05 Groupe d'étude
王国暦五九九年 ヴィエルジュ二日
年末年始の休みは今日で終わり。
フラーダリーの出勤時間に合わせて、アレクと三人で家を出た。
養成所に早く着いたのは良いけれど、今日は授業が何もない。午後に課題を提出するだけのホームルームがあるだけだ。
アレクは用事があると言って行ってしまった。
暇だし、休み中に借りていた本を返しに図書館に行こうかな。ついでに新しい本を探そう。
図書館へ行くと、知ってる顔を見付けた。
カミーユとロニーだ。
テーブルで向かい合って何かやってる。いや、やってるのはカミーユだけか。
本を返却してから二人の方へ行く。
……テスト?
「エル」
「エル。久しぶりだね。元気にしていた?」
ロニーは苦手だ。
カミーユの後ろに回る。
「どうしたんだ?」
錬金術のテストっぽい。
カミーユはロニーから錬金術を教わってるって、ナルセスが言ってたっけ。
面白そう。
カミーユの隣に座って、問題とペンを取る。
「おい」
いくつかの物質について、それぞれの特徴がまとめられた表がある。
これらを好きな組み合わせで使って、薬を作るらしい。
それぞれ相性がある。
組み合わせると効果が無くなるものだとか、成分が増強するものだとか。
パズルみたいだな。
少し予備知識が必要そうな問題でもある。
目の前でロニーが立ち上がる。
それを見送った後、用紙を破ってメモを書く。
俺にも教えて。
「何を?」
錬金術。
「教えられるほど知らない。まだ勉強中なんだよ」
これ、どうやって解く?
「わからないのか?」
さっぱりわからない。
どこから手を付けたら良いのか、とっかかりが見つからない。
カミーユが唸る。
「俺のやり方、どっか間違ってるらしいんだ。気づいたら言ってくれ」
前にやったことあるのかな。
カミーユが問題を解く過程を眺める。
あぁ、そこから始めるのか。
で。その実験器具はそうやって使うものなのか。
……あれ?
カミーユが解き終わるのを待って、気づいた箇所にチェックを入れる。
これ、水に溶けるのか?
「え?」
常温で固形の物質だ。
「そうだ。これ、加工しないと」
これとこれは一緒に混ぜると危険。ちゃんと、扱う素材表に書いてあるだろ。
こっちは使う際に促進剤が不可欠だ。触媒に使える物質ってどれ?
「これだ。じゃあ、ここで混ぜて、」
この器具を使うんじゃないのか。
「あぁ、そうだよ。良く分かったな」
後、こっちも少量で激しく反応する物質だから気を付けないと。特別な加工や器具が必要なんじゃないのか。
カミーユが問題を解き直す。
あぁ、やっぱり。
で、そうなるのか。
……計算も間違ってない。解けそうだ。
「エル、コーヒー飲むかい」
頷いて、ロニーからコーヒーを受け取る。
カミーユはロニーがコーヒーを置いたのにも気付かずに問題を解いている。
簡単には終わらないな。
この問題は、かなり面倒な工程を踏ませてる。
本来は加工済みの薬品を使ってやることを、薬品の加工からやるように指示してるみたいだ。同じ名前で扱いやすい形にした薬品を実験室で見たことがある。粉末状にしたり、液体状にしたり、加工して危険度を下げたり。
すごく勉強になる問題だ。
でも、考えることが多過ぎ。
甘い物が食べたい。
そうだ。サブレを持ってたんだ。
ポケットに入れておいたサブレの包みをテーブルに置いて、一枚をロニーに渡す。
「くれるのかい」
頷く。
「ありがとう。エルは本当に甘い物が好きだね」
そう言って、ロニーがサブレを食べる。
「手作り?」
フラーダリーの手作り。
ミエルのサブレだ。
カミーユにも渡そうと思ったけど、作業を中断する気はなさそうだから、後にしよう。
大きく取り消し線をつけられた解答は、途中から解き直されている。
すごい。
これが、結論。
なんて綺麗な回答なんだ。
答えが解るとすっきりする。
「できた」
「うん。良くできたね」
ようやく、カミーユが顔を上げる。
「じゃあ、今日はここまで。また今度の休みに続きをやろう。課題は、その本を読んでくること」
ロニーがテーブルの上を片づける。
カミーユが、すっかり綺麗に片付いたテーブルを眺めながら口を開く。
「なぁ、ヴェロニク」
「ロニーでいいよ」
「お前の問題の矛盾、わかったよ」
「うん?」
「隠れる場所もない平地なら、見晴らしが良いはずだろ?敵の兵士が自軍の倍だって気づいた時点で、引き返すか作戦を練り直す。死ににいくような戦い方なんてしない」
何の話だ?
「きっと、それも正解なんだろうね」
正解?
「じゃあ、もう一つの回答をあげようか。私は言われた通り、真っ向勝負を挑む」
「はぁ?」
待って。
「私はその状況で自分が勝利できると確信する。だって、自分が主君と仰いだ方の采配だ。負けるなんて有り得ない。それがもし、私だけで勝てない状況だと言うのなら、味方は必ず助けに来る。負け戦をするような方を主君に仰ぐつもりなんてないからさ」
どんどん会話が進む。
何の話か分からない。
あぁ、声が出れば……。
くそっ。
ロニーが居なくなるのを待って、カミーユの口にサブレを突っ込む。
「んん?」
少しはこっちを向け。
カミーユを黙らせて、目の前の紙に文字を書く。
問題って何?
「えーと。千人の兵士が居て、目の前には二千の敵がいる。隠れる場所もない平地での、お互いの真っ向勝負。主君からは死ぬ気で戦線を守れと言われてる。自軍の兵士をどう使うか?って問題」
なんだそれ?
兵法か何か?
でも、回答がたくさんあるみたいだったな。
「言っとくけど、戦いにおける数の有利は絶対だ。これは簡単に覆らないっていうのは常識だからな。一対多で各個撃破されて終わりだ」
数の不利。一対多の状況では自軍の負けが確定している。
なら、数の有利を崩せる方法が存在するんだろう。一対多ではなく、多対一に持ち込めるような。
それ、どっかで見たことあるな。
確か……。
用紙に回答を書く。
自軍を三つに分ける。
それから、二千の軍を大きな丸で、千人の軍を表すのに小さな丸を三個書く。
両端の軍を前進、中央の軍は後退。
そうすると、大きな丸い軍は中央に誘い込まれるように前進する。
このまま大きな丸い軍を包囲するように小さな軍を移動させる。
「え?」
包囲すれば内側の敵は身動きがとれない。これで数の有利は覆る。勝てるかもしれない。
「良く思いついたな」
同じ戦法が載ってる本を読んだことがある。
数学の本だったと思う。
しかも、教科書だった気がするけど。正確に覚えてないから、それを書くのはやめた。
錬金術、面白かった。
また教えて。
「ロニーに聞けば良いだろ」
あいつは苦手だ。
「アレクシス様は?」
アレクは忙しい。
授業に関係ない事なんて聞けない。
カミーユを見上げる。
だから、教えて。
「はいはい。言うこと聞けば良いんだろ」
カミーユも、俺の言うことがわかるらしい。
アレクやフラーダリーみたいに。