8話 ドールとアニー
グシャッ バキッ
「キャァァァ!」
石のゴーレムによって踏みつぶされた屋台から、女性が逃げ出す。
「なんだっ! どうなってんだ! なんでこんなとこにゴーレムがっ!」
肉串屋のイーノは、酒が入った器を持ったまま叫んだ。
「魔獣大氾濫だ。そうとしか考えられねぇ……」
武器屋のスルギが、酒の器を投げ捨てて言った。
店を閉め、屋台の店主達で日課の外飲みをしていた時、前触れなく城門が破られ、燃え上がる城門の隙間から、魔獣が街へ入って来た。
「お前らっ、俺の店から好きに武器を取れ! 今日は無料だ!」
店主達は一斉に酒の器を投げ捨てると、次々にスルギの武器屋台から、武器を持ち出す。
「おいっ! こんなボロ武器で、Dランク以上の魔獣とどうやって戦うんだよ! それより、長屋に隠れようぜ!」
イーノはそう言うが、その長屋がある王都の南側からも火の手が上がっている。空を飛ぶ亜竜から火弾が吐かれたようだった。
「あれを見ろ。飛竜だ。貴族共の屋敷と違って地下室なんて無いから、建物の中にいたなら入れ物ごと燃やされるだけだぞ」
そう言うスルギに、イーノは口を尖らせる。
「あのバカ勇者共は何してんだよ!」
「知るかっ! 頼むから、俺達より先に死んで欲しいもんだよな」
「くそっ……。まあ、仕方がねえか。覚悟の上の流民だしな」
イーノはため息の後、ショートソードを構える。スルギも同じように腰から剣を抜き、そこにポーション屋のヤーラや、アクセ屋のアテム、他の店主達も集まり、一塊になった。
そんな屋台店主一団の目に、自分達の屋台を踏みつぶしながら迫って来る魔獣達が映る。
リーダー格であったイーノとスルギは、皆より一歩前に出た。
「バカ勇者共はともかく、騎士団はよ?」
「魔獣大氾濫の情報をわざと知らせず、俺達を盾にして魔獣の消耗を待ってんだよ。知ってるだろ? 俺達がこの街に来る前の、前回の魔獣大氾濫でもそうだったって」
「あー、そうだったな。はぁ、つまらない人生だったなぁ」
「貴族以外に生まれりゃ、こんなもんだ」
正面から向かってきた牙狼二体を、渾身の振り下ろしでイーノとスルギは倒す。だが、次に現れた二メートルはあるオークを、二人は見上げた。
「こんなのに、どうやって勝つんだぁ?」
「戦闘職のスキルが無いと、とても無理だわなぁ」
二人の頭上に、丸太のような棍棒が振り下ろされる。
ガガガガガガガガガ
オークの手から棍棒が離れた。それは、ドスンと大きな音と共にイーノの横に落ちた。
「あぶねっ……って、なんだぁ?」
再び見上げるイーノの首根っこを、スルギが掴んで後ろへと引きずる。すぐに、今イーノがいた場所に、オークがうつ伏せで倒れた。
「スルギっ! どうなってんだぁ!」
「わからん! だが、何かの攻撃でオークが瞬殺されたっ!」
「何かの攻撃って……」
ガルンッ ブロロロロロロ
低いエンジン音と共に、イーノたちが見たことも無い乗り物『ジープ』に乗った黒ずくめの二人組が現れた。顔は、ゴーグル仮面によって上半分を隠している。
「大家……、えっと、アニーはここで皆を守って! 僕は細かいのを倒すよ!」
「おっけー、……ドール! 任せるお!」
姿を変えるなら名前も変えなければとの事で、田渕は『ドール』と名乗り、大家は『アニー』と名乗る事にした。起源は単純で、ドルオタの『ドール』と、アニオタの『アニー』である。
「♪わたしの……からだはぁ……ぱわーあっぷ……う♪」
田渕の飛び蹴りで、オーク二体が重なって吹っ飛んだ。着地すると正面には、石のゴーレムがいた。身長はオークの一.五倍で、三メートルはある。
ゴーレムに向かって拳を構える田渕に、スルギが大きな声で言う。
「おいっ! お前っ! ゴーレムは物理攻撃が効かないから、魔法で…」
バコンッ
田渕が拳を突き上げながら飛び上がると、ゴーレムの胸から上が粉々になった。
「♪転校しちゃう友達との友情を……永久凍結っ♪」
田渕の体から、白い波動が発せられた。周囲のオーク、牙狼、角熊などが、一瞬で凍結し、氷柱に閉じ込められた。
ガガガガガガガガガ
ジープより放たれた機関銃の弾により、全ての氷柱が砕かれた。魔獣も粉々になって消え去る。
「逃げろっ! 飛竜だ!」
イーノの声がした。
田渕が見上げると、竜としては違和感があるモノが頭上で羽ばたいている。違和感の正体は腕が無い事で、ハーピーと同じように、腕の位置に翼が付いた竜の事を、飛竜と呼ぶようだった。
「♪会いに行くわ、逆バンジー♪」
ズドンッ
飛竜の腹に、直立姿勢の田渕がめり込んだ。くの字に体を折り曲げた飛竜と共に落ちて来る田渕は、飛竜の首を両手で掴み、バックドロップのように体を反らせる。
「♪嬉しさで、エビ反り♪」
ズドーーーン
尻尾を含めると体長十五メートルの飛竜が、背中を石畳に打ち付けて仰向けに動かなくなった。
「♪剣の輪舞♪」
田渕は転がっていたスルギの店の剣を拾うと、飛竜を目にもとまらぬ速さで斬り付ける。なまくらの如き傷んだ剣で、硬いはずの飛竜の鱗を深く切り裂いていった。
「ゴワァァァ!」
飛竜が目を覚ましたようだった。体中から血を吹き出しながら、翼を動かし、舞い上がる。だが高さは五メートルが限界のようだった。そこから、全ての力を振り絞り、口を開いて喉の奥を赤く光らせる。
「火球が来るぞぉ! 逃げろぉ!」
イーノが知らせるように叫んだ。
だが、田渕は両手を広げてから、手のひらを合わせ、その手の平を飛竜の口へと向ける。
「♪恋の……♪」
飛竜の口から、炎が吐き出された。直径一メートルの火球が、田渕へと迫る。
「♪波動砲♪」
田渕の手の平から発射された青白いエネルギーが、火球を貫通した。火球は散り散りになって吹き飛び、そのまま青白エネルギーは飛竜の口に吸い込まれると、飛竜の後頭部から抜けて夜空へと消えた。
ズズンッ……
飛竜は石畳に落ち、今度こそぴくりとも動かなくなった。
「お……お前ら……その力……」
「どうなってんだ……?」
イーノとスルギが、飛竜に近づいて来る。しかし田渕は、そのイーノ達の向こう、遠くの建物の陰から現れた、騎士団と思われる鎧の兵士達の姿を見つけた。
「行こう、アニー」
田渕は素早くジープの運転席に乗り込むと、大家も「了解だお、ドール」と言いながら、後部座席から助手席へ位置を変える。
「おいお前らっ! 飛竜はどうするんだっ! 素材を売れば、飛んでもない金が入るぞっ!」
イーノが言うと、運転席の田渕は振り返る。
「戦いの際、屋台を壊してしまいました。あなた達が倒した事にして、修理費として使ってください! では、……アディオスっ!」
ブロロロロロロ
田渕と大家は、壊れた城門から、ジープで飛び出すようにして王都の外へと消えて行った。
「何……言ってんだ。お前らが来る前から、とっくに屋台は魔獣につぶされてただろうに」
イーノが苦笑いをしている時、ようやく騎士団がやってきた。騎士団員が周辺を調べていると、遅れて現れた騎士団長と思われる男がイーノに尋ねる。
「飛竜は、お前が倒したのか?」
「いや、俺っつーか……」
イーノが気まずそうにスルギを見た事に、騎士団長は気付いた。そして騎士団長は、イーノやスルギだけじゃなく、辺りにいる屋台の店主達が、皆、手に武器を持っているのを確認する。
「そうか、全員でやったのか。人間、極限状態になれば、奇跡が起きるのだな」
「ま……まぁ……」
「傷も、その貧相な武器でやったのに間違いなさそうだ」
騎士団長は、田渕が置いて行った、飛竜の血にまみれた剣を拾い上げた。
「飛竜は大金貨二十枚だ。店主達、一人当たり大金貨一枚(約百万円)にはなるな」
「えっ? ……そんなにかよ?」
イーノやスルギ、他の店主達は口をあんぐりと開けた。大金貨一枚は、彼らの年収に相当する金額だった。
色めき立つ店主達をよそに、騎士団長は何か考えを巡らせているようだった。
「東門の魔獣は途切れた。この数……つまり……」
考えが纏まったようで、騎士団長は騎士団に、指示を飛ばす。
「敵の主力は北門のはずだ! 騎士団を四つに分け、一隊ずつを東と西から出し、北門の敵を挟撃するぞ! 残りの二隊は、北門の内側で待ち構え、隙を見て討って出ろ!」
「ここや、南門、西門の防衛はよろしいのですか?」
副官のような兵士が尋ねるが、騎士団長は自信みなぎる顔で頷く。
「北東から攻めて来た敵だ。通常なら、北と東の両方の門を狙うはず。しかし、ここ東の敵は少ない。つまり、北門の一点集中だ!」
「なるほど。この東門を攻めた敵は、隊列を見失って、はぐれた魔獣達だったということですね」
「北門の本体を、東と西側から挟撃し、混乱に陥った所を殲滅するぞ!」
騎士団長は、自ら一隊を引き連れ、東門から出て行った。
「しっかしよぉ……」
騎士団も魔獣もいなくなり、静かになった場所でイーノが言う。
「ドールとアニーだっけ? あの黒ずくめの二人って……」
そこまで言ってから、イーノはスルギを見る。スルギは小さく笑い、右の口角を上げながら言う。
「声でばればれなんだよなぁ。あいつら……」
すると、周囲の店主達から笑いが起こった。
「でもまあ、生きてて良かった。見たかあれ。やっぱりタブチをオーヤは、勇者に違い無かったんだなぁ」
そう言って、イーノは倒れた飛竜を眺めた。その横で、スルギは首を横に振る。
「いや、やつらこそが、タブチとオーヤだけが、勇者なんだよ。きっとな」
「だな!」
「服のセンスは悪いけどねぇ。あと、あの仮面も。うふふ」
道具屋のヤーラがそう言うと、店主達の笑い声は一層と大きくなった。
オタの服センスが皆無な事は、触れてはいけない禁忌なのを、異世界人は当然のように知らなかった……。
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