第四話 秘密と軋轢 4
4
午後になって雲の厚みが増し、どんよりという表現がぴったりな空模様になった。基地の射撃場で幾つかの人影が動いている、射撃ブースの後ろの屋根の下、テーブルに銃と弾倉、弾薬などを並べビアンコ、オリファ、リーチの三人がそれぞれ一丁ずつ新たに受領した半自動散弾銃を構えてたりしていた。
机の脇に重なっている長方形のコンテナには「サイガ12K」と書かれた張り紙が張ってある。三人はこれから新しい銃の整備と射撃テスト、照準を補佐する光学機器の搭載や調整を行う手はずになっていた。バタリングが押しかけてきたのもあって、少しピリピリした空気が流れている。
「これが新しい玩具ね…」
オリファが手にしたややくたびれた半自動散弾銃を見て乗り気がなさそうな顔で言った。その横で早くも手で外せる部品を外していたすかさずリーチが反論する。
「そんな言い方をするな、ドジってまたオークに踏みつけられるぞ」
「はいはい」
以前の封鎖地区での戦闘の一幕を持ち出されてオリファが気だるそうに返事をすると、リーチと同じように整備のため銃の部品を外し始める。そんな中ビアンコがふと手を止め机の上にある弾薬の一つを手に取った。
普段使っている自動小銃の弾と違い外径が非常に太く、外装のほとんどが樹脂でできている。先端に当たる部分は金属の塊で丸くはなっているが尖っておらず、樹脂の外装に埋め込んであった。横から見ると少し金属の部分が付いたただの短い樹脂の筒にも見えなくもない。
「スラッグ弾ね、これで本当にオークとか止められるのか?」
「どうだろうな、だがひとまず我々が取れる対策はこれが限界だ。やるしかない」
ビアンコのぼやきに近いそれを手慣れているを通り越す素早さで手を動かしながら答えるリーチ、「装備支給があるだけ幸せか」とビアンコが弾を元あった場所に戻した。それからしばらくの間、射撃場にカチャカチャと金属が擦れあう音だけが響く。リーチはともかく、残りの二人は半自動散弾銃の構造を覚えるために集中したため黙ってしまったからだった。少し経った後、不意にオリファが呟く。
「あの博士、ゲートの機関銃で吹き飛ばされれば良かったのに…」
珍しく毒づくオリファ、どうやら今度は彼の虫の居所が悪くなったようだ。そこへ大小二つの影が近づいてくる。
「任務かんりょう!」
射撃場に入って来るや否や、アイシャが敬礼の真似をしながら大声でそう言った。三人の視線が彼女に一斉に集まる。
「おやおや、いつの間に五人目が増えたかな」
「五人目…? やった」
笑みを浮かべるオリファに、アイシャが得意げな顔をしてみせる。
「こらこら、勝手に決めるな」
アイシャの後ろで顛末を聞いていたイリーナが苦笑してみせたが、すぐに表情が硬いそれに戻った。
「いったん作業を止めてくれ、少し話がある」
金属音が止み、三人がイリーナの元に集まる。
「大佐と話してきた、憲兵隊が警護が予定より伸びるそうだ」
「他人に見られる機会が増えるってわけか」
イリーナの言葉にオリファが口を尖らせる。
「仕方ないだろう、昔からバタリングの傍若無人さは有名だった。今もそうみたいだが」
「そんなにヤバいやつなんですか?」
ビアンコの質問にイリーナが眉を顰めながら右手の指を自身の額に当てる。
「探求心を満たすためなら手段を選ばないような奴だ、今までも貴重な転移者が何人も犠牲になってる。露見した時は関係者の中じゃ一大スキャンダルだったそうだ」
「そんな奴が…、未だに研究者としての肩書を持ってるなんて…」
「…不可解な処分は相変わらずだね」
ビアンコが憮然として目を伏せ拳を握りしめる、片やオリファは特に気に留めていないのか肩を竦めた。続いてリーチが口を開く。
「だがその後は主要研究メンバーから外されて表立った活動はしてなかったはず。なぜ今回あんな事を?」
「ああ、大佐も驚いてたよ。職員まで仕立てるとは手が込み過ぎてる。探りを入れてみるそうだから、それまではこっちも大人しくしていてくれと」
イリーナが胸元で腕を組みため息をつくが、すぐに三人に向き直った。
「それで、余談なんだが…。その…、さっきは助かった。本当に肝が冷えたよ、完全に予想外だった」
イリーナが少し恥ずかしそうにしているのを見て、オリファが両手を自身の腰に当てる。
「それはこっちも一緒、アイシャが財布を盗ってきたのも同じくらい肝が冷えました」
「その割には喜んで中身を開けてたろ」
したり顔のオリファを小突くビアンコをオリファが一瞬睨み返した。
「まぁ、今回の一番の功労者は彼女だろうな」
「えっへん」
リーチが手をかざした方向に、オリファと同じく両手を自身の腰に当てしたり顔をしているアイシャの姿があった。それに気づいたイリーナがしゃがんでアイシャに優しく語り掛けはじめる。
「アイシャ、今回は結果オーライだったけど次はやっちゃだめよ?」
アイシャが不満そうに眼を反らし口を尖らせ、「だって…」と一言呟く。
「みんなの役に立ちたかったんだもん、あれくらいいつもやってたし…」
両手を後ろに組み、口を尖らせたままのアイシャにイリーナが笑顔で目線の高さを合わせる。ほかの三人は静かにその様子を見守った。
「あのね、気持ちはうれしいしすごく助かったわ。だけどすごく危険な場面でもあったの、何か一つ間違えば連れていかれてたかもしれないのよ?」
「でも…」
「確かに今まで一人で何度もピンチを切り抜けてきたのは分かる、だけど今回は別。あの博士は諦めが悪いことで有名だし、…だからお願い」
アイシャは上目遣いでイリーナの話を静かに聞いていたが、納得はできてないようだ。不満そうに「はーい」と一言だけ言った。
ビアンコもその様子を静かに見守っていたが、イリーナがアイシャを死んだ妹に重ねているように見えていた。いとおしい存在とはこういう事なのかと、ぼんやりと考える。と、イリーナが立ち上がり三人の方へ向いた。
「…さて、予定が押している。さっさと銃を組み上げて調整も終わらせろ」
顔つきが変わったイリーナの言葉にすぐ三人が部品が散らばっているテーブルに戻った。その後の作業はみな銃に手慣れているだけあって、滞りなく進んでいく。
アイシャ以外の四人全員が半自動散弾銃に搭載されている光学機器の照準を調整し終わり、得物を持ち射撃ブースに入って実際に射撃する。銃の特性を把握しておくためだった。
ブースに隣同士で入っているビアンコとオリファが射撃を始め、半自動散弾銃の銃口から爆音が響く度、数十メートル先のターゲットに風穴が開く。指定された弾数、五発撃ち切ってビアンコが右腕を回しながら射撃ブースから出てきた。
目と鼓膜の防護をするために着けていたシューティンググラスとイヤーマフを右手で取り払う、その場にいるほかの四人も同じものを身に着けていた。
「肩痛ってぇ…」
「速射しすぎだ」
「耳がキンキンする…」
イヤーマフを両手で押さえ青い顔をしているアイシャ。そのの脇でしかめっ面をしているビアンコ向かってイリーナが大声で言った。ビアンコが思わず苦笑いしながら銃を指定されたガンラックに立てかけていると、ようやく全弾撃ち終わったオリファがブースから出てくるのが目に入った。イヤーマフを取り払うその顔はいつもの笑みではなく冷めた顔になっている。
「どうしたんだよ、さっきといいなんか変だぞ」
「別に」
相変わらずオリファの普段見られない表情に気づいたビアンコが話しかけても、オリファはまるで取って食わないような反応で返した。そのままビアンコの銃の隣に自身の銃を立てかける。そこへタブレットを持ったリーチが近づいてきた。イリーナとビアンコがリーチに歩み寄っていく中、オリファだけはシューティンググラスを取り払って反対方向に向かうと壁にもたれ掛かかり遠くへ視線を泳がせる。その様子をアイシャが不思議そうに目をやった。
「さてさて、全員のグルーピングが出たぞ」
すかさずイリーナとビアンコがタブレットを覗き込む。画面が四分割されていて多少見づらいが確かに四人分の着弾点の印のついたターゲットの画像が表示されている。ロボットであるリーチはほぼターゲットの真ん中の小さい円に着弾点が集まっていて、重なって印が一つの点のようになっている。
次にイリーナとビアンコのターゲット画像は、リーチの着弾点の印のもう一つ外側の一回り大きい円の中に五発分はっきりと着弾点が確認できる程度には印が集まっていて、射撃競技なら高得点圏に入るかもしれない程だった。ビアンコが最後の一人、オリファのターゲット画像に目を移すと思わず声が出る。
「ん? なんだこりゃ」
オリファのターゲットの着弾点の印は、ビアンコの着弾点のそれより一回り外側の円、中心から見て三番目の円の中に分散していたのだ。訓練を積んだ『一般』の兵士ならひとまず実用圏内、実戦でも戦えるレベルではあるが先の三人と比べるとどうしても見劣りする。感覚的に結果が分かっていたのか、オリファがため息をつく。
「お前マジか」
「…得意じゃないんだ、昔から」
オリファが視線を合わせず遠くを眺めたままそう言って見せる。
「へぇ、てっきりなんでもできる優等生だと思ってたぜ」
ビアンコが午前中の仕返しがてらと多少からかいを含んだ声色で感想を言ってみせると、途端にオリファがムッとした。リーチがオリファの方を向き、イリーナは胸元で腕組をして目を閉じる。流石のビアンコも場の空気が変わった事を察知した、同時にオリファの癪に触ったことも。
「優等生? そんなわけないじゃないか」
「どこが違うんだよ、仕事を仲間に押し付けるのは楽々こなせるのに鉄砲撃つのはからっきしだったのに驚いただけだ」
挑発するように笑って見せながら、あえてわかりやすい言葉を使って見せるビアンコをオリファは睨みつけるような眼差しで見据えた。珍しくムキになっているのがわかる。
「なんだと!?」
オリファが壁から背中を放しつつ完全に怒りの感情に任せた声色で大声を上げる、ビアンコも目をキッとさせイリーナ達が居るのも意に返さずずんずんとオリファに詰め寄った。
「事実だろ、今日だって午前中荷物を下ろすタイミングでいなくなったし。この前もそうだったよな? いつも適当な理由でいなくなる、その都度思ったよ。サボるのが上手いやつだって」
「フランシス、もうやめろ!」
オリファの返事を聞く前に見かねたイリーナが二人の間に割って入った。いつの間にかリーチの脇に移動したアイシャが心配そうに三人を見つめている。
「イエニス、石は持ってるか?」
「…はい」
少し心配した表情のイリーナにオリファはビアンコから視線を反らさず不満そうな顔をして見せた。一方のビアンコは石という言葉が耳に止まる。
「よし、あっちで少し休んでろ」
イリーナの指示にオリファは何も言わず視線は最後までビアンコに向けたままその場を離れる。ビアンコが不貞腐れたように一瞬下を向き、イリーナは形容できない妙な表情をしている。
「…説教ですか?」
「どうだろうな。…一つ聞くが、イエニスから彼自身の体のことについて聞いてるか?
「いえ、何も」
「そうか」
イリーナは表情を変えないまま、ビアンコはわずかに眉を顰めている。
「ならそこにある水を持って、イエニスのところへ行け。話をしてこい」
「なんでまた…」
イリーナの言葉の思惑が理解できす困惑した顔になったビアンコへ、一歩歩み寄って「行け」とイリーナが圧をかけた。ビアンコは一瞬言い返そうと口を開いたが言葉が見つからず、あきらめたようにため息をつくとテーブルの上にあった水入りの小型ペットボトル二本を手に取ってオリファの元へ向かった。
一方のオリファは射撃場の屋根の隅で射撃ブースのテーブル部分に浅く腰掛け、憂鬱そうな顔をしつつ少し俯いた状態で首から下げたペンダント状のチェーンに繋がった小ぶりのロケットを指でもてあそんでいた。間近までやってきたビアンコが「よっ」と声をかける。
「あー、様子を見に来たんだけど…」
ビアンコの返事に応えないオリファ。申し訳なさそうなビアンコの声、つい先ほどまでこの二人が言い争いをしていたとは思えない声色だ。それも手伝って周囲が気まずい雰囲気に包まれる。
「隣、良いか?」
「…ああ」
ビアンコが断りを入れてオリファの隣の射撃ブースのテーブル部分に浅く腰掛けると、水入りペットボトルを差し出す。静かにそれを受け取るオリファだが、相変わらずペンダントから手を離さない。ビアンコがどう話せばいいのか、と思案したが思いつかず少しの間静かに時間だけが過ぎていった。ようやって意を決してビアンコが口を開く。
「―なぁ、別に射撃が上手くできないなんて、よくある話だろ? どうしてそんなにこだわるんだよ?
「こだわってなんかないよ、ただ…、最後の一押しだったっていうか…」
「一押し?
「今日はちょっと体の調子が悪かったんだけど、バタリングが押しかけてきたせいで余計に消耗しちゃって…。結局態度にでちゃった、悪魔失格だよ」
自嘲気味に笑うオリファの横顔を見てビアンコは戸惑いを隠せないでいる。
「つまり…、人ごみに当てられたとかか?」
「まあね、多分それ。あんな人数久しぶりだったし…」
「そうなのか…、荷物運びからいなくなったのは?」
「それは本当にごめん、力仕事は消耗がすごくて…」
「マジかよ…、言ってくれよ」
ビアンコが思わず不満の声を漏らしてしまうのを黙って受け止めるオリファ。
「―後それなんだ?」
「ああ、これ。これに魔力を分けてもらってなんとかしてる感じ。人を襲えないからさ」
ビアンコに小さく指を差され、オリファが弄んでいたロケットの蓋を開く。中にはロケットより一回り小さい緑色の宝石が入っていた。不思議なことにその宝石は薄暗い屋根の下で光源がなくとも小さく自ら光り輝いている。ビアンコが「転移物か」と尋ねるとオリファが「ああ」と小さく頷く
「僕は種族柄、人間に近づかないといけないからね。なら正体を偽って社会に溶け込むのことが必要なのに…、ボロが出る自分が許せないのもあってさ」
「…それってつまり、ずっと人間を演じてるって事か?」
「流石に今は違うよ、だた演じる癖は体に染みついているかな。『ふり』をするのは上手いって自負があるけど、やっぱりそれが続くとしんどいや。正直人を襲いたくなる衝動を抑え込むのは大変だしね」
ロケットを蓋を閉じながら内心を吐露して引き続き困ったように苦笑いして見せるオリファ。その内容にビアンコはどんな顔をしていいのかわからなくなり、逆に表情が消えてしまった。普段の言動からは想像もできなった苦労を、彼も抱えていたことを思い知らされて、ビアンコの心に罪悪感がこみあげてくる。
「なんか、受け入れるのに時間がかかりそうだ…」
何とか言いつくろったビアンコの言葉にオリファは答えない、ビアンコの心境を察しているからだろう。そしてビアンコがため息を吐いた。
「とりあえず、さっきの事は謝る。悪かった」
「こっちこそ、ちょっとしゃべりすぎちゃった」
ビアンコが「気にするなよ」と言ってテーブルから立ち上がる。
「少佐たちのところに戻ろう、片づけないと」
「そうだね」
オリファの顔色は話初めのころと比べるとかなり良くなっていて、いつもの笑みも復活している。ビアンコもそれに釣られるように小さく笑みを浮かべるが、それを嘲笑うかのようにぽつぽつと雨が降り始めてきたのだった。