エピソード1:相棒は自分の生徒です!?(2)
◇ ◆ ◇
どんなに嫌なことがあっても、配信に夢中になりすぎて眠くなっても、授業は襲いかかってくる。
とはいえ、授業自体はそれほど嫌いではないのだ。
現代国語なんて初めから聞く気のない生徒も多いけどね。
今はとある小説について、グループで考察をしてもらっている。
議論が始まって5分もしない時だった。
「きもっ! 自分もVtuberやれば、憧れのアイドルと共演できるかもとか、そんなわけないだろ」
そんな声を上げたのは、クラスでも陽キャグループのトップにいる男子、西園寺君だ。
ぶっちゃけ私の苦手なタイプだが、そうも言っていられない。
「なになに? 何をもめてるの?」
西園寺君と言い合いをしているのは、昨日質問に来た山田君だ。
「うるせえ! 何もしてないやつにバカになんかされたくないんだよ! どんな金持ちだって、自分で考えて挑戦する人には敵わない!」
完全にどこかで聞いたセリフをそのまま叫ぶ山田君である。
「――って、ミーアちゃんも言ってたからな!」
自分でネタ元をバラしていくスタイルらしい。
彼の言うミーアちゃんとは、大人気Vtuberの西表ミーアさんだろう。
地上波のテレビでもたまに見かける、業界屈指の人気を誇るVtuberだ。
私も時々、彼女の配信を見る。
さすが人気があるだけあって、勉強になることが多いのだ。
そうして山田君が懐から取り出したるは、ミーアのラバーストラップ。
どうだかわいいだろうと言わんばかりに見せつける。
あいたたたたた。
せめてあれが、私ことメグ先生のものならかばう気になれたのだが、これはイタい。
「灯里ちゃんも言ってやってよ! こういう時、メグ先生ならバシッと決めてくれるよ!」
続いて懐から取り出したるは、メグ=ブライトマンのラバーストラップ。
ほんとに出した!?
「灯里ちゃんじゃなく、灯里先生ね? メグ先生なら、『課題に戻ってね』って言うと思うけど」
「おっ! メグ先生のこと知ってんの?」
しまった!
自分の名前が出たことに驚いて、つい普通に答えてしまった。
「な、名前だけ聞いたことがあって……」
「企業Vとしてはちょっとマイナーなのに、アンテナ高いね!」
やかましい。
マイナーで悪かったな。
「でもメグ先生のこと、わかってないないよね」
本人を前にしてこのドヤ顔である。
うっかり正体をバラしてやりたい衝動にかられる。
今の職を失いたくはないからやらないけど。
「Vtuberったって、どうせ中身はブスなおばさんなんだろ?」
今時、炎上しそうな発言を軽々こなしていくのは西園寺君だ。
おい、聞き捨てならないよ。
キミがいつもチラチラ見てくるこの胸の持ち主も、Vtuberの中の人なんだが?
「くだらない悪口ね」
そこに口を挟んだのは、クラスでもあまり目立たない女子、墨川深月だった。
耳の下でまとめたおさげが地味かわいい。
感情の起伏がとぼしく、しゃべるときもぼそぼそという感じなので、あまりクラスにもなじめていない。
担任としては、ちょっとした悩みの種である。
そんな彼女が、こういった言い合いに横から口を出すというのは、かなり意外だった。
「あ? どうせ男に媚び売ってる金目当ての頭空っぽな性悪女ばっかだろ」
西園寺君が露骨に不機嫌になった。
目立たない陰キャに反論されて、プライドが傷ついたのだろうか。
「どうせとか言ってるけど、見たことあるのかしら? 証拠もなしに妄想で適当なことばかり言っていると、それこそあなたの言う頭空っぽな女以下なんじゃない?」
ちょっとちょっと、急にキレるじゃん。
授業中なんだけども?
学校行事もこれくらい積極的に参加してくれれば、先生も余計な気を使わなくてすむんだよ?
「てめえ、ケンカ売ってんのか!?」
セリフが昔の不良マンガみたいだ。
一方の墨川さんはキツめの視線を受けてもしれっとしている。
普段は大人しいのに、打たれ強いなあ。
「まあまあ二人とも、ケンカはその辺にしておいて授業の課題に戻りましょう」
「でも先生! ネット上ならともかく、面と向かってこんな人をバカにするような――っ!」
「墨川さんが直接バカにされたわけじゃないでしょ。それと、ネット上でもだめだからね。もちろん西園寺君も言いすぎです。若いうちに色々やっておくのはいいことだと先生は思うよ」
「はい……」
「ちっ……」
ここでとりあえず引き下がってくれるあたり、良い子達ではる。
まったく、かんべんしてよ……。
ほんと気疲ればっかりだよこの仕事。
「はいはいみんな、課題に戻って。それから、西園寺君と墨川さん……それと山田君もあとで生徒指導室ね」
お説教なんてめんどくさいけど、Vtuberネタでこれ以上もめられてもやっかいだ。
表面上だけでも解決してあげないと、こちらの身も危ないだろう。
ちなみにこの後、生徒指導室でももめまくったのは別の話である。
お互いに謝って手打ちにはしたけどね。
とりあえず、Vtuberネタでからかったりキレたりするのは禁止ってことにしておいた。
これで私に火の粉が降ってくることはないだろう。
だよね? たのむよ?
ここまでお読み頂きありがとうございます。
続きもお楽しみに!
本日は夕方にもう1話投稿します。
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