52 人攫い
襲われた船には子供も乗っていたのに全員が助かったのは奇跡だった。
しかし子供を連れて何故夜の海に彼らは居たのだろう。
漁に出るならば小さい子供は連れて行かないだろうに。
海に落ちた人達は一旦ヴィルさんが風魔法で乾かしてあげていた為か風邪をひいたり体調を崩している人は幸い居なかった。
ヴィルさんが彼らがあの時間に船に乗っていた理由を聞いていた。
彼らは助けられた近くの小さな島に住む人達で、島で漁をしたり、山や森の恵で細々と暮らしていた。
ある日見た事の無い大きな船が島の近くに泊まり、船から降ろされた小舟で他国の人がやって来たそうだ。
その人達は島民の暮らしをみて、この島が何処かの国の者に治められて無いと分かると、食料と水を奪い、若い働き盛りの者や子供を捕えて舟に乗せて連れ去った。
島の者達も反撃したが魔法を使う者が居て、反対に捕まってしまったらしい。
島の二十人程の者が連れ去られた。
何とか囚われずに逃げ切ったローレンツという三十歳位の男性は、二艘の小舟が大きな船に向かい、攫った人を下ろしてまた戻って来るのを見た。
ローレンツは浜に住んでいて、船に乗り漁をしていた。浜の様子がおかしいので、船を他の場所に隠して留めた。
浜の者は連れ去られもう老人しか残っていなかった。山の方に小さな集落があり、そこには子供や若者が何人か住んでいるので知らせに走った。
途中で同じ様に船で逃げ切った浜の住人の男性のマルセルと遭遇し、二人で山の集落へと走った。
山の住人達は、息を切らせて知らせに来た二人の話を聞いて直ぐに持てるだけの食料を持って、もっと山奥に住んでいるエトムントとアーダ夫婦の元に皆で向かった。
その夫婦はちょっと変わった所に住んでいた。山を削った穴の中が彼等の住み家だった。
入り口のドアも蔦や、草で上手く隠れて分からない様にしてあった。
エトムントの所に良く行き来している山の集落のルーカスは彼等の住居の場所を知っていた。
入り口から中へ入れて貰うと奥は広い空間だった。左端の方に鍛冶場が有り、右端の方にはドアが有り、ドアの向こうが居住している場所だった。正面には坑道が奥へ奥へと繋がっていた。
山の集落は四家族の十三人と、独身の男女が二人ずつ、皆で十七人。
それに浜に住んでいるローレンツとマルセルが加わって十九人。この全員がエトムントとアーダ夫妻の坑道に匿ってもらった。
エトムントとアーダはドワーフという種族だ。
この山から鉱物を掘り出して、自分でも鍛治をするが、もう一人の鍛治職人のゲラルトの所に鉱物を卸していた。
この島にはお金が無かった。物々交換が基本だ。たまに船で近くのレーン王国の港町に連れて行ってもらい、ナイフや包丁、鍋などを売る時はレーン王国のお金でやり取りする。
鉱物を求めて穴を掘って坑道となっているこの場所の一部を彼らは住居に使っている。
坑道の中に水が湧き出る所があった。
ここで鍛治の仕事も、食事も出来るように煙突が其々の場所に取り付けてある。数ヶ所に岩の隙間のような風の抜け穴もあった。
そうでないと坑道の中で火を焚くなんて自殺行為だ。一酸化炭素中毒で死んでしまう。
ここに逃げ込んで翌日、山の上から大きな船の見える場所まで二人ずつ様子を見に行ったが、大きな船はまだ沖に停泊していた。
浜にも人攫いの小舟がまだ停泊している。
山の集落の方を見ると煙が上がっていた。
集落に火が放たれた!
その話を聞いたドワーフ族のエトムントは仲間のゲラルトとバルバラ夫妻が心配になった。
彼らはこの山の裾、東にある浜の集落とは山を越えた反対側の西の方に住んでいた。
浜からは遠いので、窯に火を入れても煙は見えないが、山の集落からはゲラルトの所の煙が見えてしまう。
昨晩は煙を発見されないようにエトムントの所でも仕事用の窯も、家用の窯も火を入れなかったのだ。
エトムントは一人で急いでゲラルトの家に行き、無事を確かめて安心した。
直ぐに必要最小限の荷物を持たせ、三人で来た道とは違う獣道を通って山の西側の洞穴へ入った。
人一人がどうにか通れる狭い洞穴だがその先はエトムントが掘った坑道に繋がっていた。
次の日また大きな船の様子を見に行くと、船はもうそこには無かった。
ローレンツとマルセルは急いで浜の様子を見に行った。
そこには浜に残されていた老人達の遺体があった。
「何て事だ、俺らが逃げたばかりに、腹いせにこんな事を!」
後から山を降りて来た皆で老人達を葬り、家人のいなくなった屋敷を借りて、その日はそこで取り敢えず泊まろうとしていたら、夕暮れ時、あの大きな船がまた見えた。
坑道に隠れていても火が使えないと食事が取れない。そのまま食べれる食料もすぐに無くなる。
それでローレンツとマルセルが隠していた船に乗って、全員この島から出ようという事になった。
皆は二手に別れた。船が其々違う場所に隠してあった為だ。
暫くその場で留まり、暗くなってから隣の無人島で落ち合う事にしていた。
辺りが暗くなり無人島に行き人攫いの船からは見えない所に停泊して、何処に行くかを決めた。
東に向かうと二刻ほどでレーン王国、西には少し大きな島がある。そこ迄船を漕いで行くと二日かかる。レーン王国の方が近い。子供も居るので距離の近いレーン王国に向かう事になった。
船を漕ぎ始めて暫くした時、あのクラーケンに襲われたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
レーン王国とアステラ王国を間違っていたので訂正致しました。すみません。




