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6話 魔獣大氾濫


 三か月後


ブォンッ ブォンッ ブロロロロロロ


 森の中を、屋根の無いオープンカーのオフロードジーブが走って行く。


 運転席の男は、手慣れた手つきでハンドルを左右に切り、木々を避けて行く。助手席の女は、その運転に安心しきっているのか、身を任せているようだ。


「今日は早かったね」


「ルムの希望のステーキが大量だお」


「もちろん大家さんが出すシチューも美味しいんだけどね」


「いや、田渕君の処理するステーキが最強だお」


キェェェ


 そこに、上空から高温の鳴き声が降り注ぐ。二人が見上げると、ジープを追ってくる空飛ぶ魔獣の影がいくつもあった。両腕が羽で覆われた、鳥と猿が合体したような魔獣だった。


「ハーピーか。あの羽はあまり需要が無いんだよね。毟るのも手間だし」


「その割に、村まで来て子供をさらうから、飛ぶ魔獣はうざいお」


 二人、田渕と大家は顔を見合わせると、同じように頷き合う。すぐさま、大家が助手席を乗り越え、後部座席に移動した。そして、何かを隠すように被せてあった布切れを取り去る。すると、一メートルを超える大きな機関銃が現れた。


「お前ら全然可愛くないんだおっ! ショワ大佐の飼ってたインコちゃんを見習うんだおっ!」


ガガガガガガガガガガガガ


 機関銃から白煙が上がる。すると、ハーピーが、一匹、また一匹と落ちていく。


 半分以上数を減らしてからようやく逃げ出したハーピーだが、時すでに遅く、逃げ切る前に、全て撃ち落された。


「♪運転、運転、楽しい運転。私の彼はぁ、スペースレーサー♪」


 田渕は歌いながら、ナンの街へ向かった。




 ナンの街のすぐそばでジープをタブレットに戻した大家は、代わりに木製のリアカーを出した。そのリアカーに、タブレットから出した今日の収穫素材を乗せる。そして、前で田渕がリアカーを引き、後ろで大家がリアカーを押すと言うスタイルで、ナンの村に入った。



 素材屋の前で荷物を下ろしていた田渕達の前に、赤毛で髪の長い少女が現れた。歳は六歳くらいだろうその女の子は、白い兎の魔獣を自慢げに見せた。


「タブチ! これっ! ステーキとこうかんっ!」


 だが、それを見た素材屋の店主は、少女に申し訳なさそうに言う。


「ルム、これは罠で獲ったヤツか。血抜きがされて無いから…」


 しかし、それを田渕が止めた。そして田渕は少女から兎の魔獣を受け取ると、ナイフ片手に歌い出す。


「♪愛こそ一番の魔法ぅ。どんな物もぉ、一瞬で最高の素材ぃ♪」


 そこで田渕が目にも止まらなぬ速さでナイフを振ると、ほんの数秒で、兎の魔獣が、肉と毛皮に分けられた。肉は、輝くような艶をしている。それを見て、素材屋の店主が歓声を上げる。


「おー! さすがタブチ! 良い腕してるなっ!」


 田渕は、兎のお礼に、ルムが持てるだけの牛型魔獣の肉を渡した。


「今日は他にも、ブラックボアのお肉もあるから、生姜焼きを作るぞ!」


「しょうがやき好きぃー。食べるぅ!」


 ルムは、うきうきと跳ねるような足取りで、素材屋近くの民家へ入っていった。それを見送った素材屋の店主は、嬉しそうにだが溜息をつく。


「しかし、本当に良いのか? いつも素材を安く卸してくれて。冒険者ギルドに持っていけば、討伐報酬やら、依頼報酬やらで、十倍・二十倍の金が貰えるってのに……」


「だからさ、僕たちは宿屋に泊れるお金だけ貰えれば十分だって」


「みんなギリギリの生活をしてるんだから、ワタシ達だけ儲ける訳にはいかないお」


 田渕と大家がそう答えるが、尚も申し訳なさそうな顔をする店主に更に田渕は言う。


「それにお金があっても、この村では使い道無いじゃない? 高級品なんて一つも売ってないんだからさ」


「……わははっ! ちがいねぇ!」


 店主は、小さな村を一度見渡してから、大きな声で笑った。



 田渕と大家は、この小さな村で三か月間、家族同然に親しく過ごしたことで、基本的に人見知りな彼らだが、この頃には自然に会話する事が出来るようになっていた。


「しかしなぁ、タブチとオーヤの腕がいくら良いって言っても、最近 魔獣の数が多すぎるな。嫌な予感がするな……」


 そう店主が言うので、田渕達が詳しく聞くと、店主は声を潜めて答える。


「数年に一度ある、魔獣大氾濫(スタンピード)の兆候かもしれん」


「スタンピード!? ……ってなんだっけ?」


 田渕と大家は一瞬二人で視線を合わせた後、店主に聞く。どこかで聞いた事はあったのだが、異世界物に詳しくない二人は、意味が良く分からない。


「ダンジョンや森の奥深くで増えすぎた魔獣が、堰を切ったかのように一斉に溢れ出す事だ。大昔は数万単位で溢れ出し、四方八方に魔獣の軍勢が流れ出して一国が滅んだりしたそうだが、今は冒険者達が定期的に狩るから、数はせいぜい数千で、魔獣の流れも一方向のみって感じだな。それでもその魔獣大氾濫(スタンピード)の方向にある村や町は壊滅するから、規模は昔より小さくったって油断はできないぞ」


「数千かぁ……」


 田渕はナンの村を取り囲む柵を見る。丸太を並べた高さ三メートルの柵だが、数千の魔獣の行軍を耐えられる物では無い。


 店主も、無精ひげを撫でこすりながら言う。


「タブチとオーヤが作ってくれた柵で大分と助かっているが、もし魔獣大氾濫(スタンピード)が来たら村を捨てて逃げるしかないなぁ。それに、魔獣大氾濫(スタンピード)が起こるとしたら、東の山脈向こうからだから、この辺の森にいる魔獣とはレベルの違う強い魔獣が数多く混ざるからな」


「む……無理だお……」


 大家が目を伏せ気味に言う。オタを解禁する事で口調こそは変わったが、大家の本質は、教室でぼっちオタだった頃のままだ。


「僕達も多少 戦えるようにはなったけど、この世界ではきっと弱い方だからね……。でも、この村は一応 王都から一番近い村だから、同級生……勇者様達が助けに来てくれるよ。剣聖とか、聖女とか、僕たちが足元にも及ばない強力な職業(クラス)を与えられた人達がいるからさ」


聖騎士(パラディン)の本条太陽に馬車馬のように戦ってもらうしかないお。サッカー部だったかの主将のリーダーシップを、私達の為に発揮しないで、いつ発揮するんだお」


 地面をばんばんと踏みながら大家は言った。大家の口から出た男子生徒の話題に、田渕は少し驚いた顔をしてから、伺うように聞く。


「え? ……大家さん……もしかして、本条君の事、気になっていたとか?」


「はぁ? ワタシはすでにショワ少佐と結婚している人妻だお」


 ボケを一切感じさせない物言いに、田渕は「そうなんだ」と返す他なかった。さすがに、いくらぼっちオタと言えども、クラスのリーダー的存在な男子生徒の名前くらい知っているとの事だった。





 それから二週間が経った頃、妙な事が起こった。


 日課の魔獣狩りに出かけた田渕と大家だったが、角兎を数匹見つけただけで、中型以上の大きさの魔獣にまったく遭遇しなかったのだ。仕方なく昼過ぎに帰って来た田渕達がその事を素材屋の店主、ガワに告げると、ガワの顔色が変わった。


「それは間違いない……。魔獣大氾濫(スタンピード)だ。今夜来るぞ……」


「とんずらこくお!」


 大家が一番近くにあるルムの家に教えに走り出そうとするが、それをガワが止める。


「待て。魔獣大氾濫(スタンピード)は、人間が多い場所に基本向かうんだ。つまり、王都へ行く可能性が高い。とは言え、絶対では無いから、この辺の判断が難しいんだ……」


 ガワは取り敢えず近くにいた村民に話をし、全ての村民に魔獣大氾濫(スタンピード)の事と、荷造りをしておくことを伝える。



「……なら、罠を仕掛けるお」


 大家がそう言った。


 魔獣大氾濫(スタンピード)は、東の山脈向こうに広がる大森林で発生するらしく、それが王都北東の山脈の切れ目から雪崩れ込んで来ると言う事だ。位置的にも、街の規模的にも、十中八九は王都に向かうが、僅かな可能性で、このナンの村と、更に南に五十キロの場所にあるミシモの街へ行くかもしれないと言う。


つまり、ナンの村とミシモの街からすると、魔獣達が攻めてくるとしたら、北北東の方向からと言う事になる。その通り道に、大家はある物を仕掛けると言った。


「『ガイグダン外伝 ポケットの中に(ちょく)でクッキーは普通突っ込まない』で、パーリィが作った、地面に張ったロープに引っかかれば、花火が上がる罠をワタシは出せるお。これを村の北東にいくつか仕掛ける事で、魔獣大氾濫(スタンピード)の行軍ルートが分かるはずだお」


「なるほど。花火が打ちあがる順番で、村に近づいて来る事が分かるね」


「ハナビ?」


 純異世界人で父親から素材屋を継いだガワには分からなかったようだったが、田渕にはすぐに理解が出来た。


「となると、村に監視塔みたいな物を作りたいね。大家さん、何かある?」


「……ガイグダン三十五話に出て来た、ジムオン軍の残党砦にあった、監視櫓(かんしやぐら)が、規模的にもぴったりだお」


 大家は、タブレットに絵を描く。櫓だけあって緻密な絵なのだが、大家は記憶だけで、まるで目の前の本物を見ながら描いているかのようにペンを進める。その間に、田渕は村の柵を作った時に残った材木を、村の門の前に四本運んできた。


 (やぐら)の絵を完成させた大家は、そのままペンを使って絵をスワイプアウトさせ、絵をタブレット画面の外に放り出す。すると、大家の前に十数メートル程の高さの木製櫓が出現した。


「パワーアップ♪」


 歌と共に田渕が丸太を地面に深く打ち込み、ロープで櫓が倒れないようにあっと言う間に丸太と固定した。


「お前ら……、追い出されたとは言え、さすがは元勇者なんだなぁ。すごいな……」


 唖然としていたガワだったが、村の外へ走って出て行く田渕と大家を見てはっとし、自分も村人達に指示を出し始めた。


 田渕と大家は、今までは出来るだけ特殊な力は村人に見せないようにしていた。これは、二人の職業(クラス)がこの世界では珍しい物だった場合、何かしらの面倒ごとに巻き込まれる懸念のためだった。だが、緊急事態の場合はその限りでは無いと、人命を最優先にしようと、予め二人の間で決めていた。



 ジープに乗った田渕達は、花火の罠を仕掛けながら北北東へ向かう。時折、車を停め、田渕が「逆バンジー♪」と歌いながら空へと舞い上がり、スマホで周囲の地形を撮影し、位置を確認しながら進んだ。


実は「空を飛べるかも♪」との歌詞がある曲もあり、田渕は空を飛行出来るのだが、こちらは疲労具合が半端ないので、普段は使わないし、今は体力温存のため控える。


 後で回収する事も考え、きりの良い所でニ十個の罠を張り終え、田渕達は村へと戻った。

 



次話は 4/9 9時投稿です。

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