【第133話:魂を試す刃】
――光が反転するように、世界が切り替わった。
クロナの立っていた地下聖堂の空間は、いつの間にか白も黒も区別のつかぬ虚無に変わり果てていた。天も地も存在せず、ただ「場」というだけの異質な空間。その中心に、銀白の鎧を纏った守護者が佇んでいた。
その手には長大な槍――聖槍の幻影。
槍先は虚空に突き立てられ、微動だにしない。だがその姿は、確かにクロナへと挑む構えであった。
「……これが、試練」
クロナは低く呟き、漆黒の刃を手にする。刃は空気に触れるたび、濃い闇を滴らせるように揺らめいた。
守護者が動いた。槍の一閃は、空間そのものを裂くかのように走る。クロナは咄嗟に身を翻し、刃で受け止めた。
刹那――金属がぶつかり合う音はなく、代わりに耳へ直接響く声が降り注ぐ。
『問おう。お前は“王”を名乗るに足る覚悟を持つか』
響きは槍を伝ってクロナの腕へ、胸へ、そして心臓へと染み込む。
ただの斬り合いではない。これは魂を削る戦いだと、クロナは直感する。
「俺が“王”を名乗るのは……力を誇示するためじゃない。群れを――いや、国を守るためだ」
言葉を放つと同時に、クロナは刃を押し込み槍を弾いた。虚空に散った衝撃は波紋のように広がり、次の舞台を形作る。
次に映ったのは――森。
馴染んだ緑の中、仲間たちの姿が幻のように揺れている。イエガン、ティナ、ルーニー、そして無数の群れの者たち。
『守ると口にするは容易い。だが、血を流すのは誰だ? お前か、それとも……仲間か』
問いと同時に幻影の群れが襲いかかる。クロナは刃を振るう。だが、斬れば斬るほど血煙が立ち、仲間の顔が苦悶に歪む。
これは守護者の試練。刃を交わすたびに、己の内心を暴かれる。
「俺は……」
刃を止める。心臓が焼けるように熱い。仲間を斬り捨てる未来など、受け入れられるはずがない。
「俺は、自分の力で斬り開く! 仲間の血を犠牲にする王など、要らない!」
その叫びに呼応するように、幻影の仲間たちが霧のように溶け、再び虚無の舞台へと戻っていく。守護者の槍が唸りを上げて迫った。
『ならば示せ。その意志が真実であると――その刃で!』
空間が震える。クロナは吼え、闇を喰らう刃を振り上げた。
槍と剣、魂と魂――白と黒が衝突する閃光が、虚無の世界を切り裂いた。




