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フランチェスカ異聞ー紫の騎士と赤き公爵令嬢ー  作者: 遠野さつき
第1部 フランチェスカの日々
3/49

3話

【登場人物まとめ】

サミュエル

王国の近衛騎士。エミリオの従者となり、懐に潜り込むことに成功する。


テオ

サミュエルの従者。人たらしの能力を十二分に発揮した。


エミリオ

サミュエルの標的。同世代の従者をゲットできて嬉しい。


ミゲル・マッテオ・マリアンナ(NEW)

エミリオの側近トリオ。


ロレンツォ(NEW)

フランチェスカ騎士団の団長。ぽっと出のサミュエルが気に入らない。

 馬車を降りると、一面の小麦畑が広がっていた。


 さすが王国の食糧庫を支えているだけのことはある。畑の中には所々に愛嬌のある顔をしたカカシが立ち、農民と思われる領民たちが、額に汗して畑の世話を焼いていた。


 その向こうには並々と水をたたえた川が流れ、さらに向こうには高く聳え立つ石造りの城壁があった。川に沿って設置されているのは水車小屋だろうか。鮮やかな青と黄色に塗られた屋根が田園風景を彩っている。


「エミリオ様!」

「エミリオ様、おかえりなさい。ルキウスさんも!」


 こちらに気づいた領民たちが、満面の笑顔で腕を振る。にこやかに微笑んだエミリオが、それに手を振り返した。


 ――領民たちに慕われているんだな。


 クノーブルでも感じたが、代替わりしたばかりなのにエミリオの人気は高かった。非道を働いたのはあくまでも父親。そういう割り切りがあるのかもしれない。


 南部に住んでいたとはいえ、サミュエルはフランチェスカのことにあまり詳しくはない。サリカの中でもド田舎の村だったから、頻繁に旅人がくるわけでもなく、全てのことが村の中で完結していたのだ。


 ――まずは敵を知らないと。


 今は猫を被っていても、悪人の息子だ。そばにいればいつか化けの皮が剥がれるはずだ。


 グッと拳を握りしめたとき、エミリオがサミュエルの顔をのぞき込んだ。エミリオの瞳は、相変わらず日の光にキラキラと輝いている。


 この目は苦手だ。なんだか心の底まで見透かされそうな気がする。


「どうした、ニコ? ぼんやりして」

「いえ、思ったより雄大な景色に圧倒されてました」


 適当なことを言って誤魔化すと、エミリオはおかしそうに笑った。


「城を挟んだ北側にも川があるんだ。でも、こっちに比べて幅も広くて流れも急だから、あまり利用してない。周りの土地も羊の放牧地になってる」

「噂には聞いていましたが、本当に川の中にあるのですね」

「そうだ。ミケーレから続く二本の川がフランチェスカを囲むように流れ、下流で合流している。双子川と呼ばれる所以だな。昔からここは川の流れと共に生きてきたんだ」

「増水で飲まれたりはしないのですか」

「森の中に調整池を作って洪水に備えているんだ。フランチェスカの歴史は治水の歴史といってもいいな。川は我々に大きな恵みをもたらすが、一歩間違えばすぐに牙を剥くから」


 いっそ全てを押し流してしまえばいいのに、という言葉は飲み込んだ。


 それにしても、堅牢な城壁といい、川に挟まれた地形といい、実に攻め込みにくい作りをしている。たとえ物量で押し通せたとしても、陥落させるにはなかなか骨が折れそうだ。


「さあ、そろそろ城に向かおう。お前たちを紹介しなくてはな」


 エミリオにうながされるまま、もう一度馬車に乗り込み、緩やかな坂を上っていく。クノーブルと同じく、城は小高い丘の上にあった。城門をくぐった馬車が玄関前の広場で止まる。


 城は盛り土をしてさらに高くなった場所に建てられていて、広場とは石造りの階段で繋がっていた。つまり、本来なら二階の部分が一階になっているということだ。もし攻め込まれても防ぎやすいようにしているのだろう。


「お帰りなさいませ、エミリオ様」


 地位のある使用人らしい初老の男が、腰を折ってエミリオを出迎えた。王国には珍しい灰色の髪と瞳だ。目が悪いのか片目に眼鏡をかけている。その両脇では、両眼鏡をかけた灰色の髪の初老の男と、腰にエプロンをつけた栗毛の中年女性が同様に腰を折っていた。


 エミリオに続いてサミュエルも馬車を降りる。見上げた城は王城とは比べものにならないくらい古くて質素だったが、その分貫禄があった。


 左右には尖塔が建ち、そこから外の城壁に下りられるようになっている。足が棒になるのを覚悟すれば、市内をぐるっと歩いて回れるだろう。


「ただいま、ミゲル。留守中、何か変わったことはなかったか」

「別段ございません。長旅お疲れ様でした。今日はゆっくりとお休みください」

「いや、その前に紹介したいものたちがいる。ニコ、テオ、こっちに来てくれ」


 手招きに応じて、テオと共にエミリオの隣に並ぶ。ミゲルと呼ばれた男は、笑顔を浮かべたまま探るような目つきでこちらを見た。


「新たに雇った護衛騎士兼従者のニコラスと、弓兵隊長のテオだ。こっちの片眼鏡をかけているのが家令のミゲル、両眼鏡をかけているのが城代兼医者のマッテオ、そしてこの栗毛の女性が女中頭兼料理長のマリアンナだ。困ったことがあれば気軽に三人を頼ってくれ。みんなも、これから共に働く仲間として、慣れるまで二人の面倒を見てやってくれ」


 三人は揃って頷き、頭を下げた。よく教育が行き届いているようで、所作に無駄がない。


「早馬で聞いてはおりましたが、本当にお雇いになったのですね」

「剣と弓の腕は確かだ。私がこの目で見た」

「エミリオ様がお決めになったことでしたら、私どもは反対いたしません。ニコラス様、テオ様、これからよろしくお願いいたします」


 ミゲルは歓迎の言葉を口にしたが、相変わらず目は笑っていない。他の二人も同様だ。こちらを信用していないのは明らかだった。


「さて、それでは城の中を案内しよう。そう広くもない。すぐに終わる」

「それでしたら、私がご案内いたします。エミリオ様はお部屋にお戻りください」

「ミゲルには仕事が山ほどあるだろう。マッテオもマリアンナもな。それに二人は恩人だ。私が案内するのが筋じゃないか」


 理路整然とした言葉に、ミゲルは「しかし……」と眉を寄せた。


「そんなに心配するな。大して疲れていない。ほら、行くぞ二人とも。まずは西側からだ」


 ミゲルたちを振り切るように歩き出したエミリオの後について行く。そっと肩越しに振り返ると、彼らは不安げな顔でサミュエルたちを見送っていた。






「西側は大体、来客用の部屋と倉庫だな。主要な場所は東側に集まっている。お前たちがよく行くのは食堂、浴場、それに訓練場といったところか。本が好きなら図書室もあるぞ」


 エミリオの案内に従って城内を巡る。建築当初からの趣きを残した内装は、古いがよく手入れされていた。テオがもの珍しげにキョロキョロと周りを眺めている。北部出身のテオには南部の文化が珍しいのだろう。


「あの、騎士団の宿舎はどちらにありますか?」


 片手をあげたテオが質問する。それはサミュエルも気になっていた。


 入団したからには宿舎で生活するつもりだった。その方が、よりエミリオの近くにいられるからだ。いくら辺境の地方都市とはいえ、城内、もしくは城の近くに建てられているはずだった。


「訓練場の奥にあるが、お前たちの部屋はこの城の二階だ。これから案内する。私の部屋とも近いから、何か用があれば気軽に訪ねてくれ」


 なんという好待遇なのだろう。騎士たちのやっかみが酷くなりそうだが、私室の近くにいられるのは僥倖だった。運はサミュエルに味方しているのかもしれない。


 緋色の絨毯が敷かれた階段を上ると、等間隔に並ぶガラス窓から少し翳った日の光が差し込んでいた。やはり王城に比べると質は落ちるが、十分に採光の役割を果たしている。


「あれは……?」

「ああ、肖像画だよ。母のベアトリーチェと、父のエンリコだ」


 廊下の突き当たりには大きな肖像画が二つ飾られていた。


 右側に描かれているのは、燃えるような赤毛に、理知的な(はしばみ)色の瞳を持つ美しい女性だった。顔立ちや力強い眼差しがエミリオによく似ている。ケルティーナの意匠だろうか、ランベルト王国ではあまり見ない、幾何学模様のドレスを身にまとっている。


「珍しいだろ? 母上の実家に伝わる紋章らしいんだ」

「ご実家の?」

「母上はケルティーナの貴族の出身なんだよ」


 ――はるばるフランチェスカに嫁いできたってわけか。


 感心しながら左側に目を向けると、そこには長い金髪に青い瞳の偉丈夫な男が描かれていた。忘れもしない。十年前、故郷を焼いた仇の姿だ。肖像画の中のエンリコは無愛想な表情で、ただじっと前を見据えていた。


 ――こんな顔をしていたのか。


 サミュエルが見たのは後ろ姿で、兜の面頬を下ろしていたせいで顔までは分からなかった。こうして仇の姿をまじまじと見るのは複雑な気分だ。


 ――ん?


 睨むように肖像画を眺めていると、ふと、どこかで似た姿をした青年を見たような気がした。しかし、どこで見たのか思い出せない。そこら中に王族がごろごろ転がっているわけもないし、カルロでもエンリコでもないとすれば、一体誰だったのだろうか。


 首を傾げていると、エミリオが「どうした?」とサミュエルを見た。その隣で、さっきから黙ったままのテオも伺うような目でこちらを見ている。仇を目にしたサミュエルが暴走しないか心配なのだろう。


「いえ、ちょっと……エミリオ様はお母様に似たのですね」

「そうみたいだ。絵でしか知らないが……」


 エミリオが寂しそうに肖像画を見上げる。ベアトリーチェはエミリオを産んだときに出血多量で亡くなったらしい。


 昨年末には父親であるエンリコも亡くしているから、若いみそらで天涯孤独の身の上になったわけだ。多少同情しなくもないが、それとこれとは話が別だ。


「お前たちの部屋はこっちだ。掃除は自分たちでな。洗濯物はマリアンナに渡してくれ」


 通された自室は広さはないが清潔で、なかなか快適そうだった。床には絨毯が敷かれ、ささやかな机の上に木で作られた小さな羊の置物が乗っていた。


「私の部屋はあそこ。煮しめた林檎みたいな色をした扉だからすぐにわかると思う」

「……領主様のお部屋にしては、俺たちの部屋と変わらない気がしますが」

「父上の部屋を使ってもよかったんだが、さすがにまだな……」


 思い出の残る部屋をそのままにしておきたいのだろう。不本意だが、サミュエルにもその気持ちはよくわかった。


「次は訓練場を案内しよう。東側の奥だ」


 踵を返すエミリオの後に続く。


 訓練場は食堂を抜けた先にあった。よく整備されているが、そんなに広さはない。


 向かって左側の剥き出しの地面の上には木製の人形が立てられており、騎士というには目つきも相貌も悪そうな男たちが威勢よく打ち込みに励んでいた。


 その中には先ほど別れたルキウスの姿もある。帰還して早々に訓練に励むとは頭が下がる。フランチェスカ騎士団は全体的に年齢層が高いが、士気と練度は申し分なかった。


 奥には無骨な石造りの宿舎があり、その鉄扉の前に厳つい顔つきをした赤毛の男が佇んでいた。騎士たちを監視するように見渡しているところをみると、どうやら騎士団長らしい。向かって右側には弓兵隊を新設するという宣言の通り、急拵えの的が見えた。


「ロレンツォ! 新入りを連れてきたぞ!」


 張り上げたエミリオの声に赤毛の男が反応した。小走りに近寄ってきたその体躯は大型の肉食獣のように逞しく、幾多の修羅場をくぐってきたと思わせる目は鷹のように鋭い。その迫力にテオが「ひえっ……」と間の抜けた悲鳴を漏らす。


「こいつらですか。クノーブルでお雇いになった恩人とやらは」

「そうだ。黒髪がニコラス、栗毛がテオ。ミゲルから聞いていると思うが、護衛騎士兼従者と弓兵隊長として雇うことにした。これからよろしくな」


 ロレンツォはそれには答えず、こちらをじろっと睨んだ。


「弓兵隊長はともかく、護衛騎士ならば他にもいるでしょう。なぜ、こんな素性もわからないやつをおそばに置くのですか」

「それはな、この中にいる誰よりもニコが強いからだよ」


 ロレンツォの顔色が変わった。その後ろで様子を伺っていた騎士たちも同様だ。突然放り込まれた爆弾発言にサミュエルは頭を抱えたい気持ちになった。


「ご冗談を。こんな若造が我々よりも強いと?」

「じゃあ試してみるといい」


 そう言うとエミリオは訓練場の隅に立てかけてあった木剣を二本取り、サミュエルとロレンツォに手渡した。


「フランチェスカは実力主義だ。これならお前たちも納得するだろう」


 嫌な展開になった。逃げたくとも騎士たちに取り囲まれ、応じざるを得ない。ロレンツォは全身に殺意をみなぎらせ、木剣を構えた。


 こうなったらやるしかない。木剣を右手に下げ、ロレンツォに対峙する。剣を構えないサミュエルにロレンツォは訝しげな目を向けたが、これがサミュエルの通常スタイルだ。


 雄叫びをあげてロレンツォが切りかかってくる。粗野な見た目の割に基本には忠実だ。もしかしたら元は貴族なのかもしれない。大ぶりの攻撃を避け、空いた胴に向かって木剣を振るう。しかし、即座に反応したロレンツォに打ち返されてしまった。


 衝撃で腕が痛い。あまり長引かせない方がよさそうだ。サミュエルはロレンツォほど体格に恵まれてはいない。やるなら速攻、もしくは不意打ち。技で力をねじ伏せるのがサミュエルの戦い方だった。


 つま先で地面を蹴り、相手の顔に向かって土を巻き上げる。正面から向かってきたせいでもろに食らったらしく、ロレンツォは苦悶のうめきを漏らして片手で顔を覆った。


 その隙を逃さず、右手を打ち払って木剣を叩き落とす。ロレンツォは咄嗟に剣を拾おうとしたが、それよりも早く喉元に切先を突きつけた。


「そこまで! 勝負ありだ」

「ひ、卑怯ではないですか。剣以外を勝負に使うなんて」

「勝ちは勝ちだ。戦場で卑怯だなんだのと言ってられるか?」


 エミリオの正論にロレンツォはぐうの音も出ないようだった。周りの騎士たちからも嘆息が漏れる。


「これでわかったな? ニコは立派な護衛騎士だ。他のみんなもいいな?」


 ロレンツォが唇を噛み締める。その背後から年若の騎士が手をあげて待ったをかけた。手にクロスボウを持っているところをみると、弓兵隊に抜擢されたものらしい。


「ティトゥスか。異論でもあるのか?」

「ニコラスさんについてはないです。でも、そっちの弓兵隊長の腕前はまだ見てない」

「えっ、俺?」


 飛んできた流れ弾にテオは肩をびくっとすくませた。ティトゥスと呼ばれた騎士も自分の上司に当たる男の実力が気になるのだろう。一歩も引く様子はない。


「仕方ないな。テオ、すまないがあの的を射抜いてみてくれないか。距離は……二十でいいか?」

「あ、いいえ。ここからでもいけます」

「ここからって……二倍はあるぞ。的も小さいのに」


 騎士たちがざわめく。テオが本気になれば五十はいける。四十なら余裕といえた。


「大丈夫です。あ、離れててくださいね。危ないので」


 その言葉を合図に、テオを中心にして半円状の人だかりができた。周りは固唾を飲んで見守っているが、テオに気負った様子はない。いつも通りの手つきで淡々と矢をつがえ、こともなげに全ての的の中心を次々と射抜いた。


「すごい……」


 ティトゥスが瞳をキラキラさせてテオを見る。その反応にテオは照れくさそうに頭を掻いた。どうやら部下の気持ちを掴むことに成功したらしい。羨ましいことだ。


「よし、もう十分だろう。二人は間違いなくフランチェスカの戦力になる。みんなも切磋琢磨して腕を磨いて欲しい。テオ、早速だが弓兵隊の教育を頼む。なにしろ急拵えだ。一日でも早く慣らした方がいいだろう」

「し、承知しました」


 戸惑いながらも了承するテオの周りに弓兵隊の面々が集まっていく。弓兵隊は年若の騎士たちで構成されているらしく、ティトゥスを筆頭に尊敬の眼差しを素直に向けていた。


 対してサミュエルはロレンツォを始め、年嵩の騎士たちから憎しみと嫉妬のこもった目で睨み付けられている。テオとはえらい違いだ。


「行くぞ、ニコ。お前にいいものを見せてやる」


 興味はなかったが、この場から離れられるならなんでもよかった。そもそも従者なのでついて行かざるを得ない。


 来た道を戻り、西側の中庭に辿り着くと空はオレンジ色に染まっていた。詰所にいた騎士がこちらに気づいて頭を下げる。それに手を挙げて軽く応えながら、エミリオはそのまま尖塔に上っていく。


「さっきは悪かったな。ロレンツォは母上を追いかけて遥々ケルティーナからここに来たんだ。どうも憧れの人だったらしい。そのせいで私に対して少々過保護でな」


 厳つい見た目に反して中々純粋なところがある。ロレンツォの意外な一面に驚きながら、城壁の上に出て少し歩く。


 城を北として西南の位置に差し掛かったとき、眼下に広がる一面の小麦畑が見えた。まだ緑色の箇所もあるが、夏には収穫を迎えるそこは遮るもののない夕日に照らされ、まるで黄金色の絨毯のように輝いていた。


「すごいな……」


 下で見たときとはまるで違う。こんなに見事な光景は初めてだ。思わず素直な感想を漏らすと、隣のエミリオが嬉しそうに笑った。


「綺麗だろう? 私の一番お気に入りの場所だ。これを見ると、どんな疲れも吹っ飛んでしまう」


 そう言って、エミリオは愛おしそうに目を細めた。暖かな風が彼の赤毛を優しく撫でていく。視界を埋めるのは鮮やかな黄色と燃えるような赤だけだ。


 穏やかな笑みをたたえる横顔を、サミュエルは美しいと感じてしまった。


「なぜ、俺を従者にしたんですか? 護衛騎士だけならともかく」

「言っただろう? ちょうど従者も探していたと」

「この城にはミゲルさんをはじめ、優秀な使用人たちがいるじゃないですか。彼らではいけないんですか?」


 エミリオは一瞬黙った後、サミュエルに顔を向けた。少し困ったような表情だった。


「この城には今、年嵩か年若のものしかいないんだ」


 それには気づいていた。おそらく昨年末の戦争で戦死したか離脱したのだろう。エミリオは一つ小さなため息をつくと、まるで内緒話をするようにあたりを見渡して囁いた。


「笑うなよ……実はな、ずっと同年代の従者が欲しかったんだ」


 まさかそんな回答が返ってくると思わず、面食らう。直後に、自然と笑いが込み上げてきた。遠慮なく声を上げるサミュエルにエミリオがムッとした目を向ける。


「笑うなって言っただろ。年嵩のものたちに囲まれると、いつまでも子供扱いなんだよ。ようやく成人したっていうのに」


 案外子供じみたところもあるらしい。その姿に親近感が湧いたが、相手は仇の息子だと思い直した。


 ――絆されるな。目的を達成するまでは冷静でいろ。


「改めてよろしくな、ニコ」


 怪しまれないよう、差し出された手を握り返す。


 夕焼けに染まるエミリオの手は、とても小さくて温かかった。

フランチェスカは田舎の地方都市で、のんびりとした雰囲気が漂っています。

人口も王都に比べたらはるかに少ないです。

そのため城で働く人間も不足気味で、みんな色々な業務を兼任して働いています。

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