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フランチェスカ異聞ー紫の騎士と赤き公爵令嬢ー  作者: 遠野さつき
第1部 フランチェスカの日々
6/49

6話

今回より地の文がエミリオ→エミリアになっています。


【登場人物まとめ】

コリン(NEW)

孤児院の子供。早く大人になりたいお年頃。

 間もなく迎える小麦の収穫に向け、市長や農民頭との打ち合わせに向かうことになった。なにしろ畑が広大なので、人員をどう効率的に配置するか、道具をどれだけ準備するのか、頭から煙が出そうなほど細々としたことを決める必要があるのだ。


「ニコラス様、こちらの書類をお持ちください。着いたらエミリオ様にお渡ししてくださいね」


 ミゲルから羊皮紙の束を受け取り、バラけないよう紐で束ねる。ここ数日、エミリアが寝ないで書き上げた予算表だ。これを元に費用の配分を決めるらしい。


 一仕事終えて一気に疲れが出たのか、エミリアは今、自室で仮眠中である。


 手早く準備を終えたサミュエルに、ミゲルが優し気に目を細める。


「従者の仕事が板についてきましたね」

「そうですか?」


 自分ではわからないが、そうらしい。


 地下室の告白から数日が経ち、秘密を共有する仲として、ミゲルたちとは少し距離が縮んだ気がする。


 特にマリアンナはテオを気に入ったらしく、お菓子で餌付けしている姿を何度か目撃した。それに釣られたテオも、午前中の訓練が終わると進んで彼女の手伝いをするようになっていた。


 今も従者よろしく彼女のそばにぴったりとくっついている。城下に下りるならついでに食料の買い出しに行きたいとマリアンナが言ったからだ。


「馬車の準備ができました」


 御者のトマスが人の良さそうな笑みを浮かべて玄関から入ってきた。そろそろエミリアを起こす時間だ。まだまだ寝足りないだろうが、会議は待ってくれない。


「エミリオ様をお呼びして参ります」


 ミゲルに断りを入れ、足早にエミリアの私室に向かう。煮しめた林檎色の扉の前で足を止め、ノックをするが反応がない。


 そっとため息をついて扉を開くと、ソファにかかった掛け布団の下から微かにエミリアの赤毛が見えた。


「エミリオ様、起きてください。馬車の用意ができましたよ」


 しかし、何度声をかけても起きる気配がない。布団を捲ると、エミリアは胎児のように体を丸めて、すやすやと寝入っていた。


 ――警戒心ってもんがないのかよ。


 そのあどけない寝顔を見ていると、気を張っているのが馬鹿らしくなってくる。


「エミリオ様! いい加減、起きてくださいって! みんな待ってますよ!」


 声を張り上げてもエミリアはぴくりとも動かない。叩き起こしたかったが相手は領主である。さすがに実行するわけにはいかない。


 こうなったら仕方がない。サミュエルはソファの背に左手をかけると、エミリアに覆い被さるように体をかがめ、その形の良い耳元に囁いた。


「お嬢様、仕事の時間ですよ」


 お嬢様という単語が効いたのか、ハッと目を覚ましたエミリアが飛び起きた。目の下のクマは少しマシになっていたが、ただでさえ癖っ毛な髪がくしゃくしゃになっている。


「ニコ……その呼び方はやめろと言っただろう。誰が聞いているのかわからないんだぞ」

「大丈夫です。ここには俺たちしかいませんよ」


 二人だけのとき、たまにサミュエルはエミリアをお嬢様と呼んだ。揶揄って溜飲を下げるためである。


「それよりも早く起きてください。市長たちが待ってますよ」


 その言葉で打ち合わせのことを思い出したらしい。エミリアが「しまった」とうめいた。


「まだいけると思って油断した。服はともかく髪が……」

「髪は馬車の中でなんとかしましょう。櫛を用意しています」

「……お前が漉いてくれるのか?」

「そんなわけないでしょう。マリアンナさんにお願いしますよ」


 男の振りをしているとはいえ、無遠慮に女の髪を触るには抵抗がある。それにエミリアもサミュエルに触れられるのは嫌なはずだ。


 しかし、エミリアは顔を伏せ「そうだよな」と悲しそうに呟いた。


 ――なんだよ、その反応。


 一瞬鼻白んだが、今はなにしろ時間がない。


「ほら、わかったら立って。遅刻しては領主の威厳に傷がつきますよ」

「わかったわかった。待ってくれ。今行くから」


 そう言って顔を上げたエミリアは、いつも通りの表情に戻っていた。






 つつがなく打ち合わせを終え、エミリアとサミュエルは市内をぶらぶらと歩いていた。マリアンナとテオは大量の戦利品を倉庫につめ込むため、先に城に戻っている。


「いつも馬車だから新鮮だろ?」

「まあ……そうですね」


 前を行くエミリアの後に続きながら、あたりを見渡す。


 フランチェスカ市は大きな噴水を要する中央広場から放射線状に広い道が伸び、まるで蜘蛛の巣の横糸のように小さな路地が張り巡らされている。一番奥に丘があるという立地のため、どこを歩いていても城を眺めることができ、城下町の風情が感じられた。


 街路を行く人々には活気があり、戦争で疲弊している様子はなかった。それどころかみんなフランチェスカに対する愛が深く、建国から先祖代々この地に住み続けてるというものもざらにいた。


 元々、開拓地で身分制度の意識が薄かったこともあり、領民たちの間には自分たちがフランチェスカを作り上げてきたという自負があるようだ。


 区画は西側に住宅街、東側に職人街、南側に商業街とざっくりと分けられ、一回りすれば大体のものを揃えることができる。辺境の田舎にしては銀行や商工会議所なども建てられており、城壁に囲まれた中に都市の機能がぎゅっとつまっていた。


 今、サミュエルたちがいるところは西側の住宅街にほど近い一画だ。


 エミリアの両手には、商業街で買い込んだ大量の菓子がつめ込まれた紙袋が抱えられている。領主に持たせるなど従者の風上にも置けないが、サミュエルの両腕もすでに塞がれていた。


「着いたぞ」


 足を止めて見上げた先には、クノーブルのマナーハウスと似た二階建ての建物があった。門の向こうに見える庭に転がるおもちゃといい、大量にはためく洗濯物といい、小さな子供たちが住んでいるような印象を受ける。


「エミリオ様!」

「いらっしゃいエミリオ様!」


 窓からエミリアの姿が見えたらしい。色とりどりの服を着た子供たちが、わっと駆け出してきた。みんな口々にエミリアを歓迎し、あっという間に門の向こうへ連れて行ってしまう。一人取り残されたサミュエルを、あぶれた子供たちが遠巻きに眺めていた。


 やれやれ、と小さく首を振りながら門の中に入ると、子供たちの中でもやや年長の少年が近寄ってきた。歳の頃は十代前半ぐらいだろうか。ミゲルと同じ灰色の髪で、瞳は右が灰色、左が金色のオッドアイだった。そのどちらもランベルト王国では珍しい。


「あんた誰だよ。見たことないけど、エミリオ様の家来?」

「家来じゃなくて従者だよ」


 生意気な口を聞くガキだなと心の中で毒づきつつ、表面上は穏やかに答える。


「一緒じゃん。どうせ下っ端なんだろ。騎士さまたちと違ってヒョロそうだし」


 子供は容赦無くコンプレックスを抉ってくる。ロレンツォたちが規格外に筋肉に恵まれているだけで、サミュエルも成人男性としては鍛えている方だった。


「まだチビっ子のお前には言われたくないな」

「なんだと!?」

「間違ってないだろ? 俺の半分ぐらいしかないくせに」


 子供の顔が赤くなった。煽り耐性が弱いところは年相応だ。それを冷静な目で眺めつつも、内心は微笑ましかった。サミュエルがからかうと、弟も同じように顔を赤くして怒っていた。


「何やってるんだお前たち」


 両手に抱えた紙袋を片手にまとめ、頭を撫でようとしたとき、建物の近くで子供たちに囲まれていたエミリアが、こちらに向かって声を上げた。


 その声に我に返り、咄嗟に手のひらを引っ込める。


 ――何やってんだ俺は。


 いずれ出て行く土地なのだ。自分から触れ合おうと思うなんてどうかしている。


「コリン、こっちにおいで。お前の好きなお菓子があるぞ」

「やった! ありがとうエミリオ様!」


 名を呼ばれたコリンが、コロっと表情を変えて駆け出していく。その後ろ姿がまた弟の姿と重なり、胸が疼いた。


 そんなサミュエルを、その場に残った子供たちがじいっと見上げている。純粋で、大人の汚い心の内など知らない瞳だ。少なくとも子供たちに罪はなかった。


「お前たちもこいよ。お菓子たくさんあるからさ」


 紙袋を鳴らして歩き出すと、子どもたちは戸惑いながらも、ちょこちょこと後をついてきた。まるでカルガモの群れのような姿にエミリアが笑う。


 その笑顔は普段装っている領主のものではなく、地下室で見せたときと同じ、少女らしい笑顔だった。


「顔、緩んでますよ。いいんですか、領主らしくしなくて」

「いいんだよ。ここでは飾る必要はない。子どもたちもきっと、私をただのエミリオとして見ている」


 ベンチに座るエミリアの隣に腰かけ、同じようにお菓子を配る。げんきんなもので、お菓子をもらった子どもたちは顔を綻ばせると、ぱあっとあたりに散っていった。


 庭で駆けまわる子供、地面に絵を描いている子供、果ては隅に座ってぼんやりと空を眺めている子供までいて個性も様々だ。年齢層にばらつきがあるが、ここは学校なのだろうか。


「あの、ここって……」

「ここは孤児院なんだ」

「孤児院? では、あの子たちは……」

「そう。ここにいるのはみんな、親を亡くした子供と親に捨てられた子供たちだ。中には双子の片割れもいるだろうな」


 隣国からの亡命者もいるが、多くは流民が捨てた子供たちなのだという。


 定住地を持たないが故に徴税を逃れている流民は、王国内で最下層に位置する身分とされ、双子に次いで差別的な扱いを受けている。そのため、身分制度が比較的緩いフランチェスカは彼らにとって滞在しやすい場所なのだろう。


 おかげで領内の経済が潤う反面、流民にとって都合の悪い子供が捨てられていくという弊害も起きており、その対策に歴代の領主は常に頭を抱えていたそうだ。それは後を継ぐ前からエンリコの仕事を手伝っていたエミリオも同様だったという。


「父上もエミリオも苦労してたよ。取り締まりを強化して子供たちが人知れず殺されてしまったら本末転倒だからな」

「それで孤児院を建てた?」

「そうだ。元々は捨て子の現状に胸を痛めていた母上が考えていたことだった。母上の遺した計画書を読んだ父上がここを建て、エミリオが補佐として仕組みを整えたんだ。エミリオがよくぼやいてたよ。父上は色々雑だって」


 王都にも孤児院は存在するが、そういうものは建てるにも維持していくにも金がかかる。いくら税収が潤っているとはいえ、フランチェスカは田舎の地方都市にすぎない。費用を捻出するのは容易なことではなかっただろう。


 ――家族の共同事業だったわけだ。


 今は残されたエミリアがそれを受け継いでいる。家族の思い出を語るエミリアに、サミュエルは複雑な気持ちになった。


 そばにいるほど、エンリコがどう生きていたのかを聞く機会が増えていく。故郷を焼いた仇の姿と、エミリアが語る父親の姿に齟齬を感じるたび、言いようもない苛立ちが胸を焦がした。


「エゴだと思うか? こんなことをしても一時凌ぎにしかならないって」


 サミュエルが黙り込んでいることに気づいたエミリアが、寂しそうに微笑む。


「でも、生まれてきたからには日の当たる場所を歩く権利がある。良いパンに出会う権利も……」


 そこで言葉を切り、エミリアは遠い目をした。地下での暮らしを思い返しているのかもしれない。ミゲルたちに愛情深く育てられたとはいえ、隠された身であることに変わりはない。エミリオがこの世を去らなかったら、彼女はまだ地下にいたはずだ。


 ミゲルたちの話によると、エンリコはエミリアを殺さなかったものの、積極的に近づこうとはしなかった。成長するに従って、最愛の妻ベアトリーチェに似てきたからだ。その穴は双子の兄であるエミリオが埋めていたが、常に孤独が付きまとっていただろう。


 不憫な身の上の妹のため、双子の入れ替わりを提案したのはエミリオだった。二卵性といえど、二人は思わず見間違うほどよく似ていたので、ミゲルたちもそれに反対はしなかった。


 同じ服を着て、お互いの仕草を真似る。そうして入れ替わったときだけ、エミリアはエンリコと触れ合うことができた。


 その後、お互いが成長しても双子の入れ替わりは続いた。エミリオは小柄で女性的な顔つきだったし、対するエミリアも同世代の少女たちと比べて少し背が高かったので、体の線を隠せば入れ替わってもさほど違和感は感じなかった。今、エミリアがエミリオとして振る舞えているのも、その下地があるからだ。


 エンリコは入れ替わりに気づいていたのだろうか。それはもう、誰にもわからない。


「エミリオ様! ようこそいらっしゃいました」 


 お互い黙ってぼんやりと子供たちを眺めていると、優しそうな笑みを浮かべた老女が近づいてきた。まとめた髪をスカーフで覆い、紺色の質素なワンピースを着ている。腰に巻いたエプロンの裾にフランチェスカの紋章があるところを見ると、この孤児院の院長なのかもしれない。


「エルマ! 元気そうでよかった。間が空いてすまないな。色々とあって」


 顔を綻ばせたエミリアがベンチから立ち上がってエルマの両手を取った。色々の部分を察したらしく、エルマは悲しそうに眉を下げ、気遣わしげな視線を向けた。


「お父様のことは……」

「戦場でのことだ。もう喪も明けた。これからは私が父上の分までここを見守っていくから、どうか心配しないでくれ」


 その言葉にこらえきれなくなったのか、エルマは顔を伏せて嗚咽を漏らした。エミリアは珍しく慌てた様子でエルマのか細く震える背中を撫で、「大丈夫だから」と宥める。


「ニコ、私は少し席を外すから、子供たちを見ていてやってくれないか」


 黙って頷くと、エミリアはエルマの肩を抱いて孤児院の玄関に向かって行った。その様子を子供たちが心配そうに見つめている。中でもコリンはさっきの生意気な態度が嘘のように、不安げな表情を浮かべていた。それに気づいたエミリアが、扉を開ける手を止める。


「コリン! そこのニコという男は護衛騎士なんだ。お前に剣を教えてくれるそうだぞ」

「えっ」

「頼んだぞ」


 言うだけ言って振り返りもせずにさっさと行ってしまった。後に残ったのは戸惑うサミュエルと、興味津々といった表情を浮かべる子供たちだけだ。コリンの突き刺さるような視線が痛い。


「……あんた、本当に護衛騎士なの?」

「一応な。実際は従者の仕事の方が多いよ」


 そろそろと近寄ってきたコリンに正直に答える。


「強い?」

「さあ? お前の言う通り、ヒョロイからな」


 あえて意地悪く返すと、コリンはうぐっと喉をつまらせた。もじもじと指を絡め「悪かったよ……」と呟く。


「え? 聞こえないな」

「悪かったって! 剣! 教えて!」


 また顔を真っ赤にして怒る姿に耐えきれなくて、思わず噴き出した。からかわれたと気づいたコリンが頬を膨らませる。笑みを噛み殺しながらサミュエルは立ち上がった。


「そう膨れるな。教えてやるから」


 宥めるように言って柔らかい髪に触れる。頭を撫でるのに、もう躊躇はしなかった。






 孤児院の庭で、にわか剣術授業が始まった。目の前にはコリンと同じく剣を習いたい子供たちが数人、横一列で並んでいた。それぞれ手には小さな木剣を持っている。中には女の子もいて、可愛らしく一つにまとめた髪の毛を揺らし、真剣な表情でこちらを見つめていた。


「よし、じゃあ始め!」


 サミュエルの号令のもと、子供たちが剣を振り始める。どの子供も一生懸命で微笑ましい。中でもコリンは誰よりも真剣な顔で剣を振るっている。


 だが、体の大きさの割に剣が重いのだろう。肩に無駄な力が入ってしまっている。


 ――姿勢はいいのに、勿体ないな。


 近づくと、コリンは不安げな表情で動きを止めた。


「……なに? 俺、下手?」

「いや、お前案外、筋がいいよ。左手をもっと下で握ってみな」

「下って、このへん?」

「いや、このあたり。その方が適度に力が抜けていい」


 手を添えて導いてやると、コリンは呆けたような顔をしてサミュエルを見上げた。


「どうした?」


 声をかけると、コリンはハッと我に返ったように前を向き、再び剣を振い始めた。髪からのぞく耳が赤い。また怒らせてしまったのだろうか。困ったなと頭を掻いたとき、消え入りそうな小さな声で「ありがとう」と聞こえた。


 なかなか素直なところもあるようだ。髪をくしゃくしゃと撫で、他の子供にも一人一人アドバイスをしてまわる。彼らはサミュエルを教師として認めたらしく、思ったよりも元気な返事がきた。人にものを教えることがあまりないので、少しむず痒い気分になる。


 そうして半刻ほどが過ぎた頃、子供たちは全員地面にへたばっていた。大人でさえ剣を振り続けるのは体力がいる。初めてにしては、まだ保った方だ。


「おい、コリン。大丈夫か?」


 近くにしゃがみ、顔をのぞき込む。人一倍剣を振っていたコリンはもう息も絶え絶えと言った様子だった。


「だから無茶すんなって言ったのに」


 近くで遊んでいた子供たちに人数分の水を持ってこさせ、それぞれにゆっくりと飲ませていく。あっという間に飲み干したコリンは、コップを地面に置くと、ふうっと息をついた。


「もう大丈夫だから、もっと教えてくれよ。俺、早く強くなりたいんだ」

「駄目だ。こういうのは無茶したからって一朝一夕に強くなるもんじゃない。地道な努力が必要なんだよ」


 剣を習い始めた頃、サミュエルもロドリゴに同じことを言われた。結局のところ、日々の積み重ねがものをいうのだ。休み休みやらなければ体が保たないし、腕も痛める。そう説明したのだが、コリンは納得しない様子で「でも……!」と追い縋ってきた。


「なんで、そんなに強くなりたいんだ?」

「それは……」


 コリンは言いにくそうにちらりと玄関を見た。エミリアはエルマを連れて中に入ったっきり、まだ出てくる気配はない。それを確認すると、コリンは決心したように顔を上げ、サミュエルの目をまっすぐに見つめた。


「エミリオ様を守りたいんだ。だから、早く大人になって騎士団に入りたいんだよ」


 それは周りにいる子供たちも同じ気持ちのようだった。めいめい地面に腰を下ろしながら、子供というには強い意志を感じさせる瞳で、コリンとサミュエルの会話を見守っている。


「俺、両目の色が違うだろ。ミケーレでは人と違うとすぐに捨てられるんだ。ずっと隠れて生きてたんだけど、捕まって……。それで川に流されたところを、エンリコ様が拾ってくれた」


 なんと言えばいいのかわからなかった。狼狽えるサミュエルを尻目に、コリンは淡々と言葉を続けていく。


「でも、エンリコ様はもういないから……。エンリコ様の分も、エミリオ様を守るんだ。こいつらも似たような境遇だよ。だから、俺は……俺たちは強くなりたいんだ」


 これ以上、コリンの目を見ていられなかった。彼らが守ろうとするエミリアをサミュエルは殺しにきたのだ。すでに一度毒を盛っている。未遂だったからと自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった。


 ――やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。


 胸の奥がじりじりと痛い。フランチェスカにきて、初めて感じる痛みだった。


「エミリオ様には内緒にしてくれよ。私なんかのために生きるなって言うからさ」


 言うだけ言って照れくさくなったらしい。コリンは頭を掻くと、はにかむように笑った。


 その笑顔はまるで太陽のように眩しくて、サミュエルの暗い目を今にも焼き切ってしまいそうだった。

子供って眩しいですよね。

サミュエルの弟はコリンよりも若くして亡くなりましたが、性格や笑顔が良く似ています。


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