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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
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01-1 Planifier

王国暦五九九年 ヴェルソ十五日 

 

 これに、これを混ぜて……。

 もう少し加水しておくか。これでも効果は出るはずだ。

「できた」

 実験室でチェスをやっているカミーユとシャルロが顔を上げた。

 完成した薬をスプレーの容器に移して、良く振る。

「カミーユ、口開けて」

「あぁ?」

 カミーユの口にスプレーをかける。

「なにすん……。あーっ、あぁ?」

 成功。

 カミーユの声が高くなった。

「また変なものを作ったのか」

「シャルロもやって」

「断る」

「面白いのに」

「カミーユだけで十分だろう」

 シャルロが黒のクイーンを動かす。

「チェック」

「え?……うわー」

 クイーンでキングとルークを狙ったフォーク。

 すかさず、カミーユがキングを逃がした。

 終わった。

 シャルロが黒のナイトを動かす。

「チェックメイト」

「あー。負けたー」

 シャルロの勝ち。

「ビショップでラインを防げば良かったんだ」

 フォークの状態に戻して、ビショップでキングを狙うクイーンのラインを塞ぐ。

 次のシャルロの手は、クイーンでルークを取る手一択だ。次にポーンを移動させてキングの逃げ道を作っておけば詰まなかった。

「もう一回やろうぜ」

「その声はどうにかならないのか」

「変な声」

 面白い。

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

 怒鳴ってるのに全然迫力がない。

 カミーユの声が、薬の影響で女声みたいになってるから。

「普段より高い声に変える薬なんだ」

「そんなの分かってる。どうやって元に戻すんだよ」

「喉に付着した成分が消えれば戻るんじゃないか?」

「うがいをするか、水でも飲め」

「これ、飲んでも大丈夫な成分だろうな」

「微量なら平気。体に良い成分じゃないけど、スプレーの中身を全部飲み干したところで健康に害のない量で調整してる」

「はいはい。わかったよ」

 カミーユがオランジュエードを飲む。

「あーっ、あーっ。ん。治ったな」

 もう治したのか。

「持続時間が知りたかったのに」

「んなもん、自分で試せ」

 仕方ない。

 スプレーを自分の口にかける。

「あーっ」

 変な声。

「難しいな。あっ、あっ、うー」

「お前は何がしたいんだ」

「変な感じ」

 自分の声じゃないみたいだから、発声の感覚が変だ。

「授業中にいきなり声が変わったら面白いだろ?しつこく当ててくる教師にやっても良い」

「懲りない奴だな」

「出せる課題が無くなってきたって教師がぼやいてたぜ」

「面白いのに」

 定期的に、何故か怒られる。悪いことなんか一つもしてない。面白いことをしてるだけなのに。

 でも、説教部屋で先生に説教された後にやるのは、どうせ勉強だ。

 先生が出す課題は面白くてやりがいがあって楽しい。錬金術の器具や薬品も使わせて貰えるから。他にも、俺が知らないラングリオンの歴史や地理、文化、言語学なんかを色々。……たまに、書き取りみたいにつまらないのが混ざるのが難点だ。

 ただ、課題の量はシャボン玉の時が一番多かった。どれだけ怒られても、あの量を超える課題は出たことがない。

 そんなにシャボン玉で遊ぶのがダメだったなんて思えないけど。

 先生も課題を用意するのは大変らしい。

「先生向けの課題を図書館に探しに行くか」

「お前なぁ……」

「図書館で調べたものは、実験室を使う理由にしてるだろう」

「先生と一緒なら、初等部で使えない薬品も使わせて貰えるだろ?」

 難しい実験も出来そうだ。

 それに、きちんと理解すれば使わせて貰える薬品や器具も増える。

 この声を変えるスプレーの材料だって、最近、使わせて貰えるようになった薬品が原料だ。

 これで、どうやって遊ぼうかな。

「学年が上がれば授業が増える。必然的に教師が出せる課題の範囲も広がるだろう」

「そっか」

 ようやく、錬金術の授業が始まるんだ。

 楽しみだな。

「いつまで女の声で居るんだよ」

「喋り続けてないと効果が切れるタイミングが解らないんだろう」

「そうだよ。だから喋ってるんじゃないか。あー、あー」

 スプレー一回で結構持つな、これ。

 思った以上の効果だ。

「なら、歌でも歌ってろ」

「歌?歌なんて子守唄ぐらいしか知らない」

 ラングリオンに来たばかりの頃、フラーダリーが良く歌ってくれた歌。あれは覚えた。

 後は、うろ覚えのものばかりだから、歌えるほど思い出せない。

「じゃあ、子守唄で……」

「あ、あと、あれが歌える」

「あれ?」

「ほら、マリーたちが教室で良く歌ってるやつ」

 ずっと歌ってるから、メロディも歌詞も覚えてしまった。

 少し悲しい歌詞なのに、みんな楽しそうに歌ってる。

 歌を歌っていると、ノックが鳴った。

 歌うのをやめて実験室を見回す。

 使ったものは片付けたし、見られちゃまずいものも怒られるようなものも出してない。

 カミーユとシャルロと視線を合わせて、頷く。

「どうぞ」

 シャルロに言われて入って来たのは……。

「やっぱり居たぁ」

 ユリア。

 それから、マリーとセリーヌ。

「なんだ、お前たちか」

「なんだとは何よ。失礼ね」

 先生じゃなかった。

 たまに見回りに来る先生が居て、邪魔をされたり怒られたりする。

 マリーとセリーヌもそうだ。

 すぐに怒る。

 声を変えるスプレーも怒られそうだな。黙ってよう。

「また悪いことしてたの?」

「悪いことってなんだ」

「危ないことばかりして、いつも先生に怒られてるじゃない」

「本当に懲りないわよね、あんたたち」

 何もしてないのに怒られた。

 本当にいつも怒ってる。

「卒業式に参加してたんじゃないのか」

 そういえば、今日は卒業式だっけ。

 参加は自由だから忘れてた。

「途中まで参加してたわ。でも、私たちがやることは終わったの」

「お兄様のお手伝いをしていただけだもの」

 でも、養成所の敷地に部外者が入る日だから気を付けるようにって言われた覚えはある。

 どちらにしろ、部外者は校舎と宿舎に入れないから、外に出ない俺には関係ないけど。

「皆でチェスをしていたの?」

「あぁ」

「チェスなんて、どこでもできるじゃない」

「良いだろ、どこでやったって」

「ここは、あなたたちの部屋じゃないでしょう」

「鍵は、ちゃんと借りてるぜ」

「先生も、どうしてあんたたちに渡してるのかしら。ろくなことしないのに」

「正当な理由で借りてるからだよ」

「正当な理由って?」

「だから、」

「お前たちには関係ない」

 シャルロがカミーユの言葉を遮る。

「関係ないって、どういう意味よ」

 毎回、実験室を使わないと出来ない実験を行ってレポートを提出してるからだけど。

 言わない方が良いらしい。

「ヴェルソは自由な課題に取り組んで良い時期だ。課題について話すつもりはない」

 

 ヴェルソは特殊な期間だ。

 まず、後期の期末テストが終了して評価が確定済みだから、出席必須の授業がない。一応、期末テストで不合格ならヴェルソに補習と再テストを受けるらしいけど。俺のクラスは全員合格で、次の学年に上がることが確定済みだ。

 必ずやらなきゃいけないのは担任との個人面談だけど、初等部二年も必修の授業がほとんどだから特に相談するようなことはない。

 つまり、何をやるのも自由な期間になっている。

 一年の復習をする授業に出ても良いし、芸術や個人レッスンの先生と予定を合わせて指導を受けても良いし、ヴェルソの九日から十二日に行われる卒業研究発表会を見に行っても良い。

 あるいは、遠方から来てる生徒が里帰りするのに使っても。確か、フィリとセルジュ、クラリスは実家に帰るって言っていた。

 また、学生が自由な課題に取り組んで良い期間にもなっている。

 要は、普段やってる実験みたいなこと。これまでに提出した実験レポートは、すべてヴェルソの自由研究として処理するって先生が言っていたから間違いないだろう。

 せっかく好きなことをやって良いんだから、色々やるつもりだ。

 ……邪魔さえ入らなければ。

 

「お前たちこそ、実験室に何の用だ」

「歓迎会の相談に来たのよ」

「何やろぉかなぁって」

 歓迎会?

「エルはぁ、知らないかもだけどぉ」

 ユリアが俺の隣に座る。

「入学式の次の日にあるイベントで、在校生が出し物をするんだ」

「入学式と歓迎会も、今日みたいに講堂が開放される、保護者が観覧出来るイベントなのよ」

 養成所の入学式はポアソンの八日だから、歓迎会はポアソンの九日か。

 その日に間に合ってたら、フラーダリーも一緒に養成所に入れたのに。

「エル、口開けてぇ?」

 口?

 口を開くと、何か入れられた。

 ドロップ?

「甘い」

「え?」

「え?」

 あ。やばい。

 まだ声が戻ってなかった。

「今の声、エル?」

「ふふふ。面白いねぇ。さっき歌ってたのは、エルだったんだぁ」

 ばれたなら仕方ない。

「甘いものは嫌いだって言ってるだろ」

 ドロップを噛み砕いて飲み込む。

「どうして裏声で喋ってるの?」

「裏声じゃない」

「じゃあ、何よ」

「関係ないだろ」

「今のドロップ、そんなに甘かったぁ?」

「甘すぎ」

「ふふふ。可愛い声だねぇ」

 カミーユの薬を飲んで声が出るようになったのは良いんだけど。

 そのせいで、甘いものを食べると気持ち悪くなる。たぶん、もう一生分の甘いものを摂取したんだと思う。二度と甘いものは食べたくないし飲みたくない。吐き気がする。

 っていうか、ドロップを飲み込んだのに、まだ、スプレーの効果が続いてる。

「ねぇねぇ、もっと可愛い喋り方にしなよぉ」

「どんな?」

「にゃーとか」

「なんで猫の真似なんかしなくちゃいけないんだよ」

「可愛いよぉ。ほらほら、試してぇ?」

 なら、試してみよう。

「ユリア、口開けて」

 ユリアの口にスプレーをかける。

「ちょっと!ユリアに何するのよ」

「大丈夫だよぉ」

「本当に?」

「あー。声が高くなるスプレーなのぉ?」

「そうだけど。あんまり変わらないな」

 少し高くなったかもってぐらい。

「道理で一言も喋らなかったわけよ。また、変なものを作って」

「それがヴェルソを使ってやる課題なの?」

 やりたいことは、これだけじゃないけど。

「これは試作中のやつ」

「カミーユとシャルロの声も変わったの?」

「俺は変わったぜ。シャルロは試してない」

「女の子でもぉ、低い声の子なら高く変わるかなぁ?」

「ジョゼとか?」

「やめてよ。安全性もわからないものなのに」

 安全に作ってるつもりだけど。

 ある一定の声の高さまで引き上げるだけなのか、女声に効かないものかは今のところ解らないな。

 ジョゼに協力を頼んでみよう。

「にゃー」

 猫の真似?

「猫っぽくない」

「可愛いじゃない」

「エルもやってぇ?」

「俺は猫じゃない」

「その声なら、もう少し口調を考えた方が良いと思うわ」

「俺は女じゃない」

「ふふふ。面白いねぇ。このスプレーを新入生に配ってみるー?」

「だめよ」

「そんなの、先生に怒られるだけだわ」

 怒られるらしい。

「にしたって、俺たちが出来ることなんて、そんなにないだろ?」

「出し物って、どんなのがあったんだ?」

「光の魔法を見せてくれたり、楽器の演奏をしてくれたり、錬金術の研究成果を見せてくれたり……」

 面白そう。

 俺も見たかったな。

「どれも俺たちじゃ無理だろ」

「そうだな。魔法も使えないし、披露できるような演奏もない」

「ユリアは弾けるわ」

「えー?一人じゃ寂しいよぉ」

「せめて合唱にでもしないと、新入生向けの出し物にはならないだろう」

「合唱も良いねぇ」

「皆で歌うの?」

 ユリアはピアノが得意で、色んな曲が弾けるらしい。

「俺たちの上は何をやったんだ?」

「菓子を配っただけじゃないか?」

「剣舞を披露してたのは初等部の二年だ」

「まじで?」

「中心で舞を披露していらっしゃったのはロラン様よ。オルランド公爵の三男で、武に秀でた方なの」

 養成所には公爵の子息も居るのか。

 

 ラングリオンは、北部が国王の直轄領で、南部の三地方は公爵領になっている。

 西から順に、オリヴィエ公爵が治めるオートクレール地方、ルマーニュ公爵が治めるジュワユーズ地方、オルランド公爵が治めるデュランダル地方だ。

 ただ、これは大雑把な括りで、各地には子爵領もあるし、公爵領には辺境伯領や国王陛下の直轄地もある。

 

「だから、私たちも剣舞とお菓子にしたらどうかと思って相談に来たのよ」

「カミーユも剣舞、出来るでしょ?」

「は?」

 カミーユに頼みに来たらしい。

「出来ないの?」

「お前たち、剣舞の意味、わかってんのか?」

 マリーとセリーヌが顔を見合わせる。

「剣を使ったダンスでしょう?」

「違う。剣舞には剣技の基本動作が詰め込まれてるんだよ。基本がなってなければ美しい舞にならないんだ。歓迎会で見たようなのなんて、俺たちには出来ないぞ」

「出来ないの?」

「出来るわけないだろ。あれは真剣を使ってやるんだ。息の合った動きが出来なきゃ怪我をする。うちのクラスの連中じゃ、今から練習しても間に合わない」

 剣の扱いはカミーユが一番上手い。クラス全員に剣の稽古が出来るぐらいに。剣技の授業に全員合格出来たのは、カミーユが教えてくれたおかげだろう。

 というか、まだ授業で真剣を使ったことはないし、剣舞なんて無理だ。

「かなり難しいことなのね」

 後、出来ることと言ったら……。

 これまでにやった錬金術の実験とか?

 マリーもセリーヌも反対しそうだけど。

「ねぇ、ねぇ、劇にしようよぉ」

「劇?」

「サンドリヨンの物語ならぁ、皆、知ってるでしょぉ?」

 サンドリヨン。

 会長のテストで翻訳した物語だ。

 ラングリオンの東の地を焼き尽くして砂漠に変えた炎の大精霊。その史実を元にした炎の魔女と王子の恋物語。

「今から?劇をやるなら衣装や道具をたくさん用意しなくちゃいけないわ」

 テストの後、図書館に置いてある物語を読んだけど、内容は微妙に違ってたっけ。大筋は同じでも、書き手による解釈の違いで様々なバージョンがあるらしい。

「歓迎会までひと月もないわ。間に合うかしら……」

 今日はヴェルソの十五日で、歓迎会は来月の九日。立春の四日間を足せば、使えるのは二十七日。

「あ。既存のドレスを加工するのはどう?」

「良いねぇ」

「既製品に装飾を施したらすぐ出来るわね」

「大道具はどうするんだよ」

「昔、舞台で使ったものとか残ってないかなぁ?」

「ありそうね。講堂の倉庫って、色んなものが保管してあったもの」

「使えるものがないか探してみましょう」

「探すって……」

「人と物がどうにかなったとして。演出はどうするんだ。あれは炎の魔女の話だぞ」

「やっぱり魔法がないとダメかなぁ?」

「魔法以外でどうにか出来ない?」

「どうにかって。サンドリヨンは魔法で国を丸ごと焼き尽くすんだぞ。そんな派手な演出を魔法なしで出来るのか?」

「あそこは話の山場だからな。観てる方も期待するだろう」

「炎の魔法かぁ……」

 炎の魔法。

 演出なら実際の炎じゃなくて良いよな。光の精霊に頼めば、幻術の効果で炎の魔法を見せることが出来るかも。

「やってみる」

「あ」

「戻ったねぇ」

 戻った?

 あぁ、声か。

 しばらく喋ってなかったから、結局、いつ効果が切れたのか解らない。

「エルって、魔法を使えるの?」

「使えない。けど、ちょっと試してくる」

「試す?」

 とりあえず、部屋に戻ろう。

「エル、」

「ついてくるな」

「何するつもりだ?」

「実験」

 

 実験室を出て廊下を走る。

 精霊の友達が居るってことは、あまり話したくない。

 

 


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