9話 別動隊
「アディオスはないお……。寄りによって、アディオスて……」
「即興だったんだから仕方ないよっ! 大体、大家さんは『了解 ドール』みたいな事しか喋らなかったくせにっ!」
「いやぁ、久しぶりに屋台の皆と会ったから、人見知りが発動したお」
王都の東門から出た田渕達は、森にジープを隠して話をしていた。主題は、「アディオス」の事では無く、戦況についてで、王都周辺の地形をタブレットで表示させて見ている。
「今出て来た騎士団みたいな人達は北に向かったから、北に敵がいるって事かな?」
田渕が辺りに気を配るが、ここ東門の周辺に魔獣の気配は無かった。
「さっきの魔獣達は、ついはぐれちゃって、北門に行きたかったけど間違って東門に来たとか? 僕も中学の時の修学旅行で、気が付いた時に皆がいなくてさぁ、仕方なく一人で寺を回って…」
「こいつはくせぇ。ゲロ以下のにおいがプンプンするぜ……」
大家がタブレットの画面に向かってそう言うと、田渕の瞳が光る。
「それって、ハニハウ(SF桃色戦士ハニーハウス乙)の、オカミ(新堂美鈴)の決めゼリフだねっ! どうして大家さんがそれを知ってるの?」
「……これはジョジョの名ゼリフだお。そいつがパクってんだお。いやそれより……」
大家はタブレットにある地図の、王都の東門を指さす。
「もし……さっきの魔獣達が、敵の作戦行動だったとしたらどうだお?」
「えっ? ……わざとって事は、えぇっと……、北が敵の本体だと思わせて、そこに守備軍を集める作戦って事になる。今、僕が引っかかったように?」
「そうだお。ショワ少佐なら、こんな手には引っかからないお」
「じゃあ……北門だと見せかけて、またここの東門を攻めて来るとか?」
「いや、狡猾な連邦軍なら、狙うのはここだお」
そう言って、大家は王都の南門を指さした。
「南門? そうか! 更に捻ってくるって事か! おまけに、防衛戦力が集中している北門の真逆で遠いから、守備隊が戻る前に一気に王都深くまで攻め込まれるかも……」
そこまで言った時、田渕は敵の行軍予測ルートをタブレット上でなぞる。すると、ある地点でぴたりと指を止めた。王都の東門を大きく迂回して南門へ進むルート上には……
ドーン
空から鳴り響く音で顔を上げた田渕は、木々の隙間から見える大輪の花火を見た。
「大家さんっ! やっぱりそうだっ!」
「別動隊の足止めをワタシ達でするおっ!」
ジープのエンジンが掛かり、ヘッドライトが点灯した。
暗い森の中を、松明を持って進む一団があった。シルエットは魔獣では無く、人間のようだが、彼らの目は、一様に赤く輝く。
「王、何か浮かない様子ですが、どうなされたのでしょうか?」
村人のような恰好ばかりの一団に、一人だけタキシードにマントを羽織ったような大柄の男がいた。その男は、ふーっと溜息をつく。
「なに、噂の勇者どもだが、思いのほか弱いのだ。あれなら、こんな策を弄さず、北門から悠々と入って王の首を取る事も可能だった」
「魔眼ですね。我々の視覚を自分のものにする上級闇魔法、さすがです。しかし王、あなた様が予言した、王を脅かすかもしれない強者の気配は? 勇者の中にそれらしき者はおらずと?」
「無いな。聖騎士に剣聖、聖女に上級魔導士、何も脅威を感じぬ。我の気のせいだったか。我も五百歳を越え、老いたのかもしれんな」
「不老不死である吸血鬼王がお戯れを……」
周囲の吸血鬼が笑った。王を先頭に、百人を超える吸血鬼の行軍だった。
ブロロロロロ…… キッ
松明よりも強力な二つの光が吸血鬼達を照らしたかと思うと、低い音は止まった。バタンと扉を閉めた二人が、吸血鬼達の前に現れる。
「ぜ……絶対 人間じゃないよね……」
「目が赤くて……牙があるお……。さっきのジョジョの話じゃないけど、これって吸血鬼じゃね?」
「吸血鬼って……ニンニクだっけ? あと、十字架と、日の光?」
「昨今の物語だと、日の光さえも効かない場合が多いお」
二人でこそこそ話し合っている田渕と大家に、王は聞く。
「こんな場所に人間……。お前達も勇者か?」
「いや、そんなっ! 勇者だなんて……。ただのオタです……」
田渕は、会釈のように小さく頭を下げながら答えた。
「オタ? 良く分からんが、人間なら死ね」
王がそう言うと、田渕に一番近かった吸血鬼が襲いかかってきた。吸血鬼は、大きく口を開け、牙を覗かせながら迫って来る。
「うわっ!」
バキッ
田渕が腕で払うと、吸血鬼は瞬き程の間でそばの木の幹に激突した。木の幹に背をつけたまま、ずるずると座り込むように腰を下ろす。
「……何っ? 何だ今のは?」
王は、動かない吸血鬼に目を剥いた。その王の期待に応えようとしてか、一瞬動かなくなった吸血鬼だったが、よろよろと立ち上がって来た。だが、体中の骨が砕けたのか、壊れた人形のようにしか動けない。
「囲め!」
王は指示を出した。吸血鬼の超回復が間に合わない程の攻撃に、脅威を感じたようだった。
田渕の方はと言うと、超回復などよりも、どこかのホラー映画の幽霊のようにカクカクとした動きで近づいて来る敵に怯える。
「うわわわ……。大家さん! 早くニンニクを!」
「いや、ガイグダン全五十話に、ニンニクは出てこなかったお。あと十字架も。だが、これはあるお!」
大家はタブレットからスワイプアウト。すると、田渕達のそばに、大量の木の杭が出現した。ガイグダンに登場した民家、それを囲っていた木の柵の支柱だ。
「木の杭……、そっか! 確かこれを……」
ブンッ
拾い上げた木の杭を田渕は投げた。すると、先ほどのダメージを受けていた吸血鬼の胸の中心に刺さる。その吸血鬼は、糸が切れたかのように、ぐしゃりと地面に伏した。
王は、田渕達を睨みつけながら言う。
「貴様ら! 何故 吸血鬼の殺し方を知っている? 心臓に打ち込むのがオリハルコンやミスリルでは無く、まさかただの木の杭で良いなどと、どうして気が付いたのだっ!」
「い……いやぁ、地球では皆知ってるメジャーな話なんで……」
恐縮する田渕の隣で、大家もうんうんと頷いている。
「殺せ! 一斉にかかれ!」
号令と共に取り囲んでいた吸血鬼が襲い掛かるが、
ビュン ビュン
体の中心に杭を打ち込まれ、吸血鬼は倒れていく。ようやく田渕に辿り着いたとしても、殴られて吹き飛ばされて、ふりだしに戻った。
「先に女をやれ!」
ガァン ガァン
いつの間にか大家の手には拳銃が握られており、それが火を噴いた。吸血鬼は両足を撃ち抜かれて止まった所に、木の杭が飛んでくる。いかに超回復力と怪力があろうとも、まったく近づけない。
しびれを切らした吸血鬼が、地面を蹴って跳躍してきた。しかし、その攻撃を、大家は軽やかに躱す。
「ふん。宇宙未来世紀の技術力を舐めるなお!」
大家と田渕が装着しているショワ少佐のゴーグル仮面には、動く相手の動作予測をする技術が組み込まれている。その割に武器がただの拳銃と、SF世界なのに大して進化していないのは、『ガイグダン』の設定がそうなのだから、突っ込んではいけない。
「大家さんっ! 後ろっ!」
タブレットに一瞬目を遣った隙に、後ろにいた吸血鬼の拳が大家の肩を掠めた。大家は飛ばされて木の幹にぶつかるが、すっくっと立ち上がる。
「宇宙世紀時代のパイロットスーツを舐めるなお!」
大家が黒いスパイ服の下に着こんでいるインナーは、ロボット操縦者が身に付けるインナーで、強い衝撃や重力に強い。結論を言うと、骨折や内臓損傷する程度の圧力でも、「痛っ!」で済む。
大家を吹き飛ばした吸血鬼も木の杭を打ち込まれて倒れた時、王は両手を広げて叫んだ。
「影縛り!」
刹那、田渕や大家の足元から、影のように黒い帯が何本も伸びて来たかと思うと、その先が人間の掌のようになり、田渕と大家の手足や腰、首を掴む。
「永久凍結♪」
ピシッ……
しかし、田渕の口から出た歌のフレーズと共に、全ての黒い手は氷柱の中に閉じ込められた。
「や……闇魔法を凍らせた? いやそれより、奴は近接職では無かったのか? 何故魔法を……?」
王は愕然とした表情で言葉を漏らした。その王の側にいた吸血鬼も、独り言のように言う。
「王と同じく無詠唱魔法ですが、魔法を使う時のため(・・)が一切無かったような……」
その吸血鬼に王が言う。
「飛竜はどうしたっ?」
「王都を攻撃していたはずですが、しばらく見えません。やられたかもしれません……」
「なら銀狼王を呼び戻せ!」
言われた吸血鬼は、そのまま森の中へ消えた。
「貴様らっ! 我の右腕である銀狼王が来れば、一人ずつ…」
バシュンッ ドカーン
何かが空を切る音をさせた後、後方で爆発が起こった。
王が振り返ると、そこにいた複数の吸血鬼が、土煙が舞う中でばらばらになっていた。
「今度は、なんの魔法だ……?」
飛んで来た先を見ると、銀の筒、ロケットランチャーを右肩に乗せ、膝立ち姿の大家がいる。地面に用意されている弾頭を、左手で拾い上げ、ランチャーの先に突っ込む。
バシュンッ ドカーン
また数人の吸血鬼が吹き飛んだ。
「こっ……こいつら……職業は一体 何なのだ? 見た事も無い攻撃を……」
王がはっとして横を見ると、地面を蹴って飛んでくる田渕がいた。田渕は、拳を振り上げる。
「我をそこらの吸血鬼と同じにするなっ! ふんっ!」
王は田渕の拳を、手のひらで受け止めた。すると、王の肩から「バキッ」と音がした。
「こっ……こいつ……うっ!」
田渕は、右拳を掴まれたままだが、すぐさま左拳を王の胸に突き立てた。王の肋骨から「バキバキバキ」と音がする。
「調子に乗って…っ!」
王も空いている右腕を振り上げて攻撃しようとしたのだが、田渕に軸足を高速で蹴り払われ、一瞬で半回転をして側頭部を地面に叩きつけた。今回は首が「ボキッ」と音を出す。
「うごごご……。な……なんだこいつは……」
しかし、王は立ち上がる。やはり他の吸血鬼とは回復力の桁が違うようだった。
「すごいお! 田渕君、格闘技が出来たのかおっ?」
大家の声に、田渕は振り返って答える。
「いやぁ、推しメンじゃないけど、ハニハウ(SF桃色戦士ハニーハウス乙)のブジン(鬼頭舞波)が特技空手でね、古参のお助けメカ(ファン)としては、見ている間に多少は覚えたって言うか……」
バシュンッ
もはや暗号の如きセリフを吐く田渕の側を、飛来物が通り過ぎた。
ドカーン
田渕が振り返ると、王の体の右半分が吹き飛び、王はきりもみ状態で宙を舞っていた。
……しかし、暗闇を舞う王の体は、そのまま闇に溶け込むようにして消えていく。
「あっ! リーダーっぽいのが……どこかへ……?」
とりあえず、田渕達は全ての吸血鬼を倒した。だが、王はそのまま姿を現さなかった。
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