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42話

【登場人物まとめ】

エミリオ

エミリアの双子の兄。領地を心から愛した前フランチェスカ公爵。妹と領民たちの奮闘を見届け、両親の元へ旅立った。

 弔いの鐘が鳴る。


 カタリーナの森の奥深く、歴代のフランチェスカ家が眠る墓地の一角で、黒い服を着た参列者たちが、物憂げな瞳を棺に向けている。


 その中で安らかに眠るのは、色とりどりの花に包まれたエミリオだ。


 彼は口元に穏やかな笑みを湛えたまま、永遠に覚めない夢を見ている。木々の隙間から差し込む穏やかな日差しが、その青ざめた頬を優しく照らしていた。


「エミリア様……」


 黒いベールを被ったエミリアが、ミゲルにうながされ、エミリオに花を手向ける。その唇は強く引き結ばれ、片割れとの永遠の別れを悼んでいた。


 戦争から半年が経ち、季節は春を迎えていた。今年も麦穂はすくすくと育ち、夏の収穫に向けて、日々領民たちが額に汗を流している。


 ドルジェやケルティーナの助けも借り、混乱していた王国内も徐々に落ち着いてきた。王位に就いたダンテは瞬く間に辣腕を発揮し、宣言通り、より良い未来に向けての改革を推し進めている。


 身分を剥奪され、ファウスティナに送られたカルロは、あれから一度も表に姿を現してはいない。まるで憑き物が落ちたように大人しくなり、アレクシウスの補佐をしながら、日々の暮らしを営んでいるという。


 忙しい政務の合間を縫って、ダンテも足繁く通っているらしい。最近では談笑する姿も見られるそうだ。


 カルロに追従した新興貴族たちも、爵位は剥奪されたものの、命を奪われることはなかった。新しい時代に血は流したくないとのダンテの意向である。


 南部への贖罪のため、土地や財産も手放し、ゼロからのスタートとなったが、元々が商売人や農民から成り上がってきたものたちだ。これからは一国民として王国の発展に力を尽くしていくだろう。


 ロドリゴたちに連れ回されたオズワルドは、彼らと過ごすうちに自分を見つめ直したらしく、死神みたいな雰囲気が一変して、本来の姿である臆病で気弱な青年に戻った。


 彼もまた、自分の犯した罪を償うため、今は行商人として各地をまわりながら、その土地の経済の発展に尽くしている。


 つめが甘いところはあれど、十年間、カルロのそばで実務をこなしていたことは事実である。その処理能力を見込んだバルテロが、自身の商会に雇い入れたそうだ。


 バルテロは約束通りエミリアから販路を手に入れ、今や複数の国を股にかける大商人として王国中に名を轟かせている。宰相の職は後進に譲り、自分の得意分野で国に貢献していくと決めたそうだ。


 エミリアに心酔していた伯爵夫人は、フランチェスカが余程気に入ったようで、息子が独り立ちしたら移住すると、しきりに周囲に喧伝している。


 ロドリゴは近衛騎士団に復帰した。南部が落ち着くまでの名代として、ソフィアと共に、ちょくちょく顔を見せにきている。


 戦争前より意気軒昂な様子で、この分だと将来の孫が育つまで十分現役でいられるだろう。アヴァンティーノ傭兵団も変わらず元気にやっているそうだ。


 ソフィアは一人息子が巣立ったことを寂しそうにしていたが、その代わりにエミリアという新しい家族が増え、この寂しさも一時のものだと思うことにしたらしい。今では以前と変わらない様子で、アヴァンティーノを取り仕切っている。


 テオをはじめ、フランチェスカの面々にも変わりはない。


 ミゲルたち側近は、より一層深い愛情をエミリアに注ぎ、ジュリオを筆頭とした領民たちも、新米領主であるサミュエルのことを温かく見守ってくれている。テオも引き続きサミュエルの従者として、相変わらず遠慮のない態度で、主人の世話を焼いている。


 孤児院の子供たちもすくすくと成長し、中でもコリンは一足先に正式な騎士団員となり、職務と鍛錬の日々を送っている。ヴィオラはテュルクと結婚し、フランチェスカの専属の狩人になった。


 ルキウスは実家と和解したようで、たまに訪れるラティウスと楽しそうに話しているところを何度か目撃した。そしてロレンツォは、少しだけサミュエルに優しくなった。


 怒涛の日々が嘘のように、穏やかな日常が訪れていた。カルロへの怒りや憎しみは、徐々に消えつつある。村を焼かれたときの悪夢も見なくなった。それでいいと思う自分もいる。ロドリゴが言ったように、変わらないものなどないのだから。


「……はじめてちょうだい」


 エミリアの合図で棺に蓋がされ、騎士たちの手で墓穴に下ろされていく。


 その隣にはエンリコとベアトリーチェの墓が並び、息子の新しい旅路を優しく見守っているように見えた。


 ――これでようやく、家族でゆっくり眠れるんだな。


 潤む瞳を瞬かせながら、隣に立つエミリアに寄り添う。棺が土に覆われていくにつれ、周りから嗚咽の声が漏れたが、エミリアは泣かなかった。


 エミリオと同じ(はしばみ)色の瞳で、ただじっと、片割れが眠る棺を見つめていた。






 葬儀が終わり、墓地は静けさに包まれていた。その場に佇むのはサミュエルとエミリアだけだ。気を遣って二人きりにしてくれたのだろう。


「風邪を引くよ」


 春とはいえ、まだ風は冷たい。並んだ墓石を見つめるエミリアの肩をそっと抱きしめ、優しくさする。寄り添う体温に身を預けるように、エミリアはサミュエルの肩に己の頭を乗せた。


「……今頃、父上と母上に会ってるかなぁ」

「全力で抱きしめられてるんじゃないか。なんたって、久しぶりだし」

「母上はともかく、父上に全力出されると潰れちゃう。エミリオは細いから」


 くすくすと笑みが漏れる。その顔にはもう、悲しみの色は浮かんでいない。


 誘われるようにベールを捲り上げ、顕になった額に口付けを落とす。少し伸びたサミュエルの髪が触れたのか、エミリアはくすぐったそうに目を細めた。


「なぁ、エミリア。約束を覚えてる?」

「約束? 何だっけ?」

「はぐらかさないでくれよ。婚約式のときに言っただろ」


 肩から手を外し、エミリアの正面に向き合う。言葉とは裏腹に、彼女の瞳は期待に輝いていた。


 その場にひざまずき、懐から小箱を取り出す。今日の日のために用意しておいたものだ。戦後処理に追われて随分と時間がかかってしまったが、ようやく約束を果たすときがきた。


 ――ここが正念場だぞ、俺。


 緊張で湧く生唾を飲み込み、震える手で箱を開ける。


 そこには、紫と赤の宝石があしらわれた指輪が二つ並んで収まっていた。


「エミリア・デッラ・フランチェスカ。俺の大事なお嬢様。フランチェスカに麦穂の輝きがある限り、俺はあなたの騎士だ。惜しみない忠誠と献身を、ここに誓います」


 エミリアが目を大きく見開いた。


 サミュエルの誓い。それはクノーブルで立てた騎士の誓いだった。


 フランチェスカから麦穂の輝きが消えることは決してない。何度季節が移り変わろうとも、未来永劫、サミュエルはエミリアの騎士なのだ。


「これからも、俺はあなたのそばを離れない。エンリコ様たちの分まで、あなたを守ります。だからどうか、俺と結婚してください」

「……はい!」


 涙をあふれさせたエミリアが、サミュエルの腕の中に飛び込んできた。指輪を取り落としそうになって少し慌てる。


「愛してる。愛してるわ、サミュエル」

「俺も愛してるよ、エミリア」


 二人を祝福するように、一陣の風が森の中を走り抜け、木々を揺らしていった。


 燃えるような赤毛がふわりと広がり、サミュエルの視界を埋めていく。


 大きく羽を広げた鳥たちが一斉に飛び立っていく。その向こうには、抜けるような青空がどこまでも広がっていた。

悲劇と逆境を乗り越え、サミュエルたちはフランチェスカと共に、どこまでも続く未来を生きていきます。

最後までお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!


もしよろしければ、おまけ+番外編もお楽しみ頂けますと幸いです。

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