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第二話 封鎖地区 1

 その日の夜はいつにも増して寝つきが悪かった。新しい環境に人外が二体、雲の上のような存在の上司、そんなものが一気に押し寄せてきたのなら無理もないのかもしれない。ビアンコが魘されながら目を覚ますとベットの上に仰向けの状態で、目の前に白い天井が広がっている。部屋の暗さがまだ夜中である事を物語っている。


「ぐ…」


 異様に重たい瞼から来る不快感に目頭を押さえようとした時、体が動かないことに気づいた。全身の感覚はあるが、無理に動こうとすると痙攣しているように体が震えるばかりで何もできない。ようやって唯一動かせる目で辺りを見渡すと、ベットの周りを人影が囲んでいることに気づいた。皆同じく医者が身に着けるような白衣を着ているが、顔だけ黒塗りされているかのように真っ黒で性別すらわからなかった。


『始めよう』


 どこからともなく聞こえてくる静かで聞き取りやすい男性の声。それに呼応して視界の左端の人影が動く、青い液体が入った注射器を持っている。そしていつの間にかビアンコの左腕に繋がってた点滴セットへ注射針を差し込む。一連の流れを見て何をされるのか察しが付いたのか、ビアンコの表情がどんどん曇っていく。どっと冷や汗をかきながら注射をやめさせようとするが相変わらず体はいう事を聞いてくれない。


「やめろ…ッ」


 ビアンコが声を上げる。しかし本人は大声を出したつもりだったが、実際自身の耳に入ってきたのはか細く聞き取れない言葉のような何かだった。その間にも注射器の液体は点滴を通してビアンコの体に注入されていく。


「…!?」


 液体が半分ほど注入されたところで突然、胸に激痛が走る。それと共に息ができなくなり全身が強張って痙攣しはじめた、目を見開いて口をパクパクさせるビアンコ。ベットがガタガタと揺れている。息を吸うことも、吐くこともできない。白衣の人影に静かに見下ろされながら、少しの間苦しんだ後、死の瞬間を味わいながらビアンコは意識を手放した。


「うっ!?」


 ビアンコ目が覚めて開口一番、悲鳴に似たそれが飛び出す。慌てて起き上がって着ていたスウェットの左腕をまくり上げ乱暴に搔きむしるも、そこに挿入されてたはずの点滴は影も形もなかった。当然体も動く。それを認知するのに数秒を要し、自身が悪夢を見ていたことを受け入れてようやく大きなため息をついた。全身は冷や汗でぐっしょり濡れており、前髪もそれで額に張り付いている。口の中も乾ききっていてひどくべた付き、寝不足からくる瞼の異様な重さも健在だ。ゆっくりと右手で目頭を押さえる。


「くそ…」


 ビアンコが毒づきながらベットの枕元に置かれた携帯端末と叩くと、画面に午前四時過ぎと表示される。改めて宛がわれた部屋の中を見渡せば、隅に前日持ち込んだ荷物が固められている以外は何もない、クリーム色の壁紙が広がっているだけだった。窓にかかったカーテンはまだ暗く、日の出にはまだ時間があることを示している。恐らく、再び寝ようとしても寝付けないだろう。悪夢からの目覚めは大抵そうだった。


 ビアンコはまたため息を一つ付くと、まだ下半身にかかっていた布団をはねのけた。そのまま荷物の塊に向かうとその中からスポーツウェア一式を取り出して素早く着替える、乱雑にスウェットをベットに投げ捨てながら、部屋を出ると人気どころが明かり一つ付いていない廊下とリビングを素早く抜け玄関のドアから外に出る。辺りを見渡すと未だに西側には幾つかの星が瞬き、多少東の空が明るくなったかもしれない空に手前には放置された住宅群、さらにその奥は背景と言わんばかりの森がビアンコ視界に入ってくる。当たり前だが周囲の暗さと多少の肌寒さ以外、パッと見て昼間との違いはない。ストレッチもそこそこに、ビアンコが敷地の奥に向かって走り始める。


 もともと新興住宅街という事もあって一本の道で敷地内を一周できるようになっており、その道の左右に家が並んでいるという構造だ。道は綺麗に舗装されているが奥に進むにつれて敷地に家の基礎のみだけ立っていたり、まだ造成すらされていないような敷地もあったりと、いかに突然開発が中止されたのかを如実に表す場所が目につく。それらをしり目に若干の傾斜がある道を駆け上がって一番奥にあたる部分に差し掛かって、射撃場と書かれた看板の前を通り過ぎる。ちらりと数人用の射撃ブースとその奥の敷地外へ弾頭が飛び出していくことを防止するための盛り土があるのが見えた。


 今度は緩やかな傾斜を下っていくと今度は上りとは打って変わって高台らしく遠方にある封鎖地区とその周りにある郊外に当たる町、そこから伸びる大通りの明かりが点々と見えた。煌々と煌めく封鎖地区の防壁の明かりの筋とその内側にあるであろう一切明かりのない高層ビル群の異様さがひときわ目立っている。人智の及ばない空間、現世と隔絶されつつある場所、それを否応なしに意識させるようだった。本来ならあの高層ビル群の窓の光が美しい夜景となり、この住宅地の目玉の一つにでもなったのだろう。


 そんなことを思いながら道を一周すると、再び上り坂へと差し掛かった。そうやってようやく呼吸が荒くなり、じんわりと全身が汗ばんでくる。やっと何も考えずに済む時間がやってきた。体に負荷をかければ、余計な事を思案する余裕はなくなる。結局ビアンコは一時間近く、基地の敷地を周回していた。



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