7話 王都襲来
その日、日が暮れた頃……
櫓から鐘の音が鳴った。どうやら村の見張りが、暗い空に打ちあがった花火を発見したようだった。村人達はぞろぞろと櫓の下へと集まって来る。不安そうに櫓を見上げる村人達だが、続く鐘の音が鳴らない。櫓の上にいる見張りは、じっと北北東の森を見つめたままだ。
それから一時間経ったが、次の花火が上がらなかった。
不安な時間が流れる中、魔獣大氾濫は、今日では無いのではないか、花火の罠は偶然近くの魔獣が足を引っかけただけではないのか、と村人達が思い始めた時、櫓の上の見張りが叫んだ。
「王都だ! 王都が赤い!」
聞き取りやすいように単純な言葉で伝えているが、見張りの言わんとしている事は、魔獣大氾濫によって王都に火の手が上がっていると言う事だった。
「やはり王都へ流れたか……。恐らくこの村ヘは来ないだろう」
ガワはそう言って息をついた。だが、その横で、田渕と大家は顔を見合わせる。
「ガワ、数千の魔獣って事だけど、王都は大丈夫なの? 王都の戦力は?」
田渕に聞かれたガワは、腕組みをして考えながら答える。
「十年近く前にも魔獣大氾濫は王都へ行ったが、騎士団で防衛出来たな。今回は、数十人の勇者ご一行がいる事だし、王都が落ちる事は無いだろうな」
それを聞き、田渕と大家は安堵の溜息をつく。だが、ガワの表情は、先ほどよりも暗くなっており、悔しそうに奥歯も噛んでいる。
「……その時に、王都へ働きに出ていた俺の弟は死んだんだ。いつも損をするのは、俺達ばかりだからな」
すると、他の村人からも、「俺の妹も」とか、「私の兄も」とかの声が聞こえてくる。
「どういう事?」
田渕が聞くと、ガワは舌打ちをした後に言う。
「王都は、中心に王城、それを取り囲むように貴族街がある。そして、……更にそれを取り囲むように、平民達の街があるんだ。ついでに言うと、貴族街と平民街の間には、堀がある。つまり、王都が襲われても、平民達を盾にして、時間を稼げるような構造になっている」
そこで、他の村人達が話を付け足す。
「平民達を魔獣に襲わせ、その魔獣の後ろから背を討つ。これをわざとやってるって噂もあるぜ。騎士の数を減らさないためにな」
「平民達が減ったって、すぐに仕事を求めて王都には平民達が集まって来るからな」
「生活の為に、焼かれた家も、血を吐く思いしてすぐに再建するしな。王城防衛の為の新たな障害物の出来上がりって訳だ」
ここは王都に一番近い村であるので、親類などが王都の内情を知っていたり、自ら経験して王都から落ち延びて来たりした人が多いのだった。
大家は一度唾をごくりと飲んだ後、ガワに聞く。
「屋台の人達は……安全なのかお?」
「ああ、城門すぐの屋台街の流民達か。……知り合いでもいるのか?」
ガワは聞き返してくるが、それを田渕が更に聞き返す。
「あの、屋台の人達は……?」
「……一番に襲われるな。だからこその、流民って訳だ。入れ替わりが……言わなくてもわかるよな」
ガワの目の前で大きく息を吸った田渕は、大家の目を見る。大家の覚悟はすでに決まっているようだった。
「助けに行く気か? しかし、タブチとオーヤは、王都には……」
ガワが心配げな顔で言うが、大家はすでにタブレットを出して絵を描いている。
「ショワ少佐がジブローの地下基地にスパイした時の、黒の潜入服を出すお。後は、あれとあれを……」
田渕が大家と共にタブレットを覗き込んでいると、その田渕の足に、ルムがしがみついてきた。
「タブチ、あぶないところ行っちゃうの?」
見上げるルムの頭を撫でながら、田渕は優しい口調で言う。
「王都には僕達を助けてくれた人達がいるんだ。友達は助けなきゃいけない。分かるね?」
ルムはこくりと頷いた。
「お……お前ら、強い魔獣が出てきたら、すぐに逃げるんだぞ!」
ガワにそう忠告された田渕は、首を縦に振る。
「僕達が弱い事は知っています。王都のクラスメー……勇者達の目の届かない場所で、出来る事をやります」
田渕が約束した時、大家は必要な物を全て描き上げた所だった。
二人は、村の外へと走り、少し広い場所でジープを出した。王都までは、街道を北に、ジープで約ニ十分。道のりは街道を真っすぐで単純なので、時折運転を代わり、二人は上下共に黒い潜入服に着替えた。
子供の如き体の線が出過ぎる事に危機感を覚えた大家は、二人分の黒マントを出して羽織る。そして、顔が分からないように、ショワ少佐が常時つけている顔の上半分を覆うゴーグル仮面を付けた。
これでクラスメート達に見つかっても王都を追い出されないと大家はどや顔をしたが、むしろ不審者として騎士団に逮捕されないかと田渕は思ったが、言わなかった。
「キャァァァ!」
体を仰け反らせ、顔半分が血まみれになった女子が倒れた。そこへ白装束の女子がすぐに向かう。
「ヒール!」
白装束の女子が、怪我をした女子の顔に向けて両の掌を向けると、血は止まったようだった。
「倉木がやられた! 誰か空いた場所を埋めろ!」
「前原っ! こっちも早く回復を!」
「もうちょっと待ってください!」
倒れた女子の顔色が少しましになると、白装束の女子は立ち上がり、別の場所で血を吐いている鎧の男子の元へと走る。
「本条! 騎士団はどうなってんだよ!」
「騎士団は王都の中で防衛だ!」
「じゃあ、東門の奴らを呼び戻せよ! 無理だぞこれ!」
「もう連絡した! 敵主力を北門に近づけるなっ! 絶対死守だ!」
「うわぁぁぁ! 腕が……腕が折れて……痛てぇ! 聖女を呼んでくれぇ」
「前原さん! 鈴木君が……ぐっ!」
最前列にいた、輝く鎧の男子が膝を突いた。そこに向かってオークが棍棒を振り下ろすが、鎧の男子は力を振り絞って盾を掲げ、棍棒を受け止めた。
「聞いていた話と違う。魔獣が強すぎる。それとも、原因は僕達にあるのか? 四ヶ月の訓練では短すぎた?」
鎧の男子が右手の剣で薙ぎ払うと、両足から出血したオークは後ろへ下がった。その隙に立ち上がろうとする鎧の男子の左右から、突然現れた狼の魔獣が襲い掛かる。
「しまっ……」
ザシュッ
現れた軽装の剣士が、あっと言う間に二匹の狼を切り捨てた。
「本条、大丈夫か?」
「助かったよ、織田君。さすが剣聖だ」
「本条、前衛と後衛がばらばらだ。ゴールキーパーをしていたお前なら分かるだろ? いったん下がって、城門前で陣形を組みなおした方が良い」
「分かった。そうしよ……、っ! 聖騎士ガード!」
人間の胴の二倍の太さはある大蛇の突進を、鎧の男子は輝く盾で防いだ。その隙に、大蛇の首を剣聖が切り落とした。その剣聖に聖騎士は言う。
「聖女は要だ。織田君、前原さんを頼む」
頷いた剣聖は、白装束の女子の元へと向かった。
「皆っ! 一時撤退! 城壁付近まで…」
聖騎士がそこまで言った時、聖騎士の頭の上を、火や氷の魔法が飛び越えて行き、魔獣の集団へ突き刺さって爆発した。
「よしっ! いい援護だ! この隙に……」
しかし、聖騎士の前に、体を燃やしながら炎の中から現れた人影があった。赤い瞳をしており、体の火傷もすぐに修復されて消えていく。
「その目……、超回復……、まさか……吸血鬼……」
勇者授業で教え込まされた知識が蘇った。
吸血鬼とは、怪力、超回復、特殊魔法行使の特性を持つ、人族亜種の一種である。物理と魔法のバランスが良く、戦闘能力だけで言うなら、最強の一角と呼ばれる。不老に近い種族の半面、繁殖力は低いが、稀に人知を越えた能力を持つ王と呼ばれる個体が誕生する。その吸血鬼王は、不老不死を獲得し、伝説に名を残すような強者となる。
吸血に付いてだが、吸血鬼族は全員が吸血可能で、血を吸われた人間は、吸血鬼と同等の特性を得るが、全てにおいて下位互換で、おまけに欲望のままに動き、劣化吸血鬼と呼ばれ魔獣扱いとされる。
今、聖騎士の目の前に現れた吸血鬼は、王の風格は無いので、一般的な吸血鬼だと思われるが、それでもB級魔獣相当の強さを持つと言われている。
ちなみに、ゴブリンがE級、オークがD級で、聖騎士である前原がC+級、剣聖である織田もC+級相当である。今の勇者達が一般吸血鬼を相手するには、複数人がかりで無いと危ない。
「……馬鹿な。前回、いや、過去の魔獣大氾濫の情報と違い過ぎる」
聖騎士は決断した。マントを翻して、吸血鬼に背を向ける。
「皆ぁ、引けっ! 引けぇ!」
勇者達は、一斉に城門へ向かって走った。
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