うんこマンの噂
中学までは何もしなくても卒業させてくれたが、高校生になると赤点を取ろうものなら補習を受けさせられ、酷い場合は留年することになる。
そして俺は今、留年の危機にある。数学と国語と化学と物理と地理と歴史と英語で赤点を取ってしまったのだ。平均点は4点。学年でぶっちぎりの最下位だ。
今補習を受けているのだが、いかんせんつまらなすぎる。つまらないと、意識が他のことに向いてしまう。例えばこの腹の痛み。耐えられないほどではなく、楽しいことをしていれば耐えられるような痛みだが、今はとてもつまらないので、お腹痛いうんこしたい以外の言葉は出てこないのだ。
先生が怖いけど、トイレにも行きたい。申し出てみるか。生理現象だから仕方ないよね。
「先生、お腹が痛いのでトイレに行かせてください!」
「分かった、気をつけてな」
まあトイレくらいで怒られないよな。俺はヤンキーでもないし。平均点4点と聞くと誰もが学ランのボタンを留めないヤンキーの姿を想像するだろう。残念、俺はヤンキーを超越したヨンキーなのだ。
トイレに入った俺は絶望した。1つしかない洋式トイレに先客がいたのだ。部活中の生徒はここには来ないし、補習を受けている中でトイレに抜けたのも俺だけだし、一体誰が入っているんだろうか。職員室はあまり近くないが、先生の可能性が高いか。
どうしようか。洋式と和式が1つずつしかないというのは本当に困るな。もしかしたら鍵が半閉めになっていて、中に誰もいない可能性もあるのでは? 物音も聞こえないし、こんなに静かな場所なんだ、呼吸の音くらい聞こえてもいいはずだ。
コンコン
俺はドアをノックした。しかし、返事はなかった。誰もいないのだろうか。こじ開けてみよう。
「ふんっ⋯⋯! ぐっ!」
力いっぱい押したり引いたりしてみたが、開かなかった。これだけやっても開かないということは、やはり中から鍵が閉められているのだろう。
もしかしたら中の人は具合が悪くなって動けないのかもしれない。俺は先生を呼ぶため、急いで教室へ向かった。
「廊下を走るな!」
野球部の顧問の暴鬼教頭だ。めちゃくちゃ怖いのでみんな苦手だと言っている。そうだ、暴鬼にドアを開けてもらおう!
「先生、トイレで誰か具合が悪くなったみたいなんです!」
「なんだと!」
俺は暴鬼を連れてトイレに戻った。洋式の個室に行くと、ドアが開いていた。
「お前がドアをガチャガチャやったから、そいつも出るに出られなかったんじゃないのか?」
確かに、暴鬼の言う通りかもしれない。でも、最初のノックにくらい反応してくれてもよかったのに。
何もなかったことを確認した暴鬼は戻っていった。俺もさっさとうんこして補習戻らないとな。俺はズボンとパンティーを下げ、便座に座った。冷たい。今さっきまで誰かが座っていたとは思えぬほどの冷たさだ。もしかして、本当に誰もいなかったのか⋯⋯? そう思ったその時だった。
バンバンバンバン!
隣の個室で誰かが壁を叩いている。俺は怖くなってうんこを途中で切り上げ、尻も拭かずにパンティーとズボンを履いた。Tバックなのでズボンにもうんこが付いてしまったが、そんなことはどうでもいい、早く出ないと!
バンバンバンバン!
怖いのもそうだが、少し腹が立った。なんでそんなに叩くの? ヤンキーなのか?
俺はチョップを1発お見舞いしてやろうかと思いながら個室を出た。和式の個室を見ると、すでに空室になっていた。流す音も聞こえなかったが⋯⋯個室に入ってうんこをせずに出たというのだろうか。
俺は、和式の便器の形ってスリッパみたいだなぁ。と思いながら便器を覗き込んだ。うんこの姿も、トイレットペーパーの姿もなかった。
「⋯⋯けて⋯⋯い⋯⋯」
どこからか何かが聞こえる。小さな声だが、確実に人の声だろう。
「ち⋯⋯け⋯⋯」
もしや、便器の中から⋯⋯? そんなこと、あるわけがない。あるわけがないのに、俺は便器に耳を近づけていた。
「超痛い⋯⋯超助けて⋯⋯超狭い⋯⋯」
はっきり聞こえた。バカの俺でもこれだけは分かる。便器の中に、助けを求める者がいると!
俺はしゃがみこみ、便器に近づいた。
バッ!
その瞬間、便器から青白い手が出てきた。その手は俺の顔を鷲掴みにした。俺はパニックになった。昔から泥とか汚水とか、汚いものが大の苦手だからだ。便器から出てきた手に顔を鷲掴みされたのだ。正気でいられるほうがおかしい。
俺はその手を振り払い、手洗い場で死ぬほど顔を洗った。ハンドソープを顔に塗りたくり、目に染みるほどゴシゴシと洗った。
「ぐぎぎぎ、ガガガガ」
便器のほうから声が聞こえる。振り向くとそこには、俺と同い年くらいの、見たことのない生徒がいた。
「あははははは」
こちらを見て笑っている。その顔はとても青白く、生気を感じられない。おそらく先程の手の主だろう。ということは、こいつは便器から這い出てきたのか。汚すぎるだろ。
「ボクは、うんこマンだ。噂くらいは聞いたことがあるだろう」
お前、普通に喋れるのかよ。なら最初からそうしろよ。うんこマンという言葉は500回くらい聞いたことがあるが、噂なんて聞いたこともない。
「ボクは5年前、いじめを苦にこの個室で首を吊って自殺した」
自殺騒動があったのは知っている。肛門括約筋が弱く、授業中に何度もトイレに行く生徒がいて、そのことでいじめられていたらしいのだ。なんでもその生徒は和式しか使わないらしく、そのこともいじめの原因だったようだ。そして5年前、ここで自殺した。まさかうんこマンという名前だったとは。つまりこいつは、幽霊ということだ。
「許さない。せっかく和式しか使えない状況にしてやったのに、鬼教官の暴鬼を連れてくるなんて。そのせいで怖くて洋式を開放しちゃったよ」
どうやらこいつは俺が洋式でうんこをしたことを怒っているらしい。それにしても暴鬼は幽霊にも怖がられているのか。
「洋式を使った罪を償え」
うんこマンはゆっくりと俺に近づいてきた。便器から出てきたやつに触られるわけにはいかない。その一心で俺はトイレを飛び出し、1階まで降り、校庭まで全力で走った。
「ははっ! 残念だったね、ボクは生前陸上部だったんだ! 校庭なんてボクの庭だよ、校庭だけにね!」
最初のテンションと違いすぎるだろ。あと、うまい事言ったようで実は同じことを繰り返してるだけだし、なんだこいつ。
「クソオオオオオ!」
叫びながら校庭を逃げ回る俺をうんこマンは余裕の表情で追いかける。みるみるうちに校庭にアンモニア臭が充満していく。最悪だ。
「コラ! なに補習サボってんだ! トイレに行ったんじゃなかったのか!」
俺の叫び声を聞いて気が付いたのか、先生が窓から顔を出して怒っている。
「先生! 助けてください!」
「なにがだ!」
先生っていうのは生徒を守るもんじゃないのか! 薄情なおっさんだ!
「大人にボクの姿は見えないよ! 大人しく捕まりな! 大人だけにね!」
なんて都合のいい幽霊だ! ずるいだろそんな後出しは! もう覚悟を決めるしかないのか⋯⋯!
「先生! この学校にシャワー室はありますか!」
「あるよ!」
確認が済んだ俺は走るのをやめてその場に立ち止まった。
「フッ、ついに諦めたか。ははは」
笑顔で近づいてくるうんこマン。そうだな、これは一種の諦めだ。俺はもう覚悟を決めた。いつでも来やがれ!
「思い知れ!」
うんこマンが俺の首に両手をのばす。俺はその腕を振り払い、ヤツの背後に回り込んだ。
「なに!? 貴様、やるな⋯⋯!」
振り返るうんこマン。
「遅い!」
俺はそう言い、うんこマンの体を空中に蹴り上げた。驚いたような顔で宙を舞ううんこマン。
「勝機! はーっ!」
俺はジャンプして空中でうんこマンに覆い被さる体勢になり、最後の技を繰り出す。
「天翔百裂拳!」
俺の好きな漫画の技だ。ヤンキーを超越した存在のヨンキーである俺は、どんな技でも会得できるのだ。
俺の技を受けたうんこマンは爆発し、肉片が辺りに飛び散った。臭い、臭すぎる⋯⋯! 俺の記憶はここで途切れている。
聞いた話によると、その約30分後、うんこまみれになって倒れていた俺を見つけた暴鬼が救急車を呼び、助けてくれたそうだ。
うんこまみれになったショックで精神が崩壊してしまった俺は、精神病院に入院することになり、それから精神が元に戻ることはなかった。
主人公の精神がおかしくなって終わるホラーが好きなので、こうなりました。
ちなみに力関係はヨンキー>>>ユンキー>作者>そら豆>ヤンキーです。