【第121話:芽吹く日々、変わる群れ】
クロナが新たな王として方針を示してから、数日が過ぎた。
森の奥に構えるアジトの空気は、戦いの前とはまるで別物になっていた。
牙部隊の兵たちは、いつものように武具の手入れを行っている。だが、その表情には以前にあった焦燥や疑念が薄れ、代わりに「守るべきものを得た」という確かな実感が浮かんでいた。仲間を守り、群れを強くする――ただ戦うための武力ではなくなったのだ。
爪部隊は、森の外れに畑を作ろうと試みていた。石をどけ、土を耕し、種を蒔く。その光景は獣人やゴブリンたちにとって新鮮なものだった。狩りや略奪だけではない、未来へ繋がる糧を自らの手で得ようとする営みは、彼らの心に静かな誇りを宿していた。
「俺たちが作った飯を、みんなが食べる日が来るんだな」
そんな小さな会話が、焚き火のそばで笑い声に変わる。
目部隊は森に生きる獣や植物を調べ、記録を整理していた。ティナの指導のもと、彼らは新たに「知」を集め、保存する役目に励む。これまでただの戦力の一部だった兵たちが、知識を扱う自覚を持ち始めたのだ。
「クロナ様は、この森そのものを我らの居場所に変えようとしている」
記録を綴る手は震えていたが、それは畏れではなく高揚だった。
変化は日常の細部にも現れていた。
かつて喧嘩の絶えなかった食事の場は落ち着きを帯び、配られる肉や薬草をめぐる奪い合いは消えた。新しい秩序が浸透し始めたのだ。兵たちは互いに譲り合い、笑い合い、これまで想像もしなかった「共同体」という感覚を得ていた。
イエガンは牙部隊を率いて鍛錬を眺めながら、ふと呟いた。
「……俺たち、もうただの群れじゃねぇな」
隣に立つティナは頷き、少し笑みを見せる。
「クロナ様が『王』になった以上、私たちも変わらなければならない……でも、それは恐ろしいことではないわ」
兵たちは気づいていた。
自分たちが仕える存在が、ただの力ある異形ではなく、未来を示す「王」であることを。
そしてその未来が、血と破壊の中だけでなく、安らぎと希望にも繋がることを。
森に吹き込む風は冷たい。だが、その中に、確かに新しい芽吹きの匂いが混じっていた。




