02 Château d'eau
早起きをして、支度を整えて、カミーユの部屋へ。
ノックをすると、寝間着姿のカミーユが目をこすりながら出てきた。
「おはよう、カミーユ」
「おはよう……。お前、早過ぎだろ」
「時間通りだ。早く支度しろ」
近くの扉が開いて、シャルロが出てくる。
「おはよう」
「おはよう、エル。カミーユは……。早く着替えろ」
「りょーかい」
欠伸をしながら、カミーユが部屋に戻っていく。
「外は見たか?」
「何人か外に出てる奴が居た」
「なら、俺たちも出られそうだな」
頷く。
本来、寮とロビーを繋ぐ扉が開くのは、起床時間から。でも、早朝の活動は緩く許可されているから、早起きしても外に出られるらしい。
それを教えてくれたのは、カミーユなんだけど。
……遅い。
ようやく支度を整えて出てきたカミーユとシャルロと一緒に一階へ。
「扉は開いてるな」
頷いて、監視の警備員が見張っている横を三人で通る。
何も言われない。
そのまま、ロビーを通って外へ。
出られた。
「何も言われないんだな」
「言っただろ?日の出が過ぎれば、外に出ても良いんだって」
「結構、明るいな」
空を見上げる。
朝の空気は新鮮で気持ち良い。
「朝っぱらから、結構、居るなぁ」
ランニングをしている学生や連れ立って散歩している学生があちこちに居る。
「お前も朝稽古をしてるんじゃないのか」
「こんな時間から動けるかよ」
カミーユは朝が弱いからな。
グリフとロニーは騎士を目指してる学生を誘って朝稽古をやってるけど、カミーユは参加していない。というか、早朝の活動の話もそこから聞いた話らしい。
「図書館も開いてる?」
「開いてないだろ」
「まだ司書の来る時間じゃない」
「なんだ。開いてないのか」
「関係者のほとんどは、養成所で生活してないからな」
そういえば、俺たちの担任の先生も養成所の近くにあるアパートに住んでるって言ってたっけ。教師のほとんどは外で生活してる印象だ。
ただ、宿舎の一階は学生が立入禁止の場所で、洗濯室などの施設の他に、警備員が休む部屋があるらしいけど……。
「一階って、何があるんだろう」
「洗濯室だろ?」
「洗濯室や浄水施設。食材の保管や加工場。一部の教師や学生の世話をするメイド、夜勤の警備隊の宿舎がある。教師が利用出来る医療施設や特殊な薬品の保管庫もあるな」
「そんなに?」
「良く知ってるな」
「詳しい見取り図は知らないが。女子は自分の世話をするメイドを連れて来て良いから、女子寮には専属メイド用の部屋もあるはずだ」
「聞いたことあるな」
「メイドを連れてる女子なんて見たことない」
「メイドが入れるのは女子寮だけ。校舎には入れない契約になっているんだ」
養成所は、部外者の出入りに本当に厳しい。
でも、シャルロが言ったものが一階に収まるとは思えない。
「地下もある?」
「ある」
あるんだ。
地下も行ったことがない場所だ。
「っていうか、俺たちの目的はあっちだろ」
カミーユが西側にある給水塔を指す。
そう。
早起きをしたのは、その為。
「あれって、浄水施設と繋がってるってこと?」
「たぶんな」
中はどうなってるんだろう。
『マリーたちだ』
振り返ると、校舎から三人が出て来るのが見えた。
「来た」
「げ。まじかよ。急ぐぞ」
「そうだな」
三人で給水塔に向かって走る。
クラスの何人かには、今日やることを話してる。マリーたちには話してないけど、伝わったんだろう。
『エル、メラニー。おはよう』
『おはよう』
「おはよう」
ナインシェ。
『本当にあんなとろこに上るの?怪我しない?』
「平気」
『無茶ばかりするんだから』
『私も見守ってるわ』
『一緒に居るよ』
ミーアとロジェも来てるのか。
そんなに危ないことはしないのに。
下の方がレンガで出来ていて、上の方が金属のタンクになっている給水塔。内部に入るには鍵のかかった扉を開ける必要がある。けど、外側にも、高い位置に梯子が付いている。
「見回りにはバレてないみたいだな」
隠しておいた梯子をカミーユが出して、給水塔に立てかける。
この梯子を使えば、給水塔の外側に付いてる梯子に届くのだ。
それから、命綱であるロープを腰にくくりつける。梯子の上の方には、命綱にくっつけたフックをかける場所があるらしい。
「ポンプは手分けして持つぞ」
シャルロから貰ったポンプの一部を背負う。
あれ?
「カミーユ、間違ってる」
「何が?」
「結び方が違う」
それじゃ命綱にならない。
カミーユの腰のロープを結び直す。
「手際が良いな」
「簡単なロープワークだよ」
この前、補習の合間に先生から教えてもらった。
「準備は出来たか?」
「出来た」
「じゃあ、俺が最初に上るか」
カミーユが先に上り始める。
「エル、先に行け」
「わかった」
カミーユの次に梯子を上っていく。
少し間を空けて、シャルロも上ってきた。
給水塔は校舎と同じくらい高いから、上るのにも時間がかかりそうだ。
足をかける度に金属製の梯子の音が鳴る。
夏の朝は、まだ涼しい。
見えると良いな。
途中でカミーユが止まった。命綱のフックを梯子の脇の棒に引っ掛けている。
ここから付けるらしい。
カミーユと同じようにフックをかけて振り返ると、ユリアたちが見えた。他にも何人か出てきてる。
『気をつけてね』
「大丈夫」
更に梯子を上って行く。
ようやく給水塔の上に到着した。
「命綱は、ここに付けておけよ」
上にも命綱を付ける場所があるらしい。
命綱のフックを取り付けて、屋根を見回す。
あった。外側から開けるハッチだ。
「開く?」
「鍵はないな」
「落ちないように気をつけろよ」
「ん」
「了解」
かんぬき錠を外してカミーユがハッチを開くと、中に大量の水が見えた。
「使えそう?」
「大丈夫だろ」
「届きそうだな」
持ってきた吸い上げポンプを組み立てる。手動で水を汲み上げられる装置で、シャワーヘッドから水が出る仕組みになっている。
このシャワーヘッドは、俺の部屋にあったものを使った。
だから、昨日はアレクの部屋のシャワーを使わせてもらった。ついでに今回の計画も伝えたから、どこかから見てるかもしれない。
組み上げたポンプの一部を貯水タンクの水に浸す。
「シャワーは外に向けておけよ」
「わかった」
シャワーヘッドを太陽の方に向ける。
「じゃあ、行くぜ」
後ろでカミーユがポンプを動かすと、シャワーヘッドから水が出た。
「おー」
思ったより、たくさん水が出てる。
下の方から歓声が聞こえてきた。
でも。
「見えたか?」
「見えない」
太陽の光もあるし、水滴も雨のように振りまいてるのに。
なんで?
「角度が違うのか?いや……。逆なのか」
「逆?」
「虹を見る時は、太陽を背にしなきゃいけないだろう」
そうだった。
俺が今、水を撒いてる方角は東だ。
「下からは見えてるけど、こっちからじゃ見えないってこと?」
「そういうことだ」
つまり……。
こうすれば良い?
「うわ、こっち向くんじゃねー!」
水のかかったカミーユが手を振る。
「だって、太陽を背にしないと見えないって」
「だからって、こっちを水浸しにしてどうすんだよ。外に向けろ」
「エル、貸せ」
シャルロにシャワーヘッドを渡す。
「俺が水を撒いててやるから、エルは下に行け」
「それじゃ、二人が見えないだろ」
「実験が成功なら夕方にもやれば良いだけだ。確認して来い」
確かに。
夕方なら、太陽の位置が西だから見えそうだ。
「じゃあ、下に見に……」
あ。
すべった。
「エル!」
「エル!」
『エル!』
『エル!』
後ろに一歩下がった瞬間、足元の水に足を取られて給水塔から落ちて……。
命綱で宙吊りになる。
下からも悲鳴が聞こえる。
「動くなよ」
カミーユとシャルロが、俺の命綱を引っ張る。
ようやく届いた屋根に掴まって、二人に手伝ってもらいながら屋根に這い上がる。
「大丈夫か?」
「平気」
「っとに、危なっかしい奴だな……」
『ナインシェがマリーのところに行ったな』
騒ぎになりそうだ。
……もうなってるか。
「もう落ちるなよ」
下を覗くと、警備員が集まって来てるのが見えた。
「あ。先生だ」
「そこから動くなよ!」
担任の先生が給水塔に上がって来る。
「もう来てたのか」
「今、来たってところじゃないか?」
「だなー」
出勤時間らしい。
先生が屋根に上ってきた。
「お前たち。怪我はないか」
「平気」
「大丈夫です」
「してません」
先生がため息を吐く。
「命綱を用意してたことは褒めてやろう。少し手荒になるが下ろしてやる。大人しくしてろよ」
先生が杖を出し、杖から魔法のロープを出して俺を縛る。
『風のロープだな』
「風の魔法?」
「そうだ」
先生が俺の命綱のフックを外して、魔法のロープで俺を地上に運ぶ。
梯子でも降りられたのに。
地面に足が付くと、風のロープが解けた。
「エルー。大丈夫ぅー?」
ユリア。
「平気。怪我もしてない」
「良かったぁ」
続けて、カミーユとシャルロも下ろされて、ポンプを回収した先生が給水塔から飛び降りる。
着地の瞬間に風が舞った。
風の魔法で衝撃を和らげたんだろう。
「三人共、説教は放課後だ。早く朝の支度をして来い。全員、必ず医務室に寄ってから来るように」
「怪我なんかしてない」
「いいから、必ず診てもらって来い。返事は?」
「ん」
「はーい」
「はい」
先生がため息を吐いて、周りを見る。
「給水塔周辺は立ち入り禁止だ。各自、授業に間に合うように準備するように」
この分じゃ、夕方の実験は無理だな。
カミーユがくしゃみをした。
……そういえば、水をかけたんだった。
医務室に行こう。
※
朝食後、三人で医務室へ。
先生に診て貰ったけど、特に異常はない。
「君たちは、本当に危ないことが好きね」
「好きなわけじゃない」
「命の危険があったのよ。実験の相談は先生にした?」
今回はしてない。
「養成所において、君たち学生には学ぶ自由が保証されているわ。でもね、学びというのは未知への挑戦なの。危険がつきまとうこともあるわ。そして、未熟な学生は危険に対処する術を持たない。だから、あなたたち学生には先生が付いている。……私が言っていること、解る?」
未知への挑戦。
知らないことを知ることは楽しい。
実際に目にしたり、経験することも。
でも、自分たちだけで対処できないことが起こる可能性はゼロじゃない。経験も知識も足りないのは事実だ。
今回だって、最初から水を撒く方向に気をつけておけぱ良かったのに、ポンプを作ることの方が楽しくて仮説の設定がおろそかになってしまった。
「反省しているなら良いわ。あなたたちに怪我がなくて良かった。授業にいってらっしゃい」
「はい」
「はい」
「はい」
「良い返事ね」
※
放課後、説教部屋で説教をされて課題と補習の約束をする。
部屋の備品を勝手に使うなって怒られた。俺の部屋のシャワーは、俺が授業を受けている間に直したらしい。
今回は、外出禁止令は出されなかった。
相変わらず、基準が解らない。
ちなみに、組み立て式のポンプキットは返して貰えた。もちろん、シャワーヘッドは付いたまま。また何かに使おう。
夕方頃に給水塔へ行くと、外側の梯子が、かなり高いところまで切られていた。これじゃ、梯子を一つ付けただけじゃ上れない。二つぐらいくっ付けないと無理な高さだ。
流石に、そんな怪しい梯子を持ち歩いてたらすぐにばれるし、隠しておくことも出来ないだろう。
「これじゃ、無理だなー」
「部屋から水を撒けば、下から見えるかもしれない」
確かに。
「まずは課題が先だ。図書館に行くぞ」
「また書き取りか……。エル、消えるなよ」
「カミーユこそ、いい加減、ドラゴン王国時代の文字ぐらい読めるようになれ」
「まだそんなに習ってない範囲だろ」
「予習だと思えば良いだろう。どうせ習う」
「はいはい、わかったよ」
ドラゴン王国時代の資料は、とても貴重だ。のんびり読むだけなら楽しいんだけど、書き取りは本当に面倒だ。
Château d'eau
「給水塔」




