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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅸ.落ちる雫と蛍火
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03 Aveux des émotions cachées

王国暦六〇二年 トーロ十九日


 夜。

 シャルロとカミーユが部屋に来た。

「エル。出かけるぞ」

「は?」

 もう、門限も過ぎて、そろそろ消灯時間になるのに。

「外に抜け出す方法があるんだろ?」

「方法は教えないって言ったはずだ」

「良いから行くんだよ」

「早く着替えろ」

 外出するつもりだから、二人共、私服なのか。

「嫌だよ。課題がまだ終わってないんだ」

 カミーユが俺の手元を覗く。

「その課題は、まだ余裕があるだろ」

「今日中に終わらせる予定だったんだよ」

「ほら、支度しろ」

「行かない。しばらく夜中に抜け出すのはやめるんだ」

「フラーダリーが来たからか」

「そうだよ」

 あの、ブルイヤールの実験。

 保護者が呼び出された事なんて今まで一度もなかった。

 ……もう、迷惑をかける訳にはいかない。

「だから、セルジュのところに居たのか」

「普段の研究も抑えてるから暇なんだろ」

 しばらく勉強や薬学研究会の研究以外はやらないつもりだし、ベルベットも休むことにしてる。

「ばれなきゃ良いだけだろ?パッセの店には、今日、行くって伝えてあるんだよ」

「今日?」

 先生の知り合いの店。

 あの店には、たまに皆で食事に行くけど。

「聞いてない」

 しかも、こんな夜中に。

「チェスボードも持っていこうぜ」

「チェスをやりに行くのか?」

「良いだろ?」

 ……良いけど。

 チェスボードを出して、カミーユに渡す。

「ほら。早く支度をしろ」

 シャルロが乗り気なんて珍しい。

 仕方ない。着替えるか。

 首にかけているポーラータイを外す。

『行くのか、エル』

 行く。

 制服を脱いで、私服に着替える。

 今日は、どういうルートで抜け出すかな。

『楽しそうねぇ』

『本当に大人しくしてられないな』

 

 ※

 

 寮から外に出るのは簡単だ。

 適当な窓から外に出るだけ。暗いから簡単には見つからない。

 その後は、闇の魔法で姿を消して、トラップを避けながら塀の方へ向かう。

「あんなトラップ、良く見つけられるな」

「メラニーは優秀なんだよ」

「夜中に警報を鳴らしてるのはエルだろ?」

「ルートがばれないよう、わざとあちこちのトラップを踏んでるんだよ。罠を踏んでも、見つかる前に逃げれば良いだけだからな」

 学生に怪我をさせない為、使えるトラップは限られるんだろう。踏んでも問題ないものばかりだ。

 設置場所もメラニーが調べてくれるから解ってる。

 それでも、たまに踏んでしまうから、わざとあちこちのトラップを踏んでルートを特定させないようにしてるのだ。

 今日は、そんな危険は冒せないから、完全に回避して来たけど。

「警備も大変だなぁ」

 最初は、こんなに厳しくなかった。

 トラップだって、こんなになかった。

 警備がここまで厳しくなったのは俺のせいかもしれない。

「この木に登って。壁の近くの枝まで行く」

「あの枝に三人乗れるか?」

「この距離じゃ、風の魔法の補助なしじゃ無理だろう」

「平気。俺が二人を引っ張って飛ぶ」

「お前が?」

「ちゃんと出来るんだろうな」

「出来る」

「なら、先に行くぞ」

 シャルロが先に登り始める。

「下は俺が見張ってるから、先に行って」

「了解」

 次に、カミーユが登る。

 周囲に警備員の気配はない。

 警備員が闇の魔法で隠れていたら解らないけど。

 メラニー曰く、闇の魔法で隠れるのは、隠れている間中、魔力を消費し続ける魔法だから、普通は俺のように長時間使えないものらしい。

 ……こんなに長時間使えるぐらい魔力の高い人間なんて、そうそう居ないって。

『エル。そろそろ行くぞ』

「ん」

 カミーユが途中まで登ったのを確認してから、闇の魔法を使ったまま、いつも通り木を登る。

 そして、木の枝へ。

「エル」

 あれ?

 闇の魔法を使ってるのに、ばれた。

「良く気づいたな」

「気配が残ってる」

「気配?」

 カミーユが俺の頭に触る。

 見えてないのに。

「なんとなく解るんだよ」

「そうだな」

 二人共、俺の方を見てる。

 魔法で隠れていても、通用しない相手はかなり居るってことか。

「手を繋いで」

 二人と手を繋いで、二人を闇の魔法で覆う。

「せーので飛ぶから」

「助走は?」

「軽くで良いよ」

「大丈夫なんだろうな」

「手を離さなければ必ず塀に届く。駄目だったら、二人を先に塀まで飛ばして、もう一回登る」

「お前が怪我するだろ」

「しない。良いから行くぞ」

「……了解」

「了解」

 助走を付けて、塀めがけて……。

「せーの」

 飛ぶ。

 ふわりと宙に浮かぶような感覚があったすぐ後に、塀に足が付く振動が響いた。

「おぉ」

「着いたな」

「このまま降りる」

「了解」

「了解」

 二人と手を繋いだまま塀の下へ降りる。

 さっきよりも足に衝撃が響いたけど、こんなものだろう。

 二人共、よろけてない。

「ここ、どの辺だ?」

「養成所の西側。もう少し行けば表通りだ。付いてきて」

 もう少し闇の魔法を使っておこう。

 養成所の塀の周囲も養成所の土地だ。職員や教師の居住施設、畑や温室などがある。

 もうトラップはないだろうけど、人数が多いと目立つから、気をつけて移動しよう。

 

 ※

 

 途中で闇の魔法を解いて、ウエストへ。

 狼の腹通りや三日月顔の猫通りみたいに広い通りは明るいけど、パッセの店に向かう脇道は少し暗い。

 ……着いた。

 明りの灯るパッセの店へ。

「いらっしゃい。……おぉ。不良三人組か。遅かったな。奥の部屋は空いてるぜ」

「料理は控えめで」

「了解」

 

 三人で奥の部屋に行く。

「よし。朝まで時間を潰すぞ」

「朝まで?」

「泊まるって伝えてあるんだ。パッセは二階に住んでる」

 二階は居住区だったのか。

「階段なんてないけど」

「厨房に梯子がある」

 梯子で出入りしてるらしい。

 ノックがあって、パッセが飲み物の瓶と大皿をテーブルに並べる。

 その日のおすすめの盛り合わせだ。

「寝る時は、そっちの籠に入ってるブランケットを適当に使ってくれ。朝は起こさないからな」

「了解」

 パッセが部屋から出て行く。

「まずは乾杯か」

 カミーユがグラスにオランジュエードを注ぐ。

 貰ったグラスを掲げて。

「乾杯」

 三人でグラスを合わせて、飲む。

「お腹なんて空いてないけど」

「時間が長いから良いんだよ」

 控えめって頼んでたけど。この量でも食べ切れる気がしない。

 ……林檎ぐらいなら食べきれるかな。

 持ってきたチェスボードを出して駒を並べていると、シャルロが箱を二つ出した。

 ショコラの箱?

「今回は、特殊なルールでやってもらう」

「特殊なルール?」

「駒を失うごとに、このショコラを一つ食べるんだ」

 シャルロが箱を二つとも開く。

「エルのショコラは、かなり甘く加工してある。カミーユのは、かなり苦い加工だ。試しに一つずつ食べてみろ」

 目の前のショコラを食べる。

「……!」

 あまっ……。

 思わず吐きそうになって、慌ててオランジュエードを飲む。

「なに、これ……」

 砂糖の塊だ。

 いや、砂糖より甘いかも。

 泥のように甘い。

 カミーユも目の前で悶絶してる。

「なんだよ、これのどこがショコラだよ」

「一口頂戴」

 カミーユのショコラを食べる。

「美味い」

 カカオの香りが強くて美味しい。口直しにもぴったりだ。

「交換しよう」

「それじゃ、意味ないだろ」

 お互いに美味しいのを食べられるのが一番なのに。

「ルールは解ったな?勝敗ではなく、駒を一つ失うごとにショコラを一粒食べてもらう」

 ルールは解ったけど。

「勝負に勝ったら?」

「俺が勝ったらマリーに謝れ」

「嫌だよ」

「なんでだよ」

「俺は謝るようなことなんかしてない」

「強情な奴だな」

 今回、こんなところでゲームをやることにした目的は、マリーに謝らせることだったのか。

「俺が勝った時の条件は?」

「好きな条件を出せよ」

 何にしよう?

 特に思いつかない。

「カミーユが負けたら、好きな相手に告白すれば良いだろう」

「は?」

 カミーユには好きな相手が居るのか。

「良いよ。それで」

「おい、冗談じゃ……」

「どっちも嫌なら対等な条件だろう。ダイスを振るぞ。偶数か奇数を選べ」

「どっちでも良い」

「じゃあ……、偶数」

 シャルロがダイスを振る。

 出た目は、六。

「カミーユが白だ」

「了解」

 カミーユが白のポーンを前に出す。

 序盤は順当に……。

 と、思ってたのに。

 駒の流れが定石と違う。いつものカミーユらしくない。

「嘘だろ?」

 速攻で攻撃を仕掛けられて、ポーンを失った。

「ほら、食えよ」

 甘ったるいショコラを口に入れて、攻撃をやり返そうとして……。

 ちょっと待て。この調子でやり合ったら、序盤から一体、いくつ食わされるんだ。

「手が止まってるぞ」

 だって。

 カミーユのナイトを取って、ビショップを奪われる。

 そして、ショコラを一口。

「吐きそう」

「まだ二つしか食ってないだろ」

「甘過ぎ」

「林檎でも食べたらどうだ」

 大皿に載っていた林檎を食べる。

 林檎の味がしない。

 全然、口直しにならない。

 ポーンで取り返して、また、奪われる。

 ……あぁ、気持ち悪い。

 カミーユにさんざん飲まされた薬を思い出す。

 俺の声を取り戻す為の甘い薬。

「ほら、食えよ」

 気持ち悪い。

 オランジュエードでさっきのを流し込んで、次のショコラを口に入れる。

 泥みたい。

 食べ物に思えない。

 甘い以上に変な味がする。

「大丈夫か?」

「……無理」

「弱過ぎだろ」

 何をどうしたら、こんなに強烈な甘さだけが残る食べ物が出来るんだ。

「コーヒー飲みたい」

 カミーユがため息を吐く。

「わかったよ。貰ってくるから、次の手を考えておけ」

 カミーユが席を立つ。

 吐きそう。

 飲み込めない。

 口の中で少しずつ泥が溶けていく。

「吐くならタオルにしろ」

 吐くつもりなんてないけど。

 シャルロから貰ったタオルを口に当てる。

「勝負にならないな。止めるか?」

 止めて、どうするんだ。

 口の中のショコラを少しずつ飲み込みながらソファーに背をつける。

 目が回る。

「そんなに……。俺は悪い?」

 マリーに酷いことを言ったのは解ってる。

「俺は中立だ。どちらの味方でもない。……ほら」

 貰った水を飲む。

 ……気持ち悪い。

「マリーがそんなに嫌いなのか」

「嫌いじゃない」

 それは、確か。

 悪い人間じゃないし。

 むしろ、根は優しくて良い人間だ。

 愛を感じる相手じゃないだけで。

「ユリアと付き合ってたんだろう」

 シャルロには何でもばれる。

「好きだった」

 ユリアが。

「でも、だめだった」

 諦められなかった。

「フラーダリー」

「フラーダリー?」

 消せなかった。

「好きなんだ」

 他の人じゃダメ。

「……本気か?」

「愛してる」

 好きだって気付いてから、ずっと変わらない。

「ずっと、好きでたまらない」

 大切な人。

 愛を感じる人。

 感情の動く人。

 たった一人の人。

「外の女はどうした」

 外……?

「夜中に抜け出して会いに行ってるだろう」

 キアラは……。

「似てるだけ」

「フラーダリーと?」

 違う……。

「俺と……」

 似てる。

 そういえば、ユリアもだ。

 同じだった。

 どれだけ好きでも相手にされないって。

 あの涙は痛いほど共感できた。

 キアラも……。

 何も言わないけど、なんでも解ってくれる。

 だから、一緒に居ると楽になれる。

 だめだってわかってるのに会いたくなる。

「コーヒー持ってきたぜ」

 カミーユが俺の隣に座る。

「持てるか?」

「……ん」

 カミーユから貰ったコーヒーに口を付ける。

 良い香り。

「エル。やめておけ」

「……」

「良いことは何もない」

 そんなの、解ってる。

「フラーダリーは、お前の保護者だ」

「え?フラーダリーって、」

「保護者を好きになっちゃダメなのか」

「落ち着け」

 落ち着いてる。

「早く大人になりたい」

「大人になったところで何も変わらない」

「子供じゃなくなる」

 もう、守られる側で居たくない。

 もう、こんなのは嫌だ。

「お前、年の差がいくつあると思ってるんだよ」

「愛には年齢も性別も関係ない」

「誰から聞いたんだ、そんなこと」

「愛の詩集に書いてあった」

「お前が、詩集?」

「伯爵夫人の本の装丁依頼」

「あぁ……。お前、夫人に気に入られてるんだっけ」

「だったら、マリーとも仲良くしてやれ」

「マリーはしつこい。俺がどれだけ嫌だって言っても、絶対に聞かない」

「マリーはなぁ……」

「それで出た言葉があれか」

「だからって、泣かせたら駄目だろ」

「なら、カミーユは付き合うのか」

「冗談じゃない」

 カミーユには好きな人が居るんだっけ。

「カミーユは、誰が好きなんだ?」

「だれ、って……」

 あぁ、好きな人のことを思い浮かべる時って、こんな顔になるんだ。

 カミーユが顔を背ける。

「言えるわけないだろ」

 俺だって、フラーダリーが好きだなんて誰にも言えない。

 あれ……?

 なんで、俺は、今、フラーダリーの話を……?

 目が回る。

 気持ち悪い。

「吐きそう」

「は?」

「カミーユ、バケツ持って来い」

 無理。

「ほら」

「吐け」

 気持ち悪い……。

 喉が焼ける。

 苦しい。

 飲み込んだ泥を吐き出しながらどんどん沈んでいく。

『エル』

『大丈夫ぅ……?』

 誰にも言えないことなのに。

 なんで。

「水、飲めるか?」

 無理。

 気持ち悪い。

 吐いて。

 吐いて……。

 出ていかない。

「フラーダリー」

 好きだなんて知られたら。

「嫌われる……」

 もう、一緒に居られない。

「いやだ……」

 言いたくない。

 でも。

「会いたい」

 会ってもどうしようもないのに。

 会いたい。

「だめ」

 会えない。

「ごめん……」

 フラーダリーが望む子供じゃなくて。

「ごめん、な、さ……」

 吐く。

「まずいな……」

「中和剤は?」

「エル、飲めるか?」

 何も飲みたくない。

『そぉいうこと……』

「ロヴィを呼んでくるか?」

「研究所に運ぶか……」

 何をしても楽になんかなれない。

 何も変えることができない。

『エル。その水を飲んでぇ』

 水……?

『エル。飲めるか?』

 水……。

 目の前にあるコップを引き寄せて。

 少しずつ喉を潤す。

 変な味……。

 味?

 泥に混ざる苦み。

『絶っ対に、許さないんだからぁ』

 体が震える。

「大丈夫か?」

「さむい……」

 震えが止まらない。

「ほら」

 柔らかい布に包まれる。

 温かいはずなのに震えが止まらない。

「……吐く」

 吐き出したい。

 言えない。

 止められない。

 気づいて。

 だめ。

 吐き出せない。

 伝えたい。

 だめ。

 抑えられない。

 消したい。

 嫌だ。

 消したくない。

 諦めたくない。

 愛してる。

「フラーダリー」

 俺を見て。

 俺はもう、同じではいられない。

 あぁ。

 気が狂いそうだ。

 

 


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