第一話 パーティーからセルフ追放する運びとなりました。
@ゴブリンのいるダンジョン
亜麻色の長く美しい髪に衆目を集める美麗で端正な顔立ちち、それから透き通るような色白の肌に集団の中にあっても一際目立つ長身と、そこからさらに二際も三際も目立ちに目立つ大きな胸、それを殊更に強調するくびれのある腰つき、それでもまだ足りるものかと大きなお尻を覆うピチピチのスカートから伸びるムチムチの太腿は見る者の視線をがっちり捕らえて離さない。
その容姿は一目見ればどんな男性も心を奪われてしまうよな絶世の美女、本人が望んでそう生まれたワケではないのだが。
彼女のパーティーでの役職はヒーラー、戦闘によって傷ついたパーティーメンバーを神聖な魔法によって癒すのが彼女の役割だ。
「ホルス! 危ないからリーダーのオレの後ろにいるんだ!」
「は、はい!」
ゴブリンの一団との戦いの最中にヒーラーのホルスはリーダーの言う通りに背中側に位置をとる。
「いや! リーダーは敵を引き付けるタンクだから危ない! 戦士のオレの後ろにいるんだ!」
「は、はい!」
ホルスは言われるままに戦士の後ろに移動する。
「いや! 戦士は敵に切り込む役だから切り込んだら守る人がいなくなる! オレの後ろにいるんだ!」
「いや! リーダーこそ敵の前に出て惹きつける役なんだから危ない! オレの後ろにいてくれ!」
「いや! 戦士は前に出て敵を倒す役なんだから前に出てくれ! ホルスの事は俺が守る!」
「いや! リーダーの見せ所を奪うなんて野暮なことは出来ねぇ! ホルスの事オレがそばでずっと守ってやる!」
「待つんだ、戦士! 今は戦いの最中だぞ! そういった事はよすんだ! さぁ、ホルス! そんな奴のそばにいないでオレの胸に飛び込んでおいで!」
「落ち着け、リーダー! 今は戦いの真っ只中だぞ! お前はゴブリンとでもイチャイチャしてろよ! さぁ、ホルス! オレと人生を共にしてくれ!」
「おい、戦士! 言ってることわからないのか! 目の前にゴブリンがいるんだぞ! お前はとっととゴブリンのところいけよ!」
「まずは敵の目を引きつけるのがタンクのリーダーの役目だろ! ほら、ホルスの事はオレに任せてさっさと殴られてこいよ! ドM野郎!」
「お前はタンクに言っちゃいけないことを……! どけ、戦士! お前にホルスは相応しくない! ホルスと恋に落ちるのは男らしい責任感のあるリーダーのオレだ!」
リーダーと戦士の2人はお互いの顔を睨みつけ合いバチバチと視線で火花を散らし合う。
お互いに一歩も引く気はないといった様子でお互い自分のエモノを強く握りしめ、今にも引き抜いて斬りかかりそうな具合だ。
もちろん、その相手は正面にいるゴブリン相手ではない。
「いえ、あの、2人ともちょっと落ち着いて下さい……。って、あっ!」
隙を見たゴブリンの一匹が突出し、小さなボロボロのダガーを片手にこちらへと突っ込んでくる。
「ホルス! あぶなーい!」
「ホルス! ふせろー!」
リーダーはホルスの上半身押し倒すように襲いかかり、戦士はタックルで突き飛ばすように下半身へと飛んだ。
ゴブリンの攻撃は三人から大きく外れて空をかすめてゴブリンはそのまま距離を取って離れた。
「大丈夫か、ホルス! ケガはしてないか!?」
「無事か、ホルス! 足をくじいたりしていないか!?」
「あのっ! ちょっと! 早くどいてください!」
上半身に飛びついたリーダーはケガを確かめるための上半身、主に胸周りを手で調べてまわり、下半身の戦士は足をくじいていないか調べるために太ももまわりをよく揉んで調べる。
「ちょっと離れて! 二人とも!」
「いや、この辺りをまだケガしてるかも」
「いや、気づいてない所をひねってるかも。触診で確かめよう」
「そんなの治癒魔法ですぐ直るから! 触らないで! 離れて! って来てる来てる! 戦って!」
今度は二匹のゴブリンがこちらの刃物を向けて跳びかかってくる。
ホルスは二人の体を手と足で叩いてその事を必死に伝えるが、二人は一向に意に介した様子を見せない。
「お、おいおい。こんな所で抱きしめてくるなんて積極的だな……!」
「お、オレは別にそんなつもりじゃなかったけどホルスがその気なら……!」
「違う違う違う! 全然そういう意味じゃない! ちゃんと現実を見て向き合って!」
襲い掛かってきたゴブリンはそのまま刃物で二人の背中を引き裂いた。
「ぐわー!」
「ぎゃー!」
「ほら! いわんこっちゃない! このバカども! 助けてー!」
二人を切りつけたゴブリンがもう一度攻撃を繰り出そうとした背後に現れた影が一匹の腕を閃光の速さでショートソードが切り裂いた。
刃物を振るったのはフードを被った細身の女性、パーティーメンバーのシーフだった。
シーフはそのままもう一方のゴブリンに剣を突き立てて、腕を切ったゴブリンを蹴り飛ばして壁にぶつけた。
「シーフさん! 助かりました!」
「このバカども! 戦闘中に盛ってんじゃないよ! 真面目に戦え!」
「誤解ですぅ! 私は巻き込まれたんですぅ! バカどものグループに入れないで下さいぃ!」
シーフが手を差し伸べるとホルスはその手を取って倒れた男をそのままに立ち上がった。
立ち上がった二人の目の前には未だ数匹のゴブリンの群れが残る。
「あわわわ。こっちにはもうリーダーも戦士もいないのに」
「大丈夫よ。バカやって目を引いてくれたお陰で時間が稼げたわ」
シーフがそういった後に二人の後方から赤い光が広がった。
ホルスが視線を向けると杖を構えた女魔法使いが魔力を集中して魔法陣を展開していた。
「地に燻る炎よ! 嵐を纏いて噴き上がれ! 大地焦がし薙ぎ払え! ファイアストーム!」
女魔法使いの詠唱と共に魔法陣は強烈な光を発して発動される。
ゴブリンたちの足元が高熱によって急速に赤く染まり、噴き出した炎によってゴブリンたちは包み込まれた。
渦を巻いて巻きあがった炎は瞬く間にゴブリンたちを焼き尽くし、その熱と風がやんだ後には焼け焦げたゴブリンの体だけが残されていた。
「す、すごいです! さすが魔法使いさんです!」
「ありがと。でもその前にそっちのバカ二人を治療した方がいいかも」
女魔法使いが指をさした先で背中を刺された男二人が地面をごろごろとのたうちまわっている。
ホルスは二人の近くに膝まづくと呪文の詠唱の為に精神を集中する。
「う、うぐぅ! ホ、ホルス、頭が傷む! これは毒かもしれない! 膝枕をしてくれ!」
「あっ! ずりぃぞ、リーダー! ズルいズルい! オレもオレも!」
「あぁもう気が散るから黙ってて!」
ホルスはもう一度目を閉じてしっかりと精神を集中させて、リーダーの傷の上に手をかざした。
「へへ! どうだ戦士! ホルスはやっぱりリーダーのオレを優先してくれるんだよ!」
「ちっ! ホルスは優しいからヒョロガリのお前を先にしてやっただけだよ! オレはホルスのそういう所を理解してるんだよ!」
「……あんたらいい加減にしないとココで私がトドメ刺すよ」
女シーフが鋭利なショートソードを二人の目の前でチラつかせると二人はようやく大人しく口をつぐんだ。
ホルスはンンッと咳払いして今度こそ魔法の詠唱を開始する。
「……、た、たゆとう光よ。小さき命を守る灯火となれ! ファーストヒール!」
ホルスが詠唱を終えると周りにいくつかの小さな光が現れてリーダーの背中の傷へと集まり、その傷をゆっくりと塞いでいく。
が、その傷を塞ぎきる前に光は霧散して空中に消え去ってしまった。
「ぐっ! ホ、ホルス……! 回復してくれたのはありがたいが、今のではまだ治りきってないみたいだ……! も、もう一度頼む……!」
「あっ! ずりぃぞリーダー! こういうのは順番だろ! 次はオレを治療してくれ!」
「あ、あわわわ……」
動揺するホルスの前で騒ぐ男二人の頭を女シーフはグーで殴りつけて黙らせた。
「安静にしろバカども! あんたらが騒ぐからホルスの集中が途切れたんじゃない! ほら、ホルス。こいつらは私が黙らせておくからちゃちゃっと傷直しちゃって」
「は、ははは、はい。が、がががが、がんばります……」
ホルスは次に戦士の背中の傷に手をかざして再び回復の呪文を口にする。
「た、たたたた、たゆとう光よ! ちち小さき命を守る灯火となれ! ファーストヒール!」
再びホルスの周りにいくつかの小さな光が現れて戦士の背中の傷へと集まり、戦士の傷をゆっくりと塞いでいく。
が、やはりその傷を塞ぎきる前に光は霧散して空中に消え去ってしまった。
「うぐぅっ! ハ、ハハハッ! さ、さすがホルスだ! たちまち、元気が、出てきた、ぜ……! だが、すまねぇ……! もう一回治療お願いできるか……!」
「す、すみません! すみません!」
「な、なにしてるのホルス! セクハラされて嫌だった気持ちはすごく分かるけどさ。傷は治してあげてよ! 安心して、この二人の性根は後で私がボコボコに叩き直すから! さ、早く!」
「はわわわ! すみません! すみません!」
慌てたホルスは何度も何度も頭を下げながらもう一度手をかざして詠唱の準備を始める。
ホルスはもう一度手をかざし精神を集中しようとするが、その手はブルブルと震え呼吸も荒くひどく落ち着かない様子だった。
怯えたようにひどく震えるホルス、その肩に女魔法使いはやさしく手を置いた。
「落ち着いて、ホルス。その魔法は少しの才能と練習をすれば村の子供でも扱えるような初級も初級の回復魔法。その魔法は擦り傷とかちょっとした切り傷とか些細な軽傷を直す時に使われる魔法。そんなのに拘らないで高位の魔法で治療してもいい」
「え!? ちょ、ちょっと、ホルス! なんでそんな魔法使ってるの! 戦ってたらそんな回復量じゃ間に合わないよ! もっとちゃんとした回復魔法使ってよ!」
「エ、エヘヘ……。ヘヘ、ヘ……」
怒る女シーフの視線からホルスはさっと目をそらした。
女魔法使いはそんな二人の間にホルスをかばうように割って入る。
「おちついて、シーフ。戦闘中じゃないから魔力を節約してるんだよ。非戦闘中で二人とも直ちに生命への危険もない状態だし、普通のダンジョン攻略なら悪くない判断だと思う。私達は今日初めてパーティーを組んだばかりで、まだ慣れてないんだから優しくしてあげて」
「え、あっ。ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
女魔法使いの言葉をうけて女シーフもしおらしい態度になって口をつぐんだ。
女魔法使いは一息をついた後、ホルスの隣にしゃがみ込み優しい口調で声をかけた。
「大丈夫、ホルス。私はあなたの味方だよ。でも、今日のパーティーはホルスがどれだけ戦えるかも兼ねた訓練みたいなものだから、遠慮なくあなたが使える魔法で一番強い魔法を見せてほしい」
「ハッ、ハハッ、ハハハッ、ハァ……」
ホルスの口からは乾いた笑いが漏れ出した。
その体は石のように硬直させたままかざした手の指先だけはプルプルと震えている。
しばらく待っても魔法の詠唱が始める様子はなく、女魔法使いはホルスの顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 早くもっと強力な回復魔法を唱えてみて?」
「……あ、あの、私……、じ、実は……」
ホルスは引きつった笑顔で魔法使いへと振り返り、ゆっくりと口を開いた。
「これ以上の魔法、使えません……」
ー ー ー ー ー ー ー
@冒険者ギルドの片隅
赤ん坊の頃に大聖堂の前に投げ捨てられて生まれも育ちもほぼ聖王教会、勉強はそこそこで運動も平均よりちょっとアレなぐらいでまぁまぁと悪くはない程度だ。
しかし、魔法の才能だけはどうにも恵まれなかった。
色んな偉い先生がやってきて色んなことを教えてくれたり、「初心者でも出来る! 回復魔法!」とか色んな本を読ませて貰ったりしたけれど、てんでダメ。
魔力があーだこーだで精霊がどうしたこうしたで体の中でしっちゃかめっちゃかして魔法陣をそれしてあれして魔法が使えると、書いてある通りに試してみても全然その通りにならない。
初心者でも出来るとか絶対嘘である。じゃなきゃ私は初心者以下って事になってしまうじゃないか。
それでも分からないなりに悪戦苦闘に四苦八苦しながら、なんとか初級の回復魔法は習得することが出来たのだ。
そう、みんなにとっては何でもないこの初級の回復魔法でも私にとっては思い出深い努力の結晶なのだ。
そう、例えリーダーと戦士さんの傷を回復しきれなくてヒールポーションで補ったとしてもこれは私の中では自慢の魔法なのだ。
「ちょっと、ホルス! ちゃんと話聞いてる?」
「はい! 聞いてます!」
シーフさんがテーブルをバンと叩きつけるものだからびっくりして体が震えてしまった。
これまで数多のパーティーで怒られてきたから怒られるのにも慣れたかと思ったけど全然そんな事なかった。
どうして怒ってるのかも分かるし、なんで怒られなきゃないのかも分かってるから悔しいとかよりもただただ悲しい。
今の私に出来ることはテーブルの隅でシュンとした顔をすることだけです。はい。
「ヒーラーがろくな回復魔法使えないってどういうことなの! そんなんでどうやって冒険者でやってくつもりだったのよ!」
「うぅぅ、どこでもやっていけないです……。もうこのパーティーで10組目ですから……」
「10!? あんた10回もパーティーからクビにされてるの!?」
「今が10組目ですからまだ9回です! ……でも、シーフさんがそういうってことは今日が10回目です……」
「あ、ご、ごめん……」
うっかり口に出した失言に謝ってくれるその優しさが胸に痛い!
謝らないで下さいシーフさん! 謝るのは私なんですシーフさん!
いっそクズみたいな塩対応してくれた方がメンタルに優しいよ!
「言い過ぎだよ、シーフ。ホルスはまだ冒険者になったばっかりだし、まだ若いからこれからだよ。私も少しだけなら回復魔法にも心得はあるから、これから覚えて一緒に頑張っていければいいと思う」
「うぅ……。ありがとうござます……」
魔法使いさんホントに女神! 今の言葉だけで私はとんでもなく救われてるよ!
もう私なんかよりこの人がヒーラーであるべきだよ! もう既に魔法使いさんは私のヒーラーだもの!
「安心してくれ、ホルス。オレはお前の味方だ。悩みがあるならリーダーにいつでも相談してくれよな。なんならこの後、呑み直そうか? いい酒場を知ってるだ」
「大丈夫だ、ホルス。オレもお前の味方だ。オレは戦士としてこいつよりも長い戦闘経験がある。これからのホルスがどうやってパーティーで連携を組んでいったらいいのか一緒に考えないか? 落ち着ける宿屋をしってるんだ」
リーダーと戦士の二人は私の顔をみながらそんなことを口走っているが、言葉の端々でいやらしい気持ちが駄々洩れしてるし、ちらちらちらちら視線が下に落ちて胸をガン見してるの気づいてますから。
っていうか、落ち着ける宿屋ってなんだよ。直接的過ぎるだろ。もっと考えろ。
気付いたシーフさんが2人の脳天に1発ずつゲンコツを落としてくれる。ざまぁみろだ。
「と、とにかく! ヒーラーといえばパーティーの生命線なのよ! 傷の回復だけじゃない、毒の手当から仲間の支援までこなす大切な役割なの! それが擦り傷程度しか直せませんじゃ話にならないでしょ!」
「……つ、突き指も直せます!」
「へー、そうなんだ! それならホルスにヒーラーを任せても安心だね! なんてなるわけないからね! どうしてそれで行けると思ったの! 命に関わる傷を治せるかって話をしてるんだよ!」
怒りながらもノリツッコミしてくれる、なんて優しいシーフさんなんだろう。
シーフさん、あなたは私の大事なものを盗んでいきました。それは私の心です。
「その、聞いていいのか分からないけどさ……、ヒーラーとしてやっていきたいならどうしてもっとちゃんとした回復魔法を使えるようにしてこなかったの? あなた聖王教会でちゃんとした祝福を受けたプリーストなんでしょう? 教会の人達はあなたの現状をしってて冒険者に送り出したの?」
「はい……。私これしか出来ないってずっと言ってるのにですよ。二ヶ月前に急に上級神官様に呼ばれて、ンンッ! 『あー、ホルスくん、キミは明日から冒険者としてギルドに向かい迷える人々を導く手助けをしてきなさい。女神様がそう望んでおられる。心して冒険者業に臨むように』、って言われて教会を追い出されまして……」
「なにそれ! その上級神官っていうヤツは女神様に祈り過ぎて頭おかしくなったんじゃないの! あと、その、声真似してるのか知らないけど、会ったことないから似てるかどうか判別つかないよ! モノマネするなら知ってる人にして!」
知らないのにツッコんでくれるこのシーフさんの優しさが心に沁みる!
前のパーティーでやった時は誰も笑いもツッコミもしてくれなくて悲しかったなぁ……。
最初はシーフさんのことツンケンした人だと思ってたけど私もう優しいシーフさんのこと好き!
「大丈夫だよ、ホルス。私も知らないけど一般的な中年男性の声だと考えれば今のモノマネは似てなくもないと思うよ。ホルスはまだモノマネを始めたばっかりだし、まだ若いからこれからだよ。私も少しだけならモノマネにも心得はあるから、これから覚えて一緒に頑張っていければいいと思う」
「魔法使いさん……!」
魔法使いさんはもっと優しいからもっと好き。
でもその中年男性の声に似てなくもないって励ましの方向性は絶対おかしいしモノマネの心得ってなに?
魔法使いさんは魔法使いさんになる前はモノマネ芸人だったってこと?
これから覚えて一緒に頑張っていければって冒険者をやめて芸人コンビになろうって誘われてるのかな?
そうだとしたら私の返事はただ一つ! はい! やります!
「事情はまぁ、分からないけど分かったわ! だとしても自覚があるならパーティーに入る前に一言いうべきでしょ! なんで黙ってたのよ」
「リーダーと戦士さんにはパーティーに誘われた時に言いました……」
「またこの男どもの所為か……!」
シーフさんは眉をきつく寄せて目を細めてリーダーと戦士を睨みつけた。人の為に怒れるしーふ
しかし、睨まれたリーダーと戦士もどこ吹く風といった様子でヤレヤレと擬音が付きそうなくらい大袈裟に肩をすくめる。ムカつく。
「シーフには困ったもんだな。例え回復魔法が使えなくたってホルスはこのパーティーでしっかりとヒーラーの役割を果たしてくれているっていうのにな」
「全く同意だぜ、リーダー。ホルスは存在がオレ達を癒してくれていることに気づかないなんてな」
「戦士の言う通り。ホルスのかがんだ時の胸元とかしゃがんだ時のスカートの隙間とか、何かはよく分からないが、教会育ちでガードが緩い所をオレが守ってやらなくちゃって、ホルスはオレにタンクとしての自覚を取り戻してくれるんだ! ホルスを見ていると腹の底の下から力が湧き上がってくる感じがするんだよ!」
「分かるぜ、リーダー。ホルスがいるだけで、こう、丸くて大きい希望と夢が目の前にぶら下げられてるみたいな感覚っていうのか? その2つの脈動が、何故かはよく分からないが、オレの中の野生を目覚めさせてバキバキに力を漲らせるんだ! 精神が膨れあがって大きくなったとでも言うべきかな!」
怖気が背筋を這い回るような事を平気で口走る2人の男の頭上にシーフさんの手によってタンコブにタンコブが増設されていく。
雪だるま式に増えるとはこういう事を言うんだろうか。中々にテクニカルなシーフさんである。
「黙れこのエロオヤジども! これ以上ないくらい自分達の事よくわかってるじゃない! あんたらそういう目線でしかホルスの事見てないの! もっと真面目にパーティーの事を考えろ!」
「あぁ、それから冒険者ギルドの受付のオジサンがホルスとの間を取り持ってくれたら割のいい依頼をオレ達に優先して紹介してくれるって」
「この国にはロクな男がいないの!?」
身に覚えのない所でいつの間にか取り交わされている人身売買取引に戦々恐々の毎日です。
依頼を受ける時に妙に私が前に押し出されてたのはそういうことか。
ヒーラーなのに私のパーティーでのお役立ちポイントがそんなことしかないなんてあまりにもつらみが深みです。
エロオヤジ達の頭の上の雪だるまがシーフさんの手によって天高く積み上がっていく。
いや、雪じゃないからタンコブだるまか。
名前だけならちょっと可愛いかもしれない。
「ホルス! アンタもアンタだよ! こんなエロしか頭にないような男達のパーティーにノコノコついてきたらダメじゃない! こんな事言いたくないけど、もう少し自分の体に自覚持った方がいいよ! 美人なんだから変な男に騙されてホイホイついて行っちゃダメ!」
「は、はい……。すみません……」
シーフさんからの愛のあるお説教が心に沁み渡る〜。
自分のことを心配して怒ってくれるのは申し訳ないながらもちょっぴり嬉しいです。
シーフさんはなんでシーフなんてやってるんだろう? 心の怪盗とかそういう類のシーフさんなのかな?
誰かの為を思って行動できるシーフさんには十二分にヒーラーの素質があると思います。私なんかより。
でもね、シーフさん。
人生は正しいことだけでやっていけるほど甘くないんです。
「で、でもですね……。その、なんというかですね……。もう……、冒険者ギルドで、私の事を誘ってくれるパーティーが、他に、いない、もの、でして……」
「エェッ!? そ、それはえっと……、んー……」
さすがのシーフさんもこれには返す言葉もないようで口をつぐんでしまう。
へへへ、どうだい! 私にお説教しようだなんて100年は早いってのよ!
ごめんなさい悪い冗談です悪いのは私なので、シーフさんは悪いこと言っちゃったみたいな悲しい顔しないで欲しいです。
シーフさんの優しさをよく知っている私にはその悲しそうな顔は辛いです。今日が初対面ですけど。
「大丈夫だよ、ホルス。ホルスがギルドのあちこちで、パーティー組んだら他人の男だろうと構わず見境なく色目を使って誑かしてくるだとか、パーティーの男全員と関係をもって人間関係をギスギスさせて崩壊させる『パーティークラッシャー』とか呼ばれてても私は気にしないよ。ホルスはまだ冒険者をはじめたばっかりだし、まだ若いからこれからだよ。私も人並みには恋愛経験があるから、これからは一般的な男女交際について一緒に考えて頑張っていければいいと思う」
「ま、魔法使いさん!?」
なにその根も葉も茎も花も実も蓋もない話!
本人なのに衝撃の新事実ですよ!
今まで組んだパーティーどころか私は人生っていう単位でまだ男性とお付き合いした経験なんてありませんけど!?
魔法使いさんがフォローしようとしてくれてるのか分からないけどそれはもう全くフォローになってないよ!
悲しそうだったシーフさんの顔が一瞬でドン引きしてる顔になったよ!
そんな顔をされるのはさっきの悲しい顔の何倍も辛い!
さすがにそれだけは訂正させて!
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は今までどこのパーティーでもそんな事した覚えはありません! 信じて下さいシーフさん! 魔法使いさん!」
「あぁ、そうだぞ。ホルスはリーダーのオレと付き合ってるんだからな。ホルスはそんなことしないさ」
「おいおい、ホルスがリーダーとも付き合ってるなら本命である戦士のオレと二股って事になるじゃないか。まぁ、オレはそんな小さい事は言わないけどな。誰の所にいこうと最後にオレの隣にいてくれればそれでいいさ」
「そんな事実も木っ端微塵の塵一つもございませんのでお二人もちょっと静かにしてて貰えますか!」
おバカ二人の妄言に構ってる暇などない!
椅子を後ろ足で蹴っ飛ばして立ち上がった後、シーフさんの前にひざまずいてその肩をガッシリつかむ。
多分マナー的には滅茶苦茶悪いけれど今はそんなこと気にしてる場合じゃない!
今はシーフさんと魔法使いさんの誤解を解くのが先決だ!
あと椅子に座ってても私の膝立ちと視線の高さが合っちゃうシーフさんってちっちゃくて可愛いな。
肩も腕も細いし、私も女なのに190cm超えちゃうようなジャイアント体型じゃなくてこういう女の子っぽい可愛い背丈が良かったな。
なんて事を考えている場合ではない! 今はシーフさんと魔法使いさんの誤解を解くのが先決だ!
「2人の言っていた事はホントに誤解なんです! ただちょっと、別のパーティーで同じパーティー内に彼女がいるのにパーティーリーダーがやたらとしつこく飲みに誘ってくるから我慢できずに彼女さんにチクったら何故か彼女さんに逆ギレされた上に泥棒猫呼ばわりされてパーティーを追われることになったり、また別のパーティーで社交辞令程度の会話ぐらいしかしてないはずなのに何故か次の日にメンバーの一人が花束をもって来たり、また別のメンバーから指輪をプレゼントされそうになったり、そのまた別のメンバーには純白の高そうなドレスを持ってきてコレを着た君と隣で歩きたいとか言われたんですよ! それを全部断ってたら、みんなが突然冷たくなってですね。それからヒーラーなのに回復が弱いだの冒険者に向いてないだのスープの味が濃いだの薄いだの飯の支度かが遅いだの洗濯した服の畳み方が嫌いだの、それまでみんないいよって言ってくれたのに急にみんな文句ばっかり言ってくるようになったんですよ! それで止むなくパーティーから抜けることになったり、同じような事が何度もありましたけど私から男の人を誘惑したりお付き合いしたりなんて事は一度も無いんです! 信じて下さいシーフさん!」
「わ、分かった! 分かったから頭を揺らさないで!」
必死でついつい前後に揺さぶってしまっていたシーフさんの体からパッと手を離した。
シーフさんの体が細くて掴みやすいからついついつい力が入ってしまった。
私は昔からの図体がデカくて周りの女の子より力が強い方だったので、自分が揺さぶられる事とか無いからこういう事は加減がよく分からない。反省。
ともかく具合悪そうに息切れしてるシーフさんに思いの丈を伝える事が出来て良かった!
人の為を思って行動出来る、まさしく聖職者のようなシーフさんと魔法使いさんにだけは誤解されたままでいたくないからね!
「ハァッハァッ……! もう、とにかく! こんなパーティーじゃやっていけないわ! このパーティーは今日で解散! 今日でこのパーティーから抜けるから! ホルスもそれでいいね!?」
「わ、わかりました……。仕方ないですよね……」
シーフさんがそういうなら私も甘んじて受け入れましょう。
だってシーフさんがそういうんだもの、私が意見する隙なんてありませんもの。
パーティーは解散しましょう。でも、シーフさんと魔法使いさんからは解散しませんから。シーフさんと魔法使いさんだけは逃がしませんからね。
なんとかさりげなく自然な感じで二人と一緒にいる雰囲気を作らないと……!
「そうか、シーフが抜けるのは寂しいけどしょうがないな。シーフがいなくなってもリーダーのオレと二人で頑張っていこうな、ホルス!」
「出会いがあれば別れもあるさ。また機会があればどこかでパーティーを組むこともあるだろうぜ。それまで二人で頑張っていこうな、ホルス!」
「うっさいバカども! なに自然な感じを装ってホルスとパーティー続けようとしてるのよ! ここで全員解散です! 私はもっと真っ当なパーティー探すからアンタらとはここでおさらばよ!」
バカ二人に先手を取られた! バカ二人に先手を取られた! バカ二人に先手を取られた!
ちくしょう! こんな二人と同じ様なこと考えていたなんて、なんて悔しいんだ!
これでもうシーフさんと魔法使いさんとバラバラになる流れになっちゃったじゃん!
どどどどうしよう。ここで一人だけ放り出されたらまたパーティー探しからになっちゃう!
な、なんとかシーフさんと魔法使いさんといられるように流れを取り戻さないと!
「で、でも、あの、その、まだこのパーティー始めたばっかりだし、そのー……、メンバー入れ替えとか! メンバーを入れ替えてみるとかはどうですか!? 私達三人で!」
「そうだな、ホルス! リーダーのオレとホルス、魔法使いも残るとして他のメンバーはまた別で募集しよう! ホルスも美人でスタイルのいい女の子が他にいた方が安心するよな!」
「分かったぜ、ホルス! 今度はオレがリーダーになってホルスと魔法使いと三人でやるとするか! 代わりの二人にも胸が大きい女冒険者を誘ったほうがパーティーの攻撃力が安定するよな! 明日ギルドで募集するか!」
「リーダーと戦士が何を言ってるのか分からないけど私も今日でパーティーを抜ける。もっとまともなパーティーを探す」
状況が悪化したー!
なんなのこのバカ二人! 自分の事しか頭にないの!? 私の理想のパーティー計画を壊さないでよ!
これでもうシーフさんも魔法使いさんもいなくなっちゃうじゃん! 二人のせいだよ!
魔法使いさんの優しさにつけこんで下心を押し付けようだなんて最低だよ! 信じられない! これだから男ってイヤ!
人生をかけた状況で人は自分の事は省みない。それが二か月の苦しい冒険者生活で得た私の教訓。
こうなれば私も二人に同調して三位一体となって行動する雰囲気に持っていこう!
「二人がそう言うなら多数決で仕方ありませんね! 私達三人は今日でこのパーティーから抜けます! 明日またギルドで別のパーティーメンバーを募集しましょう! ですよね! シーフさん! 魔法使いさん!」
「こんなパーティーにいたら魔物よりも身の危険を感じるんだから当たり前よ。他の冒険者たちにもあんたらにだけは近寄らないように言っておくから」
「パーティーに一番必要なのは信頼関係。リーダーと戦士はパーティー以前に人間としての信用がないからこれ以上パーティーを続けていくことは出来ない。もちろん男としても無理」
気持ちを強く持ってリーダーと戦士にビシッと言うとシーフさんと魔法使いさんも同調して味方になってくれる!
これは上手くいったか!
よ、よし! このまま二人を酒場に誘って上手いこと酒に酔わせて情に訴えかけてなし崩し的に三人パーティーに持っていくんだ!
頑張れ私! ここが転落した人生の転換期!
「さ、さぁ、二人ともー! こんな二人は放っておいて! 三人で酒場に゛っ゛!!」
いきなり腰の両側から衝撃がっ!?
まだギックリ腰になるような年齢じゃないのに!
衝撃はそのまま腰に纏わりついてグルリと腕を回して絡みついてきた!
「待ってくれ、ホルス! ホルスがいなくなったなら戦いで傷を負ったリーダーのオレの心は誰が癒してくれるんだ! ホルスはオレのメンタルが魔物にボロボロにされてもいいっていうのか! それでもヒーラーか!? 残ってくれるなら飯も服も下着もホテル代もパーティーの経費で精算できるようにするからさ! 頼む! 行かないでくれ!」
「おいおい、ホルス! 回復魔法が使えないお前をパーティーに拾ってやった恩を忘れたのか!? ここを辞めたらお前なんか社会のどこでも通用しねーぞ! 正気に戻れって! オレの胸の中に帰ってこいよ! 帰ってきて来れるまでこの尻は離さないからな!」
「ぎゃー! 離してー! 触らないでー!」
まるで血肉を求めるゾンビのようにリーダーと戦士はその腕をガッチリと腰に回して顔をお尻にくっつけて離れようとしない!
その有様はゾンビの数倍気持ち悪い! まだゾンビに会ったことないけど絶対ゾンビの方がマシ!
叩いても引っ張っても二人とも全然動かない! 冒険者稼業で鍛えられた筋肉を遺憾無くイカン事に発揮し続けている! ホントにやめて!
「このバカ共! ホルスから離れろ!」
「救いようのないスケベバカ。少し痛い目みせる」
見かねたシーフさんと魔法使いさんがリーダーと戦士を力付くで引き離した。
シーフさんの腕がリーダーの首に掛かりもう片方の手が頭を押さえつけて強く首を絞め上げる。
締められたリーダーは声にならない嗚咽を漏らしながら両手を私の腰から離して首を絞めるシーフさんの腕を離そうと掴む。が、さすがはシーフさん、それにもビクともせずにさらにきつく締め上げていく。
魔法使いさんは戦士の無防備な両足を引っ張って床に倒れさせた後、倒れた戦士の背中を跨いで両足をその脇にガッシリと抱え込むとフンと小さなお尻を戦士の背中に落とした。
戦士の背中がえぐい角度で天井を向いて戦士の大きな悲鳴が冒険者ギルド中に響き渡った。
「ぐえええ! 魔法使い! 足を離してくれぇ! 尻はのっけたままでいいから足を離してくれぇ!」
「大丈夫だよ、ホルス。これ以上リーダーと戦士にはセクハラさせないから。私は護身術にも心得があるからこれぐらい抑えておくのは何も問題ない。このまま戦士を焼いてもいい」
「これ以上アンタらに好き勝手言わせないよ! ホルス! 私達で抑えておくから早く逃げて! もうこんな奴らに捕まったらダメだよ!」
えぇー!? ちょっと待って! 私の事を守ってくれるのは嬉しいけど嬉しくない!
そんな奴ら捨ててみんなで逃げようよ! 一人で逃げるの寂しいよ!
心遣いは嬉しいけど今の私に必要なのはその心遣いよりも二人の存在だよー!
とか思ってたら、シーフさんの胸でもがき苦しむリーダーの目がぎょろりとこちらを向いてうっかり目があった。
「……ルス……おっぱ……もみ……」
顔面蒼白になって口元から涎を垂らして苦しみもがきながらも言葉を捻りだすリーダーに全身の鳥肌が逆立つ。
締め落とされる寸前の生物としての生存本能がそうさせるのか。伸ばした右手の指先が震えながらまるで虚空を揉むように伸縮を繰り返した。
女神様、どうかこの愚かなヤツに安らかな永遠の眠りを今すぐにお与えください! 大至急急ぎ直ちに早急に!
「バカのクセに根性だけはしぶとい……! ホルス! はやく行きな!」
「離れてシーフ! 私が二人まとめて焼く! ホルスははやく行って! 精神衛生上見ない方がいい! 大丈夫だよ! どの程度のダメージまでなら人が死なないかの心得はある!」
「魔法使いさんは何でも心得過ぎですよ! うわぁぁん! 今日で私はパーティーから抜けますからね! みなさんさようなら!」
駆け足でその場から逃げだしギルドから外に出ると、ほぼ同時に背中の方から野太い男達の悲鳴が2つ追いかけてきたので両手で耳をふさいでその場から逃げ出した。