07 Gâteau de mémoire
王国暦六〇三年 リヨン十六日
オーブンから良い匂いがしてきた。
「そうそう、こんな匂いっす」
ツヴィーベルクーヘン。
宿の台所を借りられたから、早速、作ってみることになったのだ。
料理のほとんどを担当したアレクは、ガラハドと一緒に消耗品の補充の為、買い出しに行っている。ケーキが焼けるまでには戻るって言っていた。
だから、今はパーシバルと一緒に皿洗いをしてる。台所を借りる代わりに、洗い物はちゃんとやる約束だ。
「レクス様って、本当に何でも出来るっすね」
「あぁ」
「出来ないこととかないんっすかね」
花を育てるのは苦手って言ってたけど。
「別に、どうしても苦手なことや出来ないことは、やれる人に割り振れば良いだけだろ」
「あー。流石っす。エルロックさんは、料理はやらないんすか?」
「勉強中。養成所に居たら、あんまり出来ないから。本格的にやるのは卒業後になる」
「卒業してからも勉強っすか」
「知らないことや出来ないことがあって、それがすでに先人による知識として確立されてるなら、学ばない手はないだろ」
「そういうもんっすか?」
「一から手探りで始めるよりも遥かに手っ取り早いからな。……ツヴィーベルクーヘンのレシピだってそう。パン生地がピザ生地のレシピに近いってこととか、玉ねぎを炒める時には味付けをしないって話とか。いくつもの情報を繋ぎ合わせて辿り着けただろ?」
「ガラハド様のおかげっす」
ガラハドは大陸中を旅してるだけあって、地方の料理にも詳しい。
パーシバルとガラハドの知識を繋ぎ合わせた結果、じっくり炒めたベーコンとたっぷりの玉ねぎを、サワークリームと卵、キャラウェイシード、ナツメグ、塩、胡椒で味付けした卵液と合わせ、深めのタルト台に敷いたパン生地の上に流してオーブンで焼くというのが正当なレシピらしい。
「後は、パーシバルの記憶にかかってる」
「え?」
「母親の味に近づけたかどうかは、パーシバルしか分からないだろ」
「……はい」
「上手く出来たら、ローグバルにも食べさせてやろうぜ」
「はい」
パーシバルが頷く。
洗い物も終わったな。
台所を見回す。
「どこに行くんすか?」
「探検」
食材保管庫には色々、仕舞ってある。
「勝手に見て回って良いんすか?」
「触らなきゃ平気だろ」
こっちが、酒を保管してる場所か。
大樽や酒の瓶がたくさんある。
「ラガーとワインの樽っすね」
「飲んだことあるのか?」
「あるわけないじゃないっすか。未成年っすよ」
そりゃそうか。
「飲みたい?」
「えっ。怒られますよ」
『アレクとガラハドが帰ってきた』
やばい。
「戻ろう」
台所に戻ると、すぐに二人が来た。
「おかえり。アレク、ガラハド」
「ただいま」
「ただいま。戻ったぜ」
「おかえりなさい」
思ったよりも荷物を抱えてる。
「何か良いものでもあったのか?」
「エルへのプレゼントだよ。おいで」
アレクの方に行くと、アレクが俺の肩にマントをかける。
「新しいマントだよ。丈も丁度良さそうだね」
「ありがとう」
アレクやガラハドが着てるような長めのマントだ。
大人が使ってるようなやつ。
「気に入ってくれて良かった。そろそろ、ケーキを見てみようか」
アレクがオーブンを開く。
「焼き色は、こんな感じだったかい」
「はい」
「じゃあ、出してみようか」
アレクがオーブンからケーキを取り出す。
美味しそうな良い匂い。
それから、型から外して丸い木の台の上に置き、焼き立てのケーキをカットした。
「おぉ」
見た目はキッシュみたいだけど、確かに、ちょっと違うな。
アレクが皿に載せたケーキをパーシバルに渡す。
「食べてごらん」
「はい」
パーシバルがケーキを食べる。
どうかな。
「美味っ」
そのまま口を抑えて咀嚼しながら、眉をひそめる。
「でも、なんていうか……。こんな上品な味じゃなかった気がします」
上品?
「食べて良い?」
「良いよ」
アレクから貰ったケーキを食べる。
「美味しい」
玉ねぎの甘みが詰まってるし、ベーコンの旨味も出てる。何より、キャラウェイシードの香り。
ポイントは押さえてそうな気はする。
でも、違うらしい。
「素材の味か?それなら、ラングリオンとクエスタニアじゃ違うからな……」
「もしかしたら、卵液はそこまで丁寧に混ぜないのかもしれないね。今回は裏ごししてしまったけど、その工程は要らなかったかもしれない」
「あー。うちには裏ごしで使ってた道具はなかったと思います」
「パン生地はどうだ?」
「はい。こんな感じっす」
「玉ねぎとベーコンは?」
「ベーコンは、もっと塩気があった気がしますね。玉ねぎは……。こんな感じっす」
「もう少し研究が必要だね。ベーコンはクエスタニアでメジャーなものを調べた方が良いかもしれない。他に、味で足りないものはあるかい」
「んー……」
何かありそうだけど。
簡単に再現は出来ないか。
「ベーコンの味でかなり変わりそうだからな。それを使ってもう一回、考えてみるか」
「そうっすね……。でも、これ、すごく美味いっす」
「良かった。これから、林檎のパイを作ろうと思ってるんだ。一緒に作るかい」
「やります」
「……俺は良い」
「え?やらないんすか?」
「エルは甘い匂いも苦手だからね。ガラハドと一緒に散歩に行っておいで」
「そうする」
「じゃあ、行くか」
ガラハドと一緒に宿を出る。
「王都まで、後、どれぐらい?」
「どれだけのんびり行っても十日で着くな」
変な言い方。
「急げば、もっと早いってこと?」
「そりゃあな。でも、せっかく遊びに出てるのに、早く着いたらつまんないだろ?」
アレクの為か。
行方不明になってられるのも今だけなんだろう。
「ツァレンたちに追い越されるんじゃないのか?」
「その心配は要らないぜ」
追い越されることはないらしい。
「年末までに間に合うのか?」
「そこは、近衛騎士の腕の見せ所だろ」
「運んでる途中で盗賊に襲われるかもしれないのに」
高値で取引される素材の宝庫だ。
ガラハドが笑う。
「心配するなって。山から下ろすのは自力だろうが、ラングリオンに入ってからは軍が手伝ってるよ。現在地も把握してる」
自力って……。
あの巨体を、三人で麓まで下ろしたのか。
「なら、合流しても良いのに」
「軍と行動すると、殿下の身動きが取りにくくなるからなぁ」
確かに。
「それに、野営が多くなるからな」
フラーダリーとの約束で、俺はベッドのある安全な場所で寝なくちゃいけない。
「欲しいものはないか?」
欲しいもの。
「ワイン」
「ワイン?土産か?」
お土産か。
でも、フラーダリーがお酒を飲んでる所なんて見たことがない。
俺の前で飲まないだけか、単にお酒が好きじゃないのかは分からないな。
「未成年は酒を買えないぞ」
「ガラハドなら買えるだろ?」
「買ったとしても俺が預かることになるからな」
ダメか。
「他の土産は?」
「色々あるぜ」
探してみよう。
※
ガラハドの案内で土産物店を巡った結果、花の形をした真珠貝細工の髪飾りを買うことにした。真珠貝独特の光沢を持つ細工はとても美しい。
気に入ってくれると良いな。フラーダリーは花が好きだから。
他にも、真珠貝細工はいくつか買った。今度、本の装丁に付けて伯爵夫人にプレゼントしても良いかもしれない。いつも本を読ませてくれるから。
ついでに、翡翠のポーラータイも買った。パーシバルに似合いそうだ。
本屋にも寄ったけど、荷物になるから買うのは諦めた。品揃えを見る限り、王都でも手に入るだろう。
それから、ランタン。
「もう野宿なんてしないぞ?」
「わかってるよ」
「変わったものを欲しがるな」
ガラハドが肩をすくめる。
これは、後で使う予定。
買い物を終えて宿に戻ると、ほのかに甘い香りがした。
台所に行くと、アレクとパーシバルが振り返る。
「良いタイミングだね」
アレクとパーシバルがケーキを見せる。
「誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとうございます」
「え?」
林檎のタルトの上に、誕生日おめでとう、エルロックと描かれたショコラが乗ってる。
ガラハドを見上げる。
この準備の為に俺を連れ出したってこと?
「誕生日おめでとう、エル」
「……ありがとう」
「間に合って良かったっす。エルロックさんも食べられる甘さだって殿下が言ってましたよ」
「姉上がエルの為に考えたレシピだよ。一緒に食べよう」
フラーダリーが?
「ん。わかった」
ありがとう。
※
夜。
パーシバルと一緒に台所に忍び込む。
「バレたらやばくないっすか?」
「大丈夫だよ」
いつもアレクと同じ部屋だけど、今日はパーシバルと同じ部屋にしてもらったのだ。
夜中にこっそり抜け出す為に。
ランタンを買ったのもその為。
一人で来るつもりだったけど、パーシバルも来るって言うから、一緒に来た。
ワインを置いてある場所は昼間のうちに確認済み。
代金も覚えてるから、お金を置いておけば一本ぐらい持ち出しても大丈夫だろう。
このワインは、美味しいって聞いたことがある。
「本当に飲むんすか?」
「一口ぐらい良いだろ?」
ワインとグラスを並べる。
「これ、どうやって開けるんすか?」
忘れてた。
ワインを開ける道具が必要だ。
「持ってくるから待ってて」
「はい」
『……』
あの引き出しかな。
……あった。コルク抜き。
「見つけたよ」
あれ?
「パーシバル?」
居ない。
なんで?
さっきまで後ろに居たのに。
台所から出たのか?
そんな気配はしなかったけど……?
ランタンとコルク抜きを持って台所を出た瞬間。
「!」
誰かに後ろから捕まって、口を抑えられる。
誰?
メラニーが何も言ってないのに?
……ってことは。
「こんな時間に何をしてるのかな」
バレた。
先に捕まったパーシバルが横に居る。
『まぁ……。バレるわよねぇ』
失敗した。
その後、部屋に戻ってアレクから説教を食らった。
ラングリオンの法律を軸に、成人年齢と成人の権利、未成年の飲酒によるリスクについての講義。途中で寝てしまったパーシバルは先にベッドに運ばれたけど、アレクにレポートを書けって言われたから仕上げるまで眠れなかった。
「うん。良く理解しているね」
理解してるも何も、最初から分かりきってることだ。
ラングリオンは未成年の飲酒を禁止してないのに、未成年に飲酒させる行為はとことん禁じている。
ベルベットの店長もキアラも飲ませてくれないし、アレクとガラハドも厳しい。
「なら、ちゃんと出来るね?」
「……はい」
「じゃあ、ゆっくりお休み」
ベッドに入って、目を閉じる。
酷い目にあった。
アレクが俺の横に座って頭を撫でる。
「大人になるのを待ってるのは、エルだけじゃないよ。……楽しみにしてるからね」
……わかったよ。
後、二年。
待ってて。




