02 Combattre ensemble
王国暦五九八年 リヨン朔日
暗い中、目が覚める。
ここは……。
ここは、どこだ?
ざらざらとした砂の感触。
ここ、あそこだ。
塔の中。
体を起こすと、扉から光が漏れてるのが見えた。
嘘だ。
この扉は、内側からは絶対開かないはずなのに。
でも、隙間があるなら開くかもしれない。
走って行って、光の漏れる場所に手を入れて。
扉を開く。
開いた。
あぁ、良かった。
街がある。
水もある。
精霊も居る。
人間も居る。
そうだ。母さんは……?
どこ?
知っている街並みの中を、家に向かって真っ直ぐ走る。
もうすぐ、生まれるんだ。
俺の弟か妹が。
会いたい。
ちゃんと、俺が守るから。
今度こそ、ちゃんと。
今度こそ?
家の扉を開く。
なにもない。
ただそこには、砂だけがある。
目を開くと、白い天井が見えた。
ここは。
ここは、現実。
ここは、今俺が居る場所。
ここは、フラーダリーの家。
ここは、自分に与えられた部屋。
体を起こす。
酷い汗だ。
喉も渇いてる。
気持ち悪い。
何か飲まなきゃ。
寝間着のまま部屋を出る。
「おはよう、エル」
朝食を作っていたフラーダリーが振り返る。
おはよう。
口だけ動かして挨拶をする。
「どうしたの?元気ないね。まだ眠たいなら寝ていても良いんだよ」
平気。
なんでもない。
「悪い夢でも見た?」
すぐ心配する。
首を振って、浴室を指さす。
シャワーを浴びたら、すっきりするはずだ。
「ちょっと待って」
待つ?
「はい、どうぞ」
水だ。
貰った水を飲む。
冷たくて、美味しい。
※
午前中は、フラーダリーの庭仕事を手伝った。広い庭なのに、ここはフラーダリーがほとんど一人で世話をしている。
色んな花が咲き乱れた庭は良い香りがして、精霊の気配もたくさんあって、心地好い。
砂漠とは全然違う色の世界。
「見てごらん。そろそろ、この花も咲きそうだよ」
フラーダリーが微笑む。
吟遊詩人が唄う、花のように笑うって表現は、こういう感じなんだろう。
フラーダリーには花が似合う。
※
ランチを食べて後片付けを手伝っていると、来客を告げる呼び鈴が鳴った。
フラーダリーが玄関まで走って行く。
今日は、午後からカミーユとシャルロが遊びに来る予定だ。
フラーダリーの家は住宅街で少しわかりにくい場所にあるから、中央広場の噴水で待ち合わせって伝えてあったんだけど。
「いらっしゃい」
「はじめまして。シャルロ・シュヴァインです」
「君がシャルロ?良く来てくれたね。さぁ、あがって」
シャルロ、本当に案内なしで来たのか。
すごいな。
シャルロは、ずっと王都に住んでるから王都に詳しいらしい。
カミーユは父親が国王陛下の近衛騎士とはいえ、養成所に入るまでエグドラ子爵領で暮らしていたから、王都には詳しくないって言っていた。
そろそろ迎えに行かないと。
拭いた食器を棚に片づけて客用の菓子を出していると、花束を持ったフラーダリーが戻ってきた。
それは?
「シャルロがお土産にくれたんだよ。オランジュエードを出してあげて」
頷いて、コップにオランジュエードを入れる。
「一人分?……カミーユを迎えに行くのかな」
シャルロが来たってことは、カミーユももう中央広場に来てるかもしれないから。
「気を付けてね。なるべく広い通りを歩くんだよ」
いいかげん、心配されなくても平気。
中央広場なんてすぐそこだ。
リビングに行って、菓子とエードをシャルロの前に置く。
「ショコラの焼き菓子か」
頷いて、一つつまむ。
ウォルカの店の菓子は何でも美味い。
「座ったらどうだ」
食べながら、扉を指さす。
カミーユを迎えに行かないといけないから。
「そうか。気を付けてな」
一応、一人だから武器も持ち歩こう。
短剣が二本付いたベルトを付けると、フラーダリーが台所から顔を出した。
「いってらっしゃい、エル」
いってきます。
※
中央広場。
噴水の周りは、王都の待ち合わせスポットだけあって人が多い。
カミーユはどこだ?
噴水の東側って伝えたはずだけど、これだけ人が居ると探しにくい。噴水を一周しながらカミーユを探す。
居ないな。
まだ来てないのか。
予定通り、東側で待ってよう。
そう思ったところで、誰かにぶつかって、転んで尻もちをつく。
「おぉ、悪かったな、坊主」
出された手を取って立ち上がろうとしたところで。
乱暴に手を振り払われた。
「お前、吸血鬼か。気持ち悪い目だな」
……またか。
立ち去ろうとすると、肩を掴まれて吹き飛ばされた。
いってぇ……。
体を起こすと、正面に影が落ちる。
「俺たちは神聖王国から来たんだ。吸血鬼は生かしておけない」
神聖王国クエスタニア。
吸血鬼による被害が甚大だった場所で、吸血鬼種に対する差別が最も根深い国だ。
「おい、どうした?」
「どうしたもこうしたも……」
乱暴に腕を引かれて、今度は立たされた。
「吸血鬼が居るんだよ」
逃げた方が良さそうだ。
思いきり相手を蹴りあげると、相手が俺の腕を離した。
その隙に走って逃げようとしたところで、俺の前に男が立ちふさがって、剣を抜いた。最初の攻撃を避けると、避けた先にも剣を持った男が居る。
囲まれた。
五人。
戦うしかないか。
短剣を両手に逆手に持つ。
「やる気か」
「子供相手に本気出すなよ」
手始めに、近くに居た男に斬りかかる。
相手の片手剣に右手の短剣を当てて懐に入り、太ももに短剣を刺す。
悲鳴を上げた相手から短剣を抜くと血が噴き出した。
次。
振り返りながら、視界に入った剣に向かって短剣を当てる。ついでに左手に居る相手が振り降ろした剣ももう一方の短剣で受け止める。
重い。二人相手なんて無理。力負けすることぐらい解ってる。
そのまま身を屈めて二人の間を走り抜け、片方の相手の背中を斬りつけ、目の前に見えた腕をすかさず斬る。
斬られた相手が剣を落とした。
早く逃げなきゃ。
退路は?
……まずい。
逃げ場がない。
いつの間にか人の壁に囲まれてる。
「子供が戦ってる」
「ねぇ、あの子って……」
「誰か守備隊を呼べ!」
どうしよう。
どうやって逃げれば良いんだ、これ。
振り返って、男が振り降ろした剣を右手の短剣で受け止める。
重い……。
もう一人、左側の男が声を上げながら斬りかかってくるのが見えた。
やばい。
左手の短剣も使って目の前の剣を振り落として、逃げる。
「エル?」
カミーユ?
一瞬だけ視線をそちらに向ける。
そんなところに居たら巻き込まれる。
攻撃をかわしたところで……。
「何、絡まれてるんだよ」
後ろで剣撃の音がした。
まさか、カミーユも戦ってる?
続けて走ってきた男の剣をねじ伏せて、首に短剣を突き付ける。
けど、蹴られて吹き飛ばされた。
いってぇ。
すかさず立ち上がって短剣を構え直したところで、真横で敵の剣が光る。
避けようとした瞬間、俺を狙っていた剣に別の剣が当たった。
「こいつはまかせろ」
頷く。
「お前も吸血鬼の仲間か!」
倒した覚えのない男が倒れてるのが見える。カミーユがやったのか。
後、二人。
カミーユが相手していない方に向かって走る。
次は、仕留める。
片手剣をかわして、もう一度、相手の懐へ。そのまま脇腹を斬りつける。ひるんだ相手の腕も斬り上げて怪我をした脇腹を蹴ると、ようやく相手が倒れた。
残りは一人。
「斬るぞ」
カミーユが、残り一人の首に剣を突き付けている。
殺す気か?
カミーユの方に行って腕を引く。
殺すな。
「ちっ。おっさん、殺されたくなかったら、降参しろ」
相手が剣を落とす。それを見たカミーユが、ようやく剣を鞘に納めた。
「行こうぜ」
カミーユが歩き出すと、人の壁が開いた。見物客が減ったらしい。
「守備隊が来たぞー!」
守備隊?
「逃げるぞ」
え?
カミーユが俺の腕を引いて走り出す。
なんで?
イーストの路地裏をしばらく走ったところで、ようやくカミーユが止まった。
呼吸を整えながら、カミーユを見上げる。
なんで、逃げなくちゃいけなかったんだよ。
「守備隊ってのは、王都を守ってる連中だ。あんな広場のど真ん中で戦ってたら、必ず飛んでくる。捕まったらいろいろ尋問されるぜ」
尋問?
「学生のトラブルは、養成所にも報告が行くだろうし」
養成所にも?
また、フラーダリーに心配をかけることになりそうだ。
逃げて正解。
あれ?
カミーユが持ってるのって……。
「これか?バイオリンケースだよ。養成所に持っていくんだ」
バイオリンは後期から使うものだから?
でも、そんな大事なものを持ったまま戦うなんて。
「心配しなくても、あんな連中、片手で勝てるぜ」
強いんだな。
小さい頃から鍛えられてるって言ってたっけ。流石だ。
と思ってたら、急にカミーユが慌てだす。
「やばっ。土産の花をどっかに落とした」
花?
そんなの、始めから持ってなかった気がするけど。
周囲を見回す。
ここ、家の近くだ。
「おい、どこ行くんだよ」
迎えに来たんだから、家に行くに決まってるだろ。
「表通りに出たら捕まるぜ」
表通りには出ない。
フラーダリーの家はイーストにあるから、すぐそこだ。
※
家に帰ると、シャルロがソファーで読書をしていた。
「遅かったな」
ただいま。
「シャルロ?先に来てたのか」
あれ?フラーダリーは?
玄関の扉が開いたら必ず顔を出すのに。来ない。
見回していると、台所からフラーダリーが来た。
「おかえり、エル。いらっしゃい。君が、カミーユだね」
「はい」
変な声。
「はじめまして。フラーダリーだ」
「はじめまして、カミーユ・エグドラです」
カミーユが頭を下げる。
「よろしくね」
「はい」
アレクと一緒で、フラーダリーも敬語を使う相手らしい。
「エル」
フラーダリーが俺の前でしゃがむ。
「怪我をしているじゃないか。何かあったの?」
怪我?
あ……。
気づかなかった。腕を擦りむいてる。
良く見たら、袖に返り血だってついてる。
失敗した。
「また、誰かに絡まれた?」
首を振る。
また、心配されてる。
「あー。あの、俺が絡まれてたところを、エルが助けてくれたんだ」
カミーユ?
「これ。バイオリンケースをひったくられそうになって」
カミーユが持っていたバイオリンケースを掲げる。
……逆だ。
本当は、絡まれてた俺をカミーユが助けてくれたのに。
「そうだったの。怪我はないかい」
「大丈夫です。でも、土産の花を落としちゃって」
「土産なんて良いんだよ。君が無事で良かった」
カミーユは強い。
俺なんかよりずっと。
「エル、怪我を治してあげようね」
フラーダリーが俺に癒しの魔法を使う。
緑色の光。
大地の魔法だ。
カミーユを見上げる。
なんで、本当のことを言わないんだ?
前もそうだった。教室での喧嘩は、俺がカミーユを殴ったせいで始まったことだったのに。
カミーユは言わなかった。
「他に痛いところはないかい」
平気。
「良かった。さぁ、座って。コーヒーで良いかな」
「はい」
フラーダリーがシャルロのコップを下げる。
「シャルロも、コーヒーは好きかな」
「はい」
「待っていてね」
手伝おう。
フラーダリーと一緒に台所に行く。
……あれ?
シャルロから貰った花がそのままだ。
いつも、すぐに花瓶に入れるのに。
そう思ってたら、お湯を沸かしながら、フラーダリーが花瓶を選び始めた。
どれにするか悩んでたのかな。
「コーヒー豆を選んでくれるかい」
頷いて、椅子を棚の側に運び、椅子に登って棚の中を見る。
何にしようかな。
養成所の食堂のコーヒーは、いつも同じ味だ。違うのが飲みたかったらカフェに行くしかない。
だから、あれとは違う感じのにしよう。
……これかな。
「そろそろ片手剣も用意しなきゃね」
片手剣?
「男の子は、後期から剣の稽古が始まるだろう。最初は演習用のものを使うけど、いずれ実戦用のも使うようになるはずだよ」
だから、カミーユはバイオリンと剣を持ち歩いてたのか。
「剣のことなら、アレクに相談したら良いかもね」
そうしよう。アレクは剣をたくさん持ってるから、何か貸してくれるかもしれない。
花瓶に花を生けたフラーダリーが、俺が持っていたコーヒー豆を取る。
手伝うのに。
「皆で遊ぶ前に、養成所に行く準備をしておいた方が良いんじゃないかな。バイオリンを忘れないようにね」
確かに。
持っていくものが色々あるから、整理しておかないと。
……あ。
フラーダリーを見上げる。
「どうしたの?」
ただいま。
「ふふふ。おかえり」
フラーダリーが笑う。
帰った挨拶、まだしてなかったから。
リヨンから後期に入る。
後期からは、剣の稽古はもちろん、芸術の授業が始まる。
養成所は曜日によって授業が決まっている。曜日は月の始まりの日にちに由来していて、朔日は休日、二日は二曜日、三日は三曜日……。で、七日が七曜日。八日が休みで、九日が二曜日、十日が三曜日……。という具合だ。
初等部一年後期の芸術の授業は、月に四回、二曜日の三時限目と四時限目を四つのコマに割って行われる選択授業で、一対一、もしくは少人数で行われる。
と言っても、室内楽の個人レッスンは必修だ。どの楽器をやるか前期の内に決めなければならなかったのは、楽器を教える先生の確保が必要だったかららしい。個人レッスンは先生との相性も大事だから、リヨンの間に学びたい先生を自分で選ぶことになっている。今のところ、アレクと同じ先生を希望しているけど、時間の都合が合わなかったら別の先生になるだろう。
室内楽以外の選択授業は、絵画や彫刻、工芸、美術鑑賞等、色んなものが用意されていて、リヨンの間に上級生の授業を見学して決めることになっている。学年が上がれば、選べるものはもっと増えるらしい。
俺は室内楽からバイオリンしか選んでないから、芸術の授業は三つ選ばなきゃいけない。マリーみたいにピアノとフルートを選んだ場合は、二つ選ぶことになる。
今のところ、絵画鑑賞と鉛筆デッサン、装丁を選ぶ予定だ。
装丁は、本の装飾の勉強はもちろん、本の作り方の歴史についても学べるらしい。面白そうだ。
自分の部屋に行って、バイオリンケースを取ろうとしたところで……。
袖に血が付いてることに気付く。上着とシャツを着替えよう。
きっと、アレクとフラーダリーは、こんな風に俺が外で絡まれることを心配してるんだろう。
カミーユが誤魔化してくれたけど、フラーダリーは、絡まれたのは俺だって気付いてるんだろうな。
一人でも対処できるようにならないと。
二人に心配をかけないように。
だって、アレクは王子だ。
王子としてやらなくちゃいけないことがたくさんあるはずなのに、わざわざ俺をフラーダリーの家まで送るなんて。こんなの、アレクがやるようなことじゃない。
それに、フラーダリーが優先すべきなのは魔法部隊の活動だ。
フラーダリーの夢は、自警団である魔法部隊を国に認められた正式な常駐部隊にすること。それも、国王やアレクに頼らずに自分の力で。その為には、昨日みたいに引ったくり犯を捕まえたりして、部隊の実績を上げて行かなくちゃいけないはずだ。
なのに、休みには帰って来てと言う。
カミーユやシャルロにも会いたいと言う。
……そんな暇、ないはずなのに。
俺がフラーダリーの家に帰るって言えば必ずアレクが一緒に来てくれる。そして、フラーダリーも俺の為に家に居ようとしてくれる。
……駄目だな。
こんなにして貰ってるのに、これ以上、二人の時間を奪うわけにはいかない。
バイオリンと買ってもらった本は全部持って行こう。なるべく帰ってこなくて済むように。
もう一度、アレクに妖精の踊りを弾いてもらいたかった。
フラーダリーにも何か弾いて貰いたかった。
きっと、頼めば二人ともしてくれる。何でもしてくれる。
でも、もう、そんなことをするわけにはいかない。
代償もなく一方的に何かを頼むなんて……。
※
バイオリンケースの上に本を重ねて、テーブルの上に置く。
重い。
「それ、全部養成所に持ってくつもりか?」
頷く。
重いけど。
一気に持って行かないと、忘れそうだ。
「エル、大丈夫かい?養成所に持っていくなら手伝おうか」
なんで、そうなるんだ。
「俺たちが手伝います」
「三人も居れば十分運べます」
その通り。
二人にも手伝って貰おう。
「ありがとう。じゃあ、お願いするね」
フラーダリーにも会わせたし、コーヒーを飲んだら皆で養成所に戻らないと。
「エル。この前、美味しいジャムをもらったんだ。クレープを焼いてあげるから待っていて」
クレープ。
美味しそうだ。
楽しみ。
ソファーに座って、テーブルの上にあるショコラの焼き菓子を手に取る。
美味しい。
まだたくさんあるから、アレクにも持っていこうかな。
アレクはショコラが好きだから。
「激甘だな」
「そうだな」
激甘?
これが?
これは、そこまで甘くない。カカオの香りが高くて、少しほろ苦い感じもある菓子だ。
カミーユもシャルロも、あまり菓子を食べているところを見ないから、甘い物がそんなに好きじゃないのかもしれない。
「本当に甘い物が好きだな、お前」
ラングリオンは色んな菓子や料理があって楽しい。
それに、面白そうなボードゲームも。
チェスの本を取って、カミーユとシャルロの前に置く。
「なんだこれ。チェスの棋譜?」
「チェスでもやるのか?」
手に持っていた菓子を全部口に放り込んで、コーヒーを飲む。
美味しかった。
そして、棚からチェスボードを出す。
前に、アレクとフラーダリーがやっていたゲームだ。教えてもらおうと思ったけど、二人とも忙しいから、カミーユとシャルロに……。
「チェスのやり方なんて知らないぜ」
「俺も知らない」
教えてもらおうと思ったのに、二人とも知らないのか。
なら、一緒に勉強しよう。
チェスの本を開いて、駒を並べる。
「お前は知ってるのか?」
知らない。
「はぁ?じゃあ、なんでいきなり棋譜なんだよ。ルールも知らずにできるわけないだろ」
そういえば、ルールの本は買ってもらわなかった。
でも、やってたらわかるだろう。
「棋譜の通りに対局して欲しいのか?……借りるぞ」
シャルロが棋譜の本を取って読む。
誰もルールを知らないから、棋譜の読み方だってわからない。
「白が先だ」
「良くわかるな」
「書いてある」
書いてあるらしい。
「このポーンをここに動かせ」
一番数が多いのがポーン。
カミーユが白のポーンを二歩進める。
「チェスなんて、キングを取れば勝ちってことしか知らないぞ」
ルール、知ってるんじゃないか。
「キングは、これか……」
一番背の高い駒がキング。
「次は、黒の手番だろ?」
シャルロが黒のポーンを動かす。
※
「これで、チェックメイト。黒の勝ちだ」
まだキングは取ってない。
けど、これで白のキングは手詰まりらしい。
さっぱりわからない。
ルールはもちろん、駒の動かし方も見直した方が良いかも。
良い匂いがして顔を上げると、フラーダリーがクレープの皿をテーブルに置く。
「楽しそうだから、手で食べれるようにしておいたからね。夕飯も食べていくだろう?」
もう少しやりたいから、食べて行っても良いかも。
「何かリクエストはある?」
食べたいもの……。
あれ。
昨日、食べた奴。
ビスク。
「わかった。ビスクも作ろうね」
楽しみだ。
喋らなくても、口を動かすとフラーダリーは解ってくれる。
アレクだってそう。
でも、解ってくれるものばかりじゃないから。
早く自分の声で伝えられるようになりたい。
「エル。やるぞ」
カミーユとシャルロが駒の動かし方のページを開いてる。
棋譜の本にも基本は載ってるらしい。
「まずは、駒の動かし方のおさらいだ」
「これは何だ?」
それは、ナイト。
本に書いてあるナイトを指す。
「ナイトか。変な動きをする駒だな。でも、キングを守る騎士って感じだな」
それはキングじゃない。
「なんだって?」
「カミーユ。それはクイーンだ」
「まじか。キングはこっちか」
早く喋れるようになりたい。