73 男
「おい、そこのお前ここは何と言う村だ?」
「え?ああ、旅のお方ですか?ここは出来て間もないのでまだ名無しの村です。これから名前が付けられるかも知れませんが」
「ほう、村には泊まれる所はあるのか?」
「ええ、有りますよ。案内しましょう」
「おーい、テオ、宿泊のお客さんだ。ユミさんはおられるかい?」
「いらっしゃいませ。今ユミさんは下の畑に行っておられます。もう少ししたらお昼なので戻られると思いますよ」
「下の畑か、もう戻ってくるなら知らせに行かなくても大丈夫か?」
「はい、お客様は俺が案内しておきます」
「それじゃー頼んだよ、旦那さん、宿の事はあの坊主に聞いて下さい、それではこれで」
「こんにちは、お泊まりですか?」
「ああ、泊まりたい、こんな所に宿が有るとはな」
「ここの宿は鍵付きのお部屋でお一人様一泊一万リロで御座います。鍵無しのお部屋ですと他の人と一緒にお使い頂く事になる場合も有りますので一人一泊六千リロ。
建物丸ごと貸し切る事も出来ます。一番大きなAロッジは貸し切り一泊十二万リロ、これより少し狭いBロッジは貸し切り一泊五万リロ、一番小さなCロッジは一泊二万リロで御座います。全ての建物にお風呂が備えて有ります。夕食と朝食付きのお値段です。
お食事は皆さんAロッジの食堂で取って頂いております。」
「中を見せてくれ、それから決める。」
「ではこちらのCロッジから案内致します。」
「綺麗だが、小さいな。まぁこんな辺鄙な所に有る宿だ文句は言えんな。」
「他もご覧になりますか?」
「一応見せてくれ」
「他も作りは同じか、一番小さな建物を一日借りたい今日の食事もそこで取りたい。昼食は出せるか?」
「はい、別に昼食代を千リロ頂きます。食事は私が運んで参ります。」
「では昼食も出してくれ」
「昼食代はお食べになる時に別にお支払い頂いても宜しいですが、どうされますか?」
「一緒で構わん」
「では前払いでお願いします。一泊と昼食代で二万一千リロになります。お名前をこの帳簿にお書き下さい。はい、ありがとう御座います。ではこちらがこのCロッジの鍵になります。お帰りの際に鍵はAロッジ迄お持ち下さい。風呂の説明は脱衣所に説明書きが御座いますので、良くお読みになってお入り下さい。後にお食事をお持ち致します。御ゆるりとおやすみ下さい。」
「あら、お客様?昼前に珍しいわね。」
「お帰りなさいユミさん、初めて来られた方です。お昼ご飯も御所望なので後で俺が持って行きますね。」
『海が見える?何だここは?私が転移リボンで移動したあの場所は内陸部だ、海が目の前に見える筈は無い・・・成る程、あの場所の近くに有るという迷いの森に入り込んだのだな、それで何処か知らない場所に来たのか。ならばあの国から簡単に出れるかもしれんな、いや、もう出てるのか?何と言う国の村なのか聞けば分かる筈だな』
ピンポン ピンポン
初めて聞く音に男はビクリとした。
「昼食をお持ちしました。鍵を開けてもらえますか?」
『宿の者が食事を持って来たのか、脅かしおって』
『見た事の無い料理は旨かった。やはり違う国に迷い込んだのだろう。暫くこの宿で暮らすのも良いかもしれん。金はマジックバックに全て入れてある、宿の坊主はまだ子供、村の者は知らない者にも親切だ。言いくるめてここに住む事も出来るかもしれんな。移動して元の国に戻ると見つかるかも知れんしな。夕食迄この場所を少し調べてみるか』
「あら、お客様お散歩ですか?この山頂からは海が見えますよ。良い風が吹いているので涼しくて気持ちが良いお散歩になると思いよ。気をつけて行ってらっしゃいませ」
『この宿の女将なのか若い女が声を掛けてきた』
「この宿は其方の宿なのか?」
「はい、お客さんが少ないので私と少年の二人でやってるんですよ、静かな所なのでゆっくり寛いで下さいね」
「そうだな、静かそうな所だな、気に入ったら長く留まるかもしれん」
「そうですか、ありがとうございます。お気に召すと良いですね、では仕事が御座いますので私はこれで失礼します」
『ふん、まだ若い女だ、あれなら騙して金でもチラつかせれば言う事を聞かせるのは簡単だろう。庶民で白金貨など見た事も無いだろう。安くでこの土地を私が買い取っても良い。あの女も自ら私の物になりたがるかもしれん。兎に角この辺りを見て回ろう』
『これは大きな建物だな、何をする所だ?こんな辺鄙な所でこんな建物が必要か?』
『山を下って来たら畑がある。あれは葡萄畑だな。我が国でも作られているが、まだほんの少しだけだ。あっちにもこっちにも葡萄畑だらけだ。ここから何処に売りに出すのか、この国が何処かを早く知るべきだな。』
『ほう、海にも行けるのか、船も有るな、海の魚も手に入るのか、しかし商業相手が遠いと葡萄にしても魚にしても腐って商品にならんな、お、船が戻って来たな、聞いてみるか』
「おい、そこの者ここで取れた魚は売っているのか?」
突然声をかけられ吃驚した顔で漁師はこっちを見た。
「この魚は自分たちで食べる物です。時々上の宿で買って貰います。」
「そうか、この国の名前は何と言うのだ?」
「ここですか、俺達は他国から来た者なので、ここがどの国に属しているのかは分かりません。多分宿のご主人なら知っておられると思いますよ。」
『成る程、この男も迷いの森のような所から迷ってここに辿り着いたのか、最初に聞いた村人が村の名前が無いと言っていたのは村が出来て時間が経ってないのか、あちこちから迷って来た者達が住み着いて自然に集落になったからだろう。あの宿の女主人が一番最初に住み着いた者か、その子孫なのだろう。宿に風呂があった事を見るとアステラ王国よりも進んだ魔道具がある国の者なのだろうな。若くは魔道具師が迷い込んで住んでいたのかもしれん、そうだあの建物の事を聞いておくか』
「宿の近くにある大きな建物は人が居なかったが、誰も住んでおらんのか?」
「山を降りて来る道の近くに有る建物ですか?」
「ああ、そうだ」
「あそこはワインが造られる工房です。葡萄が植えられている畑が沢山有るんです。その木に実が成るとワイン造りが始まります。」
「ワインを作る?あそこで?」
「はい、あそこも、この村も畑も全部宿のご主人の土地なんです。俺らは彼女のお陰でここに住まわせてもらってるんです。本当に良い方ですよ」
『成る程、お人好しの女か』
「仕事の邪魔をしたな」
そう言って男は浜を去って行った。
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