は“喰う存在”だ。しかし――ミナとの邂逅で選んだ道を忘れはしない。
「俺はただの喰らう者ではない。人と調和し、ともに進む。……俺はクロナだ」
その言葉に、森の風がわずかに止んだ。
ティナが小声で言う。
「……今、揺らぎました。交渉の余地があります」
クロナは深くうなずき、対話の扉を押し開こうとさらに言葉を探した。
その頃、荒野では牙部隊が山賊の根城へと迫っていた。
イエガンが先頭に立ち、牙を剥き出しに笑う。
「見ろ。奴ら、焚き火を囲んで油断してやがる」
副官が頷き、剣を構える。
「殿下からの命は“威信を示す”こと……捕虜を取る余地は?」
「必要だろう。だがまずは奴らに“国を侮るな”と刻みつける」
突撃の合図とともに、牙部隊が影のように走り出す。
「グリムファングの旗の下、進めぇっ!」
咆哮が響き、山賊たちは混乱し、慌てて武器を取った。
「何だ!? 獣の群れが……いや、奴らは――兵士?」
恐怖と混乱の中で、刃と刃が交わり、火花が散る。
イエガンは真っ直ぐ山賊頭領に向かって突き進み、鋭い牙のような一撃を振り下ろした。
大聖堂に残るルーニーへは、同時に二つの報せが入った。
「森の主とクロナ殿下が対話を開始しました」
「牙部隊、山賊の根城に突撃! 現在交戦中!」
ルーニーは深く息を吐き、旗の前で拳を握った。
「これが俺たちの“建国の初仕事”か……上等だ。必ず成功させてみせる」
夜空には新しき旗がはためき、グリムファングの運命を照らしていた。
交渉と戦火、その両輪を乗り越えることで、この国の未来は形を得ていくのだろう。




