第三話 前途多難 4
4
パーティ会場はニューピューソンという町にある、惨劇後に新たに一から造られた町だ。ただし封鎖地区からはそれなりに離れた場所にあるせいでその移動には少々面倒だった。それなりに走り既に周囲が真っ暗になったしっかり舗装され適度にカーブもある片側二車線の道を行くSUVとセダン。セダンのハンドルを握るビアンコは以前と同じように顔が強張っている。理由は言わずもがな、この車が借り物だからである。傷一つつけただけで給料の何か月分飛んでいくかわらない。出発してすぐ、助手席にオリファが嬉々としてこの車の説明をしてくれた。VIP御用達の特別車両、防弾ボディに防弾ガラス装備。細かいスペックも話していたが、緊張でよく覚えていない。当の本人は喋りつくしたのか、窓から外を眺めている。後部座席ではイリーナが相変わらずタブレットの画面へ目を落としていた。妙な空気が流れている気がする、と勝手に思い込んでいるビアンコはある意味助かったと感じてしまう。また雑談でも始まれば、緊張と昨日の今日で二人の地雷を踏みぬきかねない。
先頭を行くSUVがカーブに差し掛かったのを見て、ビアンコがそれに合わせて安全に車を進ませる。ほかの地域へ繋がっている道路なのでさすがに交通量がないという事はなく、今まで何度か追い越されたり対向車のライトとすれ違ったりもした。そうしていると、一台の銀のセダンがSUVごと追い越し車線を猛スピードで爆走していった。
「あっぶな…」
ビアンコの呟きと同じタイミングで真新しい大型の看板の脇を通り過ぎる。一瞬だけだったが『ようこそ、ニューピューソンへ』の文字が読め、パッと見て山の形をした街の明かりがはっきり見えてきた。そして心なしか大小さまざまな車の量も増えテールランプの行列ができはじめる。
『こちらリーチ、間もなく市街地だ。目を光らせろ』
「了解」
先を行くSUVに乗っているリーチの声がした。ダッシュボードの中央、カーナビの下に装着されいる無線機からだ。オリファがマイクを手に取って返答する。みっちり詰まった車の群れはぐ高架に上がっていく。ビアンコの視界の左右の高層ビルが煌々と輝いている。道の街灯も看板も高架のコンクリートも夜ということを差し引いてもすべてが小奇麗で真新しい。一方でまだ鉄筋がむき出しのビルも複数ある、建設ラッシュなのだろう。SUVが右の側道へ反れたのでセダンもそれに続くが高架を降りてすぐ渋滞に捕まった。対向車線もみっちり詰まっている。
「やっぱり混んでます」
「想定通りか、まぁ構わんが」
オリファとイリーナのやり取りを聞きながらバックミラーで姿を確認するビアンコ。イリーナの顔しか見えないがほんのり赤く塗られた唇が強めの主張しているのが、艶やかに感じられる。ビアンコが内心一息入れながら窓の外から歩道に目をやると、歩道を挟んで反対側の真新しい商店のショウウィンドウに着飾った男女のマネキンがポーズを取っており、その前へ若いカップルが立ち止まって眺め始めた。そのすぐ後ろを小さい子供を連れた家族連れが楽しそうに通り過ぎ、その子供は大事そうにおもちゃの箱を抱えている。この町だけ見ていれば、人々がかつての惨劇から立ち直ったようにも見えた。ビアンコがぼんやり外を眺めていると、不意にエンジン音と共に二台の白バイがセダンの脇を勢いよくすり抜けていった。よく見えないが先頭の一台がそのままリーチのSUVの脇に止まったらしい。
「なんだ?」
「なんだろね?」
ビアンコに釣られてオリファも首を伸ばし白バイを見ようとしていると、無線機が鳴る。
『少佐、この先目的地手前の大通りでデモ隊が小競り合いしてるそうです。ホテルの駐車場まで市警の白バイが先導してくれるそうですがどうしますか?』
「どうします?」
無線機のマイクと手に取って指示を仰ぐオリファ、数秒考えたイリーナが口を開く。
「申し出を受けると伝えろ、妙な動きをしたらプランBで行く」
「申し出を受けるそうです、プランBの配慮を」
『了解』
やり取りの後、SUVが動き出す。直接見えないが白バイのサイレン音とパトランプが規則的に左右の建物へ反射しているのが見えた。
「イレギュラーだよな、なんで俺たちってわかったんだろ」
「さぁ、パーティ出席者らしき車にかたっぱしから当たってるんじゃないの?
セダンを走らせながら、運転席と助手席の二人はとぼけた会話を交わす。先頭に緊急車両が走っているだけあって、街中であるまじき速度で左右の建物や歩道の人などの物体が後ろの流れていく。赤信号もお構いなしだ。そのまま少し走ると、行楽客はなりを潜め今度は仮装やらプラカードやらを持ち歩いている人間が目につくようになってきた。道を進んでいくにつれその数はどんどん増えていく。カーナビの表示がちょっとした広場に入ったことを示した、会場のホテルはその先だ。
『デモ隊発見、気をつけろ』
「うっわ…」
目に飛び込んできた光景にビアンコが思わず声が漏らす。会場であるニューセントラルホテルの正面玄関付近をデモ隊が埋め尽くていたのである。参加者各々が『惨劇の被害者救済』や『転移者の排除』といった過激な文言が書かれたプラカードや横断幕を掲げている。拳を振り上げ「見せかけの慈善事業はやめろー」などと叫んでいる者もいた。当然ホテルの正面玄関やその周りの道はフェンスと警官たちが封鎖していて、特に正面玄関は重装備の警官隊が立ちふさがっているのが見えた。その脇をするするとビアンコ達の車列が進んでいく。
『ホテルの裏から地下駐車場に入るぞ』
リーチのSUVがホテルの裏側に進んでいくのでついていくと、比較的速度を出したまま地下駐車場の入口に飛び込んでいく。そのまま地下一階、警官が腕差す指定された駐車スペースに車を止めた。ビアンコがサイドブレーキを掛けながらホッとしたように息を吐き、オリファがシートベルトを外す。先導していた白バイはセダンの脇を通り過ぎる際に、恐らく車内にいるであろうイリーナに向かって敬礼し素早く駐車場の出口へ戻っていった。エンジンの止まったSUVからリーチたちが降りてきて、慣れた動きでセダンへ向かって来る。
「じゃ、手はず通りに」
「了解」
それだけ言葉を交わすと、同じタイミングで二人が車から降りた。ビアンコが丁度セダンの中間あたりに立つ、オリファが手早く回り込んで後部ドアを開き、その脇に立った。後部ドアが二人の中心に入った格好だ。既にリーチ以下護衛達は周囲を見張るために軽く散らばっており、そして車内から静かに、かつ恭しくイリーナがセダンから出てきた。軽く首を一回振って見せればそれに呼応して銀髪が揺れる。そしてホテルへの出入口からやってくる支配人らしき白人男性とボーイを見据えた。オリファがドアを閉める。
「イリーナ・シュリャホバヤさんですね。ようこそ我がニューセントラルホテルへ、お会いできで光栄です」
「こちらこそ、わざわざお出迎えいただかなくてもよかったのに」
丁寧に礼をしてみせる支配人にわずかに戸惑いを隠せないイリーナ。
「いえいえ、本来ならば正面ホールからおいで頂きたかったのですがこのようなことになってしまいましたので」
頭を上げた支配人が出入口へ向かって案内のポーズを取る。
「立ち話もなんですから、会場までご案内しましょう。―車を移動してさしあげろ」
「いえ、それには及びません。部下にやらせますので」
支配人がボーイへ顎で指示し、ボーイが動こうとするタイミングでイリーナが声をかけ、彼女の目くばせにリーチが軽く頷く。
「…分かりました、ではこちらに」
支配人は特に抗議などすることなく素直に案内のために歩き始めた。それに続くリーチ以外の三人がセダンが動く音を背に受けながら廊下の奥へ進んでいく。廊下は非常に明るく、シミ一つないクリーム色の壁紙とレッドカーペットを思わせる床、観葉植物や調度品のテーブル、壁に掛けられた絵画などが丁度良い配分で配置されている。比較的新しく建てられたという点を除いても、高級ホテルの肩書に嘘偽りなしである。ビアンコは歩きながら、初めての光景に思わず少しキョロキョロしてしまっていたが、すぐに隣のオリファに小突かれた。
二人の前ではイリーナと支配人が軽い雑談をしているのが聞こえる。少しの距離を歩いたところで曲がり角の先にエレベーターホールがあり、三台あるエレベーターの内、真ん中の一台の開いたドアをボーイが押さえて開きっぱなしにしていた。スムーズに乗り込めるように待機していたのだろう。標準的な旅客用エレベーターだが、内装は廊下に準ずるものになっている。四人が入るとドアを押さえていた最後にボーイが乗った。「―失礼、四階を」という支配人の言葉に従いボーイがボタンを押し、ドアが閉まってはっきりと聞こえるようになったモダンジャズの音楽を響かせながら現在位置を示す階の表示の数字が繰り上がっていく。ものの数秒もかからずに、チンという今時珍しい古風な到着合図と共にドアが開く。地下と同じ廊下が現れるが、既に参加者たちが集まっているのか雑踏と正装に見つつ積んだ人々が行きかっているのが見える。すぐにボーイが外に出てドアを押さえながら乗客たちに外に出るよう会釈して案内した。「ありがとう」と支配人に続いたイリーナがボーイに声をかける。
「記帳はこちらです、それともし時間があるようでしたら室内の一部でもご案内いたしますが?」
「ああ、いえ。それはまたの機会に。挨拶周りもありますので」
「承知いたしました、ではわたくしはこれで…」
会場手前の廊下に並べられた白いテーブルクロスが掛けられた記帳台まで案内されると、イリーナが支配人の申し出を丁重に断る。支配人は言葉短く会釈して、その場を離れた。「こんばんは」と制服を着た記帳台の係の女性に話しかけながらイリーナがペンを取る。ビアンコがすぐ後ろで記帳が終るのを待つ間、改めて辺りを見渡してみればこの場の空気に当てられそうになった。
「…なんか変な感じがするな」
「慣れれば問題ないさ、場数が大事」
「―おい」
記帳台に背中を向け辺りを見渡す素振りをしながらビアンコとオリファが小声でやりとりしていると、イリーナが声であからさまにそれを遮る。二人が振り返ると記帳を終え左右の肘をそそれぞれ左右の掌で支えるようなポーズをしているイリーナと目が合った。
「しゃべるなとは言わんが、二人とももう少し集中しろ」
少し眉を顰めたイリーナにビアンコはともかくオリファまで少し気抜けた顔になってしまった。
「行こう」
そんなことなど意に返さず、二人を引っ張っていくか如く会場に歩を進めるイリーナになすすべなくついていく二人。そのまま三人が会場へ足を踏み入れた。まず目に入ったのはホールの中央に白い天井からぶら下がっている巨大シャンデリアだ、ホール丸ごと二階に相当する高さの吹き抜け構造になっており一番外周に近い部分のみ一段階層が追加されて通路のようになっている。柱の梁や桁の突き出した部分には彫り込む形で西洋風の装飾が施され、二階通路の欄干もそれに倣ったモダンなデザインをしていた。もう既に正装に身を包んだ参加者たちが歓談を繰り広げており、奥までいかないと様子がよくわからなくなっている。
柱の根本に正式な会場の護衛であるサングラスをかけた黒いスーツ姿の警護、所謂黒服達が立っていて、文字通り会場に目を光らせている。三人の向かって正面、ホールの反対側の壁を背にするようにして一段高くなったステージが設置されており、そしてその手前から何台もの白いテーブルクロスが掛けられた、料理や飲み物が置かれたテーブルが並んでいた。穏やかなクラシック音楽が流れる中、イリーナがまずボーイからシャンパン入りグラスを受け取った。そして歩きながら自然かつ獲物を探すように目を泳がせると、丁度話を終えたとある男性に近づき声をかける。もちろん笑顔で、だ。
「―クーリー議員」
声をかけられたタキシード姿の恰幅のいい男性はシャンパンのグラス片手に振り返ると、にこやかに返した。
「おお、シュリャホバヤ少佐。久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです。お元気そうで」
「ありがとう。聞いたよ、封鎖地区の戦闘で活躍したそうじゃないか、相変わらずすごいな」
「当然のことをしたまでです」
当たり障りのない言葉のやりとりをしながら、議員がイリーナの後ろの二人を何度か見る。初老に差し掛かろうといった年齢を彷彿とさせる皺が刻まれた顔から、後ろの護衛二人に対する不快感が垣間見えるのをビアンコも感じ取った。
「はは、そうか。来てくれ、私の友人に紹介しよう」
「ありがとうございます」
友人たちがいる方向へ手を差し出す議員、イリーナがそれに快く応じると後ろにいるオリファに顔を向け真顔で「二階で待っていろ」と唇を動かした。「ごゆっくり」と笑みを浮かべ頷くオリファを微かながら不満げに視線だけ向けるビアンコ。
「行きましょう」
再び笑顔を作ったイリーナは議員と共に数名の参加者グループへ向かっていった。
「なんだありゃ」
会場の二階部分に移動して開口一番、ビアンコがぼやいた。座っている備え付けの長椅子には脱いだ制帽とジャケットがかかっている。周囲には誰もおらず、BGMの音量も小さくなり少し静かだった。
「何が不満なんだい?」
一方のオリファは脱いだ制帽を片手に反対側にある欄干に背中を預けたまま一階の会場を見渡たすように首を向けている。
「あの議員の態度だよ、俺でもわかるなんてよっぽどだぜ」
「ああ、あれね。言いたいことはわかるけど、いちいち気を立ててたら切りがないよ。あの人はああいう人なのさ」
オリファの文字通り達観したような物言いに、ビアンコが背もたれから体を起こす。
「…敬意ぐらいは払ってほしかったけどな」
「敬意ね、その仏頂面じゃ無理かも」
「…喧嘩売ってんのか?」
眉を顰め睨むように目を細めるビアンコを見てオリファがプッと小さく噴き出す。「冗談だって」と首を戻してビアンコを見据えた。
「それより、この前話したこと守ってる?」
「ああ、アイシャとの接し方だろ。なんとかやってるよ」
「復唱して」
「えっ」
「復唱」
眼光鋭くなるオリファにたじろぐビアンコ、少し間を開けてため息をつく。
「アイシャに話しかけられたら無視したり後回しにしたりせずにすぐに向き合うこと」
「よくできました」
言い終えた瞬間にパッと明るくなった表情で拍手する動きを見せるオリファをビアンコがやや呆れた顔で見る。
「…いちいちむかつく」
「君が今までされて嫌な事の反対を洗いだしたらこうなったんだろう、挙句に決めた翌日には忘れてるし」
「ちぇっ…」
痛いところ突かれて言い返せなくビアンコ。それを傍目にオリファが再び欄干の外側に目をやり一階を見下ろすと今度は別のグループの輪に混じっているイリーナと目が合った。彼女が微かに頷くと、オリファが呼応するように軽く敬礼する。
「お呼び出しだ」
「了解了解」
オリファが欄干から離れると、ビアンコもやや億劫そうに立ち上がってジャケットを羽織り、制帽を被りなおす。視線を上げふと気になって会場一階に直結している階段とは反対方向に目をやると、その先の突き当りの柱の陰に何がうごめいているのが見えた。
「ん?」
ビアンコが目を凝らすと、柱の陰に一人のボーイの制服を着た男が立っている。少し距離があるので細かくは見えないが、頭には他のボーイが必ず着用している帽子が見当たらず逆にグレーのリュックサックを背負い一階を見下ろしているように見えた。
「イエニス」
「ああ、見えてる」
笑みつつも緊迫感を纏った顔で呼応するオリファ、ビアンコは緊張感が隠せないやや固まった顔になっている。クラシックなBGMを背景に二人の間だけピリピリとした空気が流れた。
「人呼ぶか?」
「いいや、僕が話すから。静かに」
口数少なくオリファを先頭にして二人が静かにボーイ風の男に近づいていく。一方のボーイ風の男はおもむろにリュックサックを床に下ろし、少し間を開けて中身を取り出す。それは市民の所持は原則禁止の小型の短機関銃だった。それをみたビアンコが思わず腰の小型拳銃に右手を伸ばすが、オリファがそれを制す。ボーイ風の男は二人にはまだ気づいていないのか、睨みつけるようにリュックサックから後部だけ露出した短機関銃をじっと見ている。
「こんばんは」
少し離れた位置から柔らかい物腰でオリファが口を開くと、ボーイ風の男が驚いた表情で勢いよく声の主を見た。服装に不釣り合いな整っていない髪型と無精ひげの顔が見開いた目と食いしばった歯を見せ、慌てて短機関銃をリュックサックから引っ張り出そうしてしている男をオリファが「待って、待って」右手をかざしながら制止する。
「な、なんだあんたら? パーティの参加者か!?」
「まぁ、似たようなものかな。とりあえず静かに、僕ら以外に気づかれたくないだろ?」
「うるさい! それ以上近づくな!!」
予想外の場面で予想外の人間に出くわし額に脂汗を浮かべ威嚇する小動物のように睨みつけ恐怖で声が上擦っているボーイ風の男へ冷静に、オリファが立ち止まりかつ優しく話しかける。その後ろでビアンコは臀部のホルスターに手を回した姿勢のまま口と横に真っすぐつぐんだ厳しい表情で男を見つめている。
「分かったから…。まず僕らはパーティの『警護』じゃない」
「嘘つくな! 時間を稼いでるんだろ!?」
「違うって、もしそうならもう捕まってるよ」
オリファが言い聞かせるように言葉を紡ぎつつ顔を良く見せるためかゆっくりと左手で制帽を脱ぐ。表情は優し気だが、紫色の瞳がいつも以上に輝いているように見えた。
「じ、じゃあなんだ? ほかに狙いでもあるのかよ!?」
「そんな大層なことじゃないんだけど…。―ほら、僕らは会場の二階で休んでただけでリュックの中身なんて知らないし、ましてやそれを持ってきた不法侵入の男なんて見てないからさ…」
オリファの言葉の意図を察してビアンコが思わずボーイ風の男から視線を外し、微かに見開いた眼で言葉の主を見てしまう。同じく意図を察してか明らかに困惑しているボーイ風の男を見据え、オリファが話を始めた時よりも妖しさを含んだ顔で続ける。
「―もし今すぐ荷物をまとめて立ち去ってくれたら、見逃してあげてもいいよ?」
「マジか、冗談だろ…?」
ビアンコが小声ながら思わずツッコミを入れてしまう、それに意に返さず「大丈夫だって」と当の本人は満面の笑みで余裕ぶっている。それをビアンコが聞いてばつが悪そうな顔をしつつ、再びボーイ風の男に視線を戻す。男の姿勢は変わっていなかったが、俯いて表情が見えない。ただ先ほどと違い肩を震わせて何がぶつぶつ呟いているように見える。明らかな男の様子の変化にビアンコが嫌な気配を感じていつでも小型拳銃をホルスターから抜けるようにしっかりと握った。
「…けやがって」
「なに?」
「ふざけやがってぇぇ!!」
BGMを掻き消さんばかりの雄たけびの直後、パーティ会場に連続した銃声が響いた。激怒したボーイ風の男が短機関銃を一気に取り出してビアンコとオリファの方へ向かって乱射したのだ。
「くっそ!!」
オリファの面食らった顔を見る暇もなく、叫び声に呼応してビアンコが隣の相棒ごと力任せに押し倒して自らも床に突っ伏した。それと共に二人の制帽が宙を舞う。幸いなことに男が片手で適当に銃口を向けており、なおかつ銃の大きさに対し反動が強すぎてほとんどの弾は二人の頭上を飛び天井に吸い込まれていった。そうこうしている内に男の銃が弾切れでも起こしたのか、銃声が止む。慌ててビアンコが顔を上げると、空薬莢がばら撒かれた床の先で同じく慌てて会場の外へ逃げ出そうと走り出す男の姿が映る。そして咄嗟に手にしていた小型拳銃を一発発砲し、男の背中に当たった。が、男は痛がるどころか悲鳴一つ上げず、何事もなかったかのように外へ飛び出していってしまった。
「なんだ!?」
「銃声だ! 逃げろ!!」
「キャー!!」
既に会場のBGMは音楽ではなく、参加者たちの悲鳴と怒号に変わっている。下の階はパニック状態という事は容易に想像がついた。
「無事か!?」
「びっくりした…」
ビアンコは素早く起き上がって片膝を立てると、条件反射的に隣で突っ伏しているオリファに声をかけた。オリファが状況と比べて間の抜けた返事をしながら起き上がりはじめる。その様子にビアンコは先輩とはいえ今すぐにでも胸倉をつかんで一発殴ってやりたい衝動に駆られるも、それを無理やり抑え込む。
「動けるか?」
ビアンコが安全確認のために周囲を見渡した、冷静に、と念じながら。オリファも片膝を立てて同じく隠し持っていた小型拳銃を構え、「ああ、なんとか…」とオリファ。表情は硬く先ほどのような余裕さは消えている。後悔しているのか心なしか俯いているようにも見えた。
「言える立場じゃないけど、話は後で。とにかく少佐と落ち合おう」
「…一つ貸しだ。それと、アイツ弾が当たっても倒れなかったぞ」
「本当か!? まずいな、着ぶくれしてる感じもなかったし…」
「「…ドラッグか」」
二人の声が重なる。違法薬物の摂取で痛覚が鈍る、もしくは感じなくなるといった話はよくあることだ。
「…仕方ないけど黒服達から犯人と誤認されないように遠回りしよう、会場の外側の廊下へ出て下に降りる。多分少佐は最後まで会場に残るだろうし」
「了解、俺が先頭を行く」
「わかった、参加者を撃たないでよ」
ビアンコが頷き、オリファが目くばせすると、同じタイミングで立ち上がる。それぞれ別々の方向を警戒しながら小型拳銃を構えたまま別の扉からパーティ会場外側の廊下へ向かった。廊下には人気がなかったが、階段があるでろう方向から悲鳴と雑踏の音が響いている。
「リーチ、リーチ。オリファだ、今どこに? 問題発生だ。…もしもし?」
ビアンコの後ろを付いてくるオリファが袖に仕込んだ送信機でリーチを呼び出す、が様子がおかしい。ビアンコが耳に刺しているイヤホンも先ほどから複数の人間の声と激しいノイズが入るばかりで、ビアンコも言葉を聞き取るのはとても無理な状態だという事だけは察しが付いた。
「無線が混線してる!」
オリファが透明なイヤホンを乱暴に耳から外した。
「…行けるぞ。ほら」
同じくイヤホンを外し曲がり角の先の安全確認をしていたビアンコが手招きをする。ご丁寧に床に血痕という目印付きで、文字通り床に点々と続いている。二人がそれを辿りながら曲がり角の先にある下へ下る階段を見つけた瞬間、再び連続した銃声と悲鳴が響いた。
「急ごう」
オリファが呟く、二人で死角を補い合いながら急いで一階へ下りるとその先の廊下がひどく荒れ果てた惨状が目に入った。備え付けの絵画が調度品がひっくり返され、テーブルの上に載っていたであろう花瓶が床で砕け散っている、参加者のものと乏しきカバンやハイヒールといった小物も散乱、さらにパーティ会場へ向かう廊下のその先に目をやると床に何人か倒れているのが見えた。それぞれ血だまりの中に沈んでいる。
「やっべえぞこれ…」
「だね…、行こう」
二人が物音を立てないように床に散らばるものを踏まないようにゆっくりとパーティ会場入り口に近づいていく。すると男の声数人が言い争う声が聞こえてくる。
「―そこをどけ!! こいつを殺すぞ!!」
「待て、待て。落ち着け」
そのまま二人がパーティ会場の入り口にたどり着くと、右側にビアンコ、左側にオリファが壁に身を隠し小さく中を覗き込む。そこには物が散乱して見る影もないパーティ会場の中で取り逃がしたボーイ風の男にイリーナが人質にされている姿だった。ひどく興奮した男がイリーナの背後で彼女の首に腕を回し、短機関銃の銃口を右のこめかみに突き付けている。その周りで警護の黒服数名が二人を取り囲んで説得しようとしていたのだった。イリーナ自身は硬い表情で口をつぐみおとなしくしているが、黒服達へ向けて微かに首を振っている。
「うるさい、指図はうけねぇ。銃を置け銃を!!」
ボーイ風の男の喚き声に近い声に、止む無く黒服達がゆっくり銃を床に置く。会場の端々には同じく逃げ遅れた複数の参加者たちがテーブルの影に隠れ固唾をのんで状況を見守っている。
「少佐!?」
「…最悪」
静かに入り口の左右の壁に展開して様子を伺う二人が毒づいた。二人が手にしている小型拳銃で男を狙うには距離が遠く、更にボーイ風の男の周辺にはイリーナと黒服、奥には参加者達おり迂闊に発砲するれば流れ弾が彼らに当たる可能性がある。挙句に男の痛覚が鈍っているとあれば即死させない限り止められない。銃撃で事を解決するにはリスクが大きすぎるのは明白だ。
「仕方ねぇな…」
覚悟を決めたようにふぅ、小さく息を吐きおもむろに制服の上着を脱ぎ始めるビアンコ。
「なにやってるのさ」
「援軍もいつ来るかわからない、しかもあいつに銃はほぼ効かないのを知ってるのは多分俺たちだけ。なら殴って止めるしかないだろ」
ビアンコの思わぬ言動に目を丸くしているオリファにビアンコが答えるが、顔はおろか視線さえ向けなかった。それらは全てパーティ会場のボーイ風の男へ向けられている。
「ダメだ、危険すぎる。それにあの様子じゃすぐに出血多量で動かなくなるよ」
左手の掌を下にして降ろす動きしをながら渋い顔で呼びかけるオリファ、実際ボーイ風の男が着用しているベストには背中側に小さい穴が開いており、周りが赤黒く染まっているどころか密着しているイリーナのドレスにも擦り付けたのか同じような汚れが付着しているのが見えた。
「そうでもないぜ。俺の見立てじゃあと一時間は持つだろうな」
「どうしてわかるんだい? 医者でもないのに」
上着を床に脱ぎ捨て、自信ありげな言葉を吐くビアンコに、オリファが呆れたような顔をする。「そりゃ…」とビアンコが続ける。
「…俺が自身が同じ目に遭ってるからさ」
ビアンコは無意識のうちに口の両端を上に歪めながら、改めてボーイ風の男の一挙手一投足に目を光らせだした。オリファはなぜか背筋が凍るの感じ、そして冷や汗をかいていることに気づいた。その原因はこの状況下かから来る緊張感とは違う、原因は目の前にいる「それ」だ。
「下がれ! 下がれぇ!!」
ボーイ風の男の叫び声に両手を肩の高さに上げた黒服達が距離を取っていく、逃げるつもりなのかイリーナを人質にしたままゆっくりパーティ会場の入り口、二人が隠れているところへ背を向けて近づいてくる。
「来たぞ…」
ビアンコの呟きで、オリファがハッと顔を上げた。そのまま思わず上着の袖で額の汗をぬぐった。
「俺が隙を見てあいつを押さえるから、そのすきに少佐を逃がしてくれ」
ビアンコの言葉に、オリファが明らかに不満そうな顔をしつつ静かに頷く。その間にもボーイ風の男は背後の状況に気づないままじりじりと二人に近づいてきた。お互いの距離が詰まってくる。
「来るなって言ってんだろ!!」
「…今だ!」
ボーイ風の男が不意にイリーナのこめかみに突き付けていた短機関銃を黒服達へ向けた。好機とばかりにまずビアンコが飛び掛かり、男の右腕を押さえにかかる。男が雄たけびを上げながら短機関銃を奪われまいと抵抗しはじめ、すかさずイリーナの首元から左腕を外した。混乱しつつ男の前でよろめいたイリーナをオリファが「少佐!」と全身でキャッチし、自らは覆いかぶさように二人ともそのまま床に伏せさせる。ビアンコと男はそのすぐ脇でお互い鬼の形相でもみ合いになった。いつ発砲されるかわからない短機関銃の銃口が右に左に振られるせいで取り巻きを含め下手に動けない。男が力任せに壁に押し込み、ビアンコを壁にたたきつける。ビアンコは一瞬呻き声を漏らす、がすぐにやり返すがごとく男を反対側の壁に押しやった。丁度男の右手のすぐ先が曲がり角で、壁が途切れている。
「いい加減に、しろ!!」
ビアンコがボーイ風の男を曲がり角の方へぐいぐい押し込むと、そのまま手首を壁の途切れた部分に何度もたたきつけ、短機関銃を無理やり手放させた。こうなれば後は生身の戦闘技術の能力の差が如実に表れる。すかさずビアンコが男を派手に床に組み伏せて取り押さえ、うつ伏せで腕の関節を決められた男は苦しそうな表情でもがいている。その力は意外と強く、ビアンコが周囲に気を配る余裕がないほどだった。周囲に銃が叩き落されてからやってきたであろう黒服達が集まってくる。
「代わります!」
「頼む!」
黒服の一人がビアンコに声をかけ、場所を交代する。ボーイ風の男と黒服達の人だかりから後ろ向きに少し離れたところで、緊張の糸が切れて壁に背中を預けながら座り込むビアンコ。ほぼ丸腰で銃で武装した相手に立ち向かったからか、全身汗まみれでワイシャツが体に張り付き、額からも汗が流れていることにようやく気付いたのだった。左腕の裾で額の汗を拭い、右手でネクタイを緩めると、護衛対象と相棒が視界に入った。イリーナは床に力なくぺたん座りの状態でオリファから上着を羽織らされている最中で、その表情は呆然としていて普段の凛とした雰囲気は見られない。すると少し俯いていた彼女が視線に気づいたのか、ビアンコの方を見る。眉を顰め、口を一文字に噤んだ険しい顔に変わっていた。
4
ボーイ風の男が取り押さえられてから少し後、パーティ参加者やホテルの関係者、警官や救急隊員が行きかう騒がしいホテル一階の正面ホールの隅の豪華な長椅子の隅にぼんやり座っているビアンコの姿があった。駆け付けた救急隊員に簡単に検査されるも、特に異常なしとしてすぐにそれからは解放されたが、今度は警察の事情聴取が待っているだろう。恐らくこのまま夜を明かすことになるだるなと考えれば、気が重くなった。目の前を犠牲者が入っているであろう黒い死体袋を乗せたストレッチャーが救急隊員二人を伴って正面玄関の方へ移動していく。それが通り過ぎると両手に白い紙コップを持ったオリファが現れた、いつものように笑みを浮かべ脱いだ上着を左腕にかけている。「お疲れ」と右手に持っている紙コップをビアンコに差し出した。
「…ありがとう」
「座っても?
「ああ」
ビアンコが少し恥ずかしそうに小声で感謝の言葉を発し、カップを受け取ると脇に置いていた自身の上着を退かす。オリファが自身の上着を椅子のひじ掛けにかけると、ビアンコの隣に少しスペースを開けて座った。
「とりあえず、あの時はありがとう。流石に危なかった」
「まぁ、そりゃ…。着任してすぐに仲間が死にましたってのはしんどいからな…」
前かがみの姿勢で両手に紙コップに入ったコーヒーのぬくもりを感じつつそれを見つめるビアンコ。
「相手がドラッグをやってることを考慮すべきだった、おかげでチャームが利かなかったみたい」
「それって、相手を操るとかそういう類の?」
「もちろん」
ビアンコの問いかけに笑顔でこくりと頷くオリファ。
「…そんなことやってたのか?」
ビアンコが驚いた顔を向けると、オリファがくすりと笑う。
「伊達に『こっち』の世界を渡り歩いてきたわけじゃないからね~、大抵の人間はイチコロさ」
周りの目も気にせず無邪気にも見える笑みを浮かべているオリファ、恐らく人外特有であろう人を人として見ていない振る舞いにビアンコが眉を顰めた。自分も同じように見られていると考えただけで、心の底から嫌悪感が湧き出してくる。
「…おい、その顔はよせ。周りを見ろよ、けが人どころか人が死んでる。神経を逆なでしたいのか?」
条件反射的に思わずオリファを諫めてしまったビアンコに、オリファの顔がいつも笑みに戻る。両方の眉毛の外側の端が下に下がっていることを除いて。
「ごめんごめん、久々にいつもの自分を出せた気がして…」
「…わかったよ」
少し困惑しているオリファの素直な謝罪にビアンコが言葉少なく応じる。ただ、普段から本来の自分を偽り、能力に制限をかけてまで日々を過ごすのはなかなか窮屈だろうし、こうやって能力の一部だけでも使う機会が訪れるのは相当うれしいことなのだと自らに言い聞かせ納得させる。特別な能力を忌々しいと感じているビアンコにはその辺りは黙っておくことくらいしか思いつかなかった。
「ここにいたか」
不意に頭上から聞きなれた声が降ってくる、ビアンコが顔を上げると銃を携えたリーチが立っていた。すぐ後ろには茶色のブランケットを肩からすっぽりかぶったイリーナが気だるげそう立っていて、ブランケットの隙間から腹部が血痕で黒くなったドレスが垣間見えた。ビアンコとオリファが長椅子に対になっているテーブルへ紙コップを置いて立ち上がる。正面ホールの中がにわかに騒がしくなった。
「二人ともケガは?」
「ありません」
「問題なしです」
「そうか、ひとまず無事でよかった」
そう言ってリーチがうんうん頷く。
「だが感心しないな、あんなハイリスクな方法を取るとは。あまりに無謀すぎる、私か他の警備担当の到着を待つべきだったはずだ。そもそもだな…」
リーチの説教が始まりバツが悪そうな顔をしてお互いに顔を見合うビアンコとオリファ。とその後ろでイリーナが大げさに咳払いし、そのままリーチを押しのけ気味に二人の前に出てきた。
「リーチ、もういい。説教は後だ。私にも話をさせろ」
イリーナの言葉を聞いたリーチがどうぞと言わんばかりに右手を小さく差し出し、イリーナの横にずれる。イリーナが小さく息を吐くと、ブランケットの中で両腕を胸の前で組み眼光鋭く言った。
「…二人ともどういうつもりだ? 警護の仕事を放り出して犯人制圧? いつから我々は警察と同じ仕事をするようになった?」
「えっ…」
イリーナから感謝の言葉一つどころか、完全に怒り心頭で強い言葉をぶつけられ想像と違う展開にビアンコが呆然とする。一方のオリファは観念したかのような真顔で黙ってそれを聞いている。
「予め決められた手順を逸脱するわ、増援も待たずに勝手に動いて犯人相手に大立ち回り、スーパーマンにでもなったつもりか? ふざけるのも大概にしろ」
「な、なにもそこまで言わなくても! あの時は無線も通じないし、犯人は痛覚が鈍ってて銃じゃ止められなくて。ああするしか…」
緊張と焦りから何とか釈明しようとビアンコがそこまで喋ったところで、ハッと気が付いた。イリーナが先ほどよりも眉間にしわを寄せて睨んでいる。オリファもビアンコに関しては知らんぷりといった顔をしていた。四人の異様な雰囲気に気づいたホールの人々の心配そうな視線が集まり始め、それに気づいたイリーナが思わず「くそ」と毒づく。
「…来い」
「え、あのちょっと!?」
イリーナがビアンコの手を掴み、そのまま否応なしに物陰へ引っ張っていく。そして物陰に付く否やイリーナが両手でビアンコの胸倉を掴んで背中を壁に押し付けた。イリーナが勢いよく動いた拍子に身に着けていたブランケットが床に落ちる。
「ビアンコ、お前が今回やったことはチーム、いや特にあの二人を違う意味で危険にさらした。世間の注目を集めるという行為でな!」
「な、なにを言ってるのかさっぱり…」
冷やせをかきながら要領を得ない言葉を紡ぐビアンコに、一気に呆れた表情になるイリーナ。
「そうか、なら教えてやる。こんな人目がある場所でもしお前が犯人に撃たれて、傷がすぐ治る場面を目撃されたらどうなる? もしオリファが能力を使ってるところを見られたら? リーチの素顔もそうだ。身近な人ごみに人ならざる者が紛れ込んでいて、野放しになっているなんて知ったら民衆はどう思う? 守ってくれるはずの軍の中にも紛れ込んでいるなんて知られたら? そこまで考えて動いたか? 答えろ!」
「それは…」
少しの沈黙の後、ビアンコが小さい声で言い淀む。ビアンコ自身、そんなところまで考えが及んでいるはずもなかった。後先考えずに突っ走ったのは事実だ。イリーナがビアンコの顔を人差し指で差す。
「考えてないだろ。よく聞け、お前が私たちと全くの無関係の人間なら好き勝手にしようが関知しない。だが今は軍人であり私の部下だ、少なくともその間は『普通の人間』を演じてもらう。できないのなら…」
今度はイリーナが言い淀む、ビアンコはぼんやりと口を半開きにしイリーナを見つめて何も言い返さない。
「―出て行ってもらうからな」
「…すいませんでした」
ビアンコがやっと絞り出したようなか細い声で答えると、イリーナがさっと手を胸倉から離した。そして幾分顔つきが緩む。
「…まったく。あまりウロチョロするな、さっきの場所で待ってろ」
ビアンコは俯いたまま答えなかったが、イリーナはそれを気に留める様子もなく既に顔つきは英雄、イリーナ・シュリャホバヤになっていた。そしてブランケットを拾い上げると、かつかつとハイヒールの音を響かせながらその場を後にする。一方のビアンコは壁に背中を預け俯き生気のない顔で自らの両手をまじまじと眺めた。
「普通ってなんだよ、普通って…」
ビアンコはそう呟いてその場で蹲ることしかできなった。