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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅹ.冒険と竜
95/100

07 Gâteau de mémoire

王国暦六〇三年 リヨン十六日


 オーブンから良い匂いがしてきた。

「そうそう、こんな匂いっす」

 ツヴィーベルクーヘン。

 宿の台所を借りられたから、早速、作ってみることになったのだ。

 料理のほとんどを担当したアレクは、ガラハドと一緒に消耗品の補充の為、買い出しに行っている。ケーキが焼けるまでには戻るって言っていた。

 だから、今はパーシバルと一緒に皿洗いをしてる。台所を借りる代わりに、洗い物はちゃんとやる約束だ。

「レクス様って、本当に何でも出来るっすね」

「あぁ」

「出来ないこととかないんっすかね」

 花を育てるのは苦手って言ってたけど。

「別に、どうしても苦手なことや出来ないことは、やれる人に割り振れば良いだけだろ」

「あー。流石っす。エルロックさんは、料理はやらないんすか?」

「勉強中。養成所に居たら、あんまり出来ないから。本格的にやるのは卒業後になる」

「卒業してからも勉強っすか」

「知らないことや出来ないことがあって、それがすでに先人による知識として確立されてるなら、学ばない手はないだろ」

「そういうもんっすか?」

「一から手探りで始めるよりも遥かに手っ取り早いからな。……ツヴィーベルクーヘンのレシピだってそう。パン生地がピザ生地のレシピに近いってこととか、玉ねぎを炒める時には味付けをしないって話とか。いくつもの情報を繋ぎ合わせて辿り着けただろ?」

「ガラハド様のおかげっす」

 ガラハドは大陸中を旅してるだけあって、地方の料理にも詳しい。

 パーシバルとガラハドの知識を繋ぎ合わせた結果、じっくり炒めたベーコンとたっぷりの玉ねぎを、サワークリームと卵、キャラウェイシード、ナツメグ、塩、胡椒で味付けした卵液と合わせ、深めのタルト台に敷いたパン生地の上に流してオーブンで焼くというのが正当なレシピらしい。

「後は、パーシバルの記憶にかかってる」

「え?」

「母親の味に近づけたかどうかは、パーシバルしか分からないだろ」

「……はい」

「上手く出来たら、ローグバルにも食べさせてやろうぜ」

「はい」

 パーシバルが頷く。

 洗い物も終わったな。

 台所を見回す。

「どこに行くんすか?」

「探検」

 食材保管庫には色々、仕舞ってある。

「勝手に見て回って良いんすか?」

「触らなきゃ平気だろ」

 こっちが、酒を保管してる場所か。

 大樽や酒の瓶がたくさんある。

「ラガーとワインの樽っすね」

「飲んだことあるのか?」

「あるわけないじゃないっすか。未成年っすよ」

 そりゃそうか。

「飲みたい?」

「えっ。怒られますよ」

『アレクとガラハドが帰ってきた』

 やばい。

「戻ろう」

 台所に戻ると、すぐに二人が来た。

「おかえり。アレク、ガラハド」

「ただいま」

「ただいま。戻ったぜ」

「おかえりなさい」

 思ったよりも荷物を抱えてる。

「何か良いものでもあったのか?」

「エルへのプレゼントだよ。おいで」

 アレクの方に行くと、アレクが俺の肩にマントをかける。

「新しいマントだよ。丈も丁度良さそうだね」

「ありがとう」

 アレクやガラハドが着てるような長めのマントだ。

 大人が使ってるようなやつ。

「気に入ってくれて良かった。そろそろ、ケーキを見てみようか」

 アレクがオーブンを開く。

「焼き色は、こんな感じだったかい」

「はい」

「じゃあ、出してみようか」

 アレクがオーブンからケーキを取り出す。

 美味しそうな良い匂い。

 それから、型から外して丸い木の台の上に置き、焼き立てのケーキをカットした。

「おぉ」

 見た目はキッシュみたいだけど、確かに、ちょっと違うな。

 アレクが皿に載せたケーキをパーシバルに渡す。

「食べてごらん」

「はい」

 パーシバルがケーキを食べる。

 どうかな。

「美味っ」

 そのまま口を抑えて咀嚼しながら、眉をひそめる。

「でも、なんていうか……。こんな上品な味じゃなかった気がします」

 上品?

「食べて良い?」

「良いよ」

 アレクから貰ったケーキを食べる。

「美味しい」

 玉ねぎの甘みが詰まってるし、ベーコンの旨味も出てる。何より、キャラウェイシードの香り。

 ポイントは押さえてそうな気はする。

 でも、違うらしい。

「素材の味か?それなら、ラングリオンとクエスタニアじゃ違うからな……」

「もしかしたら、卵液はそこまで丁寧に混ぜないのかもしれないね。今回は裏ごししてしまったけど、その工程は要らなかったかもしれない」

「あー。うちには裏ごしで使ってた道具はなかったと思います」

「パン生地はどうだ?」

「はい。こんな感じっす」

「玉ねぎとベーコンは?」

「ベーコンは、もっと塩気があった気がしますね。玉ねぎは……。こんな感じっす」

「もう少し研究が必要だね。ベーコンはクエスタニアでメジャーなものを調べた方が良いかもしれない。他に、味で足りないものはあるかい」

「んー……」

 何かありそうだけど。

 簡単に再現は出来ないか。

「ベーコンの味でかなり変わりそうだからな。それを使ってもう一回、考えてみるか」

「そうっすね……。でも、これ、すごく美味いっす」

「良かった。これから、林檎のパイを作ろうと思ってるんだ。一緒に作るかい」

「やります」

「……俺は良い」

「え?やらないんすか?」

「エルは甘い匂いも苦手だからね。ガラハドと一緒に散歩に行っておいで」

「そうする」

「じゃあ、行くか」

 

 ガラハドと一緒に宿を出る。

「王都まで、後、どれぐらい?」

「どれだけのんびり行っても十日で着くな」

 変な言い方。

「急げば、もっと早いってこと?」

「そりゃあな。でも、せっかく遊びに出てるのに、早く着いたらつまんないだろ?」

 アレクの為か。

 行方不明になってられるのも今だけなんだろう。

「ツァレンたちに追い越されるんじゃないのか?」

「その心配は要らないぜ」

 追い越されることはないらしい。

「年末までに間に合うのか?」

「そこは、近衛騎士の腕の見せ所だろ」

「運んでる途中で盗賊に襲われるかもしれないのに」

 高値で取引される素材の宝庫だ。

 ガラハドが笑う。

「心配するなって。山から下ろすのは自力だろうが、ラングリオンに入ってからは軍が手伝ってるよ。現在地も把握してる」

 自力って……。

 あの巨体を、三人で麓まで下ろしたのか。

「なら、合流しても良いのに」

「軍と行動すると、殿下の身動きが取りにくくなるからなぁ」

 確かに。

「それに、野営が多くなるからな」

 フラーダリーとの約束で、俺はベッドのある安全な場所で寝なくちゃいけない。

「欲しいものはないか?」

 欲しいもの。

「ワイン」

「ワイン?土産か?」

 お土産か。

 でも、フラーダリーがお酒を飲んでる所なんて見たことがない。

 俺の前で飲まないだけか、単にお酒が好きじゃないのかは分からないな。

「未成年は酒を買えないぞ」

「ガラハドなら買えるだろ?」

「買ったとしても俺が預かることになるからな」

 ダメか。

「他の土産は?」

「色々あるぜ」

 探してみよう。

 

 ※

 

 ガラハドの案内で土産物店を巡った結果、花の形をした真珠貝細工の髪飾りを買うことにした。真珠貝独特の光沢を持つ細工はとても美しい。

 気に入ってくれると良いな。フラーダリーは花が好きだから。

 他にも、真珠貝細工はいくつか買った。今度、本の装丁に付けて伯爵夫人にプレゼントしても良いかもしれない。いつも本を読ませてくれるから。

 ついでに、翡翠のポーラータイも買った。パーシバルに似合いそうだ。

 本屋にも寄ったけど、荷物になるから買うのは諦めた。品揃えを見る限り、王都でも手に入るだろう。

 それから、ランタン。

「もう野宿なんてしないぞ?」

「わかってるよ」

「変わったものを欲しがるな」

 ガラハドが肩をすくめる。

 これは、後で使う予定。

 

 買い物を終えて宿に戻ると、ほのかに甘い香りがした。

 台所に行くと、アレクとパーシバルが振り返る。

「良いタイミングだね」

 アレクとパーシバルがケーキを見せる。

「誕生日おめでとう」

「誕生日おめでとうございます」

「え?」

 林檎のタルトの上に、誕生日おめでとう、エルロックと描かれたショコラが乗ってる。

 ガラハドを見上げる。

 この準備の為に俺を連れ出したってこと?

「誕生日おめでとう、エル」

「……ありがとう」

「間に合って良かったっす。エルロックさんも食べられる甘さだって殿下が言ってましたよ」

「姉上がエルの為に考えたレシピだよ。一緒に食べよう」

 フラーダリーが?

「ん。わかった」

 ありがとう。

 

 ※

 

 夜。

 パーシバルと一緒に台所に忍び込む。

「バレたらやばくないっすか?」

「大丈夫だよ」

 いつもアレクと同じ部屋だけど、今日はパーシバルと同じ部屋にしてもらったのだ。

 夜中にこっそり抜け出す為に。

 ランタンを買ったのもその為。

 一人で来るつもりだったけど、パーシバルも来るって言うから、一緒に来た。

 ワインを置いてある場所は昼間のうちに確認済み。

 代金も覚えてるから、お金を置いておけば一本ぐらい持ち出しても大丈夫だろう。

 このワインは、美味しいって聞いたことがある。

「本当に飲むんすか?」

「一口ぐらい良いだろ?」

 ワインとグラスを並べる。

「これ、どうやって開けるんすか?」

 忘れてた。

 ワインを開ける道具が必要だ。

「持ってくるから待ってて」

「はい」

『……』

 あの引き出しかな。

 ……あった。コルク抜き。

「見つけたよ」

 あれ?

「パーシバル?」

 居ない。

 なんで?

 さっきまで後ろに居たのに。

 台所から出たのか?

 そんな気配はしなかったけど……?

 ランタンとコルク抜きを持って台所を出た瞬間。

「!」

 誰かに後ろから捕まって、口を抑えられる。

 誰?

 メラニーが何も言ってないのに?

 ……ってことは。

「こんな時間に何をしてるのかな」

 バレた。

 先に捕まったパーシバルが横に居る。

『まぁ……。バレるわよねぇ』

 失敗した。

 

 その後、部屋に戻ってアレクから説教を食らった。

 ラングリオンの法律を軸に、成人年齢と成人の権利、未成年の飲酒によるリスクについての講義。途中で寝てしまったパーシバルは先にベッドに運ばれたけど、アレクにレポートを書けって言われたから仕上げるまで眠れなかった。

「うん。良く理解しているね」

 理解してるも何も、最初から分かりきってることだ。

 ラングリオンは未成年の飲酒を禁止してないのに、未成年に飲酒させる行為はとことん禁じている。

 ベルベットの店長もキアラも飲ませてくれないし、アレクとガラハドも厳しい。

「なら、ちゃんと出来るね?」

「……はい」

「じゃあ、ゆっくりお休み」

 ベッドに入って、目を閉じる。

 酷い目にあった。

 アレクが俺の横に座って頭を撫でる。

「大人になるのを待ってるのは、エルだけじゃないよ。……楽しみにしてるからね」

 ……わかったよ。

 後、二年。

 待ってて。

 

 


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