【第10話:焚き火の向こうにあるもの】
森の奥。
そこは、あの血にまみれた戦いの場とはまるで違っていた。
木漏れ日の差し込む静かな一角。
風が葉を揺らす音、鳥のさえずり、遠くから流れてくる小さな水の音。
そのすべてが、クロの耳に妙に優しく響いていた。
「ほら、これ。苦いけど、少し食べれば力が出るんだよ」
少女が差し出したのは、細長く裂いた根っこだった。
クロは恐る恐る口に運ぶ。確かに苦い。けれど、身体が少し楽になるのを感じた。
「……知ってるんだな。こういうの」
「うん、昔、教わったの。森でね。……ちょっと、変でしょ?」
クロは首を横に振った。
変かどうか、判断できなかった。ただ、彼女の言葉には不思議な説得力があった。
それに、この数日間、彼女の言葉に何度も救われている。
「クロくん、さ……言葉、話せるけど、文字は読める?」
「……分からない。試したことない」
「そっか。じゃあ、これから一緒に勉強しよ。言葉も、いろんなことも」
少女は笑った。その笑顔は、焚き火のようだった。
ぽつ、ぽつと温かく、だがいつか燃え尽きてしまいそうな、そんな儚さを感じさせた。
クロは少し黙ってから、言った。
「……こんなの、久しぶりだ。こんな……安心するのは」
その言葉が、自然に口から出たことに自分で驚いた。
少女は何も言わず、にこっと微笑んだだけだった。
***
夜になり、再び焚き火が灯る。
その橙色の明かりに照らされながら、クロはひとり思索にふけっていた。
(なぜ、俺は言葉を話せる? なぜ、こんなふうに生き延びてる?)
そして、少女のことも。
(あの子……何者だ? 人間にしては……)
言葉にできない違和感。
だがその正体に触れるには、まだ自分はこの世界で無知すぎた。
「クロくん?」
声に振り向くと、少女が毛布を持っていた。
「冷えるでしょ。ほら、これ使って」
クロは少し戸惑ってから、それを受け取った。
「……ありがとう」
その一言が、いつのまにか自然に出ていた。
少女はまた笑った。焚き火に照らされたその笑みを、クロはじっと見つめていた。
(この時間が……終わらなければいいな)
心の奥で、そんな願いがひそやかに芽吹いた。
だが、この焚き火の向こうにはまだ、過酷な現実が待っている。
クロがそれを知るのは、もう少し先の話——。




