表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
2/100

01 Cafetière à siphon

王国暦五九八年 コンセル朔日

 

 サイフォン。

 器具にコーヒー豆と水をセットする。

 それから、ランプに火を灯し、水の入った丸いフラスコ部分を温める。

 と言っても、入っているのは温めておいたお湯だから、すぐに沸騰した。

 沸騰した水がロート部分を通じて、コーヒー豆を入れた部分へ移動する。

 そうしたら砂時計をひっくり返し、吸い上げられたお湯とコーヒー豆を細長い木べらでかき混ぜる。

 砂時計の砂がすべて落ちた。

「消すよ」

 ランプの火を消して、また木べらでかき混ぜる。混ぜ方は、さっきと違うような気がする。

 真っ黒になった液体は丸いフラスコ部分にすべて吸い下げられた。

「これで、出来上がり」

 完成。

「面白いかい」

 短い金髪が揺れて、サイフォンでコーヒーを作っていたアレクがこちらを見る。

 アレクシス。

 二歳年上で、俺の保護者の弟で、養成所の中等部一年。

 頷くと、アレクが碧い瞳を細めて柔らかく微笑んだ。

「エルは、どうしてこんな現象が起こるかわかるかい」

 首を傾げる。

「きっと、それも学ぶことが出来るよ」

 これから通う場所。

 ラングリオン王立魔術師養成所のことだ。

 今、教えてくれても良いのに。

「楽しみにしてると良いよ」

 教えてくれない。

 養成所に入れるよう俺に勉強を教えてくれたのはアレクだ。アレクのおかげで入学試験に合格して、中途入学出来ることになった。

 だから、この先は養成所で勉強しろってことなんだろう。

「心配しなくても、困ったら、いつでも相談に乗るからね」

 頷く。

 困ってるわけじゃないから大丈夫。

「姉上はまだかな」

 朝からずっとうろうろしてるから、今、どこに居るかわからない。

「冷めない内に飲めたら良いのだけどね」

 アレクがサイフォンの上部を外して、出来上がったコーヒーを三つのコーヒーカップに注いでいく。

 良い匂い。

「エル」

 ようやく、フラーダリーが来た。

 アレクと良く似た碧眼に金色の長い髪。

 八歳年上の、今の俺の保護者だ。

「養成所に行く準備は出来てる?」

 その質問、何度目だ。

 心配されなくても準備は昨日の内に終わってる。

 アレクが笑う。

「エルよりも、姉上の方が緊張してるようですね」

「だって、子供の初登校だよ」

「心配は要りませんよ」

 アレクが淹れたコーヒーをフラーダリーに持っていく。

「あぁ、ありがとう。コーヒーを飲んだら行く時間かな」

「もう少し、ゆっくりする時間はありますよ」

 皆で、コーヒーをリビングに持っていく。

 養成所の授業が始まるのは明日からだけど、学内の説明があるから今日の夕方に来いと言われている。

 でも、まだ行く時間じゃない。

 テーブルにコーヒーを置いて座ったところで。

「お菓子、食べるかい?待っていて」

 俺の返事を待たずに、フラーダリーがキッチンへ戻って行った。

 その様子を見たアレクが笑う。

「これじゃあ、どっちが初登校かわからないね」

 本当に。

 朝からずっとこんな調子だ。

「エル、先に渡しておくよ」

 アレクが俺の首に何かかける。

 これは?

「ポーラータイ」

 ひも状のネクタイだ。

「制服以外は自由だからね。気分に合わせて変えたら良いよ」

 

 養成所内では制服で活動することになっている。

 基本は、白シャツの上に養成所のエンブレムが付いた紺のブレザー、グレンチェックのパンツに紺か白のソックス、ローファー。

 それに、冬は紺か白のニットベストを合わせる。外で活動する際の防寒着は、ひざ丈で、襟の大きな紺のセーラーコートだ。滅多に使わないはずの帽子も指定で、夏は紺のリボンが巻かれたカノティエ、冬は紺のベレー帽を使う。どれも養成所のエンブレムが入ったものだ。

 ただ、夏は半袖の白シャツを着ても良いし、パンツも同じ素材と柄であれば、ハーフパンツやスカートにしても良いらしい。ソックスも色に気を付ければ長さに決まりはない。冬もマフラーや手袋の着用は自由だ。

 運動時も最初は指定の服があるものの、学年が上がるに連れて自由化される。これは、学ぶ剣術に合わせてスタイルを変える必要があるかららしい。

 また、耳飾りや指輪、腕輪を始めとして、着飾る目的の装飾品は怪我や盗難の恐れがある為、身に付けないことが推奨されている。

 

 ポーラータイは装飾品になりそうだけど、自由らしい。

 宝石が付いたものとか色々ある。

 指定の制服があるものの、身に付けるものに関しては、案外、緩いのかもしれない。

 もう一つ首にかけようとしたところで、アレクに止められた。

「一度に着けるのは一つの方が良いよ」

 じゃあ、残りはポケットに入れておこう。

「エルは面白いね」

 面白い?

「持って来たよ」

 フラーダリーがマドレーヌをテーブルの上に置く。

「姉上、少しは座ったらどうですか」

「あぁ、そうだね」

 この家での生活は今日まで。

 養成所に入れば寮生活になるから、フラーダリーとは会えなくなる。

 学内の説明が終わったら皆で夕飯を食べようって話してるけど、俺が戻るのは養成所だ。

「エル、休みには帰って来ようね」

 帰る?

「そうだね。急に居なくなったら寂しいから。帰って来てくれると嬉しいよ」

 そっか。休日は帰れるのか。

 ずっと養成所に居なくちゃいけないわけじゃないらしい。

「ここは君の家だ。いつでも帰って来て良いからね」

 微笑んだフラーダリーに向かって頷く。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ