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30話

【登場人物まとめ】

カルロ。ランベルト王国国王。フランチェスカを潰したくてしょうがない。

「フランチェスカ公爵はどこだ?」


 玉座についたカルロは、開口一番にエミリアの所在を問うた。


 ロドリゴの姿が見えないのが気になるのだろう。エミリアはサミュエルにちらりと視線を走らせたが、何も言わず、そのままカルロの前に進み出て床に跪いた。侍女であるサミュエルもそれに続き、腰を落として首を垂れる。


「王国の高貴なる鷲、カルロ陛下にご挨拶申し上げます。私がエンリコの息子、エミリオ・デッラ・フランチェスカでございます。この度は陛下のご尊顔を拝謁する機会をお与えいただき、誠に光栄の至りに存じます」

「顔を上げろ、公爵。堅苦しい挨拶はいらない。何を企んでいる?」

「さて、企みとは? 私には、後を継いだご報告を皆様方に申し上げたい一心のみでございますが」


 許しを得て顔を上げたエミリアが小首を傾げた。背後からは見えないが、きっとにっこり微笑んでいるに違いない。


 カルロは形のいい眉を微かに歪ませ、玉座の肘置きに片肘を乗せて頬杖をついた。エミリアの言葉の真意を探ろうとしているのだろう。その瞳は冷たい光を宿し、エミリアを油断なく見据えていた。


「挨拶? それにしては、いささか遅いように思うが? 半年以上もかかるとは、フランチェスカは王都とは時間の感覚が違うようだな」

「何しろ急なことでしたので、引き継ぎに手間取っている間に地震が起きてしまい、ご挨拶の機会を逸してしまいました。誠に申し訳ございません」

「こちら側の事情を考慮した割に、なぜ強行した? たとえロドリゴでも、三日で全ての準備を整えるのは無茶だとは思わなかったのか?」

「陛下の仰る通り、我がフランチェスカはいささかのんびりとし過ぎているようです。何しろ辺境の田舎なもので、三日あれば大抵の準備は整ってしまうものですから。ロドリゴ卿にはご無理をお願いしてしまい、慚愧の念に堪えません」


 胃が痛くなりそうな応酬が続く。カルロのプレッシャーにも負けず、エミリアは気丈に渡り合っていた。


 しかし、問題はここからである。少しのミスが命取りになる可能性があった。


「アヴァンティーノの後ろ盾は何よりも強い武器になる。なぜ、今まで公表しなかった?」

「母が亡くなってからは疎遠になっておりましたし、私は南部を荒らしたエンリコの息子です。きっとご不快に思われるだろうと躊躇しておりました」

「そうだろうな。たとえ代替わりしたとて、そう簡単に信用できるものか。ここにいるものたちも、皆そう思っているだろう」


 背後で二人の舌戦を見守っていた貴族たちから狼狽える気配がした。


 反戦派はもとより、中立派の主要な貴族たちはすでにエミリアが籠絡済みだ。表立って国王に逆らうことまではできないが、悪役だと断ずるのを戸惑う程度には信用を勝ち得たはずだ。


 エミリアはカルロをまっすぐに見つめ、ふふ、と笑みを漏らして見せた。


「ですが、ロドリゴ卿はその寛大なお心で、不躾にも突然お邪魔した私を受け入れてくださいました。父の罪を子が背負うことはないと。卿自ら名付け親だと公表してくださったのは、私に同情してくださったからに過ぎません」


 カルロの眉がぴくりと跳ねた。暗にカルロが寛大でないと言っていることに気づいたのだろう。


 弱きものに慈悲を与えるのは貴族の義務だ。高潔な精神がなければ人心は離れる。だからカルロはフランチェスカに悪役を押し付けたのだ。


 ロドリゴを賞賛するヒソヒソ声がサミュエルの耳に届く。ただでさえ人から好かれる男だ。フランチェスカ公爵の名付け親になったとて、一度得た信頼はそう簡単に崩せない。


 カルロは小さく笑って頬杖を解くと、椅子に深く座り直して鋭く切り込んできた。


「本当にそうなのか? 私はてっきり、ロドリゴと組んで王都に戦争を仕掛けようとしているのかと思ったが。まだ年若いとはいえ、公爵も王家の血を引くものとして、相応の野心が芽生えてくる頃ではないか?」

「とんでもないことでございます。お集まりの方々には先ほどご説明させていただきましたが、私は父と同じ轍を踏むつもりはありません。それどころか、国王陛下に忠誠を尽くしたいと考えております」

「忠誠? どう示すつもりだ? 自治を持つフランチェスカが?」


 かかった。ここが正念場だ。エミリアの肩に力が入ったのがわかった。


「はい。私は見ての通りの軟弱者で、領主の責務は荷が重いのです。ですので、我がフランチェスカを国王陛下の御手に委ねたく、罷り越した次第にございます」


 周囲がざわめいた。まさか自ら領地を手放すとは思っていなかったのだろう。


 不要な戦争を避けられるのではという期待を込めた眼差しがカルロに集中する。しかし、カルロはエミリアの言葉には答えず、くつくつと肩を揺らし始めた。


 期待を込めた眼差しが、呆気に取られたものに変わる。周囲の戸惑いをものともせず、カルロはこらえきれなくなったように天井を仰ぎ、高らかに笑った。


「そうやって、ロドリゴもたらし込んだのか? さすがエンリコの息子だな」

「……それは、どういうことでしょうか?」

「言葉通りだ。たまにしか来やしないのに、ロドリゴも、父上も母上も、政務を放り出してまでエンリコを出迎えていた。彼らはいつも楽しそうに話をしていたよ。一晩中話をしても、語り足りないようだった。交流が途絶えた後も、ずっと気にかけていたな。生まれたばかりのお前のこともだ。目の前の俺には見向きもせずに」


 一人称が変わった。エミリアを睨み付ける瞳の奥には、激しく燃え盛る嫉妬の炎が揺らめいていた。予期せぬ感情をぶつけられ、さすがのエミリアも声が出ない。


「お前がどう足掻こうが、フランチェスカは潰す。それが悪役に相応しい末路だ。――衛兵!」


 合図と共に、広間の中に騎士たちが流れ込んできた。貴族たちから悲鳴があがる。中には逃げ出そうと試みるものもいたが、すでに退路は絶たれている。


 王都の剣と名高い近衛騎士団だ。あっという間に周囲を囲まれ、サミュエルはエミリアを守るために前に立ちはだかった。


「公爵には然るべき罰を受けてもらう。安心しろ。侍女はフランチェスカに送り返してやろう。抵抗しない方が身のためだぞ」

「とても承服いたしかねます。悪役だと仰いますが、私にどんな罪が? 父は自分の命を持って罪を贖いました。私が二心など持っていないことは、先ほど証明したではありませんか!」

「ロドリゴの息子を殺しただろう?」

「え?」


 背後でエミリアが震える気配がした。もの言いたげな視線が背中に刺さる。しかし、サミュエルが何の反応も示さないのを見て覚悟を決めたのか、深く息を吸い込む音が聞こえた。


「失礼を承知で申し上げますが、私はそのような罪を犯してはいません。ロドリコ卿のご子息を殺したなどと、とんでもない言いがかりです」

「とぼけるな。サリカ人の男がお前の元に向かったはずだ。まさかロドリゴの息子だとは思わなかったか? お前が手土産代わりに持ってきたこの剣が証拠だ」


 カルロは椅子から立ち上がると、脇に控えていた騎士から一振りの剣を受け取り、貴族たちに見せつけるように掲げ持った。


 シャンデリアの光に照らされて、柄頭に埋め込まれたアメジストがキラリと光る。叙任式には他の貴族も出席する慣わしなので、王都にいる貴族ならサミュエルのものだと知っている。


「最近、サミュエルの姿を見たものはいるか? いないはずだ。私がフランチェスカに送り出したんだからな。それでお前は、このままだと自分の身が危ないと気づいたんだろう? だから、一芝居打って王都に潜り込んだんだ。二心がないなんて真っ赤な嘘だ。ロドリゴは意気消沈していたぞ。情けをかけた相手に裏切られてな」


 重苦しい沈黙が広間に降りる。目まぐるしく変わる状況の中、何が本当のことなのか測りかねているのだろう。エミリアとサミュエルに剣を突きつけている騎士たちを含め、誰もが凍りついた表情でその場に立ち尽くしている。


 その中でただ一人、サミュエルは笑った。押し殺した笑みは次第に大きくなり、さざなみのように周囲に広がっていく。さっきカルロに向けられていたのと同じ視線が、今度はサミュエルに集中した。


「とんだ茶番だな。そうまでして、フランチェスカを悪役に仕立てたいのかよ」


 胸元に垂らした髪を掴み、床の上に投げ捨てる。カツラの下から現れた短髪に、サミュエルの面影を感じ取った騎士たちがハッと息を飲んだ。


 さっき死んだと言われたばかりの男が目の前に立っていることに、周囲の貴族たちも目を見開いている。


 見せつけるように、仕込んでいた胸パットを床に投げ捨てると、サミュエルに色目を使っていた男たちが嘆息を漏らした。


「サミュエルは俺だ。当てが外れて残念だったな」


 ロドリゴに嵌められたと気づいたカルロが、唇をわなわなと震わせた。


 美しい顔が歪む様は、予想以上に壮絶だった。王都にいたときは一度も見たことがなかったカルロの狼狽える姿を見つめながら、今すぐ殺してやりたいという衝動を必死に抑える。


「あんたとしちゃあ、俺が殺された方が良かったんだよな。本当はそれを期待して送り込んだんだろ? そうなれば、いくらフランチェスカに肩入れしている親父も目が覚めるからな」

「……お前のしたことは反逆罪に値するぞ。私の命に背き、フランチェスカに与するとは」

「反逆罪か。そうだな。俺は遂行できなかった。あんたの下した、フランチェスカ公爵の暗殺任務を!」


 周囲から「まさか」「そんな」という声が漏れる。暗殺というショッキングな単語に加え、それを貴族、よりによってロドリゴの息子にやらせたという戸惑いも大きいのだろう。


「よくもそんな出鱈目を……」

「87デニス、52アス」

「何?」

「任務を受けたときに、俺があんたから受け取った金だよ。王家の金は全て国の金だ。帳簿を調べれば、同じ金額の使途不明金があるんじゃないか? 正式な命令なら隠す必要はない!」


 旅に出るとき、金にうるさいテオがしっかりと数えていたのだ。こんなことで役に立つとは露ほども思わなかった。だが、いくらでも言い逃れはできる。その前に畳み掛ける必要があった。


 ――その仮面を引き剥がしてやる!


 背中に寄り添うエミリアの体温を感じながら、サミュエルは腹に力を入れた。


「あんたには暗殺なんてお手のものなんだろ? 何しろ、実の親も毒殺したんだからな!」


 サミュエルの告発に、周りから一斉に驚愕の声が上がった。しかし、カルロは表情を変えない。開き直ったか、もしくは証拠がないと高を括っているのか。


 パットがなくなって隙間ができた胸元から、隠し持っていたものを取り出す。


 ハンカチ、布で包んだ小瓶の破片、そして血の染みのある手紙だ。犠牲になっていったものたちのため、他ならぬエミリアを守るため、サミュエルは全身から声を振り絞った。


「このハンカチに見覚えのあるやつもいるんじゃないのか? 亡くなったカロリーナ王妃のものだ。そして、この割れた小瓶に入っていたのは先々代の国王が廃絶した毒薬、レギリスだ。王城で保管されていた最後の一つを持ち出せるのは、カルロしかいない。先王たちの死亡を確認した侍医の告発文もある。城に彼が遺した診断書が残っているはずだ。筆跡鑑定にまわしてみろ。間違いなく一致するぜ」


 さっきとは比べ物にならない動揺が広間を揺るがす。さんざめく喧騒の中心で、サミュエルは四日前のことを思い返した。

ようやく毒薬レギリスについて回収できました。

ちなみに、貨幣単位のデニスは、古代ローマのデナリウス銀貨からとりました。アスはそのままですね。

大体1デニス=1万円。1アス=100円ぐらいの感覚で書いています。

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