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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
6/100

05 Examen irrégulier

王国暦五九八年 コンセル二十一日

 

「エルロック」

 呼ばれて、顔を上げる。

 シャルロだ。

「これ、やってみろ」

 何?これ。

 テスト?

 前期のテストは昨日で終わったばかりなのに?

「おーい、全員座れ!ホームルームを始めるぞ」

 難しいな。

 でも、解けそうな気がする……。

 

 違う。

 こうじゃない。

 違う。

 この解き方でも辿り着けない。

 だったら、こう解釈して……。

 出来た。

 次は?

 

 たぶん、こう考えるやつだ。

 行けそう……。

 出来た。

 次。

 

 この器具って、サイフォンに似てる。

 だとすると……。

 

「おい、食えよ」

 目の前に置かれたのは、サンドイッチと飲み物。

 なんで?

「もう昼休み終わるぞ」

 ランチの時間だったらしい。

 サンドイッチを食べながら問題を解く。

「なぁ。何やってるんだ?」

 ハムと野菜のサンドイッチだ。

 美味い。

「教師が怒ってたぞ。お前、本当に人の話、無視するよな」

 集中してると人の話なんて聞けない。

 コップを取って飲む。

 甘い。

「効くか?」

 これ、薬か。

「……」

 声は出ない。

 前のと何が違うんだ、これ。

 サンドイッチとミエルの味で中身が良くわからない。

 集中が途切れた。

 どこやってたんだっけ。

 

 ※

 

 残り一問。

 これは簡単だ。

 ……出来た。

 テストを見返す。

 やれることはやった。単純な計算ミスはない。根本的な考え方が間違っていない限り正解だろう。

 あぁ、疲れた。

 甘いものが食べたい。

 立ち上がる。

「どうした?エルロック」

 ……今って、授業中なのか。

 今日一日の授業、全く聞いてなかったかも。

 テストとノートをシャルロの机に置く。

 テストの解答スペースには全然書ききれなかったから、解答はノートに全部書いてある。

 席に戻って、荷物を片付けて教室を出る。

 

 面白かった。

 授業を受けるよりも、ずっと楽しかった。

 今、何時だ?

 授業をやってる時間なら食堂は開いてない。部屋に帰ってもしょうがないし、医務室に行こう。

 

 ※

 

 養成所の説明は一通り受けている。

 部外者の立ち入りが厳格に禁止されているせいで、聞いたのは授業が始まる前日だったけど。

 養成所は貴族の子供が学ぶ場所だけあって警備が厳重だ。城壁のような高い壁に囲われていて中を覗くことは一切出来ないようになっているし、門も硬い鉄格子で作られていて、衛兵が常に監視している。外側から見ると、誰かを閉じ込める為の檻にしか見えないような造りだ。

 けど、入ってみると印象ががらりと変わる。

 門をくぐった先には幅の広い長い並木道が続き、かなり開放的な空間が広がっているのだ。壁際にも木が生い茂っていて、高い城壁を上手く隠している。

 外からは全然、そんな風に見えなかったんだけどな。

 

 門の右側には、大きな事務所がある。養成所の内側と外側の両方に扉がある事務所は通り抜け出来る造りになっていて、養成所の外に対する窓口にもなっている場所だ。

 衛兵の詰め所もここで、荷物の搬入をチェックをするのもここで、養成所の関係者が出入りするのもここ。養成所には裏口が全くなく、出入りできるのは門と事務所だけらしい。

 俺が養成所に入るまでの手続きもすべてここで行ったし、入学試験も事務所の一室でやった。俺がアレクと一緒に養成所内の説明を受けている間、フラーダリーが待っていたのもここ。……養成所の卒業生であり、俺の保護者でもあるフラーダリーですら養成所の見学は不可能だった。部外者は絶対に入れないよう徹底しているらしい。

 あの日はフラーダリーと夕飯を食べる約束をしていたから、早速、事務所で外出届を提出し、外出許可証を門番に見せてから外に出た。門限までに帰れない場合は、その理由も細かく書いて提出する決まりだ。

 許可証が無ければ外に出ることが出来ないなんて不便な制度だ。

 

 事務所の反対側。門の左側には厩舎がある。乗馬の訓練や馬の世話を学ぶ為に使われるらしい。騎士の国だから、こういう勉強も欠かせないんだろう。

 

 そして、真っ直ぐ並木道を歩いて行くと、左手に講堂、右手に図書館が見えてくる。どちらも大きな建物だ。この二つの建物は、学生の発表や会議等、特別な行事の際に一般に開放されることがあるらしい。外に向けたイベントがいくつかあるって話は聞いたけど、参加は自由らしいから、あまり覚えてない。

 

 この並木道を進んだ先。

 広場に面して壁のように佇むのが校舎兼宿舎だ。

 

 中に入ると、まず、広いロビーがある。

 のんびり出来そうなソファーが並んでいて、奥にはカフェや雑貨屋もある。

 ロビーから左の階段を上れば男子寮に、右の階段を上がれば女子寮に行ける。女子寮に男子は入っちゃいけないのに、何故か逆は自由らしい。

 男子寮の二階には学生の出入りを監視する警備員の詰所、食堂と大浴場、遊戯所や談話室等、共用スペースがいくつかある。個人の部屋は三階と四階に並んでいて、各部屋には、備え付けのベッドとサイドテーブル、クローゼット、本棚、机、そして、シャワー室が揃っている。アレクの部屋は三階の端っこだから、少し広いらしい。俺の部屋は三階の正門側の並びにある。

 

 校舎には色んな部屋がある。

 実験室、実技室、調理室、音楽室、ピアノ練習室、医務室、教師が居る職員室、会議室、昼食用の食堂……。たくさん。

 今、俺が授業を受けている教室があるのはロビーの真上で、正門へ続く並木道が良く見える場所だ。

 教室はクラス全員が受ける必修の授業が行われる場所で、中等部二年まで使うらしい。

 初等部は選択授業がほとんど無いから、毎日、ここで授業を受けることになる。中等部になると選択授業が増え、高等部になると完全に錬金術専門科と魔法専門科に分かれる為、教室が必要なくなる。なんなら、中等部で卒業を選ぶ場合もあるらしい。

 だから、クラスメイトと過ごすのは、せいぜい四年。

 卒業すれば会うこともないような貴族とわざわざ交流する必要性なんて感じない。

 ここには勉強しに来てるのだから。他のことなんて考えなくて良いはずだ。

 ……そう、思ってたけど。

 

 医務室と書かれた表札を見上げる。

 カミーユは、そう思ってないみたいだった。

 それに、まだクラスの誰にも言われてない。

―吸血鬼。

 って。

「あら。エルロック。どうしたの」

 ベッドの方を指す。

「具合が悪いの?」

 首を横に振る。

「ふふふ。素直な子ね。……利用者名簿、書いてね」

 渡された名簿に名前を書く。

「ドロップ食べる?」

 手を出すと、缶の中からドロップが二つ出た。

 二つとも口の中に入れて、ベッドに横になる。

 甘くて美味しい。

 思ってたのと違うことばかりだ。

 ……ここは、外より過ごしやすい。

 

 


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