第四話 女神様の奇跡と出逢いはSランク!
@郊外の薄暗い建物の前
建物の前には馬二頭で引く大きな荷台のついた馬車が到着していた。
荷台には大きな幌がつけられて外からは全く見えないようになっている。
馬車の周りでは十人ほどの男達が剣やら槍やらそれぞれ武器を携えてピリピリした雰囲気で辺りをうろついていた。
アイサちゃんと繋いだ手がギュッと強く握られたので、私もその手をギュッと握り返した。
「乗りな」
ヒゲ男がそう言って馬車の荷台を指さす。
言われるままに馬車の後ろに移動して中の様子を伺うと荷台の中には顔をすっぽり覆うフードを被った男二人が奥に乗り込んでいた。
先にアイサちゃんの体を支えて馬車の後ろに乗せてあげた後、続けて自分も乗り込む。
奥にいる男達の方へは向かわず、乗り込んだすぐの隅っこにアイサちゃんと二人で身を寄せ合って座り込んだ。
「そう怯えんなよ。そいつらはオレと同じでアンタ達の事守ってくれる頼りになる奴らだからな。魔物とか、魔物じゃない奴らとかからな」
そう言いながらヒゲ男も軽い身のこなしで馬車に乗り込み、私達の対面に座り込んだ。
男は荷台の枠を乱暴にドンドンと叩いて合図を送る。
「おい、いいぞ。出せ」
ヒゲ男の声に応えるように馬車がゆっくりと動き出す。
車輪がガラガラと音を立てて回り始め、周りの男達も馬車に合わせて動き始めた。
先程まで閉じ込められていた建物が段々と遠ざかり、どんどんと進んでいく。
「……、私達はどこに連れて行かれるんですか?」
ヒゲ男に向かって問いかけてみる。
ヒゲ男はこちらを一瞥した後、また馬車から外を眺めて面倒くさそうに口を開いた。
「飯の心配ならいらねぇよ。そう何日もかかれ場所じゃねぇからな。ちょっと我慢すりゃぁ着いた後、腹一杯食わせて貰えるから心配すんなよ」
「いえ、そういう事ではなくて……」
「あぁ、それともナニか? もしかして小便か? それは我慢してくれ。その分だけ早く着けてやるし、その方が向こうも喜ぶだろうからな」
話しかけるのはもう辞めた。
話の内容が下品過ぎてアイサちゃんの教育に悪い。
ヒゲ男の方を睨みながら隣に座るアイサちゃんの肩を抱き寄せた。
例えこの男達が何をしてきても私がアイサちゃんのことを守らなきゃ……!
「暇なら一つ賭けでもするかい? 退屈しのぎくらいにはなるだろうぜ」
今度はヒゲ男の方から話しかけてくる。
よりにもよって賭け事の話なんて……。
ギャンブルなんて百害あって一利なし! 女神様にお仕えする神官の私がそんな身を滅ぼすだけのものに手を染めるわけないじゃないですか!
……生活にさえ困っていなければ!
「……やりませんよ。賭け事なんて」
「賭け金ならいらねぇさ。アンタがハメられて一文無しなのは知ってっからよ」
「ハメられて!?」
男の言葉に思わず声を上げて立ち上がってしまう。
ハメられてってどういう事!?
え? えぇ? ちょっと待って!
ハメられてって私が!? 一体いつから!? ハメられて!?
リーダーさんと戦士さんの時から? それともシーフさんと魔法使いさん? あの二人は違うか、違うね。
宿屋のオジサン? 競馬のオジサン? アークニンさん? 一体誰から私ハメられてたの!?
「おっといけねぇ。つい口が滑っちまった。ハハ、気にしねぇでくれ、ホルス嬢ちゃん」
「名前!? 私、名前教えてないんですけど!」
「ハハハ、細けぇことは気にすんなよ。ホルスの嬢ちゃんはどこでも有名人だそうだからな。目つけられた相手が悪かったと思って諦めな。恨むなら自分のスタイルを恨むこった」
「ちょっと! そんな意味分からない事いって誤魔化そうったって
「おい、止まれ! これは何の馬車だ! お前ら、通行許可証はあるか!」
突然、馬車の前の方から大きな声が聞こえてくる。
馬車はいつの間にか町の入り口の門まで来ており、門番をしている衛兵がこの馬車を止めたようだった。
ヒゲ男はやれやれといった顔をみせた後、懐から紙を取り出して荷台から飛び降りていった。
問い詰める相手が去ってしまい、消化不良のままアイサちゃんの隣に戻った。
ヒゲ男の口ぶりは私が誰かによって罠にかけられたというものだった。
私が冒険者ギルドでパーティーを探すのに苦労してるのも宿の支払いに困ってるのもギャンブルで身を破滅させる事になったのも、もしかしたら全てが誰かの手によって計画されたものだったのだろうか。
頭の中でグルグルと悪い考えがよぎる。
得体のしれない恐怖に体が震えだした。
もうなんでこんな事になっちゃうの! 一体全体私が何したって言うの、女神様!
ちょっと前までは教会で毎日楽しく子供達と遊んだりご飯食べたり一緒に勉強したりするだけでぜーんぶ上手くいってたのに!
それがどうしていきなりこんな激動の人生に変えてくるんですか! 女神様の鬼! 悪魔! 人でなし!
と、そんな事を考えていたら二の腕をギュッと掴まれた。
「あ、あの、ホルスさん……。大丈夫ですか?」
アイサちゃんが心配そうな目でこちらの顔を伺っていた。
あーもう! 私のバカ! 自分の事なんて考えてる場合じゃなかった!
隣に子供がいるのに取り乱したらダメ!
私よりもアイサちゃんの方がずっと不安なはずなんだから! 落ち着いて! この子を守る方法を考えなくちゃ!
アイサちゃんの肩にガッシリと腕を回して抱き寄せた。
「だ、大丈夫! 何があってもアイサちゃんの事だけは守ってみせるからね!」
「あ、は、はい……。えっと、そうじゃなくて……、今なら衛兵さんに……」
その言葉にハッと気付かされる!
そうだよ! 今なら衛兵さんに助けて貰えるじゃない! アイサちゃん天才!
馬車の荷台から身を乗り出して前の方を探す。
そこでヒゲ男と話をしている兵士の姿を見つけて普段は出すことのない大声で呼び掛けた。
「衛兵さん! 助けて! その人達は誘拐犯なんです! 今すぐ捕まえてください!」
衛兵はこちらを向いた後、厳めしい顔をしてヒゲ男の顔をみた。
よし! いいぞ! そのままそいつを捕まえてくれ。
対するヒゲ男はへらへらと笑ってみせ、手に持った紙を指さして衛兵に見せつけた。
「この通りでね。全く困ったもんですよ。護送してる間ずっとこんな調子かと思うと今から気が滅入る思いですよ」
「そうですね……。気苦労お察し致します。どうぞお通りください。旅の無事を祈ります」
え? なに? なんか変な雰囲気だぞ?
不思議に眺めていると間にも馬車は動き出す。
通りすがる兵士は憐みのような視線をこちらに向けたまま何も言わずに私の乗った馬車を見送った。
「いや、衛兵さん! 見送らないで! 止めてよ! 助けてよ!」
必死に呼びかけても兵士は全く意に介した様子は見せず、そのまま門の脇へと戻っていった。
ヒゲ男は馬車に走って駆け寄ると荷台の縁を掴んで飛び乗ってきた。
「あんまり無理いってやんなよ。あんな木っ端の衛兵なんかじゃオレ達に手なんか出せやしねぇさ。もしも手なんか出して来たら家族もろともどうなることか分かんねぇからな。ハハハ、世間知らずの冒険者でもなきゃアンタ達の事なんか助けになんかこねぇよ。元神官、とかな。ハッハッハ」
遠ざかる 町の門を眺めながらヒゲ男はせせら笑いながらそんなことを言った。
その横顔は非常に腹立たしい、人生でも5本指に入るくらい腹立たしい、ムカつく、ムカつくが……、この男に対して今の私に出来ることは、何もない。
下唇をかみしめて悔しさを押し殺し、アイサちゃんの隣に戻る。
不安げな目をして隣に座るアイサちゃんの体をしっかりと抱き寄せた。
例えこの男たちが何を企んでいようとも、絶対絶対絶対にアイサちゃんだけは守るんだ。
女神様、どうか私達に光のお導きを。
ー ー ー ー ー ー ー
@町から離れた林道
馬車に揺られてどれくらい時間がたっただろうか。
町はすっかり見えなくなり、両側を森に囲まれた街道を馬車は進んでいた。
ガタガタと揺れて時折石で跳ね上がる馬車の座り心地はあまりいいものではない。
お尻が痛くなるたびに体勢を変えて過ごしたがもう限界。お尻全部痛い。
隣に座るアイサちゃんもずっと落ち込んだような暗い顔をしている。アイサちゃんもお尻痛いのかな。
対面するヒゲ男は余裕の表情どころか目をつむって居眠りしている。男の人だからやっぱりお尻も強いのかな。
何とかアイサちゃんの顔に明るさを取り戻してあげたいのだがそんな方法もないし、雰囲気もない。
私に出来ることぐらいはせめて心細くならないように隣にいてあげることだけ。
あぁ、女神様。どうかこの子に祝福をあげてください。おまけで私のお尻にも。
と、その時、ズドンという大きな音と共に馬車の荷台が大きく跳ね上がった。
「馬車を止めろ! テメェら、剣を抜け!」
ヒゲ男が叫ぶ。
さっきまで居眠りしていたとは思えないほどに機敏な動きで馬車から飛び降りて周囲を警戒する。
直後にドカンと森の中から再び大きな爆発音が響く。
隠れていた鳥達が一斉に木々から飛び出して逃げていった。
一体何が起きたというのか。
馬車から身を乗り出して周りを確認する。
周りにいた男達も剣を引き抜いて音のする方向を見てなにやら狼狽えていた。
男達の見ていた方向、その森の奥から響いてくる轟音は鳴るたびにその大きさを増していく。
音は徐々に大きな影を伴いはじめ、木々をなぎ倒しながらこちらへと近づいてくる。
その大きさは人間など優に超え、木々を飲み込める程に大きな巨体にまで大きくなり、そして、今正に目の前へと来た時にまだ幼さの残る女の子の声が響いた。
「チアツィ。向こうに人」
「分かってる! スィア、任せた!」
掛け声と共に森を覆っていた巨体が宙に浮き空へとぶっとんだ。
光の下に照らされたその姿は、豚に近いがそれよりも凶悪でより醜悪さを増した恐ろしげな顔をして人の二倍はあるだろう巨体にでっぷりとした大きな腹を持ったオークと呼ばれる魔物、それを更に何倍にも大きくした、まるで山かと見まごう程の巨体が今まさに目の前で空中に浮いていた。
影は馬車も馬車に周りにいる男達もすっぽりと全てをのみこんで、太陽も雲も、見上げた空一面を覆い尽くして隠してしまう程の巨体が今まさに目の前、頭上に浮かんでいた。
「キ、キ、キ、キングオークだー!」
男の叫び声が響く。
叫ぶと同時に周りにいた男たちは散り散りに走り出した。
当然だろう、山のような巨体が頭上に何の支えもなく浮かんでいるのだ。
子供でも分かる当たり前の現象として空中の巨体はそのまま地上へと落下して
まずい! ここにいたらつぶされる! 逃げないと!
「アイサちゃ、キャッ!」
奥から飛び出してきたフードの男達が、ぶつかるのも構わずに我先にと馬車から飛び降りてきた。
男達に蹴り飛ばされて体勢を崩すも、なんとか立て直してアイサちゃんの体を掴む。
「アイサちゃん! 逃げないと!」
「あ、あぁ……」
アイサちゃんは空に浮かぶ巨体を見て完全に放心状態だ!
もうここから走って逃げてなんていたら間に合うわけがない!
「アイサちゃん!」
急いでアイサちゃんの体を両手で胸の下に抱え込み、小さな体の上にしっかりと覆い被さり身を固める。
女神様! 奇跡でも何でも起こしてこの子を助けて! 私は潰されてもいいから!
大好きなお父さんをなくして悲しい思いしたばっかりなのにこんな悲しいまま人生終わりなんてあんまりだよ! まだ子供なんだよ!
お願いだよ女神様! 私が身代わりでもなんでもなるからどうかこの子だけは! この子だけは助けてあげてください!
どうか!
どうかー!
なにとぞおひとつ!
偉大な女神様!
人々の母!
寛大な御慈悲を!
おおー、女神様ー!
われら人の罪を許したまえー!
……、……、……なかなかつぶされないな?
あれ? それとも私がもしかして気づいてないだけでもう潰されてたりする?
薄っすらと目を開けると、目の前にはぺちゃんこじゃない、さっきまでのままのアイサちゃんの体がある。よかった。
体をゆっくり起こして周りを確認すると馬車が潰れた様子もない。
「ホ、ホルスさんっ……!」
「アイサちゃん! 大丈夫!?」
胸の下でもぞもぞ動くアイサちゃんがその顔をあげた。
キレイでかわいいお顔のまま、どこも変わってなんかない。
アイサちゃんの体を思いっきりギュッと抱きしめる。あったかい! ちゃんと生きてる!
奇跡だ……! 奇跡が起こったんだ!
ヒュー! さすが女神様ー! やる時はやる女! 世界で一番愛してるー!
まったくもうヒヤヒヤさせちゃって! 助けるならもっと早く助けてよね! ここで人生終わりかと思って焦ったじゃん!
「あ、あの! ホルスさん! 外! 外!」
「えっ? あっ、そ、そうだね! 今のうちに外に逃げなくちゃね!」
アイサちゃんの言う通り! 助かって喜んでる場合じゃない! 今のうちにここからアイサちゃんと逃げなくちゃ!
目を丸くして外を指さすアイサちゃんの体を手放して、先に馬車から降りる。
馬車の周りには男達の姿もヒゲ男の姿も消えていた。
薄暗闇の中、私達をおいてさっさと逃げていったのだろう。
商品の内は守るよーみたいなこと言っておきながら無責任な奴らだ。
まぁ、今は逆にそれが助かってるんですけど。
それにしてもやけに暗いな……。
女神様もせっかく奇跡を起こしてくれたんだから、ここは気を利かせて逃げる方向だけでも照らしてくれたらよかったのに……。ここ一番で気の利かない女神様だなぁ。
でもまぁ、薄暗い方がアイサちゃんと二人で逃げるのに見つからなくていいかもしれないよね! 前向きに考えよう!
「アイサちゃん! 今なら逃げれそうだよ! はやくいこ!」
「そうじゃなくて! ホルスさん! 上! 上!」
「上?」
アイサちゃんが必死に上を指さして呼びかけてくるので首を持ち上げた。
アイサちゃんが指さした先、その空にはいるはずのない、いや、少なくとも落ちてないとおかしい、キングオークの巨体がそこに浮かんでいた。
「エエェ―!? なんで!?」
キングオークは青白く光を放つ結界によって、その落下を阻まれて巨体をまるごと宙に投げ出されていた。
見上げた先、キングオークの恐ろしい顔と目が合うとキングオークはけたたましい叫び声と共に四肢を無茶苦茶に動かして空中で暴れる。
「いやぁぁ! 助けてぇ!」
滅茶苦茶に振るわれるキングオークの拳はその一発一発が大砲かと思うほど轟音を打ち鳴らしてその威力を伝えてくる。
空気が震え、音の振動が体の芯まで響く。
しかし、光の結界はそれら一切で傷一つつけられることはなく全てを跳ね返す。
なにこの奇跡!? 恐ろしい恐怖を体験させつつ、これから命を救ってやったんだぞ分からせるタイプの奇跡!? 奇跡を起こす方向性を絶対間違ってるよ女神様!
「すみません」
凛とした、それでいてまだ幼さを残した少し高い声に呼びかけられた。
声の先に振り向く。
そこには大きな盾をキングオークの腹に向けて振り上げてぶち当てた女の子が立っていた。
手に持った盾からは青白く強い光が放たれて辺りを一帯を包む結界を生み出しており、キングオークの落下を阻んでいる壁を作りだす主だと誰が見ても一目で分かる。
長く美しい銀髪が光の反射で煌めき、こちらを見つめる金色の瞳は宝石のように輝いていた。
その顔立ちはこれまで子供達を沢山みてきた経験から12か13歳ぐらいだと思われる、そして、その顔立ちはこれまで見てきたどんな子供よりも美しい。
背格好は普通の子供と同じぐらい、体には動きやすさを重視したのか胸や鳩尾などの急所は守りつつ腰回りや肩などは細身のスタイルに合うように作られた変わった鎧を着こんで、その腰には美しい剣を携えていた。
女の子はその瞳でじっとこちらを見つめたまま、無表情を崩さずに小さく口を開いた。
「すぐ終わらせるのでちょっとだけ待ってて下さい」
「おい! どこ見てんだよ、このデカオーク! アンタの相手はアタシだろうが!」
今度はキングオークのいる方向、頭上から気迫をこめた少女の声が聞こえた。
真っ赤なボサボサの髪をかきあげてその隙間からは覗かせたのは薄い褐色の肌に意志の強そうな爛々とした赤い目、先ほどの女の子と同じくらいの年の頃であろうどこか幼さを感じさせるも凛々しい顔立ち、そして猫のようにピコピコと動く耳を頭から覗かせた。
紋様の刻まれた鋼鉄の篭手を両手にはめて打ち鳴らして不敵な笑みを見せる姿からは体術を駆使した格闘が得意なのであろう事が伺える。
着ている衣服は胸周りと下半身の大事な所だけを隠した、動きやすさを重視した軽装で鍛えられて縦線の入ったお腹とおヘソ、健康的で筋肉のついた二の腕と太腿も大胆に露わにしていた。
ショートパンツを履いたお尻の少し上辺りからは赤毛と黒毛の混じった細長い尻尾がまるで誘うように揺れ動く。
キングオークは憎々しげに猫耳の女の子を睨みつけるとその太い腕を女の子目掛けて振り回した。
しかし、女の子は電光石火の早業で襲いくる腕を次々にかわしてキングオークへと近づいて、懐に潜り込んだ女の子は足下の結界を強く踏み込み空中で華麗に身を翻して巨体に強力な蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばした足を中心にキングオークの体が大きくひしゃげて頭上でとどまっていた巨体が結界の上を滑り遠くへと吹き飛んでいく。
猫耳の女の子は飛んでいったキングオークを追いかけて走っていったのを見届けると盾を構えていた女の子は結界を解いてこちらへと歩いてきた。
「すみませんでした。何か被害があったら冒険者ギルドへ請求しておいてください。それじゃあ」
「いや、これは私の馬車じゃないから別に……、じゃなくて! あなた達は一体なにものなんですか!」
「私達ですか? 私達は」
「スィア見つけたー」
どこからかいつの間にフラッと現れたのはエメラルドの宝石みたいに美しい瞳と髪、そして長い耳をもったエルフの女の子だった。
編み込んだ髪をきらびやかな装飾を施されたリボンで結び、耳には小さくてかわいいイヤリングをつけている。
エルフなので実際の年齢は分からないが見た目の年齢は前二人と同じくらい、丸く柔らかそうな顔立ちの上に長いまつげと大きな目、つるつるでいて柔らかそうな白い肌は全てが相まってまるでお人形さんのような可愛らしさだ。
洋服もまた一見ゆるやかでふわふわとして感じでありながらが引き締まるところはしっかりと魅せるように作られたオシャレさ感じさせる服装がまた一段とそのかわいらしさを引き立たせる。
身の丈に迫るほどの大きな弓を背中に背負ったエルフの子は鎧を着た銀髪の女の子に後ろから抱き着いてもたれかかっていた。
「もう歩くの疲れたよー。めんどくさーい。かえりたーい」
「ダメだよ、ルイダ。ギルドマスターにまた怒られるよ。それにルイダも手伝ってくれればすぐに終わる」
「おハゲちゃんなんていつも怒ってるんだから別にいいじゃんー。こんな所からじゃ狙えないしー。私なにもできなーい」
ちょうどその時、遠くに転がっていったキングオークが咆哮をあげながら木々の間から頭をだした。
「ルイダ。今なら狙えるよ」
「はぁー……、タイミング悪すぎー。もー、しょうがないなー」
エルフの子は銀髪の女の子から離れるとキングオークに向かって大弓を構えた。
矢をつがえたエルフの子は華奢な腕からは信じられないような力で弦を強く引き絞る。
つがえた矢に光が宿り、大弓の前には大きな魔法陣が展開された。
「加速よーし! 威力よーし! チアツィ―! 当たったらごめーん!」
放たれた矢が魔法陣を通りぬけた瞬間に辺りに暴風を巻き起こす程に加速する。
光のような速度で飛んでいった矢は一直線にキングオークの頭へとぶち当たり、ただの矢とは思えない程の衝撃を響かせてその体勢をよろけて倒れさせた。
「チアツィ―! うまくよけてねー!」
エルフの子は次に空に向かって弓を構えると五重の魔法陣を生じさせて、それに向けて矢を放った。
放たれた矢は勢いよく加速してそのまま雲の向こう側へと消えていった。
消えた矢がどこにいったのか眺めていると空に大きな魔法陣が描かれて、それはちょうど先ほどキングオークが倒れた場所の頭上に現れた。
現れた魔法陣はうっすらと発光するとそこから光の矢を雨のように降らした。
光の矢は一部の隙間もなく降り注ぎ、森の木々をなぎ倒して辺り一帯を破壊しつくしていく。
「よーし、終わった終わったー。さぁー、帰ろうー」
「チアツィが戻って来てからね。呼びに行こう」
二人の女の子が話していると森の方からガサガサと騒がしい音が響いて、人の影が飛び出してくる。
それは先ほどまで結界の上で戦っていた猫耳の女の子で何やら怒った様子でエルフと銀髪の子に近づいてきた。
「ルイダ! なんで急に撃ってきたんだよ! アタシが先に戦ってたのに!」
「急じゃないよー。ちゃんと声かけたしー」
「え? ホント、スィア?」
「うん。ルイダは声かけてたよ、チアツィ」
「え? そうなんだ、ゴメン、ルイダ。でも、そんなの関係ないよ! せっかくアタシがアイツやろうと思ってたのに! ルイダが横取りした!」
「それよりもチアツィー。体動かしてもうお腹減ってるんじゃないー? そろそろご飯食べる時間だしもう帰らないー?」
「えぇ? お腹? うーん、言われてみればお腹空いてるかも! よし! 帰るか!」
「分かった。じゃあソシィを見つけて帰ろう」
「やったー、おわりおわりー。はやくかえろー」
エルフは猫耳の背中を押して離れていくと、銀髪の子は再びこちらに向き直って話をする。
「それじゃあ私達は帰りますので何か問題があれば冒険者ギルドにお願いします」
「あぁ、これはどうもご丁寧に。お疲れ様でした……。じゃなくて! あなた達は一体何者なの!」
「私達ですか? 私達は」
「グオォォォォッ!」
森中に響き渡るほど大きな雄叫びが響いた。
森の向こうで倒したはずのキングオークが全身傷だらけになりながらも起き上がり、恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。
「チッ! もう飯の時間なのにめんどくせぇなぁ」
「あらー、まだ生きてたんだー。しぶとい奴だねー」
「このまま帰ったら大変だよ、ルイダ。またギルドマスターに怒られる」
起き上がったキングオークを遠くに眺めてのんきな事を呟く女の子三人のところに大きな杖を担いだ一人の女の子がトテトテと走ってやってくる。
「みんなー。やっと追いつきましたー……」
見たところの年は他三人と同じくらいで、海よりも深い藍色の瞳と長い髪をして、髪は後ろで二つに分けて束ねておろしていた。
その顔は新雪みたいに白く柔らかそうな肌に紅葉のようにほんのりと赤く染まった頬、淡い桜をした色のふっくらした唇とどこを見ても愛らしい。
身にまとったのは見るからに上質な黒い布に細やかな金色の装飾が施されているふわふわした品のいいローブ。
童話に出てくる妖精と言われても信じてしまいそうな可愛らしさと愛らしさを備えた女の子が大きな杖を担いで息を切らしていた。
「ハァハァ……。みんな早いから追いつくの大変です……」
「わぁー、ちょうどいい所にきたね、ソシィ―。ちゃちゃっとやっちゃってー」
「ソシィ! お腹空いたから早く魔法でやっつけて!」
「ソシィ。魔法をお願い」
「みんな人使いが荒すぎです……。少しは労わって欲しいです……」
青髪の女の子はガックリと肩を落とした後に手に持っていた杖を地面に突き立てて、キングオークの方へと向いた。
精神を集中させるように目を閉じると女の子の足元に巨大な魔法陣が現れて辺り一帯に広がっていく。
広がった魔法陣からは魔力の光があふれ出して無数の小さな光の玉を生み出した。
「大気震わせ大地揺るがす 雷神の怒り全てを砕かん 裁きよ今ここに ライトニングジャッジメント」
女の子が言葉を紡ぐと魔力の光が一層輝きを増して光を放った後、魔法陣と共に消える。
キングオークの頭上に次々と雲が渦を巻きながら集まり大きさを増していく。
雲の中から幾度かの雷鳴を響かせて大きな光を放った後、巨大な雷がキングオーク目掛けて落ちた。
雷を受けたキングオークが全身を震わせて体を真っ黒に焦げさせると力を失って森の中に倒れていった。
「依頼は終わりだね。早く帰ろうか」
「早く帰って飯食いに行こうぜ!」
「かえろーかえろー。早くかえってねよー」
「帰りはせめてゆっくり帰りましょうよぉ……」
集まった4人の女の子はそのままぞろぞろと町の方へ向けて歩き出した。
「って、ちょっとちょっと! 私の質問答えてないよ! あなた達は一体何者なの!」
「あ、そうだった。すみません」
慌てて引き止めると女の子達は足を止めてこっちに振り向いた。
四人の中から銀髪の子が一歩前に出ると、胸に手を当てて自己紹介をする。
「私達は冒険者として活動しているSランクパーティー『デルモウィーク』。一応リーダーのスィアです」