エピソード1:相棒は自分の生徒です!?(6)
私はイスから立ち上がると、靴を脱ぎ、その場に正座をした。
「ちょ、ちょっとメグさん!?」
慌てたのは大山さんである。
瀬和さんと西表さんも目が泳いでいる。
「どうかお願いします。このチャンス、逃したくないんです」
土下座である。
去年パワハラで転勤になった教頭にしこまれた土下座を、こんなところで披露するハメになるとは思わなかったけど。
初めて教頭にこれを強要された時には、悔しさと惨めさで、トイレで泣きはらしたものである。
「や、やめてください。そんなことをされなくても受けますから。選択肢なんてないんです」
西表さんは立ち上がってオロオロするばかりだ。
ふっ……青いな。
前時代的な手段ではあるが、効果は抜群だ。
二度とする気はないけどね。
「さて、話がまとまったところで、行きましょうか」
私の土下座のせいで凍った空気を、大山さんがさらりと流した。
メンタル強いねこの人。
「行くって、どこにです?」
私の疑問に、大山さんは無言の笑顔で答えた。
ねえ!? どこに連れてかれるのこれ!?
案内されたのは、Vコロの機材がせっちされている地下ホールだった。
直径25メートルの円形舞台と、そこから隔離された別スペースに操作用の機材が2台。
天井はビル3階分くらいの高さがあるだろうか。
都心の一等地にとんでもないスペースを作るものである。
お金持ってるなあ。
私達はと言うと、体にピッタリフィットする黒いスーツを着用していた。
スキューバダイビングのウェットスーツが近いイメージだろう。
体中に私の動きをトレースするための、ピンポン玉のようなものがついている。
そして、円形のルームランナーのようなものの中心に立たされ、丈夫なゴム紐で吊られた。
ふわりと足がつく程度である。
最後に、VRゴーグルとイヤホンを着用だ。
いやこれ、準備だけでえらい大変だよ。
近くに包丁を持った息の荒い男がいても気付けないし、逃げられないだろう。
「それじゃあ始めますね」
「メグさんがんばって!」
瀬和さんの応援は力がでるなあ。
『Vtuberバトルコロシアムへようこそ』
イヤホンから優しい女性の声が聞こえたかと思うと、突然空に放り出された。
いや、見えない地面はある。
あるのだが……これは怖い。
観光地にある高い塔などで、よくガラスの床的なものがあるけれど、アレの百万倍は怖い。
完全に現実と区別がつかない。
ご丁寧に顔に風まで感じる。
装置に取り付けられた送風機によるものだろうけど。
『初期設定を行います。両腕を横に開き、静止してください』
アナウンスとともに、マネキン人形がポーズの見本をしてくれる。
おとなしくそれに従うと、視界の端に手が映った。
私の動きにぴったり連動している。
といっても、私の見た目もやっぱりマネキンだ。
『Vコロサーバーからデータを取得中です』
なにそれ!?
一体なにが保存されてるサーバー!?
『配信中の言動や、SNSの活動等から、あなたにぴったりのバトルコロシアム用衣装と武器を生成します』
怖ぁっ!
普段から情報収集されてるってコト!?
『ビジュアルの生成が完了しました。反映します』
突如、私の体が輝いた。
思わず閉じた目をそーっと開くと、目の前に全身が映る姿見が出現していた。
「おお……かわいい……」
そこに映るのは、見慣れたメグ=ブライトマンの体。服は、胸や肩を大きく出した白のミニスカワンピ、そして魔女っぽい白の三角帽だ。
ふだん配信でつかっている衣装に近いイメージながら、よりかっこよくアレンジされている。
私はその場でくるっと回ってみた。
せっかく外見は17歳なのだから、こういった攻めた目た目もわくわくする。
体型は自分とまったく同じなので、違和感なく動かせる。
多くの企業所属Vtuberが、アバターをリアルと近いものにする理由がこれだ。
普段の配信なら問題ないが、3Dになるととたんに困る。
よくあるのが、胸を盛りまくったせいで、自分の腕が胸を貫通する現象である。
人間、急には普段と違う動きはできないものである。
某Vtuberはその現象をさけるために、3D配信のときだけ、胸にパットを詰め込みまくっていた。
涙ぐましい努力である。
続いて、ブロックノイズのようなデジタルエフェクトと共に、杖が現れた。
『それがあなたの武器、血染めの狐です』
1メートルほどの杖は、メタリックなピンクの柄の先に、真っ赤な宝玉が浮いている。
どういう理屈なのか一瞬考えるが、ここは仮想空間なのだと思い出す。
「なんか……ぶっそうな名前ね……」
『あなたにぴったりかと』
「どういう意味!?」
人をサイコパスみたいに言わないで欲しい。
殴り合いのケンカすらしたことないよ!
「でも杖かぁ……」
剣とかの方が、攻撃には適してそうだけども。
魔法は後衛ってイメージかあるから、ソロやタッグでどれくらい機能するんだろう。
手応え感じにくそうだしなあ。
『剣で相手を切り刻めなくて残念ですか?』
「そんなこと思ってないよ!」
『取得データをパラメーターに変換しました』
今度は、空中に半透明のウィンドウが出現し、私のステータスパラメーターが表示された。
HP :1200
SP : 240
ATK: 110
スペシャルスキル:魔法創作
前回の大会に出ていたVtuberに比べてやっぱり低い……。
そりゃあ、業界一軍と比べればしかたないことだけども。
「このスペシャルスキルっていうのが、必殺技よね。どういう効果なの?」
『魔法を使えます』
漠然としてるなあ。
「ええと……どんな?」
『あなたの考えた魔法です』
「え!? なんでも好きなことができるの!?」
もしかして、超当たりスキルかな!?
『はい、なんでもできます』
公式チートきたあ!
「いやでも……世の中そんな上手い話なんてないよね?」
『考えた魔法が発動するかは、あなたがどのていど「できて当たり前と認識できるか」「現実の物理法則にどれほど外れているか」によります。そして、難易度の高いものほど、多くのSPを消費します』
まあそうだよね。
とはいえこれは、悪くないスキルだよ!
『チュートリアルはここまでです。それでは良きバトルを』
アナウンスとともに、周囲の景色がかすみ、私は円形の闘技場に立っていた。
現実世界である。
正確には、現実世界をVRゴーグルを通して見ていることになる。
スポットライトが下りる中、自分の手足を見ると、見慣れたメグの手足、そして先程もらった衣装だ。
目の前にぷかぷか浮かぶ杖を手に取り、準備完了。
おおー、いつも事務所で使ってる3D配信用のシステムと違って、全然遅延を感じないよ。
それとたしかこの空間って、円形舞台を透明な壁でドーム状に覆って、そこをなんとか粒子みたいなので満たしてアバターを作ってるんだよね。
実際に質量を持つアバターだから、バトルに迫力が出るとかなんとか。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
続きもお楽しみに!
本日は夕方にもう1話投稿します。
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