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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
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04 Sept mouvements pour orchestre

王国暦五九八年 コンセル六日

 

 甘い。

 瓶に入っている中身を全部飲み干す。

「喉にはミエルが良いらしいんだ。どうだ?」

「……」

 声は出ないな。

 でも、甘くて美味しい。

 もう少し甘くても良いかな。

「上手く行ったと思ってたんだけどなー」

 カミーユが錬金術の本を置く。

 声を出せるようになる薬を作ってるらしい。

 飲み薬なんてまずいイメージしかなかったけど、これぐらい甘いなら飲みやすくて良い。

 予鈴が鳴った。

 もうすぐ昼休みが終わる。

「教室に戻るか」

 実験室を出る。

 

「エル」

 廊下に出ると同時に声をかけられた。

 アレクだ。

 それから、グリフとロニー。

「一年から実験室を使うなんて、勉強熱心だね。君は、エグドラ家のカミーユだったかな」

 あの教科書。錬金術の授業かな。

 次の授業で実験室を使うんだろう。

「覚えていていたた……」

 隣でカミーユが訳の分からないことを言って、アレクたちを笑わせている。

「あの、おぼえていていただけて光栄です」

 覚えていて頂けて光栄。

 敬語か。

 カミーユが頭を下げてる。

 アレク、本当にこの国の王子なんだな。

 そういえば。

 マリーから貰った紙をアレクに見せる。

「室内楽か。何にするか決めかねているのかな」

 そうじゃなくて。

「あぁ。楽器が分からないのかい」

 頷く。

「そうだね……。グリフ、ロニー、準備出来るかい」

「もちろん」

「大丈夫じゃないか?」

「じゃあ、放課後に見せてあげよう。教室で待っていて。迎えに行くからね」

 教えてくれるらしい。

 もう一度、頷く。

「それじゃあ。授業に遅れないようにね」

 予鈴が鳴っていたから、もうすぐ授業が始まる。急いで教室に戻らないと。

 走り出そうとすると、カミーユに腕を引かれた。

「おい。廊下を走ったら教師に怒られるぞ」

 駄目らしい。

 速足のカミーユと一緒に歩く。

「アレクシス様、良くお前の考えてることわかるな」

 だって、アレクだから。

 相手が何を考えているのか読むのが上手いんだ。

 貴族の仕事なんてそんなものだと前に言っていた気がする。

 

 ※

 

 四限目が終わって、午後のホームルーム中に、急に教室の扉が開いた。

「エル、居るかい?」

 ロニーだ。

「ヴェロニク。まだホームルームが終わってないんだぞ」

「丁度良かった。皆、これから、私たちのクラスで演奏会をやるから講堂においで」

「演奏会?」

「先生、引率は頼んだよ。じゃあ、待ってるからね」

 言うだけ言って、ロニーが出て行く。

「仕方ないな。放課後、用事のない者は出席するように」

 楽器を見せてくれるって、演奏してくれるってことだったのか。

 

 ※

 

 講堂へ。

 広くて大きな建物だ。

「いらっしゃい、初等部諸君。これが今日やる曲だ」

 アルベールから紙を受け取る。

 

七つの管弦楽曲

一 炎の精霊と戦いの詩

二 光の精霊と調和の詩

三 水の精霊と翼の詩

四 闇の精霊と快楽の詩

五 大地の精霊と時の詩

六 風の精霊と魔法使いの詩

七 大河の精霊と奇跡の詩

 

 その下に、楽器の配置が書かれている。

 舞台の中央には、ピアノが二台。

 それから、バイオリン、ビオラ、チェロ、フルート、オーボエ。そして、打楽器。

 皆、アレクのクラスメイトなんだろう。それぞれの楽器の横には、奏者の名前も書いてある。

 アレクはバイオリン。グリフはチェロ、ロニーはピアノ。指揮はアルベールだ。

 楽しみ。

 アルベールが舞台に立って一礼をして、演奏者の方を向く。

 そして、音楽が始まる。

 

 これが、複数の楽器の演奏。

 体中に音が響く。

 自分がこの空間の空気の一部にでもなったかのような浮遊感。

 音と音のぶつかり合い。

 あるいは、調和。

 すごい。

 これが、音楽。

 楽器の演奏……。

 

 

 拍手が鳴り響く。

 演奏が終わったらしい。

 長くも感じたし、あっという間だった感じもする。

 ずっと同じ場所に居たと思えないぐらい、色んな世界へ行ったような感覚が残ってる。

 これが、音楽。

 音の波に合わせて拍手を贈る。

 

 アルベールの挨拶が終わってから舞台の方へ行くと、バイオリンを持ったままアレクが降りて来た。

「エル。どうだった?」

 楽しかった。

 フルートの音が耳触りが良くて好きだったけど。俺が演奏するのには向いてない気がする。

 アレクの持っているバイオリンを指す。

「バイオリンが気に入ったのかい」

 頷く。

「バイオリンはね。こうやって、弦を弓で擦って音を奏でる弦楽器なんだ」

 アレクがバイオリンの音を鳴らす。

 楽器に張られた弦を、右手で持った弓で撫でることによって音を出す構造らしい。

 もっと聴きたい。

「もう一曲弾いてあげようか。……ロニー、妖精の踊りをやろう」

「了解」

 ロニーがピアノの方へ行く。

 どんな曲かな。

 ピアノの音が派手に鳴ったかと思うと、アレクがバイオリンの音を鳴らし始めた。

 なんて激しい音なんだ。

 さっきのとは全然違う。

 すごく速くて。

 息をつく暇もない。

 この楽器、こんなに細かく色んな音色が出るのか。

 ドキドキして。

 音色に巻き込まれる。

 あぁ。楽しい。

 なんて面白い音。

 弾いているアレクも楽しそうだ。

 踊ってるみたい。

 今の、どうやったんだ?

 アレクが指の動きを見せてくれるけど、全然追いつけない。

 

 

 突然、バイオリンの音もピアノの音も止まる。

 今ので、終わり?

 拍手と歓声が沸き起こる。

「気に入ったかい」

 すごかった。

 まだ、ドキドキしてる。

 アレクが俺の頭を撫でる。

「バイオリンなら多少は教えられるよ。困ったら聞きにおいで」

 バイオリンを勉強しよう。

 今の曲、いつか弾けるようになるかな。

「みんな。帰宅の邪魔をしてしまったね。さぁ、帰ろうか」

 アレクの腕を引く。

 もう一度、聞きたい。

「後片付けがあるからね。また今度」

 

 


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