10会社
いつもお読み下さりありがとうございます。
十四日、朝早く出勤する上司に合わせてこの日は私もいつもより早く出勤した。
「おはよう御座います。部長、その節は祖母の為にお心遣いありがとう御座いました。これ、つまらない物ですが良かったらご家族と召し上がり下さい。」
「いや、ありがとう。気を使わせてしまったね。急で色々と大変だっただろう。そちらまで足を運べずに悪かったな。」
「いえ、とんでもない。気遣って頂いただけで十分です。」
「何か話があるんだろ、あっちの部屋を使おうか。」
「なに!彼が!そんな奴には見えなかったが、紹介した俺の責任だ、すまなかった。真面目だと思っていたんだがな。
それにしても選りにも選って君の後輩か、それは仕事がしにくいな。
それでこの辞表か、君には残って欲しいのだがな、その後輩に辞めろと言う訳にもいかんしな、部署を変えても嫌か?」
「ええ、休みの間メール攻めで、彼が異常に感じて、そうすると人間性も疑わしくなって、ちょっと顔を合わせるのは・・・。
それに祖母の事も突然で、今何も手につかないっていうか、生きる事を一人でゆっくりと考える時間を持ちたくて。」
「生きる事か、そうだな、今の君にはそれが必要そうだ。
分かった、正式に辞めるのは一ヶ月後になるが、その間は有休消化と言う形にしよう。足りない分は病欠にしておくぞ、何も手につかないと会社には言っておくからな、ゆっくり養生しろよ。
楽しい事だけを考えてな、この世に男は三十五億居るんだからな!今はもっと多い筈だぞ。」
「ふふ、久しぶりに聞きました。三十五億、そうですね。
急な話でご迷惑お掛けします。お世話になりました。」
「人事に今連絡するから、皆が来る前に机とロッカーを片付けて、人事で手続きして帰るといい。
彼の事で何かあったら連絡をするように!これは絶対だぞ、紹介した俺の顔が立て直せるチャンスは与えてくれよ。
深く考えないで、『こんな事されました。』とか『まだメールが送られて来て迷惑なんです。』とか本当に言ってくれよ。そして自分を労わって元気で暮らせよ。」
「ありがとうございます。部長もお元気で。」
* * *
あいつは何やってるんだ!結婚を決めたとほんの数か月前に聞いたばかりだった。
独身も最後だと遊んでしまったのか!折角性格の良い彼女を紹介したのに。
人事部のあいつにも話しておこう。彼女が悪く言われては堪らんからな。
全く、使い物にならない奴が会社に残って、出来る奴は去って行く。また暫くは大変になるな。
* * *
「はい、これで手続きは終わりです。私どもが責任を持って書類はお出ししておきます。これで正式に島は田中様の物となりました。これは証書です。無くさないようにして下さいね。
あの島にお住まいになるのですか?」
「そうですね、当分はあの島で暮らそうと思ってます。あ、あのお布団、新品でしたが、あれはそのままお譲り頂けるんですか?」
「ええ、今島にある物は全てそのままお使い下さい。ペンションにしても良いんじゃないですか?一件は結構な大きさがありましたよね。」
「ペンションですか、お料理が大変そう。私余り料理してこなかったから。田舎のお婆ちゃんに教わった料理しか作れないんですよ。」
「今の人にはそう言う料理の方が受けるんじゃないですか?すみません、良く分からずに軽口を、失礼しました。でも島だとお魚が捌けるならお刺身が食べられますね。」
「お魚を捌けても、人に出せるように上手くは無いので無理ですね。自分で食べる分だけ楽しみます。」
「料理人だけ雇うか、料理を出さないで、バーベキュー方式にすると楽ですよ。材料だけ揃えてお客さんが自分で焼いて食べる形で。」
「成る程、それは良いですね。参考になります。あの、島に行かれた事が有るって言ってらっしゃいましたよね。あの島で新種の兎を見た事は有りますか?おでこに角のような物が有る兎を。」
「兎ですか?残念ながら見てないですね。あ、そうだ、あの島、飲み水が使えるようにこちらで手配しましたので、それ迄は自分で島迄運んで下さいね。その内に工事の者を向かわせますので。」
「え、工事って、料金は?」
「そこまでが私共のプレゼントとさせて頂きます。何かご不便が有りましたら、私の携帯の方へご連絡下されば対応致します。」
「ええ!そんな、そこまでやって頂くと・・・」
かえって怪しいですが!
「いやいや、その事につきましても工事の者が説明致しますので、暫くお待ち下さい。当選された田中様には気持ち良くあの島で暮らして頂きたいのですよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
「では、お気をつけて、あ、役所からのお知らせのお手紙は今の住所へ送付と言う事で構いませんか?税金関係の物が届くと思います。」
「あ、それはあの島に送れます?」
「郵便配達が為されていれば出来ますが、船を出してまで一件だけの為に配達しないでしょうね。」
「それならば、こちらの住所に送って下さい。祖母の家なので、そこで大丈夫です。」
「分かりました。では長崎のこの住所にお送りするように記入しておきます。今日はご苦労様でした。お気をつけてお帰り下さい。」
「ありがとうございます。失礼いたします。」
* * *
良かった。島に住んでくれそうだ。
島に住むように説得してくれと頼まれたが、心に傷を負った人に無理強いは出来ないからな。自ら住んでくれたら大助かりだ。何を対価にあげようか、長く住んで欲しいからな。
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