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第四話 秘密と軋轢 1

 その日は朝から鈍色の空が広がっていた。イービンヒルの本部の脇で、ビアンコが戦闘服の背中に汗の模様を作りながらせっせと紺色のバンの荷台から大小さまざまな軍用コンテナを下ろしている。バンの荷台は半分ほど積み荷で埋まっていて、その脇の地面にもいくつかコンテナが置いてあった。


「あの野郎…、また俺に力仕事押し付けやがって…」


 それなりの大きさのある長方形のコンテナを両手で抱えている運んでいるビアンコが額に汗を光らせ、上機嫌とは程遠い顔で毒づく。あの野郎とは、当然オリファのことだ。今回、彼について分かったことがひとつある、それは車の運転があまりに下手ということ。先ほどまで珍しくオリファの運転でピューソン基地へ荷物を受け取りに行っていたのだが、交通ルールはともかく車間や車幅などの空間認識能力が絶望的にひどく、特に基地内でバックを含んだ方向転換には非常に手間がかかったのだった。


 助手席のビアンコは生きた心地がしなかったのは言うまでもなく、何とかイービンヒルにたどり着くと「昼食の用意があるから」と荷下ろしをビアンコに押し付けて宿舎に飛んで行って居なくなってしまい今の状態に至ったのである。最も、いつも運転させられるビアンコが小言を言ったせいでオリファが張りあいだした、という原因もあるのだが。


「通りで俺に運転させるわけだ、っと」


 運んでいるコンテナを本部の中、ビアンコが同じようなコンテナが集められているテーブルの脇に置いた。そして一息つく。


「だったら最初から言えっての…」


 お互い様だと思いつつビアンコがくるりと体の向きを変えバンの方へ戻りだすと、その視線の端に工房の中で蠢いているリーチの姿が入った。ちらりと盗み見ると、普段正面ゲートに配置している機関銃を二つとも取り外してきて整備してるようだった。部品単位で分解されおり、リーチが部品や道具が並んでいるテーブルに前かがみになって作業している。その手の動きはロボットらしく素早い。ビアンコには気づいていないようだ。


 そんなリーチをしり目に、ビアンコが本部の外に出ようとすると不意に談笑しているような声がした。二人の左上腕にMPと書かれた腕章をつけた西側装備の男性憲兵二人が脇を通り過ぎているのが目に入る。二人とも自然な笑顔だ。その様子にビアンコは思わず物陰に身を隠した。噂話でもされているかと思ったからである。しかし、聞こえてきたのはたわいもない世間話だった。


 ビアンコは杞憂に胸を撫で下ろしつつそのまま声が遠くなるなるまで、息を殺していた。本来ならこの基地には四人とアイシャしかいないのだが、先日のパーティ会場でビアンコの胸倉を掴むイリーナの様子が盗撮されていて、ネットに流れた。そのせいで民衆の関心に火が付き、基地の周りにパパラッチや野次馬が現れるようになってしまったため、警護のため急遽憲兵隊の一部隊が派遣され敷地内外の警備を行っているのだ。


「休憩するか…」


 話し声が離れていくのを見計らって、ビアンコがバンの脇に移動する。そしてそばに積んでるコンテナにドカッと腰を下ろし、同じコンテナに置いてあった水入りペットボトルを手に取って喉を鳴らしながら中身を喉に流し込んでいく。


「ビアンコ」


「ん?」


 背後から呼びかけられビアンコがその方向を見ると、バンの前方部分に下半身を隠したアイシャが金色の髪を垂らすようにして上半身を横に反らし、ほくそ笑んだ顔でこちらを覗き込んでいる。その様子、特にアイシャの顔を見て嫌な予感がした。


「どうしたんだよ…」


 ビアンコの呼びかけにアイシャは表情はそのままに何も言わず、後ろに回していた左手を見せびらかすように顔の脇に出した。その手には二つ折りのグレーの財布が握られている。それをみたビアンコが慌てた顔ですかさず自身のズボンのポケットをまさぐると、あるはずのものがない。アイシャが持っているのはビアンコの財布だったのだ。ビアンコが両眉を吊り上げ、勢いよく立ち上がる。


「こら! また盗んだのか、いい加減にしろ」


「だって、勉強ばっかりでつまんないんだもん」


 肩を怒らせずんずん近づいてくるビアンコを意に返さないアイシャ、彼女がスリを働いたのはこれが初めてではない。彼女は保護されるまで自身の能力を生かしてこうやって盗みを働きながら命をつないできたらしい。封鎖地区を徘徊する狼藉者相手ならともかく、ビアンコ達含めまっとうに暮らしている人間に対して行うのは完全に犯罪行為だ。更にアイシャ自身に罪の意識が薄く、みんなに構ってもらうためのいたずら程度の考えでスリを繰り返しているのが問題だった。


「返せよ」


「やーだ」


 多少凄みながらビアンコがアイシャの目の前に迫る、あと少しで財布に手が届くというところでアイシャの姿が消えた。今度はバンの後ろから声がする。


「こっちだよ~」


「お前なぁっ!


 けらけらと笑いだしそうな笑顔でバンの影から手を振るアイシャに、ビアンコの頭の中で何かがキレる音がした。怒りを露わにした表情でくるりと向きを変えて全力疾走する、そして捕まえようとした瞬間、またアイシャが消えた。勢いあまってビアンコが転びそうになる。


「こっちこっち~」


「くっそ…!」


 そのままビアンコが追いかけてはアイシャが瞬間移動で逃げる、という行為をバンの周りで何度か繰り返す。もちろんビアンコが無駄に体力を消耗することになった。


「ああ、もう…」


「やーいやーい…、あっ」


 疲れ果てて肩で息をしながらバンに片手をつくビアンコを バンの前部に移動したアイシャが楽しそうに挑発する。と、その体が持ちあがった。いつの間にかアイシャの後ろにリーチが立っていて、彼女の制服の首元を後ろから掴んで持ち上げていたのだ。思わずぽかんとするビアンコ。


「なにやってるんだ?」


「えっと、アイシャが俺の財布をスッたんだよ」


 ビアンコがすぐに我に返って両手を腰に当てながら答え、「またか」と呆れを含んだ声色でリーチがぼやく。持ち上げられたアイシャは「おろして~」と宙に浮いた手足をバタつかせている。


「ダメだ、私からも盗んだだろう。それを返してくれたなら降ろしてやる」


「やーだ」


「―よし、ならイエニスに叱ってもらうとするかな」


 リーチの一言にアイシャの表情が曇り、体の動きが止まる。


「…ごめんさい」


 先ほどとは打って変わってふくれっ面を向けたアイシャが、スカートのポケットからゴソゴソと何かを取り出すとリーチがそれを受け取る。銃の部品のようだった。「財布も」とリーチに促され渋々ビアンコの財布も持ち主の前に差し出す。


「反省しろ」


 ビアンコがそう言って静かに財布を受け取る間も、アイシャはふくれっ面のままだ。財布が持ち主に戻るの確認されてようやって地面に降ろされるアイシャは、すっかり肩を落としてしまっていた。その姿はビアンコを挑発していた時とはまるで別人である。


「むー」


 アイシャが相変わらず不満げに頬を膨らませているのを見て、ビアンコが口を開く。


「そんなに勉強が嫌なのか?


「…そうじゃないけど、一人が嫌なの」


 アイシャがゆくっりビアンコに歩み寄って、ズボンをキュッと掴む。その様子にビアンコが困惑して何とかしてくれと唇を動かしアイコンタクトを送るが、リーチはそれは無理だと言わんばかりに肩をすくめた。それを見てビアンコが観念したようにため息を吐くと、自らのズボンを掴んでいるアイシャの手を手に取ってしゃがみこんだ。


「なぁ、俺だってそうしたいけど。その、分かるだろ。やらないといけないことがたくさんあるし、埋め合わせはするから…」


 しっかりアイシャと目線を合わせその目を見ながら、しかし何とか考えてたどたどしく言葉を紡ぐビアンコにアイシャの表情が少し明るくなる。


「…わかった、約束」


「約束する」


 アイシャが出した右手の小指に、ビアンコが同じ右手の小指を絡ませる。そしてそのまま何度か上下に揺すった。


「さ、もう行くんだ」


「うん」


 指を放し小走りで本部へ戻っていくアイシャの背中を見届けながら立ち上がるビアンコを、リーチは腕組しながら見ていた。


「―後でどうなっても知らんぞ?」


「え、なんかまずい?」


「今にわかるさ」


 含みがあるリーチの発言に困惑するビアンコ、その反応を見てまた肩をすくめるリーチ。


「…っと、助かった。ありがとう」


「気にするな。ところで、荷下ろしがまだのようだが」


 バンの脇に積んだままのコンテナへ視線を移すリーチに、ビアンコが右手で後頭部をかきながらバツが悪そうな顔をする。


「あー、それがその…」


「わかったわかった、手伝ってやるからさっさと済ませろ。少佐に呼ばれてるんだろ?」


「やっべ…」


 予定を思い出して顔を青くしているビアンコをしり目に、リーチがコンテナを一つ持ち上げ始めた。


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