第1話:辺境の村で目覚めた少年
市場は村の中央広場にあった。木製の屋台が立ち並び、そこには野菜や果物、干し肉が並んでいる。だが、どの食材も鮮度がいまひとつで、圭吾の料理人としての感覚がちょっとだけうずいた。
「はぁ、せっかく異世界なんだから、もっと面白い食材があるかと思ったけど……」
ため息をついたその時だった。隣の屋台で、見慣れない薄紫色の果実が山積みになっているのが目に留まる。
「これは……?」
興味を引かれ、ルークは屋台のおじさんに話しかけた。
「ああ、それは『フィルベリー』って言ってね。見た目は綺麗だけど、そのままだと酸っぱくて苦いんだよ。誰も美味しい食べ方を知らないから、ほとんど売れ残りさ」
「ふーん……ちょっと分けてくれる?」
ルークは数個のフィルベリーを手に取ると、頭の中に不思議な感覚が広がった。
『この果実は、砂糖と一緒に煮詰めると風味が最大限に引き出される』
「これが料理神の加護……か!」
頭の中に浮かぶ調理法の直感に、彼は思わず顔を輝かせた。すぐにフィルベリーをいくつか購入し、家に戻ると暖炉で煮詰め始めた。砂糖と水を加え、静かに火を入れていくと、やがて甘酸っぱい香りが部屋に漂う。
「いい匂いじゃないかい!ルーク、何を作ってるんだい?」
興味津々のマーサが顔を覗かせる。
「フィルベリージャムだよ。これ、きっと美味しくなる」
出来上がったジャムをパンに塗り、マーサに差し出すと、彼女はひと口かじって目を丸くした。
「まぁ!こんなに美味しいもの、初めてだよ!フィルベリーがこんなふうに化けるなんて……!」
「だろ?」
ルークは誇らしげに笑った。
次の日、ルークは出来上がったフィルベリージャムを瓶に詰め、村人たちに配ることにした。まだ料理人として認められたわけではないが、この味を知ってもらえれば、少しは役に立てるかもしれない。
「おばあちゃん、これ持って行ってくるよ!」
マーサの後押しを受け、ルークは市場に出向くと、昨日ジャムの材料を譲ってくれた屋台のおじさんを訪ねた。
「おじさん、これ試してみてください!」
そう言って差し出した小さな瓶を、半信半疑で受け取ったおじさんは、パンの端切れにジャムを塗ってひと口食べた。
「こりゃ……なんだ!?こんなフィルベリー、食ったことねぇ!」
驚きと喜びの声が市場に響き渡る。
「おい、みんな聞いたか!このフィルベリー、こんなふうに化けるんだぞ!」
興味を持った近くの村人たちが集まり始める。ルークはその場でジャムを少しずつパンに塗り、みんなに配った。
「おいしい!これ、本当にあの酸っぱいフィルベリーなの?」
「こんなの初めて食べたよ!甘酸っぱくて、ちょうどいい感じだなぁ!」
村人たちの驚きと喜びに、ルークは思わず笑顔を浮かべた。
「すごいねぇ、ルーク!こんな美味しいものを作れるなんて!」
市場の人々が褒めてくれる中、少し年配の女性が、瓶をそっと撫でながら呟いた。
「この味、何だか昔の甘いお菓子を思い出すよ。こういうの、もう一度食べてみたかったんだ……」
その言葉に、ルークの胸が温かくなった。料理がただお腹を満たすだけでなく、人々の心にも響くことを改めて実感した瞬間だった。
「ありがとう、ルーク。この村にこんな楽しみを持ってきてくれて!」
「これからも作り続けてくれよ!」
次々と声をかけられるルークは、少し照れくさそうにしながらも力強く頷いた。
「はい!もっと美味しいものを作ります!」
その夜、彼は暖炉の前で再び瞑想するように座っていた。昼間の出来事を思い返しながら、自然と目を閉じる。
「グラティア様……僕、村のみんなに喜んでもらえました!」
すると、暖炉の火が揺らぎ、金色の光が現れる。再びグラティアが姿を見せ、満面の笑みを浮かべて言った。
「それは良かったじゃない!初めてにしては上出来ね!」
「でも、もっと色々な料理を作ってみたいです。今日のことで、料理で誰かを喜ばせるのがこんなに嬉しいって分かりました」
ルークの言葉に、グラティアは静かに頷いた。
「そう、それでいいのよ。料理はただの食べ物じゃない。それは人の心に火を灯すものなのよ。あなたがその喜びを知ったなら、これからもっと素晴らしい道が開けるわ」
グラティアの言葉を聞きながら、ルークはまた新たな決意を胸に刻んだ。