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夕焼けの散花  作者: 智枝 理子
Ⅱ.過去と未知の薬
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07 La voix

王国暦五九九年 スコルピョン十九日


「で。外出禁止令を食らって散々補習をやらされたから私の課題に手を付けなかったってわけ?」

「いや、だからさ……」

 放課後の図書館。

 研修旅行から帰ってきたアレクとロニーに、カミーユが課題が終わらなかった理由を説明してる。

 

 アレクが研修旅行に行って帰ってくる半月は、本当にあっという間に過ぎた。

 原因は、シャボン玉。

 ただ、シャボン玉を吹いていただけ。

 ……授業中に。

 シャボン玉液を大量に作って、誰が一番先にシャボン玉液を使い切るか競争することになって、授業中に先生が背を向ける度に吹いて遊んでたら、ニ限目の終わりに担任の先生が来て怒られた。

 授業を妨害するなって。

 妨害したつもりも悪いことをしたつもりも全然ないけど、駄目だったらしい。

 その結果、三限目の授業が変更になり、前半は教室の掃除を、後半はクラス全員でドラゴン王国時代の文献の書き取りをやらされることになった。

 勉強は好きだけど、書き取りは嫌いだ。つまらない。

 更に、首謀者だった俺、カミーユ、シャルロには信じられない量の課題と補習が出された。しかも、外出、外泊禁止令とセットで。

 おかげで、アレクが居ない間はずっと養成所で勉強会だった。

 補習の錬金術の実験は楽しかったし、課題も面白かったし、良い暇つぶしになったけど。

 

「言い訳は終わり?」

「言い訳じゃなくって、本当にやる時間が取れなかったんだって」

「解ってる?課題を作るのだって楽じゃないんだ。私が君の為に苦労して作ったものなんだよ」

「それは、いつもありがたいって思ってるけどさ」

「けど、って何?」

「あー。悪かったって」

 自分の出した課題が半分ぐらいしか終わってないって、ロニーはかなり不機嫌だ。

 俺とシャルロも手伝ったけど、全然、終わらなかったんだから仕方ない。

「シャボン玉なんて、面白いね」

 すごく楽しかった。

「クラスの皆でやったら綺麗だっただろうね」

 そう。

 皆が一斉に吹いたから、すごく綺麗だった。

「私もやりたかったな」

 なら、今度一緒にやろう。

「アレク。先に言っておくけど、うちのクラスでは絶対にやらないからね」

「どうしようかな。絶対にばれない方法は思い付かないかい」

「初等部の二の舞なんて御免だよ。カミーユ、経験者として何かない?」

「えっ?んなこと言っても……」

 カミーユが俺を見る。

 無理。

 誰がやったか個人レベルでばれなくても、シャボン玉が大量に浮かんでいれば、全員でやったってばれる。

 その結果、俺たちのクラスは全員で掃除と書き取りをすることになったんだから。

 やりたいなら、今、作る?

「それも良いけど、次の休みに姉上とやるのはどうだい」

 確か、フラーダリーも今度の休みは家に居るはずだ。

 でも、ずっと忙しかったのに、帰って良いのか……。

 それに、あまり帰らないべきだって思ってるのに。

「お土産を渡したいんだ。一緒に行こう」

 旅行で買ったプレゼントがあるのか。

 なら、会いに行こう。

 帰るって手紙を書かないと。

「で?レシピは作ってたの」

「思いついたのをメモしてただけだよ」

 流石、カミーユだ。

「材料は?」

「実験室に置いてある」

 実験室には、薬に使うミエルや砂糖、ハーブを保管してる。

「じゃあ、これから行って作ろうか」

「え?」

 やった。

 実験室に行ける。

「私が居ない間、実験を我慢してたんだ。今日は好きなだけやっていいよ」

「私も興味があるよ。カミーユ、一緒に行っても構わないかい」

「えっ。はい、もちろんです」

「ありがとう」

 カミーユはアレクに弱いな。

 

 ※

 

 第三実験室。

 カミーユの薬作りは時間がかかりそうだな。

「エル、ココアを作ってあげようか」

 飲みたい。

 アレクのココアは久しぶりだ。

 ビーカーを火にかけながら砂糖とココアの粉に少量のミルクを入れて練る。

 慣れた手付きで作業するアレクの顔を見上げる。

 やっぱり、変わってる。

「何か気になることでもあるのかな」

 アレクの瞳を指す。

「うん?」

 右目。

「どうかした?」

 菫色。

「言わなくちゃわからないよ、エル」

 そんなこと、アレクから初めて言われた。

 アレクが練ったココアにミルクと少しの塩を足してかき混ぜる。

 話したくないのかな。

 なら、これ以上は聞かない方が……。

「もともと左右の色は違っていたんだよ」

 そうだっけ?

「砂漠で精霊の力に当てられて、右の菫色が濃くなったみたいなんだ」

 そんなことがあるのか。

 精霊の力……。つまり、魔力に当てられて?

 そういえば、マリーの瞳も光の精霊の祝福が強いからピンクって言ってたな。

 同じような現象ってこと?

 でも……。

 この色は、俺にとって懐かしい。

 ずっと見ていたい。

 目が合うと、アレクが微笑んだ。

「出来たよ」

 ココアをもらう。

 甘くて美味しい。

 いつも通りの味。

「私が居ない間、変わったことはなかったかい」

 変わったこと?

 今言ったシャボン玉の件が一番のイベントで、後はひたすら勉強だった。

 あ。そういえば。

「何かあったみたいだね」

 メモ紙を取り出して、文字を書く。

 

光の精霊と知り合いになった。

 

「どんな子かな」

 

たぶん、養成所を守ってる精霊。

俺が喋れないの知ってた。

 

「魔法陣で呼び出したわけじゃないみたいだね」

 頷く。

 あの精霊は、今も夜中にたまに来てくれる。

「エルは精霊に好かれるね」

 好かれる……。

 それ、良いことなのか?

 ココアを飲んでいると、カミーユから薬を渡された。

 出来たらしい。

 一口、口に含む。

 え?

 いつも甘くて美味しいのに……。なんで?

 でも、飲まないと。

 薬を一気に飲み干す。

 

 まずい。

 

 声は出ない。

 ちゃんと我慢して飲んだのに、これも駄目じゃないか。

 アレクが笑う。

「薬とは、そういうものだけどね」

 だって。カミーユが作る薬はいつも甘いのに。

「ほら、まだあるみたいだよ」

 カミーユの前に薬が大量に並んでる。

 これ、全部?

 不味かったら嫌だな……。見た目だけじゃわからない。

 アレクが作ったココアで口直しをして、次の薬を飲む。

 あ、これは甘い。

「……」

 でも、声は出ないな。

 次。

 甘くて美味しい。

「……」

 んー。だめ。

 次。

「……」

 だめ。

 なんか、口の中が痺れる。

 次。

「……」

 なんだろう、これ。

 ちょっと気持ち悪い。

 水……。

 ないな。

 とりあえず、ココアで口直ししよう。

 変だな。ココアって、こんな味だったっけ?

「エル、大丈夫かい」

 頷いて、次のを飲む。

「……」

 くどい。

 甘すぎ。

 あれ?甘いのか?

 味、わからないかも。

「エル?」

 とにかく、飲もう。

 次。

「……」

 気持ち悪い。

 薬はまだあるのに。

 次……。

 次?

 もう、無理。

 吐く。

「エル!」

 急いで実験用流しへ行って、吐く。

 無理。

 吐いて。

 今まで飲んだもの全部吐きたい。

 気持ち悪い。

 吐いて。

 酷い胸やけだ。

 喉も焼ける。

 吐いて。

 気持ち悪い。

 まだ、飲み終わってない薬あるのに。

「エル、」

 アレクが背中をさすってくれてる。

 でも。

「……」

「エル?」

「無理……」

 口の中も、喉も、胸も、肺も、全部甘いものが入ってるみたいだ。

「エル……?」

 吐いても吐いても出て行かない、この不快感。

 カミーユを見る。

「殺す気か」

「おい、エル」

「なんだよ」

「お前、さ」

「良かったね、エル」

「何が?」

 アレクの方を見る。

「ちっとも良くない。まだ吐きそう」

 こんなに吐いたのに、まだ収まらない。

「でも、もう飲まなくて大丈夫だよ」

「もう飲みたくない。作り過ぎだ」

「カミーユにお礼を言わないのかい」

「俺の話、聞いてたか?」

 しばらく作ってなかったからって、こんなに一気に作るなんて。

 やり過ぎだ。

「もちろん。ちゃんと聞いてるよ」

 アレクが笑ってる。

 ロニーも口元に手を当てて、笑いを押さえてる。

 カミーユは呆けた顔をしてる。

「ねぇ、エル。最後に飲んだ薬ってどれ?」

 最後?

 テーブルの上に散乱したビーカーを飲んだ順に並べる。

「最後に飲んだのは、これ。七番目だ」

「七番目だね」

「そう」

 七杯も飲んだ。

 ……あれっ?

「あー、あー」

 俺、いつから声が出てたんだ?

 っていうか、俺の声って、こんな声だったっけ?

 皆が笑い出す。

 声を出せる。

 喋れるようになった。

 でも、それどころじゃない。

 もう、駄目。

「アレク、」

「おめでとう、エル」

「コーヒー飲みたい」

 気持ち悪い。

 今すぐ体の中の甘い成分をどうにかしないと。

「じゃあ、片付けたら皆でカフェに行こうか」

「ん」

 そうしよう。

 アレクがカミーユを見る。

「カミーユ、ありがとう」

「えっ、あのっ、」

 なんで、カミーユはそんなにアレクに弱いんだ。

「ロニーもありがとう」

 あぁ、気持ち悪い。

 もしかして、ロニーの奴、薬に変なものを混ぜたんじゃないだろうな。

「私は何もしてないよ。まさか、カミーユがこんなに早く薬を作るなんてね」

 そうだ。

 カミーユは、宣言通りに俺が喋れるようになる方法を探してくれた。

 しかも、こんなに早く。

「いえ、俺も、ちゃんと効果のある薬を作れたかなんて自信が……」

 なんで、そうなるんだ。

「カミーユ」

「なんだよ」

「お前、天才だな」

「は?」

 ナルセスよりもフラーダリーよりも早く俺が喋れるようになる方法を見つけるなんて。

「そうだね。エルの声を取り戻す薬を、たった半年足らずで作るなんて。素晴らしいよ」

「それは、その……。ロニーが錬金術を教えてくれたおかげで……。っていうか、色々飲んだから他の成分も混ざってるかもしれないし、本当に俺が作った薬の効果で喋れるようになったのかどうかも……」

 あぁ、どの成分が効いたのか解らないのか。薬っていうのは、飲んですぐに効果が出るものばかりじゃない。

 でも。

「途中でアレクが作ったココアも飲んでたから、混ざるならココアの成分じゃないか?」

「お前、ココアまで飲んでたのかよ」

「見てただろ」

「ずっと作ってたから、見てねーよ」

「五番目の薬の後にココアを飲んだ。六番目でかなり気持ち悪くなって、七番目で限界になって吐いた」

「そこまでして飲めなんて言ってないぞ」

「だって。カミーユが作ってくれたから」

 俺の為に。

 ……あぁ、気持ち悪い。

 まだ吐き気が残ってる。

「エル。うがいをしようか」

 確かに。

 ビーカーを使ってうがいをする。

 まだ喉に何か残ってるような感覚があるけど、少しすっきりした。

「アレク、私がカミーユを手伝うから、エルと一緒に行って良いよ」

 何言ってるんだ。

「ちゃんと手伝う」

 後片付けは、実験室を借りる約束の一つだ。

「なら、胸やけに効く薬でも作ろうか?」

「冗談じゃない」

 薬なんてしばらく飲みたくない。

「いいよ。レシピの整理もしたいし、片付けはこっちでやる。時間がかかるから先に行け」

「そうだね。今日の片付けは二人に任せて、行こうか」

「わかった」

 今回はカミーユとロニーに任せよう。

 

 アレクと一緒に実験室を出る。

 あぁ、気持ち悪い。

「気分が悪いなら、医務室に行こうか」

「そこまでじゃない」

「ケーキを食べたら良くなりそうかい」

 ケーキ?

「無理。甘いものは当分要らない」

 アレクが笑う。

「エルがそんなことを言うなんてね」

 甘いものは好きだけど。

 今は、考えただけで気持ち悪くなる。

「姉上にも報告しないとね」

 フラーダリー。

 ……会いたい。

「今から行ったらダメ?」

「平日は忙しいからね。今度の休みに花を買って行こう」

「花?」

「エルも、自分の口で姉上に伝えたいことがあるだろう」

 フラーダリーに伝えたいこと。

「たくさんある」

「そういう時は花を添えるのが良いよ」

 ここに連れて来てくれて、ありがとう。

 養成所に入れてくれて、ありがとう。

 子供として引き取ってくれて、ありがとう。

 でも、俺はそんなに心配されなくても大丈夫。

 声も取り戻すことが出来たから。

 だから……。

 俺に構わずに、もう少し自分のことを考えて。

 それから。

「アレク」

「なんだい」

「ありがとう」

 アレクにもたくさん伝えたい。

「お礼を言われるようなことはしていないよ」

「アレクは、俺が何もしなくても一緒に居てくれるから」

「姉上だってそうだろう」

「フラーダリーには保護者としての責任がある」

 母が俺に優しかったのも、フラーダリーのように保護者としての責任を全うする為だ。

 母親とは子供を守るものだから。

「良いかい、エル。損得や義務、責任だけで一緒に居ようと考える人間は、案外、少ないものだよ」

「なんで?」

 だって、人間は……。

 人間は?

 あれ?

 なんか、ラングリオンに来てから……。養成所に入ってから、思ってたのと違うことが続いてる。

「エル。私がエルと一緒に居るのは、エルが好きだからだよ」

 好きだから一緒に居たい。

 そう言ってくれたのは、精霊だけだったのに?

「それは、姉上だって同じだ。責任だけで一緒に居るわけじゃない。エルのことが好きだから、望んで一緒に居るんだよ」

 望んで?

 じゃあ……。

 もしかして、俺の母だった人も?

 何かを求めてしかこない似たような人間ばかりの中で、わずかに印象の違う人間は何人か居た。

 それは、ラングリオンで会った皆に近い印象を受ける。

「ずっと……」

 ここに来るまで考えたことすらなかった。

 人間もそうだなんて。

「ずっと?」

「ずっと、一緒に居てくれたのは精霊だけだった」

 アレクの菫の瞳を見つめる。

 あぁ。懐かしい。

「母親を殺して生まれてきたせいで父親に見向きもされなかった俺と一緒に居てくれたのは、精霊だけだったんだ」

 あの精霊。

 そして、精霊たち。

「皆、俺の大切な家族だった」

 誰よりも近くに居てくれた。

「エル」

 何でも話を聞いてくれて、一緒に遊んでくれて。文字を教えてくれて、本の読み方を教えてくれて……。

 精霊が居たから、生きてこれた。

「でも……。途中から変わったんだ。俺が人間と関わるようになってから」

 俺が人間に認識されてから色んな事が変わった。

 精霊たちの意見が割れて。

 喧嘩をして。

 そして、離れていってしまった精霊も居た。

 それでも、一緒に居てくれた精霊も居たのに。

 俺のせいで……。

「エル。私と姉上もエルの家族だよ。エルを愛している精霊と同じように」

 家族。

 家族だって思う。

 あの精霊たちと同じだって。

 でも。

「見て来たんだろ?」

 俺の家族がどうなったか。

「見てきたよ」

 

―やった。

―約束だ、エル。

―クロライーナの炎がすべて消えたら、瞳を貰うよ。

―契約しよう。

 

 約束も契約も果たせなかった。

 何も出来なかった。

 何も守れなかった。

 目が覚めた時にはすべて砂になっていた。

 全部、俺のせいだ。

「エル。エルは何も悪くないよ」

「違う。全部……」

「落ち着いて」

「俺が、ちゃんと知ってたら。全部、知ってたら、あんなことには、」

「それがエルに無理だったのは明らかだ。精霊に詳しい人間は居らず、精霊たちもエルに何も教えなかったのだから」

「精霊は悪くない」

「なら、エルも悪くないよ」

「でも、俺が……。俺が人間と関わらなければ。俺が、生まれてこな……」

「エル!」

 思わず言葉を止めてアレクを見上げる。

 そんな顔、初めて見た。

「その言葉は、君を生んだ母を傷付ける」

「だって……」

 生まれてくるのが俺じゃなければ母が死ぬことはなかった。

 俺が高い魔力を持っていたせいで、母は俺を生むと同時に死ぬことになったって。

 そう、聞いたから。

「誕生日の時のことは覚えているかい」

 覚えてる。

 あんなに祝ってくれた。

 アレクが俺の頭を撫でる。

「私も姉上もエルが生まれてきたことを祝福するよ。エルは、私の大切な弟だ」

 アレクもフラーダリーも、俺を大切にしてくれる。

 家族だって。

「アレクは王族なのに」

「王族なら、エルに構ってはいけないと言うのかい」

 そんなことはない。

 養成所の皆だって、俺が困ってたら何も言わずに助けてくれた。それに、俺が喋らなくても何も聞かずに遊んでくれる。

 貴族なのに。

 人間なのに。

 俺と居てくれる。

「誰かを好きになるのに身分や肩書きは関係ない。好きな人と一緒に居るのは楽しいんだ。好きな人のことを考えることも。エルはどうだい」

 アレクと一緒に居るのは楽しい。

 こんなに一緒に居たいと思ってる。

「俺もアレクが好きだよ」

「ありがとう」

「たぶん、人間で一番最初に好きになった人」

「私が?姉上ではなく?」

 頷いて、菫と碧の瞳を見上げる。

 どこにも行かないで。

「ちゃんと帰ってきてくれて良かった」

 勝手に居なくならないで。

 もう、二度と会えないなんて思いたくない。

「心配なんて要らないよ。ここが私の帰る場所。家族の居る場所だからね」

 大丈夫。

 アレクは必ず帰ってきてくれる。

「おかえり、アレク」

「ただいま、エル」

 アレクが微笑む。

 大丈夫。

 アレクは人間だから。

 勝手に居なくなったりなんかしない。

「今、お土産を渡しても良いかい」

「お土産?」

 アレクから包みを貰う。

「開けて良い?」

「もちろん」

 中身は……。

 月や星のモチーフが入った便箋だ。

 手触りが懐かしい。砂漠で作られている紙だ。

「ありがとう。アレク」

 これでフラーダリーに手紙を書こう。

 会いたいって。

 会って、たくさん話したいって書こう。

 大丈夫。

 全部、やり直せる。

 今は一人じゃないから。

「エル。調子はどうだい」

 調子?

 ……そうだった。

 忘れていた吐き気に襲われる。

「早くコーヒーを飲みたい」

 アレクが笑う。

 

 ※

 

 夜。

 いつものように窓を開いてシャボン玉を吹く。

『こんばんは』

 いつもの光の精霊だ。

「こんばんは」

 光の精霊が顕現する。

『見てたよ。おめでとう。喋れるようになったんだね』

 見てたのか。

「ありがとう。俺の名前はエルロック。エルで良いよ」

『エル』

「名前、聞いても良い?」

『それって、私と契約したいってこと?』

「違うよ。……友達だから」

 光の精霊が笑う。

『そうね。友達だわ。私、ミーアよ』

「よろしく、ミーア」

『ふふふ。私、エルの声も好きよ。思ってたより大人の声なのね』

「大人の声って?」

『ほら。男の子って、急に大人の声になるでしょう』

 声変わりのこと?

 自分の喉に触れる。

 もしかして、ナルセスが調べてたのって、これ?

 喋れない間に声変わりしたらしい。

 もう、以前の自分の声なんて思い出せないけど。

『エル、もう一回、吹いて』

「良いよ」

 シャボン玉をミーアに向けて吹くと、ミーアが楽しそうに飛び回る。

「きれい」

『えぇ。とってもきれい』

 良かった。

 精霊と友達になれて。

 もう、同じことは繰り返さない。

 

 


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