第33話『いいから力を貸せ、絶』
いや暗すぎだろ。
午後十九時、またこの場所へ来てしまった。
屋敷を敷居で囲まれた工事現場。
ついさっきまでこれ以上の豪邸を目の当たりにしていたから、最初に来た時よりどこかこじんまりとしているように感じる。
幸い、街灯と夜空の灯りが照らしてくれているからまだ良い方か。
それと、目の前に四体。
光源というにはあまりにも薄すぎる光ではあるが、白霊体は光を放っている。
辺りを照らすというよりは、明かりが浮いているような感じだけど。
さあ、始めますか。
一人一人話を聞くと、どうやら彼らは人生の最後をホームレスとして生き、そのまま息を引きとってしまったようだ。
だから、せめて最後ぐらいは雨風を怯えずに済む場所で安らかに……とのこと。
こういう仕事をしていると、その人達が生きた人生を知り、その人の苦労を感じ取れる。
今でも慣れたつもりでいたが、やはり心が痛い。
ならば、いっそのこと宮家や他の祓魔師のように、強制的な祓いをしてしまえばいい、と言われるだろう。
でも違うんだ、それじゃダメなんだ。
僕は彼らが生きた道を、想いを蔑ろにしたくない。
確かに生きた時間を、最後の最後まで尊重したいんだ。
後ろ指を指されてお人好しと揶揄されようと。
前回同様、入り口まで案内して外で待つ。
こうして待っていると、祓魔師というよりはルームツアーの案内人か不動産の仕事をしているみたいだ。
何を呑気なことを言っているんだ、と言われそうだけれど、実際やっていることはそんなところだし、そんな余計なことを考えていられるぐらいにはこの待機時間にやれることがない。
玄関の目の前にある、座るには少し小さい石の座り方をマスターしてしまった。
それにしても前回は屋敷内を見て回るだけだったからか早かったな。
しかし今回は少しだけ長い気がする。
スマホの画面を点けると、既に二十分は経過。
さっきの考察から来る複雑な感情のせいか、ずっと拳を握ったり開いたりを繰り返している。
ここまで静けさが目立つと、また考えてしまう。
もしも、大切な家族……唯一の家族である妹が、もしも死に至る病を患ってしまったとして、それが祓魔師である僕になら救えるとして。
だけど、その救うっていうのはどういうことなんだ。
自分のこの手で、殺めるということなのか? それとも、本当に病だけを滅することができるのか?
僕は一度、唯一の家族だった師匠を目の前で亡くしている。
この痛みを知っていて、本当にそれができるのか……? 伊地の大切な唯一を奪えるのか……?
視線を下げて考えていると、異変に気づく。
「何の音だ」
つい言葉にしてしまうほどには、耳馴染みのない音が聞こえてくる。
ミシ、ミシミシ、バキバキバキ、木が折れるような砕けるような。
「嘘だろ」
それら音は次第に大きくなっていき、屋敷を突き破って音の正体が姿を現す。
――廃霊体。それもその数、二人。
「ふざけんなよ」
こんな状況で啖呵を切ったところで何が解決するわけではない。
だが、そうでもしないと今すぐにこの場から逃げ出してしまいそうだ。
『これは随分と暇とは程遠い状況になってしまったの』
『まったくその通りだ』
『じゃがどうする。このまま正面から行ったとて、あまりにも足場が不安定じゃぞ』
『それだけじゃない。残る白霊体はまだ家の中に居る。下手に手出しはできない』
白霊体は、今を生きる人間に対しては攻撃的な面があるのに対し、同類だからなのか白霊体への干渉はみられない。
だが、廃霊体が暴れた結果、白霊体への影響はあるみたいだが。
しかも、どっちにしても前回の苦汁を舐めた経験を忘れたわけではない。
前回と今回の違いがあるとすれば、自分には物凄い守るための『気』を扱えるというのと、絶の超再生がある。
その他にも絶は能力を授けられる胸を語っていたが……今の僕にはそれを了承するわけにはいかない。
『なあ絶、その再生ってのはどれぐらい早くできるんだ』
『明確な指標があるわけではない。じゃが、物語に描かれているような感じにはなると思うがの。じゃが……』
『どうした』
『普通の人間が怪異の能力を行使するというのは、どういう反動があるかわからぬ。"使う"のと"使い続ける"というのは、明らかに違うのじゃから』
今更ではあるが、そういう可能性もあるのか。
確かに、契約をしたとはいえ、僕は人間の生身であり、祓魔師としての能力もかなり低い。
そんな状況で怪異の力を借り続ければ、どうなってしまうんだろうな。
もしかしたら僕自身が怪異……吸血鬼にでもなってしまうのだろうか。
どっちにしても、僕は能力も脳力も足りない。
だったら、今は目の前の人を祓うだけだ。
覚悟を秘めると同時に、宮家の言葉を思い出す。
駆け出し祓魔師の死者数。
確かにな。こんなイレギュラーを前に、普通は生き残るなんて不可能だ。
僕だって、もしかしたら、絶との契約がなかったのなら……たぶん、数日前に命を落としていたに違いない。
「なるほどな、ははっ」
渇いた笑いも漏れ出してしまう。
動きを止めていた廃霊体が、ジリジリと屋敷を崩しながらこちらへ近づいてくる。
ここでは分が悪い、ここよりはマシな庭の方へ向かうか。
僕は彼らに背を向けて駆け出す。
――ここら辺で良いか。
見晴らしも良く、足場に不便を感じることはない。
大立ち回りをしたところで問題無さそうだ。
じゃあ、準備だ――両手を合わせ、自身に集中。
すぐに両手が光り出し、準備は完了。
二人の廃霊体はゆっくりとしかし確実にこちらへ足を進める。
『なあ絶。そういえば、再生や治癒できるのは、僕の体だけなのか?』
『ほほう、それは妾も思いつかなんだ。主様が使う、『気』とやらを対象にできるのかということじゃな?』
『察しが良いな、そういうことだ』
『普通だったらできないじゃろうが、主様と妾なら、たぶんできるはず』
『じゃあ、逆に増幅させるってのもできるんじゃないか』
『それは天才的発想ではあるが……』
『まずはやってみようぜ』
『そう……じゃな』
もしも廃霊体が走れたら、こんな悠長に話してはいられなかったな。
『じゃあまずは、受け止められるか』
僕も小走りに駆け出す。
廃霊体の眼前まで駈け寄り、両手を突き出し、光を向ける。
標的である僕を前に、廃霊体は声もなく躊躇うこともなく、その巨腕を僕に振り下ろした。
「ぐっ」
結果、受け止められた。
が、そんな安直なものではない。
重力が一気に数倍にもなったかのような圧は、踏ん張っていなければそのまま押し潰されていたはずだ。
「これなら、いけるか」
まだ絶の力は必要ない。
そう判断を下し、止まった腕の下を潜るように駆け、足元に。
二度目だが、やはり人間の脚とそう大差無いかたちをしている。してはいるのだが、その大きさが自分の脚とは比べられないほど大きい。
呑気に感想を述べている場合じゃないぞ。
若干痺れの残る左手から、光を打ち込む。
次に右手のひら。
音なんてない、言い表せられる感触なんてない、まるで宙へ触れているような。
少し笑える光景かも知れない、こんなひ弱な体でお相撲さんのような平手打ちを行っているのだから。
両手を三往復したところで、廃霊体の一人が光の粒となってこの世から旅立って行った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
二つの意味で『気』を緩めてはいけない。
次の廃霊体が今の攻防中に、既に目の前まで迫っている。
『絶、頼む』
『うむ』
すぐに体の疲労感や腕の痺れが、さっきまでが嘘だったかのように消えていく。
手のひらをチラ見すると、『気』の方までも元通り。
僕の相方の力っていうのは本当に凄いんだな。
『絶、ありがとう』
『任せておけ』
『たぶん次は無理をする。その分も頼むぞ』
『……うむ……』
その、言いたい事を飲んでくれた感じの返事、皆まで言わなくてもわかる。
でも僕は僕にできることを精一杯やるしかないんだ。
じゃあ、前へ。
距離がそこまであるわけじゃないけど、走る。想像以上に脚が軽い。体も軽い、腕も軽い。
こんな時に柄にもなく考えてしまう。
沢山ある物語の主人公達なら、もっと上手くやってみせるんだろうな、と。
でも僕は。
「んぐっ」
両手を突き出して、再び巨腕を受け止める。
僕は不器用で能も脳もない。
「んぐあっ!」
馬鹿の一つ覚えと言われればそこまでだ。
重い、重すぎる。
だけど忘れるな。
これは生前の彼らが抱いた想いだ。
「んがあ!」
今度は巨腕を払い除けた。
やる必要があったのかと言われると、ないのかもしれない。
だが、こういう時ぐらいにしか力を試せないのであれば、無鉄砲だとしてもやる。
まあ、冗談じゃないぐらい全身に反動が来やがった。
『絶、頼む』
『う、うむ』
『心配するな。僕はまだ大丈夫だ』
『……』
返答はなかった。
それもそうか。
「お前の想いを僕にぶつけろ!」
後でお仕置きでも説教でも、なんでもくらってやるさ。
僕の声に反応したのか、廃霊体の動きが少しだけ早くなった気がした。
足の動き、腕の動き、そのどれもが。
ああやっぱり、ちゃんと伝わってるんじゃないか。
「いいぜ、僕はどこにも逃げないからな。ちゃんと、受け止めてやるさ」
たった一歩。たった一歩の踏み込みで距離を詰め、巨腕が降り注いできた。
無理だ。流石にこれは防げない。
そう思った僕は、防御ではなく捨て身の回避を選択。
かっこよく避けられれば良いんだが、不格好に左へ跳び、体をゴロンゴロンと着地させる。
「コホッ、コホッ。痛ってえ」
跳んだ直後、背後から爆風と勘違いしてしまうほどの衝撃波が背中を押した。
そんな勢いも加算されたせいで、僕は壊れたおもちゃみたいに転がり、横たわっている。
『主様、早く立ち上がれ!』
絶の判断は、的確なものだった。
僕はすぐさま体を起こし、もう一度廃霊体から遠ざかるように体を投げる。
再び同じ状況になるが、体が言うことをきかない。
『絶、頼む』
『……』
返事はなかったが、すぐに体は元通りになった。
自分から催促しておきながら、さながら不死身な吸血鬼じゃないか。
人間離れするのを杞憂していたが、おかしなものだ。
あの日あの時、絶と契約した時に、僕は既に人間からかけ離れた存在になってしまったのかもしれないな。
さて、まだ終わっていない。
可能な限り素早く立ち上がる。
当然、奮い立っているだろう廃霊体は目の前。
「じゃあ、思い残すことが無いように全力で来てくれよ」
尚も相手に塩を送る。
さらに加速した気のする廃霊体はもはやなりふり構わないタックルの構え。猪突猛進の攻撃。
大股すぎる足幅は後一歩で僕と激突する。回避は不可能。
なら。
「良いぜ」
『絶、ありったけだ』
『じゃが……』
『いいから力を貸せ、絶』
僕の両手と廃霊体のタックルがぶつかり合ったのはすぐだった。
あまりの勢いに、僕は地面の土をえぐりながら後方まで押し込まれる。
通常だったら、腕と足は折れているところだが、僕は一人じゃない。
工事用の敷居まで後数センチのところで勢いは止まり、僕の光に触れ続けていた廃霊体は、天へと向かって行った。
「お、終わった……」
『主様、完全燃焼のところすまないが……悪い知らせじゃ』
『これ以上の悪いことが……お……き……』
僕は言葉を失った。
こんなに疲弊しているというのに、目の前の光景に息が詰まる。
戦闘に集中し過ぎていたのか、その音にまったく気づけなかった。
視線の先にあるはずの屋敷は半壊状態だったはずが、いつの間にか全壊している。
誰がやったのか、そんなものは目を開いていればわかってしまう。
それは――二人の廃霊体。
「これは、随分とマズい状況になってきたじゃないか」




