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第五話 爪痕 2

 それから暫くの間、四人が勝手にラボと名付けた研究室のシンクから水の流れる音が室内に響く。リーチがクリーチャーに噛みつかれた左腕を入念に洗っているからだ。リーチから少し離れた位置でイリーナはラボに机に置かれていた紙が挟まったバインダーを手に取って書かれた文章に目を通している。他にも資料が入っていそうな棚や引き出しはあるが、ブービートラップを警戒して迂闊に触れられない。そしてその傍らには白いシートかけられた作業員の死体が転がっている。


 ラボの隣にあるこれまた勝手に名付けた保管室では、単体で置かれていた長方形のコンテナの上に座ったビアンコが右手の拳を左手で掴みながらこちらも白いシートが掛けられたクリーチャーの死体を不快そうに見つめていた。白いシートから大きなかぎ爪が伸びた片手がはみ出ている。


「どうかした?」


「いや…、こいつどうやって入って来たのかなって考えてて」


 隣にやってきたオリファの声にちらりとビアンコが顔を向ける。


「さぁね、ただ隠匿の魔術は解除に時間がかかるから扉を開けるのに手間取った挙句に侵入されちゃったんじゃないかな?」


「なるほど、な」


 オリファの得意げな説明にビアンコはそれだけ言うと、少しはにかむ。


「どっちにしろ、食われた奴は自業自得だ。興味本位で人間さえいじくりまわす奴にはお似合いだな」


 ビアンコの態度を見てもオリファは何も言わなかった。そうしているとラボの方から二人分の足音共にイリーナとリーチがやってきて、それを見てビアンコが立ち上がる。リーチは左の前腕を隠すように白い布のようなものを巻いていた。


「撤収だ、今の私たちにはここは手に余る」


「でしょうね」


 オリファが三列並んだスチールラックを見渡す、収められているコンテナ全てが収奪された転移物だとしたら、四人ではとても運び出せる量ではない。


「でも上の連中への手土産は? ここを見つけただけってのはちょっと弱いんじゃ…」


「それなら考えてある、ちょっとどいてくれ」


 そう言ってリーチがビアンコの肩に手を当て脇へ退かすと、彼が座っていたコンテナの前にしゃがみ込んで蓋をロックしてある南京錠を金具ごと引きちぎった。そしてコンテナの蓋を開け、中身をまじまじと眺める。


「ほほう…」


 珍しくリーチが感慨深そうな声を漏らす。それに釣られてか後ろの三人もコンテナの中を覗き込むと、コンテナの中には数丁の銃火器らしきものが乱雑に入っていた。ただしその全てが少なくともビアンコ達が見たことがない形状をしていて、煤まみれだがその銀色に光るボディの表面処理も手伝ってSF作品に出てくるようなおもちゃの銃に見えた。


「V95プラズマライフルが二丁にBVS95プラズマミニガン、まだ回収されていないものがあったとは…」


 リーチは銃の名前をスラスラ言って見せた後、両手で長い銃身がついたプラズマミニガンを持ち上げ、外装に異常がないか調べははじめる。


「知ってるのか?」


「当然、我々の武器だった。詳細は省くが、我々の世界の技術の粋を集めて作られた最高の銃火器だ」


 珍しく嬉々として語っているリーチをしり目にビアンコが「我々…」と違和感を覚えた言葉を反芻する。リーチのその様子にイリーナも何とも言えない顔をしていた。


「で、まさかそんな長いものを持ち帰るってわけじゃないよね?


 明らかに退屈そうな顔をしているオリファが腕組をしてみせる。


「もちろん」と返したリーチが慣れた手つきでプラズマミニガンから掌より少し大きい箱状の部品を取り外した、側面の目盛状のゲージの半分くらいの場所まで紫色の光が発光している。


「パワーセルだ、この世界の技術では製造は不可能。これを手土産にする」


 そう言ってリーチが持っていたパワーセルを自らの臀部に着けている大き目のポーチに突っ込み蓋を閉める。続いてプラズマライフル二丁のパワーセルも同じく手慣れた手つきで取り外すと、それぞれイリーナとオリファに渡す。イリーナはすぐに臀部のポーチにそれを突っ込んだが、オリファは眉を顰めて赤く光る目盛状のゲージの光を見つめた。瞳に赤い光が反射している。


「おい、何してる?」


「分かってますよ、魔法的なものは受け入れられづらいってことも」


 イリーナに急かされたオリファが自嘲気味に言って見せると自身の臀部のポーチにパワーセルを入れた。


「よし、さっさとこんなところおさらばしよう。隊列は同じ」


 四人が外の廊下へ繋がる扉の前に集合すると、イリーナがそう言った。各々が銃を構え配置に付くとオリファがドアノブに手をかける。そして一呼吸おいてから、ドアを開けた。まず目の前の廊下に誰もいないことを確認する、ライトで照らしてもシートがかかった死体と崩れたところどころ壁が崩れた廊下があるだけだった。それを見てイリーナが指で合図し、銃を構えたまま四人が保管室を出て廊下を進み始める。保管室の扉が閉まると、すぐに廊下の壁と同化するように消えてしまった。


 行きと同じように、曲がり角や部屋の出入口一つ一つを目視で確認して通り過ぎていく。山積みの人骨があった部屋から少し戻ったところで、四人の背後からクリーチャーの雄たけびと物を倒す音が小さく聞こえてきた。ビアンコの胃が縮み上がる。クリーチャーはラボで襲ってきた一体だけではなかったらしい。


「―っ、急げ!」


 冷静に振る舞ってはいるものの、声色からイリーナもだんだんと焦りの表情が浮かんでくるのがわかる。それでもなお不用意に曲がり角の先へ飛び出したりはせず、安全を確認しながら壁に開けられた穴からエントランスまではたどり着いた。後は地下一階への階段を上るだけだが、少し進んだだけで先頭のリーチの足が止まった。後ろの三人も立ち止まって周囲を警戒する。


「おい、急に止まるな!」


「なんだよ」


 冷や汗を浮かべているイリーナとビアンコが進行方向をライトで照らすが、瓦礫か散乱する床と地下一階への通路しか見えない。ライトのすぐ前を水のしずくがポタポタと流れ落ちる。


「変な感じがする…」


 四人の背後を警戒しているオリファが毒づくのとほぼ同時に、リーチが目の前の水のしずくに目をやる。ビアンコとイリーナがリーチの動きの不自然さに気を取られたが、すぐに三人の考えが一つの結論に達する。


 静かに三人が装着されたライトごと銃口を上に向けていく。すると上方にまるで目のない生首が浮かんでいるかの如く幾体ものクリーチャー達が大量の唾液を口端から垂らしながら天井に張り付いているのが照らし出される。天井に張り付いているのに、彼らの顎はみな床の方を向いているのだ。


「待ち伏せだ!!」


「撃て! 撃て!!」


 ビアンコの叫び声を皮切りにイリーナの命令で四人全員の銃火器が一斉に火を噴き、強烈な発砲炎がビアンコの視界に残像として残る。天井のクリーチャー達は最前列がハチの巣にされて床に落下したが、雄たけびを上げながら天井だけでなく床からも後続が次々とやってくる。


「オリファ、ファイアボール!」


「了解!」


 イリーナとオリファが素早く位置を交代すると、押し寄せてくるクリーチャーに向かって正対したオリファが左手を真っすぐかざした。


「爆ぜろ!」


 掛け声が合図となって左手の指先からオレンジの火炎の尾を引いた小さい火球が幾つか飛んでいく。飛んで行った火球はクリーチャーの群れの真ん中の地面に落ちると爆音と地響きと共にさく裂し、爆風がその周囲にいたクリーチャー達を吹き飛ばす。着弾点では火災が巻き起こり、瞬間的にエントランスを明るく照らした上に炎に巻き込まれたクリーチャーが悲鳴を上げ燃え上がりながらのたうち回るという地獄絵図を作り出した。そのせいかクリーチャーたちが押し寄せてくる速度が落ちる。そして炎で周囲と共に照られた地下一階への通路からは幸いなことにクリーチャーが出てきていないのもわかった。それを見たイリーナが口を開く。


「押し通るぞ! 前進!」


 イリーナが勇ましくクリーチャーを撃ち抜きながら前へ進んでいく、残りの三人も横一列になるように歩調を合わせた。リーチが腰だめで軽機関銃を撃ちまくり、誰かが弾切れになれば「リロード」の掛け声と共に弾倉交換をはじめ、残りの二人がそれを援護する。半自動散弾銃のスラッグ弾の威力は頼もしい限りだが、弾薬の大きさの違いもあって自動小銃より持ち運べない予備の弾の数は普段より少ない。炎に照らされたクリーチャー達の姿がより不気味に映る。


「下からも来た!」


 崩壊したエントランスの瓦礫の脇、下層へ通じる穴からもクリーチャーが上がってきたのを見てオリファが半自動散弾銃を撃ち込み、クリーチャーの体をバラバラにする。そうしているとビアンコの半自動散弾銃が弾切れになった。


「リロード!」


「―危ない!?」


 ビアンコが掛け声と共に弾倉交換をしようとした矢先、オリファの叫び声が聞こえた。それとほぼ同時に床に開いた別の穴から飛び出したクリーチャーが背後からビアンコの上半身にとりついたのだ。即座にクリーチャーが手足をビアンコの上半身に絡ませ、首元のアーマーに噛みつく。


「うわっ、うわあぁぁ!?」


 ビアンコは突然の事に数秒思考が追いつかず、パニックになりながらクリーチャーの体重に振り回され足元をふらつかせる。そしてその場で回転するようにクリーチャーを引きはがそうと背中に両手を回そうとした次の瞬間、瓦礫に足を引っかけた。倒れこむその先には下層への穴が開いている。


「ビアンコ!? ビアンコー!?」


 目を丸くして叫び声を上げるイリーナが見た物は、悲鳴を上げながらクリーチャーと共に穴に落下していくビアンコの姿だった。穴に駆け寄ろうとするイリーナをオリファがタックル気味に阻止する。


「放せ、行かせろ!! 行かせろー!!」


 イリーナの目は血走っていて、冷静さが失われているのは明らかだ。その様子にオリファが苦虫を嚙み潰したような顔をする。最初よりも突っ込んでくる勢いは減ったが、その間にもクリーチャー達が三人の周りに押し寄せてきていた。


「リーチ!」


「―隠し部屋まで後退しろ、急げ!」


 オリファに目くばせされたリーチがイリーナの代わりに指示を出す。オリファがそのまま半狂乱になっているイリーナを肩で担いだ。


「何してる、降ろせ! 命令だ!!」


「暴れないで!」


 一足先に壁に開けられた穴に駆け込むオリファの背中を暴れながら力任せに叩くイリーナ。一人残されたリーチが軽機関銃を連射しながら後ろ向きに開けられた穴に近づいていく。そして器用に後ろ向きのまま穴に入るも、死角から追いついたクリーチャーの一体が引き留めようとボディアーマーへ爪を突き立てる。しかしリーチは無意味と言わんばかりに軽機関銃を撃つのをやめ、爪を立てたクリーチャーの顔面を左手で殴った。殴られた衝撃に耐えられなくなり破れたボディーアーマーの布地だった布切れと一緒にクリーチャーが床に倒れこむ。


 引き続き室内を後ろ向きに歩きながら部屋の棚をなぎ倒してクリーチャー達の進路を塞ぐ。我先にと部屋になだれ込んだクリーチャー達がキーキー鳴きつつ獲物と捕らえようと両手を前に突き出しながら倒された棚に引っかかって詰まってしまったのを見て、携行していた手りゅう弾を手に取り左手ピンを抜く。そのままクリーチャーが詰まった部屋に投げ込み、何事もなかったかのように廊下を進みだした。


 リーチが廊下を少し進んだ辺りで軽機関銃の弾倉を交換すると同時に、その背後で部屋に投げ込んだ手りゅう弾がさく裂し砂煙が上がった。それでもまだクリーチャー達の鳴き声がこだましているのを背中で聞きながら小走りで走り始める。廊下の先では一足先に進んでいたオリファが行き止まりで隠匿魔法相手に四苦八苦していた。イリーナは担がれたまま力なく項垂れている。


「何やってる!?」


「開かないんだよ! 解除方法は同じはずなのに!!」


 オリファが焦った顔で壁に浮かんでいる白い魔法陣に右手をかざしている、先ほどのように動かないようだ。そうこうしている内に廊下の奥から物がたたきつけられる音がした。リーチが振り返ると廊下の奥で複数の黒い塊が思いっきり部屋から飛び出してくるのが見え、それが床と天井一面に広がっていくがわかった。


「何としても開けろ! みんな死ぬぞ!」


「分かってるって!」


 危機的状況に相応の経験を積んできた二人も焦りが隠せなくなってきていた。それを振り払うかの如く、リーチが引き金を絞る。発砲炎で照らされるたび、クリーチャーの死体が積み上がっていくが数が一向に減らず、三人との距離がどんどん縮まってくる。リーチの軽機関銃の銃身の色は真っ赤だ。


「こうか? こうか? ―よし、開いた!」


 額から冷や汗を流していたオリファがようやく隠匿魔法を解除する。扉が浮かび上がると同時にそれを開け、まずイリーナを保管庫に放り込む。いきなり放り込まれたがイリーナ「ひぃ」と間抜けな声を上げ、床を転がった。続いてオリファが保管庫に飛び込んで、最後にリーチが射撃しながら隠し部屋に後ろ向きで入っていく。クリーチャー達は丁字路を超え、そのまま隠し部屋に飛び込まんとする寸前だ。


「閉めろ!!」


 弾数が少なくなったリーチの掛け声に呼応して待機していたオリファが扉を閉める。がその寸前にクリーチャーの一体がドアの隙間に腕を差し込んできた。


「リーチ押して!」


 オリファとリーチが扉を押す、だがクリーチャーも負け時と顔まで突っ込んで扉の隙間を広げようと暴れまわる。


「あ、あ、…あああああ!!」


 そこに大声を上げながら起き上がったイリーナがドアの隙間のクリーチャーに向かって銃身をねじ込んで半自動散弾銃を連射した。クリーチャーの体が吹き飛ぶと共に、押していた二人の力で何とか扉を閉めることに成功する。


「一度閉まればもう大丈夫…」


 オリファはすぐに扉から離れたが、リーチはそのまま押さえ込み続ける。扉の外側から激しく体当たりする音やひっかく音が響くが、破損したり圧に負けて内側にたわんだりしてくることはなさそうだった。それを見たオリファが脱力して立ち尽す。


「…くっそぉ!!」


 安全を確認したリーチが扉から離れたのと同じタイミングで、ヘルメットを床にたたきつける音が保管室に響いた。二人が目をやればイリーナから少し離れた場所で脱ぎ捨てられた彼女のヘルメットがクルクルと回転している。イリーナ自身は片手で顔を覆いながらその場を小さく行ったり来たりしていたが、やがて止まって壁に向かって背中を丸めると右手で何度も壁を叩き始めた。


「少佐…」


 オリファが心配そうにイリーナの肩にかけると、突然彼女が降り返った思えばオリファの胸倉を掴む。


「なんで止めた!? 助けられたのに、おかげで見殺しにしたぞ!!」


「それは…」


 目に涙を浮かべつつ鬼の形相で怒鳴り散らすイリーナの気迫に押され困惑して思わず顔を背け言葉につまるオリファ。少しの間、静寂が部屋を覆った。


「まだ死んでない」


 静寂を破るようにリーチが金属音を立てながら真っ赤になった軽機関銃の銃身を取り外す。


「…えっ?」


「忘れたんですか? アイツは文字通り『しぶとい』、絶対生きている」


 ぽかんとした顔をしてオリファの胸倉から手を離し始めたイリーナに目も合わせず、リーチが慣れた手つきで軽機関銃の予備銃身を取り付けていく。


「言われてみれば…」


「なんだ、お前も忘れてたのか」


 間が抜けた顔をオリファするオリファをしり目に、リーチが多少大げさな動きで軽機関銃に最後の予備の弾倉を取り付けた。イリーナは相変わらずぽかんとしたままオリファから完全に手を放す。


「少佐、指示を」


 軽機関銃を担ぐリーチ、彼の言葉にイリーナがフッと自嘲気味な笑顔を浮かべた。


「…私は肝心のタイミングで我を忘れる最悪な指揮官だぞ。そんな上官に指示を仰ぐのか?」


「さっきは、でしょ? 誰しもあります。気にしてません」


 自虐とも取れるイリーナの言葉をいつもの笑みを浮かべてフォローするオリファ。それを聞いたイリーナが息を吐き、覚悟を決めた目つきを見せる。


「分かった、ビアンコを助けに行こう。だがどうする? 弾薬がもうない、靴でも投げるのか?」


「それいい」


 よくある冗談を投げかけるイリーナに思わず笑ってしまうオリファ。


「策ならあります、リスキーですが」


 リーチが二人の前にポーチへ入れていたパワーセルを取り出す、そして鍵を破壊したコンテナへ視線を移した。残りの二人がリーチの考えを察したところで、突然地響きが起こる。棚に置かれたコンテナがカタカタと揺れ、天井からゴミが落ちてくる。その天井を見上げる三人。地上に溢れたクリーチャーたちが待機していた味方部隊と交戦を始めたらしい。


「―急ごう、エントランスが崩れる前に」


「了解です」


 オリファがいつのまにか拾ったヘルメットをイリーナの前に差し出すと、彼女は両手でそれを受け取った。


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