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第三話 前途多難 1

 1

 あくる日の午前中、本部の一角の工房にてビアンコが作業していた。工房の真ん中にあるテーブルに大きなマットを広げ、分解した拳銃の部品を並べている。銃身に当たる部品を手に持ち小さなブラシで中を磨いては、汚れが取れたか時折天井の明かりに中をかざすように利き目で覗き込む。手つきや足取りは先日のケガなど微塵も感じさせない。マットの範囲外、テーブルの端であるマットの外側にメンテナンス工具や弾倉が何個か置かれているが、机の工房の仕切りに近い方には小さいトレーと皿に乗ったワッフルが二個置いてあった。それぞれにしみ込んだシロップとすっかり溶けたバターが、出来上がってから時間がたっているのを物語っている。そこにコツコツと足音が近づいてきた。


「あっ、やっぱり。食べてないじゃないか」


「…っと、ちょっと立て込んでて」


 声の主はオリファだった、不満げにテーブル上のワッフルを見て腕組する。ビアンコが作業の手を止めずそれをちらりと見た後短く言葉を返し、銃の可動部にグリスを塗っていく。


「それこの前も聞いたよ、いつまでもそうやってほったらかしだと片づけできないんだけど」


「皿洗いくらいなら後でやっとくってば」


「あのねぇ…」


 表情一つ変えないどころか目も合わせずに拳銃を組み立て始めるビアンコに、オリファが表情を不満から不機嫌へと変えていきながら、間仕切りの壁にもたれかかった。


「ちょっと自分勝手が過ぎない?」


 何も言わず静かに拳銃を組み上げ、動作チェックして正常に整備が終わった事を確認するビアンコ。すると拳銃ごと軽く右手をテーブルに叩きつけ、バンっという打撃音を響かせる。


「…なんだって?」


 一呼吸間を開けた後、ゆっくりオリファへ向き直ったビアンコがどすの効いた声で言った。口調が変わり明らかに眉間にしわが寄っていて、眼光鋭く怒りを浮かべた瞳を向けた。そのまま表情で歩み寄ってくるのビアンコを見据えるオリファ。


「ちゃんと後で食べるし片付けもする、どこにも問題ないだろ? 迷惑はかけてない」


「いや、問題はそこじゃなくてさ…」


 相変わらず壁にもたれ掛かったままのオリファが口をへの字に曲げる。


「必要以上に接触を避けてるのが良くないんだよ」


「またそれか…。環境が変わったから慣れるのに時間がかかるもんだろ、少しは大目に見てくれよ」


「あのね…。僕たちは運命共同体に近いのに、君がその輪に入るのを拒否してるように見えるのが問題なんだけど? 殻に閉じこもるのはなんでなのさ?」


 至近にまで迫って睨みつけるビアンコをオリファが真顔で見据えた、その表情には普段の浮ついた気は一切なく本心を語っているように見える。ビアンコ自身はそれなりに考えて輪を乱さずにやっているつもりなのに、目の前にいる悪魔はそれでは足りないという。上司であるイリーナから何か言われてるわけでもない上に、そもそも世間話として開示できそうな話題がビアンコ自身にほとんどない。できる手立ては全てやりつくしたと考えいているビアンコにとって、今回のオリファの言動は腹に据えかねるものだった。


「好き勝手言いやがって、いざ話をしたら拒否する癖に! 分かってるんだぞ!」


 頭に血が上り、ものすごい剣幕で怒り出したビアンコとは対照的に胸倉をつかまれた瞬間両手を上げつつオリファが呆れた表情になって「試してもないのにね」顔を背ける。と共にすぐに真顔になった。


「…ごめん、話の途中だけど。あれなに?」


「はぁ? ―えっ」


 オリファが視線の先を顎で示すと、渋々ビアンコもそちらを見る。そして先ほどまでの怒りが飛んでしまった。二人の視線の先には金髪の少女の後ろ姿があり、長い髪を揺らしながらテーブルのワッフルが置いてあった辺りに立って何か食べているように頭を動かしている。その動きに合わせて両側の長い耳が過剰に目立った。数刻の間、呆気に取られたビアンコとオリファがその様子を見ていると、それに気づいたのか少女がくるりと振り返る。その容姿は先日ビアンコが見かけた少女そのものだ、唯一違う点は医療施設で入院患者が着用する入院着を着ていたことで、よく見れば入浴したのか体も髪も全体的に小奇麗でもあった。両手で持ったワッフルを頬張りながら、二人に向かってチョーカーの付いた首をこてんと傾ける少女。ビアンコとオリファが変な声を上げたのは言うまでもなかった。


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