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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅱ.過去と未知の薬
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08 Fée des fleurs

王国暦五九九年 スコルピョン二十三日


 良い香り。

 花でいっぱいの店だ。

「いらっしゃい。……あら」

『あ。フラーダリーの子だ』

 え?

「殿下、お久しぶりです」

『喋れないんだよね』

 精霊の声?

「久しぶり。ここはいつでも良い香りがするね」

「ありがとうございます。……こんにちは。あなたがフラーダリーの子ね」

「違う。俺はもう喋れるし、フラーダリーの子供でも養子でもない。フラーダリーは俺の後見人」

「あら、まぁ」

 相手が口に手を当てて笑う。

『しゃべったね』

『こうけんにんってなに?』

『さぁ?』

 なんか、たくさん居る。

「エル。自己紹介になっていないよ」

 自己紹介?

「名前はエルロック。エルで良いよ」

『エル』

「はじめまして。私は花屋のフローラよ。あなたの後見人は私のお得意様なの。今後とも、ご贔屓にね」

「フラーダリーが良く来てるってこと?」

『来るよー』

「そう。花はもちろん、花の種も良く買ってくれるわ」

『きれいな紅』

『私の薔薇と同じ』

 さっきからずっと……。

 でも、なんか精霊っぽくない。

「アレク。精霊じゃないやつってなんだっけ」

「妖精のことかい」

「そう。それ」

 妖精。

 植物に関係してる種族。

「見た目は似ているけれど、精霊とは根本的に違う種族なんだよ。これも、養成所で学ぶことだね」

『この子も王族?』

『アレクと一緒?』

 フラーダリーの子供じゃないって言ってるのに。

「エル、姉上にプレゼントする花を選ぼう」

『白百合の出番だね』

『えー。またぁ?』

『フラーダリーは何でも好きだよ』

『でも、アレクはいつも白百合だよ』

 そういえば……。

「百合の魔法使いって、どういう意味?」

「姉上の二つ名だね。高潔な印象が白百合を連想させるから、そう呼ばれるようになったと聞いているよ。もちろん、姉上が白百合をお好きなのもあるね」

 好きな花らしい。

「それに、フラーダリーといえば、あれでしょう。魔法で石の花を作れるのよ」

「石の花?」

「姉上は、大地の魔法で花の彫刻を作るのも上手いんだ」

「大地の魔法って、そんなことも出来るのか?」

「出来るよ。ただ、簡単なことじゃない。魔法は精霊との絆の力。絆の力が強ければ強いほど、より精霊の力を引き出した強い魔法が使えるんだ」

 絆の力……。

 フラーダリーは、契約している精霊と強い絆で結ばれているんだ。

「それで、どんな花にするの?」

「好きなのを選んで良いよ」

 どうしようかな。

 花を見回す。

『私はフラーダリーの為に美しく咲かせてるのよ。絶対に選んでね』

 そんなこと言われたら断れない。

 白百合は選ぼう。

『そうでなくちゃ』

 後は、これとか。

『おー』

 これ。

『良いね』

 ……賑やかな花屋。

「ベルベットセージとサフランね」

 聞いたことのある名前だ。

「ハーブ?」

「そうよ」

 カミーユが使ってたハーブと、ちょっと違う。これが乾燥前の姿?

 きれい。

 砂漠では生花なんて、あまり見られなかったから。フラーダリーの花壇も色んな花が咲き誇ってるけど、ここも色んな種類が並んでる。

 フローラが俺が選んだ花を手にとって、俺に見せる。

「こんな感じで作ってみる?」

 可愛い。

 見せ方でこんなに違うんだ。

「お願い」

「わかったわ。予算を聞いても良いかしら」

 予算。

 これだけでも、かなり高そうだ。

 アレクがフローラに銀貨を払う。

 ……銀貨?

「今、エルが選んだのをベースに華やかに作ってくれるかい」

「お任せ下さい」

 仕上げは任せるらしい。

「アレクが買うの?」

「二人でプレゼントしよう。エルが選んだものなら、きっと、姉上もお喜びになるよ」

 俺が選んでアレクが買ってくれるらしい。

 ラングリオンでは、銀貨でどれぐらいの花が買えるんだろう。俺のお小遣いだけじゃ、あんなに大きな百合は買えなさそうだけど……。

 でも。

「なんで、銀貨?」

 銀貨は、商人ギルドが管理している大陸共通通貨だ。ラングリオンの通貨はルシュなのに。

「共通通貨の買い物にも慣れておこうと思ってね。エルは、こっちの方が馴染みがあるかい」

「砂漠では、ルシュも共通通貨もどっちも流通してたよ」

「意外だね」

 砂漠は都市ごとに独立していて独自の通貨を発行するような機関がない。その為、取引のあるラングリオンの通貨や共通通貨が出回っている。

「それか、塩」

「塩?」

「ラングリオンが安定して買い取ってくれるから、通貨の代わりに使えるんだって」

 前に、砂漠の商人が話してた。

 現金が足りない時は塩で取引することもあるって。

 南部の塩原の塩は南部のキャラバンの主な収入源で、その多くをラングリオンが買い取っている。そこで得たルシュが砂漠に出回っているらしい。

「おまたせ」

 両手で抱えるほどの花束を持ったフローラが来た。

「銀貨一枚で、こんなにいっぱい?」

「少しサービスしてるわ」

 どこが少し?

 すごい花束だ。

「砂漠なら、どれだけお金を払っても、こんなに豪華な花束は出来ないよ」

 こんなに生き生きとしていて強い香りに溢れた花束なんて。

「花が好きなのね」

「好きだよ」

 昔、花をプレゼントしたことを思い出す。

 ……母だった人に。

 この花束とは比べようもないほど小さな花の束だったけど、小さな花瓶に飾ってくれたっけ。

「可愛い子」

 フローラが、赤い薔薇を上着の襟のボタンホールに飾る。

『あなたにぴったりね』

「プレゼントするわ。ラングリオンは砂漠よりも花が手に入りやすいのよ」

 じゃあ……。

「この花は?」

 綺麗な紫の花。

「紫のシクラメンが欲しいの?この鉢植えなら七百ルシュ。切り花なら百ルシュから売るわ」

 それなら買える。

「切り花を頂戴」

 フローラに百ルシュを出す。

「どんな風に包みましょうか」

「包まなくて良いよ。こんな風に飾りたい」

 襟の薔薇みたいに。

「なら、短く切ってあげるわね」

 フローラが茎を短く切って、一まとめにする。

「はい、どうぞ」

 シクラメンの小さな束を持って、アレクを見る。

「付けて良い?」

「私に?」

「……だめ?」

 アレクが微笑む。

「良いよ」

 紫の花をアレクの襟のボタンホールに飾る。

「ありがとう、エル。嬉しいよ」

 良かった。

 喜んでくれた。

「花を愛してくれる人はいつでも歓迎するわ。また来てね」

「ん」

 また来よう。

 

 ※

 

 花束を持って家に帰る。

 フラーダリーには、まだ喋れるようになったことは伝えてない。

 びっくりさせようって、アレクと話してたから。

「おかえりなさい。エル、アレク」

「お久しぶりです、姉上」

「うん。久しぶりだね。元気だった?」

 見ての通り。

 ……違うな。もう、ちゃんと報告出来るんだ。

「エル」

 背中を押されて、フラーダリーの前に行く。

「素敵な花束だね」

 呼吸を整えて。

 言いたいことを頭で整理してから、フラーダリーを見上げる。

「フラーダリー」

 ようやく話せる。

「俺をラングリオンに連れて来てくれて……」

 言葉の途中で、倒れるように膝を付いたフラーダリーが俺を抱きしめた。

「あぁ。良かった。……良かった、エル。おめでとう」

 泣いてる……?

「ごめんなさい」

「何故、謝るの?」

「泣いてるから」

 フラーダリーが笑う。

「違うよ。悲しくて泣いてるんじゃない。私は、嬉しくても泣いてしまうんだ」

 フラーダリーが見せてくれた泣き顔は、確かに、悲しそうな顔じゃない。

「エル。もっと、君の声を聞かせて」

 俺の声?

 話したいことは、たくさんあるはずなのに。

 用意してた言葉が何も出てこない。

 何か言わなくちゃ。

 そうだ。

「ただいま、フラーダリー」

「おかえり、エル」

 まだ言ってなかったから。

 それから……。

「元気だったよ」

「うん。良かった」

 今度からは、ちゃんと返事が出来るから。

 それから……。

「ありがとう、フラーダリー」

「うん。ありがとう、エル」

 ありがとう?

「なんで?」

 フラーダリーがお礼を言うようなことなんて一つもない。

「君の声がずっと聞きたかったんだ。嬉しいよ。こんなに早く聞けるなんて……。アレク、一体、何があったの?」

「詳しいことはナルセスが報告する予定です。エルは、良い友人に恵まれていますよ」

 カミーユの薬は、今、ナルセスが解析しているらしい。

 結局、何が効いたのか解ってないから。

「エル。本当に君は素晴らしい」

「え?」

「君は、自分の力で自分の居場所を見つけたんだ」

「どういう意味?」

 ここに連れて来てくれたのはフラーダリーで。

 養成所に入れるようにしてくれたのはアレクで。

 そして、声を取り戻せたのはカミーユのおかげだ。

「俺は何もしてない」

「そう。それで良いんだよ」

 ますます意味がわからない。

「君は、君自身を純粋に愛してくれている人たちに囲まれている。それはね、君が君らしく生きた結果なんだ」

 全然、解らない。

「ありのままの君で良いんだよ。君は十分に他者を愛し大切に出来る人間なのだから。あぁ、本当に素晴らしい」

 どうして褒められているのかがわからない。

 でも、声を取り戻せたことを、すごく喜んでくれてるのは確かなんだろう。

 感謝を言いたいのは俺の方だ。

 そうだ。

 花を渡さなきゃ。

「フラーダリー」

「なぁに?」

「これ、アレクと一緒に買いに行ったんだ」

 アレクの方を見ると、アレクが頷く。

「フラーダリー。俺のことを大切にしてくれて、ありがとう。ここに連れて来てくれて……。一緒に居てくれて。家族になってくれて、ありがとう。俺にとってもフラーダリーは大切な人なんだ。……花、受け取ってくれる?」

「もちろんだよ。ありがとう」

 ようやく伝えられた。

 これからは話したいことを何でも言える。

「お祝いをしなくちゃ。ケーキを食べに行こう」

 ケーキ?

「甘いものは食べたくない」

「えっ?本当に?」

 アレクが後ろで笑ってる。

「薬の副作用のようですよ。しばらく甘いものは見たくもないそうです」

「エルがそんなことを言うなんて」

「俺って、そんなに甘いものが好きだった?」

 アレクとフラーダリーが顔を見合わせて、頷く。

「もちろん」

「もちろん」

 なんていうか……。

「姉弟って似るんだな」

 アレクが俺の頭を撫でる。

「家族だからね。きっと、エルも似て来るよ」

 アレクとフラーダリーに?

 全然、そう思えない。

「とにかく、お祝いをしなくちゃね」

「お祝いなんて……」

「嬉しいことがあったらお祝いをするんだよ。この花はどの花瓶に生けようかな。ドライフラワーにするのも良いね」

 鼻歌を歌いながら、フラーダリーが台所へ行く。

「ラングリオンって、そんなにお祝いばかりするものなのか?」

「それだけ嬉しいことが続いているんだよ。エルが来てくれてからずっとね」

 フラーダリーは、どんなことでも喜んでくれる。

「俺は、何をすれば良い?」

「何をって?」

「してもらってばかりだから」

 何もしてないのに。

「甘いものが食べられるようになったら、姉上も喜ばれるんじゃないかな」

「それは無理」

 食べられる気がしない。

 アレクが笑う。

 アレクもフラーダリーも、なんでも喜んでくれてなんでも笑ってくれる。

 

 


01 Rue du Chat à bouche en croissant

「三日月顔の猫通り」(三日月型の口をした猫の通り)

02 Combattre ensemble

「共闘」

03 Joyeux anniversaire

「誕生日」

04 Voir un docteur

「診察」

05 Groupe d'étude

「勉強会」

06 Bulle de savon

「シャボン玉」

07 La voix

「声」

08 Fée des fleurs

「花の妖精」

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