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フランチェスカ異聞ー紫の騎士と赤き公爵令嬢ー  作者: 遠野さつき
第1部 フランチェスカの日々
2/49

2話

今回より登場人物まとめを前書きに記載いたします。


【登場人物まとめ】

サミュエル

国王からエミリオの暗殺任務を受けた近衛騎士。


テオ

サミュエルの従者。緊張感は母親のお腹の中に置いてきた。


エミリオ

サミュエルの標的。こっそりお菓子を買いに出たところを人さらいにあってしまった。


ルキウス(←NEW)

フランチェスカ騎士団副団長。エミリオに撒かれて内心ご立腹。


カルロ

ランベルト王国国王。ロドリゴが乗り込んでくることは予想していた。


ロドリゴ

サミュエルの養父。ランベルト王国騎士団長。勝手に家出した息子が心配でたまらない。

「助けてくれてありがとう。鮮やかな手並みだったな。思わず見惚れてしまったよ」


 マナーハウスの食堂で、サミュエルとテオはエミリオから歓待を受けていた。目の前にはフランチェスカ名物のラム肉のステーキが、ほかほかと美味しそうな湯気をたてている。


 しかし、今は食事をしている気分ではない。


 憎い仇の息子が手の届く範囲にいるのに、何もできないのが歯痒かった。エミリオの後ろに控える青い髪の男が、油断なくこちらを睨んでいるせいだ。


 男はフランチェスカ騎士団の副団長で、視察中の護衛を務めているという。相手の力量がわからないうちは、大人しくしているしかない。


「ルキウス、そう睨むな。落ち着いて食べられないだろう」


 緊張で食が進まないのだと思ったらしい。エミリオが青い髪の男をたしなめた。ルキウスはしかめっつらを浮かべつつも睨むのをやめたが、サミュエルが怪しい動きをしようものなら、一も二もなく飛びかかってくるつもりなのがわかった。


 仕方がないので料理に手をつける。南部の少し甘い味付けが、サミュエルの舌に広がっていく。久しぶりの温かい食事はとても美味しかったが、素直には喜べなかった。


 ――こうして見ると、エンリコには似てないな。


 後ろで一つにまとめた長い赤毛といい、白い肌といい、エミリオは優男という表現がぴったりだった。十八歳の割には小柄だし、サミュエルと二歳しか変わらないとは思えない。


 シャツのボタンを喉元まできっちりと留め、大きめのベストを身につけているせいで余計に華奢に見える。首から下げた赤い石のペンダントも女性的だ。路地裏で抱き止めた感じからすると、男らしい筋肉もさほどついていない。エンリコは金髪で偉丈夫な男だったから、エミリオは母親に似たのだろう。


「ええと……ニコラスとテオだったな」

「はい。二人とも平民なので姓はありません」


 ニコラスはサミュエルの偽名だ。さすがに本名を名乗るわけにはいかないので、弟の名前を借りた。テオはそのままだ。


「助けてくれたお礼がしたい。なんでも言ってくれ」

「……なんでも?」

「ああ、なんでもだ」


 ――これはチャンスじゃないのか?


 懐に潜りこめば、それだけ暗殺の機会が増える。家に戻るのは遅くなるが、これも任務のためだ。心の中で義両親に頭を下げて、サミュエルはエミリオをまっすぐに見つめた。


「俺たちをフランチェスカ騎士団に入れてください」


 エミリオが目を見開き、ルキウスが「ふざけるなよ」と威嚇するように言った。食堂に緊張感が走る中、テオだけはのんびりと料理を食べている。


「ふざけてはいません。もともとフランチェスカに行くつもりだったんです。身分に関係なく雇ってくれると聞いたので。――それとも、サリカ人は駄目ですか?」


 改めて突きつけられると気まずいのだろう。ルキウスがグッと喉を鳴らし、痛みをこらえるような顔でうつむいた。エミリオは目を逸らすことなく、サミュエルをじっと見つめている。


「この見た目でよく誤解されますが、俺が住んでいたのは王都近郊の村です。だから、フランチェスカに対する恨みはありません。お疑いなのはわかりますが――」

「――わかった」


 サミュエルの言葉を遮り、エミリオが息をつく。


「お前たちの腕前はこの目で見た。ちょうど従者も探していたところだ。ニコラス、お前は今日から護衛騎士兼、私の従者になれ。テオは弓兵隊長としてその腕を発揮してくれ。我が騎士団は弓に強くない。弓兵隊を新設するから一から鍛えてやってほしい」

「ありがとうございます。誠心誠意お仕えいたします」


 上々の成果だ。隣のテオも、頭を下げるサミュエルに倣った。


「では、早速だが叙任式をおこなう。ニコラス、テオ、前へ」


 椅子から立ち、同じく立ち上がったエミリオの前に並ぶ。月の光が差し込む食堂は、まるで聖堂のように静謐(せいひつ)な空気に満たされていた。


「剣を」


 腰に下げた剣を抜き、エミリオに差し出す。近衛騎士の叙任式の日にロドリゴからもらったものだ。家に置いていくか迷ったが、どうしても手放せなくて持ってきたのだ。公式な場に出るとき以外は違う剣を使っているので、王都に住む貴族でもない限り、正体には気づかないはずだ。


 エミリオが剣をかざしたとき、柄頭に埋め込んだアメジストが燭台の明かりに反射して光った。その輝きにエミリオが息を飲む。アメジストには幾何学模様が刻みこまれ、繊細な金の縁取りが施されている。義母のソフィアがお守り代わりにくれたもので、もともとは大切な親友から譲り受けたものらしい。


 エミリオは見惚れるようにアメジストを見つめていたが、やがて剣の切先をサミュエルたちに向けた。騎士の誓いが始まるのだ。


 ――懐かしいな。


 昔を思い出しながらうやうやしく地面にひざまずくと、テオも戸惑いながらそれに続いた。


「エミリオ・デッラ・フランチェスカの名において、ニコラスとテオの入団を許可する。フランチェスカに麦穂の輝きがある限り、貴君らはフランチェスカの騎士だ。惜しみない忠誠と献身をここに誓え」

「誓います」

「俺も誓います」


 剣の腹で肩を軽く叩かれ、誓いの儀式はつつがなく終了した。


「そんなに簡単に叙任してよろしいんですか」

「フランチェスカを守る気持ちがあれば誰だって騎士だ」


 渋るルキウスに、エミリオは笑った。その屈託のない笑顔は年相応のあどけないものだった。


「これからよろしくな。ニコ、テオ」


 愛称で呼ばれ、胸の中に痛みが走る。記憶の中の弟の姿が、微かに揺らいだ気がした。






 ――あの馬鹿息子が!


 足音を立てて歩くロドリゴから逃げるように、文官たちが廊下の隅に身を避けた。熊のような体格から発せられる殺気にあてられたのだろう。彼らの顔は一様に青ざめている。


 無造作に伸ばした黒髪を掻きむしり、ロドリゴは怒りに染まった赤い目を廊下の先に向けた。向かう先はカルロの執務室だ。アポも取らずに無作法なのは承知の上だが、どうしても確認したいことがあった。


 息子のサミュエルが家を出てから二週間が経っていた。王城から戻ったあと、自室にふざけた書き置きを残し、従者のテオを連れて行方をくらましたのだ。


 妻のソフィアをはじめ、アヴァンティーノ邸は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。なにしろ血の繋がっていない息子だ。夜も日も明けずに愛情を注いだとはいえ、繋ぎ止められるものは何もない。家に嫌気が差したのではないかと泣くソフィアを宥めつつ、傭兵団の力を使って、家を出てからのサミュエルの足取りを根気よく辿った。


 時間はかかったが、結果としてフランチェスカに向かったということがわかった。テオの入れ知恵か、王都ではなく近隣の町から馬車に乗ったようだが、サミュエルによく似たサリカ人の男を覚えていたものがいたのだ。


 ――だが、なんで今さら。


 エンリコの死に動揺していたことには気づいていた。村を焼かれた憎しみがまだ残っていることにも。しかし戦争は終わり、南部は平和を取り戻した。あれから五ヶ月が経って、サミュエルの心の傷も、少しずつ癒えているものだと思っていたのに。


 音を立てて執務室の扉を開く。衛兵に連行されても仕方のない暴挙だが、ロドリゴにとって、カルロは生まれたときからそばにいる、もう一人の息子のようなものだった。


「どうしたロドリゴ。騒々しいな」


 いつものように、カルロは机で羽ペンを走らせていた。隣には側近のオズワルドが影のように控えている。パッとしない家柄の次男坊だが、何をどう気に入られたのか、即位の後から取り立てられたやつだ。頬がこけているせいか、カルロより年下のはずなのに、やたら老け込んでみえる。文官の割に、顔の中心には武官顔負けの痛々しい傷跡が斜めに走っていて、オズワルドの不気味さを際立たせていた。


「これはどういうことだ」

「どう、とは?」


 机に叩きつけた書き置きをのぞきこんだカルロが、とぼけた様子で首をかしげた。肩で切り揃えた金髪がさらりと揺れる。


「サミュエルだっていい歳だ。親に黙って旅に出たくなることぐらいあるだろう。書き置きを残すだけ可愛いじゃないか」

「行き先も書かずにか? 俺はともかく、ソフィアを心配させるようなことをするやつじゃねぇ。旅に出たのは王城から戻った直後だ。お前がそそのかしたんだろ? あいつに何を言った?」

「別に特別なことは。ただ、エンリコの息子が後を継いだと教えてやっただけだ」


 全身が(あわ)立った。あまり知られていないことをいいことに、サミュエルにはエミリオの存在を明かしてはいなかった。エンリコの死に続いて、心を乱させたくなかったからだ。


 せめて冷静に受け止められるようになるまではと、周囲に口止めまでしていたのに。


「何でだ? 何でそんなことを言った? サミュエルの過去を、お前は知ってるだろうが!」


 カルロの薄い唇が弧を描いた。


「なぜだと思う?」


 いつもと同じ、人を試すような笑みだ。幼い頃はそうじゃなかったのに、即位したあたりからカルロは変わってしまった。髪を伸ばしていると思えば急に切ったり、切ったと思えばまた伸ばしたりと、気まぐれな自分を装っている節もあり、いまいち行動が読めない。今回のことも大した意味はなく、サミュエルやロドリゴを振り回して楽しんでいるだけなのかもしれない。


 しかし、その宝石のような青い目に、一瞬仄暗い影がよぎったことをロドリゴは見逃さなかった。


 ――こいつは、サミュエルにエミリオを暗殺させるつもりだ。


「ふざけるなよ。俺の息子を利用しやがって!」

「利用? 人聞きが悪いな。私は誉れ高い騎士団長の息子殿を重用しただけだ。この王国の平和のために、悪の芽を刈り取る必要があるからな」

「何が悪の芽だ。エミリオも同じ過ちを繰り返すと決まったわけじゃねぇだろうが。お前の言うことは暴論なんだよ」


 ふ、とカルロが息を漏らす。ロドリゴの言葉を予想していたかのような嫌な笑い方だった。


「それで南部が納得すると思うか? 自分たちの土地を滅茶苦茶にしたフランチェスカを、野放しにしておけるとでも?」

「フランチェスカに罪はねぇだろ! 領主の罪は領主のもんだ。戦争を仕掛けたエンリコは死んだ。その罪は命によって贖われている。これ以上犠牲を増やすような真似はするな!」

「必死だな、ロドリゴ。その怒りは息子への愛情のためか? それとも失われた思い出のためか? サミュエルはどう思うんだろうな。お前の過去を知ったら」


 痛いところを突かれて、グッと唇を噛む。サミュエルの顔が歪む様が脳裏に浮かび、胸がえぐられるような心地がする。


 何も言えなくなったロドリゴにカルロは満足そうな笑みを浮かべ、椅子に深く体を預けた。


「まあ心配するな。そのうち手柄を立てて帰ってくるだろう。息子が可愛いのなら大人しく帰りを待つことだな。下手に騒いで、サミュエルの正体がエミリオの耳に届いたら困るだろう?」

「……撤回するつもりはないんだな」

「ない。お前が何を言おうとも、フランチェスカは南部を荒らした悪役だ。次は王領にも手を出すかもしれない。その可能性がある限り、国王として放っておくわけにはいかないな」

「……そうか。よくわかった」


 これ以上押し問答をしていても仕方がない。唸るように声を絞り出し、ロドリゴは執務室を飛び出した。あまりの激しさに扉の蝶番が軋んだが、気にしている場合ではない。頭の中はサミュエルをどう連れ戻そうかということでいっぱいだった。


「息子ね……血の繋がりもないのに殊勝なことだ」


 去り際に聞こえたカルロの声が、いつまでもロドリゴの耳に残った。

騎士といえば叙任式ですよね。

サミュエルが王都で受けたときは、もっと厳かでした。


サミュエルの養父のロドリゴですが、彼はサミュエルの憎しみがここまで深いとは思っていませんでした。

彼自身はあまり後に引き摺らないタイプです。

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