03 Joyeux anniversaire
王国暦五九八年 リヨン十六日
「チェックメイト」
また負けた。
でも、面白い。
昨日からずっと、アレクと一緒にチェスをやっている。アレクがフラーダリーの家に行こうって言うから、結局、一緒に帰って来てしまった。
寮の談話室にもチェスボードがあるけど、遊べるのは消灯の時間まで。
家では夜遅くまで遊べる。しかも、アレクとやるのは面白いし、勉強になる。
「今度は、変わった遊びをしようか」
アレクが自分の方に黒のキングだけを置き、俺の方に白のキングを置く。
「もう一つ、エルの好きな駒を選んで良いよ」
何にしよう。
クイーンは何処へでも行けるから強そうだ。
「良い選択だね。これではじめよう」
え?これだけの駒で?
「勝ちにおいで」
相手がキング一つなら、すぐに勝てそうだけど……。
なんでだ。
全然、捕まえられない。
「エル、それはステールメイトだ」
ステールメイト。
チェックをしていないのに、相手が駒が動かせない状況になること。
これをやると引き分けになってしまう。
最強の駒を抱えた俺の方が有利なはずなのに、勝てないなんて。
「キングも使わないとダメだよ」
キングも?
「上手く追い詰めてごらん」
この二つを使って詰めるなら……。
あ、わかったかも。
クイーンで行動範囲を狭めて、キングで詰めていく。
出来た。
チェックメイト。
「良くできたね。じゃあ、次はポーンでやってみよう」
今度は、最弱の駒で?
「ヒントを出そうか?」
少し考えさせて。
キングと一緒に詰めていくのは変わらない。
でも、ポーンでは攻めきれない。
つまり、プロモーションで強い駒にする?
その為には……?
駄目だな。思った通りに動けない。
「上手く道を作るんだよ」
道。
やってみよう。
……出来た。
「次は、どの駒でやろうか」
何にしようかな。
ルークは縦横に移動できる駒。これは、クイーンの詰め方と変わらない。なら、ビショップを使ってみようかな。
ビショップは斜めに移動できる駒だ。
「どこに置く?」
キングの右隣りに置く。
「じゃあ、はじめようか」
これもきっと、キングと一緒に追い詰めていくんだろう。
……あれ?
変だな。
追いかけても、追いかけても、全然チェックメイトにならない。
なんで?
「何故かわかるかい」
解った。
ビショップが一つじゃダメなんだ。
「好きな駒を足して良いよ」
じゃあ、ビショップ。
「上手くやってごらん」
ん……。
出来る。
出来た。
少ない駒で詰める方法は決まってるんだろう。
「じゃあ、今度はこれ」
アレクが駒を並べる。
今度は、色んな駒を使ってる。
「これはね、一手でチェックメイトできるんだよ」
一手で?
この配置だと……。
※
「エル、アレク。そろそろお昼にしよう」
フラーダリーが部屋に入って来て、チェスボードを眺める。
「チェスプロブレムか」
チェスプロブレム?
「パズルみたいな問題だよ。勝利の手が決まってるんだ」
確かに、パズルみたいだな。
でも、勝利の確定している盤面であっても、一手のミスで駄目になる。こういうパズルに慣れておくことで、終盤の局面で勝ちやすくなるんだろう。
「遊ぶのは食べてからにしようね」
「エル、行こう」
わかった。
今の盤面は覚えたから、頭の中で解こう。
※
階段を下りて、リビングへ。
今日は、リビングで食べるらしい。
テーブルの上にはリボンのついた大きな箱が置いてある。
「エル、開けてごらん」
箱を?
リボンを解く。
「上を持ち上げるようにして開けるんだよ」
上が大きな蓋になってるってこと?
変わった箱。
大きな蓋を持ち上げる。
中身は……。
ケーキだ。
上に文字が書いてある。
誕生日おめでとう
エルロック
後ろから拍手が聞こえる。
「おめでとう、エル」
「おめでとう。今日はエルの誕生日だからね」
リヨンの十六日。
今日は俺が生まれた日だ。
でも、この日は……。
アレクが片手剣を出す。
「授業で使う片手剣を探してただろう?エルはきっと、軽い剣の方が扱いやすいだろうから。これを持って行くと良い」
アレクから片手剣を受け取る。
重い。けど、これでも軽い方なんだろう。
カミーユみたいに扱えるようになるかな。
「それから、チェスボードと、さっきやっていたチェスの問題が載った本だよ」
あ。チェスボードは欲しかった。
これがあれば、時間に関係なくいつでもチェスが出来る。それに、さっきのパズルの問題集まであるなんて。カミーユとシャルロを誘って遊ぼう。
「私からもプレゼントがあるんだ」
フラーダリーから本を貰う。
「魔法陣の本と花の図鑑だよ。きっと、エルが知っている魔法陣も載ってるんじゃないかな」
魔法陣の本をぱらぱらとめくる。
精霊が描く魔法陣がたくさん載ってる。
懐かしい。
人間は、強力な魔法を使う時に魔法陣を描いて精霊の力を借りる。けど、魔法陣は、元々、精霊が踊ったり遊んだりした時に自然に出来る図柄だ。
見たことがないのもある。きっと、こっちの精霊が描いたものなんだろう。
面白い。
それに、花の図鑑まで。
ありがとう。アレク、フラーダリー。
「どういたしまして」
「気に入ってもらえて良かった」
でも……。
「どうしたの?」
俺の誕生日は、祝う日なんかじゃ……。
「エル、今日はお祝いの日だよ」
でも。
俺は。
「せっかく姉上が作ってくれたんだ。一緒に食べよう」
え?
このケーキ、フラーダリーが作ったのか?
「店売りのようにはいかないけどね」
どうしよう。
「エル?」
嬉しい。
こんなの、初めてだ。
「さぁ、座って。食事にしよう」
頷く。
誕生日を祝うなんて。
こんな風に祝われるなんて、初めてだ。
だって、俺の誕生日は……。
「エル。私は君に会うことが出来て嬉しいよ。君が生まれたことを祝わせて」
「そうだよ。お祝いしよう」
……ん。
わかった。
※
なんだか、体がふわふわしてる。
浮ついた感覚が抜けない。
変な感じ。
ケーキを食べて。
三人で過ごして。
それから、アレクと一緒に養成所の寮に戻る。
「今日は楽しかったかい」
楽しかった。
「毎年、お祝いしようね」
そこまでしなくても良いのに。
「家族で過ごせて楽しかったよ」
家族……?
「おやすみ、エル」
アレクが俺の額にキスをする。
おやすみ、アレク。
自分の部屋に入る。
……家族。
あれが、アレクとフラーダリーが考えてる家族?
ラングリオンでは、あぁいうのが当たり前?
アレクもフラーダリーも俺にすごく優しいから、本当にあれが一般的なものなのかわからない。
ただ……。
嬉しかった。
楽しかった。
ラングリオンに来てから、そういうことばかり。
まるで、自分じゃないみたい。
だからきっと、忘れるべきなんだ。
ここに来る前のことなんて。
でも。
今日は、誕生日だから。
窓を開いて、東の方角を見る。
ずっと遠く。
同じ空の下にある場所。
目を閉じるといつでも思い出せる風景。
ラングリオンの夏よりもずっと暑くて乾燥した場所。
砂漠。
俺が生まれた場所。
年を重ねるごとに忘れてしまいそうになる。
自分が生まれるべきじゃなかったことを。
だって、俺が生まれなければ母親は死ぬことはなかったんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
謝る人すら、もうどこにもいない。