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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
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02 Nouvel étudiant

王国暦五九八年 コンセル二日

 

「今日からこのクラスに入ることになった、エルロック・クラニスだ。遅れて入学になったが、仲良くするように」

 紹介なんて要らない。

 ラングリオンの人間が俺をどう見るかは、もう知ってる。

 ……見たくもない。

「エルロック、空いている席に座れ」

 自分の席は昨日の内に聞いている。

 鞄を持って席に向かう途中で声をかけられた。

「よぉ。俺はカミーユ」

 目が合って、思わず目を逸らす。

 クラス名簿は一通り見せてもらった。

 カミーユ・エグドラ。騎士の家系の名門、エグドラ家の二男だ。

 俺の隣の席らしい。

「おい、なんか言えよ」

 席に着く。

「変な奴」

 声を出せないのは教師だけが知っている。

 授業を受けるのに支障はないから、クラスメイトに言う必要はないと伝えてあった。

 その内、声も出るようになるだろう。

 その方法をフラーダリーが探してくれているから。

 

 朝のホームルームが終わって、言語学の教師が入ってくる。

 最初の授業はドラゴン王国時代の言語。

「授業を始めるぞ」

 ホームルームは担任と呼ばれる先生が受け持ち、授業は科目ごとに専門の先生が教えに来る。

 ここに居る大人は全部、先生。

 先生だらけの場所だ。

 ……歴史の教科書でも読もうかな。

 ドラゴン王国時代の言語や古代語の授業は受ける必要がない。それでも授業に出席する必要があるから、適度に先生の話を聞きつつ、苦手な教科の予習に使うと良い。

 そう、アレクが言ってたから。

 

 勉強が足りてない教科はいくつもある。

 たとえば、歴史。

 まさか、自分がラングリオンの王都で生活するなんて思ってなかったから。ラングリオンの歴史なんて全然知らない。入試の為の勉強で知ったことだけだ。

 言語だって。

 ラングリオンの言語は大陸共通語と呼ばれ、大陸中で使われている基本言語とはいえ。地域や文化によってどうしても差は出てしまう。ラングリオンにはラングリオン特有の単語や発声があって、俺が使う共通語とも微妙な差があるのだ。

 そして、これは俺が受けるテストの解答に反映される。解答が解っていたとしても、正しいラングリオンの言語で答えなければ正解にならない。

 だから、俺が知っている共通語をラングリオンらしい共通語に矯正しなきゃいけない。

 これはラングリオンの地方出身者が抱える問題と同じなこともあって、特徴的な単語は教わったけど。細かいものは、王都や王都近郊に在住してる連中の話し言葉から学んでいくしかないだろう。

 声を出せない今じゃ、発声の矯正も出来ないわけだけど。

 

「……エルロック!」

 名前を呼ばれて顔を上げる。

「入学早々、俺を無視とは良い度胸してるな。これを訳してみろ」

 先生がチョークを持ったまま黒板を叩く。

 あんな使い方したらチョークが折れそうだ。

 立ち上がって、黒板に現代語訳を書く。

 あれ。

 これって、現代語訳で良いのか?それとも古代語?

 聞いてなかった。

 二種類書く。

 正解があれば良いけど。

 たぶん、ラングリオンの言葉も間違ってないはずだ。

「戻れ」

 席に着く。

「何?あれ?」

「何の言語だ?」

「どこの言葉?」

 どこのって……。

「これは後期に学習する古代語だ。質問は休憩時間にしろ。次のセンテンスに移るぞ」

 古代語は書かなくて良かったらしい。

 授業は、座っているだけで良いわけじゃない。

 アレクが適度に話を聞けって言っていたのは、このせいか。

 

 養成所は初等部二年、中等部二年、高等部二年の計六年間、教育を受ける場所だ。

 ただし、次の部に進む為には期末テストで合格しなければならない。失格なら、もう一度、同じ部をやり直すか退学。

 そして、この期末テストを受ける為に必要なことが定期的に行われるテストでの合格点と、授業の出席になっている。

 つまり、どんなに興味のない授業でも出席しなければいけないというわけだ。

 学生は授業を受けるのが役目だから仕方ないのかもしれない。

 

 ※

 

 朝のホームルーム、午前に授業を二時限受けたら、昼休み。

 昼食は校舎の食堂を使うことになっている。

 朝食と夕食は宿舎の食堂だけど、昨日の夕飯はアレクとフラーダリーの三人で外で食べたし、今朝もアレクが朝食を持って迎えに来てくれたから、まだ一度も食堂は使ってない。 

「エル、居るかい」

 教室の扉が開いて、アレクが顔を出す。

「アレクシス様」

 アレクのことは、皆、知ってるらしい。

 ……当たり前だよな。

「こんにちは。失礼するよ」

 教室に入ってきたアレクが俺の前に来る。

「授業は楽しかったかい?」

 別に。

「すぐに面白くなってくるよ。おいで。ランチに行こう」

 アレクが俺の腕を引いて教室を出る。

 

「午前の授業は何だった?」

 言語学と数学。

 どちらも、すでに知ってる内容だった。

「きっと、エルが学ぶ必要のない授業だったんだろうね」

 アレクは俺が喋らなくても大体わかるらしい。

 良くわかるな。

「顔に描いてあるよ。つまらないって」

 描いてる?

 アレクが笑う。

「不便なことはないかい」

 今のところ、喋れなくても困らない。

「アレク」

 声をかけて来たのは……。

「紹介するよ。私の友人のグリフとロニーだ」

「こんにちは。俺はグリフレッド。グリフで良いぞ」

 大柄な男。

 幼少期からのアレクの幼なじみで、アレクと同じクラスだけど、アレクより年上らしい。

「私はヴェロニク。ロニーでいいよ」

 こっちはアレクと同い年で、養成所で会ったって言ってたな。

 すらっとしていて、サラサラの長い髪を一つに束ねてる。

「君がエルロック?可愛いね」

 手を伸ばされて、アレクの後ろに隠れる。

 可愛いってなんだ。男に使う言葉じゃない。

 養成所は金髪碧眼だらけだ。似たような雰囲気の奴ばかり。

 同じ金髪でも、俺みたいなくせ毛の奴だって少ない。

「喋れないんだっけ?」

「そうだよ」

「ほら。早く食いに行こうぜ」

「エル。おいで」

 先に歩き出したアレクについて行く。

 グリフとロニーは、アレクの前には出ないらしい。

 っていうか。今更だけど、アレクって、護衛がなくて大丈夫なのか?

 武器を持ってないこの二人が護衛のわけないだろうし……。

「どうしたんだい、エル」

「そんなに不信がらないでくれよ」

「心配しなくても、取って食べたりしないよ?」

「人見知りが激しいのか、この坊やは」

「この国に入ってすぐ、瞳のことでからかわれているからね」

 ブラッドアイだから。

 

 ラングリオンの王都に来て、一人で歩いていた時。

 いきなり石を投げられた。

―おい、見ろよ。

―吸血鬼が居るぞ。

 吸血鬼。

 遠い昔に存在していた吸血行動を行う人間のことだ。悪魔の眷属と言われ、今は存在しない種族。その種族は髪の色が黒く、瞳は血のように赤いブラッドアイだった。

 そのせいで、吸血鬼と同じ容姿の人間は吸血鬼種と呼ばれ、ラングリオンでは差別されるらしい。

 知らなかった。

 自分がそんな風に見られるなんて。

 だって、砂漠でブラッドアイは珍しくない。こんな目に合ったことなんて一度もなかった。

 しかも、俺は金髪で、吸血鬼種じゃないのに。

 ブラッドアイなだけで……。

 わけもわからず攻撃されて、周囲に人だかりができて。短剣を抜いて戦っていたら、アレクと精霊が助けてくれた。

―そんな小さな子供相手に何をしているんだい。

―アレクシス王子!

 王子。

 その時、初めて知った。

 フラーダリーの弟と名乗っていたアレクが、ラングリオンの第二王子だって。

 そして、俺の保護者であるフラーダリーが国王の妾腹だって。

 

「酷い話だね。こんなに綺麗な瞳なのに」

 本当にそう思ってるとは思えない。

 ラングリオンにはブラッドアイはもちろん、黒髪もほとんど居ない。ラングリオンで迫害された結果、砂漠に流れ着いた吸血鬼種が多いという話だ。

 ……そういえば、養成所では、まだ誰からも言われてないな。

 吸血鬼って。

 皆、俺の顔を見たから気付いてるはずなのに。

 

 ※

 

 食堂だ。

 全学生がランチを食べる場所だけあって、すごく広い。

 たくさんのテーブルや椅子に、ピアノまである。

「アレク」

 誰かが、こちらに来た。

 金髪にコーラルオレンジの瞳。

「アル」

「そいつが中途入学した新入生か?」

「そうだよ。名前は、エルロック」

「エルロックか。はじめまして。うちの妹とも仲良くしてやってくれ」

 妹?

「エル。マリアンヌと挨拶をしたかい?」

 首を横に振る。

 マリアンヌ・ド・オルロワール。

 ラングリオンの二大名家の一つ、代々書記官を務めるオルロワール宮中伯の令嬢だ。

 でも、顔は知らない。

 ってことは……。

「マリー!」

 こいつは、アルベール・ド・オルロワール?

 マリアンヌの兄でアレクと同じクラスなら、オルロワール家の長男だろう。

 アルベール?に呼ばれた相手がこっちに来た。

「アレクシス様、御機嫌よう。……なぁに?お兄様」

「まだ、エルロックと挨拶してないんだろ?」

「個人的には、まだしてないわ。こんにちは、エルロック。私は、マリアンヌ・ド・オルロワールよ」

 マリアンヌが微笑む。

 黄金の巻毛にピンク色の瞳。

 人形みたいに愛らしい顔。

 意外だな。碧以外にも、こんなに色んな瞳の人間が居るなんて。

「よろしくね、エルロック」

 マリアンヌが手を出す。

 ……何のつもり?

「エルは人見知りが激しいんだ」

 マリアンヌが俺の手を引っ張って、強引に手を握る。

 握手をしたかったらしい。

「同じクラスなんだから仲良くやりましょう。みんな、あなたが気になってるのよ」

 気になってるって……。

「養成所に中途入学なんて、あり得ないからな」

 中途入学のことか。

 それは、アレクが勉強を教えてくれたから。

「エルは素直で頑張り屋だからね」

 アレクが俺の頭を撫でる。

 養成所に入学する為には、一斉に行われる入学試験に合格する必要がある。

 それ以外の時期に入学を希望する場合は、受験資格を審査された上で、一斉入試より難しい試験に合格しなければならないらしい。

 留学生の俺は一斉入試の時期を知る機会がなかったことを考慮され、中途入学への受験資格を得られた。試験の難易度は解らないけど、すべて満点で合格したって聞いてる。

「ね、みんなで一緒にご飯を食べましょう。アレクシス様、エルロックをお借りしてもよろしいかしら」

 だめだ。

 喋れないのに。

「すまないね。今日は私に預けてくれるかい」

「もちろん、構いませんわ。エルロック、また後でね」

 マリアンヌが手を振って去っていく。

「悪いな、うちの妹は少し強引なんだ。……あ、俺の名前はアルベールだ。よろしくな」

 頷く。

 合ってた。

「アルはもう、ランチは終わったのかい」

「あぁ。昼休みにやらなきゃいけないことがあるんだ」

「相変わらず忙しいね」

「やることを増やしてるのは誰だよ」

「どうだったかな」

「終わったら早く来いよ」

「コーヒーを飲んだらね」

 アレクが手を振って、アルベールを見送る。

 仲が良いらしい。

「行こうか」

 頷いて、アレクと一緒に食堂の中へ。

「昼休みは、たいてい食堂か中庭に居るからね。私に会いたかったら、いつでもおいで。もちろん、夜に部屋に来ても良いからね」

 それを伝える為に、わざわざ俺を誘ったのか。

 アレクの瞳を見つめる。

 碧眼。

 フラーダリーと同じ綺麗な碧。

「この国は金髪碧眼が多いよ。特に貴族は、この色がほとんどだね。オルロワール家は特殊なんだ。光の精霊の祝福が強い家系は、男性にコーラルアイ、女性にピンクアイが生まれやすいんだよ」

 オルロワール家は、光の精霊に縁があるのか。

「本当に聞きたかったことなのか?それ」

 グリフの質問に頷く。

「すごいな、アレク」

「エルは素直だから分かりやすいよ」

「アレクは、この子が気に入ってるんだね」

「もちろん」

 あ。デザートがたくさんある。

 色鮮やかで色んなもの。

 見たことのないものばかり。

 何にしようかな。

「エル、あまり甘いものばかり選ばないようにね」

 それ、フラーダリーにも言われた。

 食事はセルフサービス。決められた時間の中で自分で好きなものを選んで食べる。

 もしかして、俺の食事を監督する為に俺に付き合ってるのか?

 アレクが、くすくす笑う。

「体を壊さないよう、バランスを考えて食べるんだよ」

 言われなくても、わかってる。

 ……いや。取り過ぎたら食べ切れない。量には気をつけよう。

 

 ※

 

 昼休みの後は二時限の授業があって、午後のホームルームで解散になる。

 その後は自由に過ごせるけど、中途入学で遅れた授業を取り戻す為に、しばらく先生が補習をしてくれることになっている。

 前期の期末テストが今月中にあるから、テストまでに間に合わせないと。

 勉強を頑張ることが今の自分の役目だって、フラーダリーに言われたから。

 それから、友人を作ること。

 ……どうやって?

 

 


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