06-1 Cendrillon 1
王国暦五九九年 ポアソン九日
今日は歓迎会。
初等部二年の出し物は一番最初だから、皆、朝から講堂の舞台袖に集まっている。
「ねぇ、マリー見なかった?」
え?
マリーのことだから、一番先に来て控室で準備してるのかと思ってたのに。まだ来てないなんて。
―私、怖いわ。
マリー……。
控室に入る。
誰も居ない。
しゃがんで、自分の指で床に光の魔法陣を描く。
「温度を上げる神に祝福された光の精霊よ。黎明の眷属よ。我に応え、その姿をここへ」
『もしかして、私に用事?』
良かった。居た。
「ミーア。マリーがどこに居るか知らないか?」
『えー?』
「光の精霊なら、わかるんじゃないのか?」
マリーは光の精霊の祝福が強い家系だから。
『マリーには惹かれるものがあるけど……。契約しているわけじゃないから、難しいな』
マリー、どこに居るんだ?
『探して欲しいの?』
「お願い出来る?」
もしかしたら、また、泣いてるかもしれない。
『もう、その瞳で頼まれたら断れないよ。わかった。探してみる。他の精霊にも知らないか聞いてみるよ。……でも、契約はしないよ。絶対見つけてあげられるとは限らないからね』
「わかった」
『次は魔法陣で呼び出さなくても良いよ。いつもみたいに声をかけるから』
「ありがとう、ミーア」
ミーアが顕現を解いて、魔法陣が消えた。
……やることをやらないと。
「舞台には俺が立つ」
控室から出てそう言うと、皆が振り返った。
「立つって……」
「マリーの役は俺がやる。マリーが来るまで劇を潰さないようにするから、皆で、マリーを探してきて」
「潰さないように?」
「探すって……」
「えー。エルがやったら、バイオリンが居なくなっちゃうよぉ」
音楽か。
「ユリアはレパートリー多いから何とかなるだろ?マリーが見つかったら戻るよ」
「わかったぁ」
「声はどうするんだ?」
「喋らない」
「え?」
「えっ」
「えー」
だって。俺にはマリーみたいなことは出来ない。
「ユリア。劇が止まりそうになったら、どうにかして」
ユリアが握った拳を胸に当てる。
「まかせてぇ」
「どうにかって。主役が喋らない劇なんて聞いたことがないぞ」
「あのスプレーで声を変えたら?」
「無理。俺は劇なんて出来ない。俺がやるのは、マリーの役」
「マリーの役って」
「マリーは必ず見つける」
ミーアが。
それまで、どうにかマリーのふりをするのが俺の役目。
「髪はともかく……。それ、どうするのよ」
わかってる。
マリーの瞳はピンク色だ。
「顔は見られないようにする。あのでっかい帽子を被れば大丈夫だろ」
試着の時に作っていた三角帽子。
「あれ、使うの?」
「あぁ」
「持って来てないわ。取ってくる」
ジョゼが走って出て行った。
「なら、一幕は歌だけで進めるか」
「えっ?歌だけ?」
「本気なの?シャルロ」
「サンドリヨンの歌は、女子の全員、歌えるだろ?」
「歌えるけど……」
「練習もしてないわ」
「毎日、歌ってただろう」
マリーが歌うからって、あれからも毎日のように一緒に歌ってたよな。
「皆で歌うならなんとかなるかも……?」
「やってみる?」
「そうね」
「良いわ。やる」
これで劇が出来る。
「おい。歌だけなら、すぐに一幕は終わるだろ。二幕はどうするんだよ」
「喋らない」
「はぁ?サンドリヨンのセリフなしで、どうやって劇を進めるって言うんだ」
「やれ、カミーユ。お前ならエルが喋らなくてもどうにかできるだろ」
シャルロの言う通り。
「どうにかしろ」
「まじかよ」
カミーユなら出来る。
「残った全員で手分けしてマリーを探すぞ。養成所の外には出てないだろう。二幕の終わりまでには戻る。それまで何とかしろ」
「おい、監督まで行く気か?」
「当然だ。主役が見つからなければ劇が止まる。最悪、三幕の剣舞のシーンも引き延ばすからな。ラストまでに必ずマリーを舞台に引っ張り上げるぞ」
「おー!」
「おー!」
この調子なら探せそうだ。
「おー、じゃねーよ」
カミーユが肩を落としてる。
「カミーユ。劇が失敗するか成功するかはお前にかかってるんだぞ」
俺は黙って立ってることしか出来ないからな。
「わかったよ、やれば良いんだろ!」
カミーユなら大丈夫。
「エル、支度しよう」
「ん」
セリーヌ、エリザとクラリスと一緒に控室に入る。
「衣装、エルに合わせといて良かったわ」
「マリー用のはあるのか?」
「心配しなくても、本番用はマリーに取っておく。こっちを軽く直すわ」
「着替え、手伝うね」
上着とシャツを脱ぐ。
一応、スプレーは使っておくか。
「あー」
「変な声」
そんなの、俺が一番良く知ってる。
「喋らないんだから良いんだよ」
「その話し方、どうにかならない?」
「敬語、出来るんだよね?」
「サンドリヨンはそんなイメージじゃない」
「エルみたいな喋り方じゃないのだけは確かよ」
喋らないって言ってるのに。
「俺が新入生に見せたいのはマリーのサンドリヨンなんだ。俺がやるのはマリーの代理。マリーが来るまで絶対に喋らないからな」
「エル、ありがとう」
ありがとう?
セリーヌが、俺に?
「喋らないって言ってくれて。……代理をしてくれて」
そのことか。
「約束したんだ」
「約束?」
マリーが居ない間は俺が何とかするって。
「だから、マリーは必ず帰ってくる」
待ってる。マリー。
※
第一幕。
講堂の幕が上がる。
舞台の中央、観客に顔が見えないように背を向けて立つ。
本当は、舞台はマリーのサンドリヨンの歌から始まるはずだった。
けど、ユリアのピアノが鳴って女子の合唱が始まる。
皆がいつも歌っていたサンドリヨンの歌。
孤独な歌。
いつもは楽しそうに歌っているけど、今日は、マリーがいつも練習していたように少し悲しい調子で歌ってる。
サンドリヨンは森で独りぼっちの魔女だから。
……きっと、精霊と暮らしてるんだろうな。
サビの部分に入って、観客の方を向く。瞳を見られないよう大きな帽子を深く被って顔を伏せたまま、口だけ動かす。
……少し、喋れなかった時のことを思い出す。
歌が終わる。
本来なら、ここからサンドリヨンの独白シーンに入る。
けど、このまま第二幕が始まる予定だ。
もう一度、観客に背を向ける。
第二幕。
舞台の左手から王子役のカミーユが歩いて来る。
「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」
第二幕は出会いのシーン。
王子とサンドリヨンが出会って、恋に落ちるシーンだ。
「おや。あんなところに人が……?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」
近付いて来たカミーユの方を向いた瞬間。
ユリアのペトリューシカが始まった。
「!」
サンドリヨンと王子が見つめ合うシーン。
この曲は、サンドリヨンの気持ち。
恋に落ちた気持ち。
愛の喜び。
サンドリヨンの演技は全部、ユリアがピアノでやってくれるから大丈夫。
気持ち良い曲。
ほら、カミーユ。何か言えよ。
「なんて美しい人なんだ」
近い。
一歩下がる。
カミーユが近付き過ぎると、大きな帽子のせいでカミーユの顔が見えなくなる。
だからといって、これ以上、帽子のつばは上げられない。俺の顔を観客に見せるわけにはいかないから。
「待って、美しい人。どうか、御名前をお聞かせください」
だから、これ以上、近づくな。
「あぁ、これぞまさしく運命の出会い。私はあなたに会う為に生まれて来たのでしょう。私の心は今、愛の炎に燃えている」
そのセリフって、今だっけ?
間合いを取りながら一歩ずつ下がると、ようやく気付いたカミーユが歩みを止めた。
「申し遅れました。私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」
確か、サンドリヨンは王子の顔を知らない。
首を振る。
「いいえ。身分などどうでも良いのです。私はあなたの虜になってしまった。どうかその顔を見せて下さい」
声も出せないし、誰かに顔を見られるわけにもいかない。
帽子を深く被り直す。
すると、カミーユが跪いて手を差し伸べてきた。
これって、どのシーンだ?
手を取って良いんだっけ?
覚えてない。
首を振る。
今度は、カミーユが胸のブローチを外して、こちらに向けた。
「愛しています。どうか、私の愛の証を受け取ってください」
このシーンは少し覚えがあるな。
どうやって受け取るんだったっけ。
マリーのやっていた演技を思い出す。
マリーは右利きで、サンドリヨンも右利きで……。
だから、右手を出して?
あれ?両手で丁寧にやってた気もするな。
帽子を掴んでる状態じゃ無理。
手を引っ込めて、少し後ずさる。
今は受け取れない。
「お気に召さなかったのならば申し訳ありません。愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです」
これ、やっぱり貰わないとダメなやつ?
帽子を掴んで俯く。
どうにかして。
カミーユが立ち上がる。
「どうか、私の話を聞いて下さい」
他に、どんなセリフがあったっけ。
「あなたのような美しい人に出会ったのは初めてです。……いいえ、少し言い方を変えましょう。私は毎夜、催される舞踏会で美しく着飾った多くの方々と会って来ました。しかし、私の心が震えるような方には一度も出会ったことがないのです」
それ、初めて聞くセリフだな。
面白い。
王子の愛の告白シーン。
「あなたの、その美しい瞳を見る瞬間まで」
え?
顔を上げて、カミーユを見る。
王子はサンドリヨンのことが好き。
サンドリヨンも王子が好き。
「どうか私の名を呼んでくれませんか」
首を振る。
喋らないって言ってるだろ。
「せめて御名前を教えてください」
なんで、そんな質問をするんだ。
首を振る。
更に一歩下がると、カミーユが間合いを詰めてきた。
「私はあなたの虜になってしまったのです。この先、あなたなしでは生きられない」
その言葉……。
すごく嬉しい。
きっと、サンドリヨンもそうに違いない。
帽子を掴んで、観客側から顔が見えないように気を付けながら顔を上げる。
「私はあなたに愛を誓いましょう。どうか私の愛を受け取ってはくれませんか」
カミーユが、また手を差し伸べる。
「愛しい人。その手を取ってもよろしいでしょうか」
もちろん。
カミーユが差し出した手に自分の手を重ねようとした瞬間。
カミーユに手を引かれた。
「あ」
体勢を崩して、そのまま抱きしめられる。
え?
こんなシーン、あったっけ?
「こんな気持ちになったのはあなたが初めてです」
苦しい。
「私はあなたを妻として迎えたい」
逃げられない。
「このまま、あなたを連れ去りましょう」
帽子がずれて落ちてきた。
カミーユを睨む。
「話が違うぞカミーユ」
ここではサンドリヨンを連れて行かないだろ。
結婚の約束をして終わりだ。
第三幕で、王子は一人で国に帰るんだから。
第二幕って、どうやったら終わるんだ。
最後、何があるんだっけ?
―まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。
これだ。
だから……。
「キスしよう」
背伸びをしてカミーユの首に腕を回して、カミーユの顔の向きを変える。
……これで良いかな。
腕を離した拍子に帽子が落ちた。
まずい。
目を閉じて顔を覆いながら、薄目で方向を確認しながら走る。
「お待ちください!」
あっ。
ドレスの裾を踏んで転んだ。
しかも、受け身が取れなくて顔面をぶつけた。
いってぇ……。
もう、立てない。
隠し持っていた紫の玉を床で割ると、煙が立ち込めた。
やばい。血の匂いがする。
左手で自分の顔を押えていると、誰かが俺の腕を引っ張って舞台袖まで引きずって行ってくれた。
「大丈夫か?エル」
「鼻血……」
抑えた笑い声が周りから聞こえてくる。
「救急箱持ってくる」
「とりあえず、これで押さえてて」
渡された布で鼻を押える。
「衣装は汚さないでよ」
わかってるよ。
舞台を見ると、煙が無くなった場所でカミーユが演技を続けている。
「あぁ。行ってしまわれたのか。……もう一度、会えるだろうか」
カミーユが周りを見渡し、そして何かを拾う。
「これは、あの方の靴?」
あれ?
ガラスの靴だ。
いつの間に?
っていうか、俺はローファーのまま舞台に立ってたのか。
靴を変えるの忘れてたな。
衣装は長いドレスだったし、手前には森を表現する張りぼてがあったから見えなかったと思うけど。
「これを持っていれば、あの方にもう一度会える気がする。……愛しい人、私の声が聞こえているでしょうか。私の心はあなたのもの。待っていて下さい。必ず迎えに来ます」
カミーユがガラスの靴を持って退場。
ようやく幕が下りた。




